109話 真珠宿
ププの案内で俺たちは奥の部屋で一息ついていた。ソファーもフカフカだし、ようやく休めたってところだ。
「先ほどは失礼したな」
「あ、いえ大丈夫です……」
「アイツは女にはだらしないが、仕事に関してはとても有能な奴なんだ。女にはだらしないが」
ププは呆れたように言う。
仕事に関して『は』有能か、そして女にだらしないと二回言ったな。婚約者がそれでいいのか?
あんなチャラ男のどこに惚れる要素があるんだか、ほんとに。
「失礼ですけど、婚約者がそれで大丈夫なんですか……?」
おそらく誰もが心に思っていたことをアクリーナがそう聞いた。
「……確かに傍目から見たらそう感じるだろうけど、あたしにとっちゃヒーローみたいなものなのさ」
「ヒーロー?」
「ああ、あたしらには魔族の血が流れていてな、それが理由で昔は蔑まれていたのさ。つっても大分薄いんだけどな」
「!」
その言葉にアクリーナが反応する。彼女もまた似たような境遇だったのだから、気持ちが分かるのだろう。
魔族の血か、それでベルゼブブなんて悪魔の名前をしていたわけか。いや、そもそもこの世界にそんな概念はあるのか?
どちらにせよ、しっくりとはくるしどうでもいいか。
「アイツとは従兄でな。アイツは昔っから付き合ってくれだのなんだのうるさかったんだが、ある出来事であろうことかアイツに惚れちまってよ、オーケーしてしまったのさ」
「ある出来事とは?」
「さ、流石にそんな小っ恥ずかしい話はできねえ……」
そう言ってププは指先を合わせて、顔を若干赤くしながらモジモジとした仕草を取る。
魔族の血と蔑まれていたということ、そしてヒーローという発言から考えてある出来事という内容はおおよそ見当がつく。
例えるならヤンキー女が喧嘩でピンチのところに颯爽と現れボッコボコにした奴に惚れるといったそんなシチュエーションといったところか。
「この話は終いだ。さて、改めて礼をしたいと思っているんだが、何でも言ってくれ。出来る限りのことは叶えられるぞ」
パンと手を叩いてププが俺たちにそう問いかける。
何でもか、まあデカイ商会だし金に困ることはないのだろう。けど改めて言われるとなんて答えればいいのかわからんな。
「あー、ちょっといいすか?」
サエモンが手を挙げてそう発言する。
「正直言って俺はあんまり活躍してないし、むしろほとんど戦闘で歯が立たなかったし、礼をするのなら彼らにその分を分け与えて欲しいんだが、構わないか?」
「だが会長が言うには貴君も命の恩人だとおっしゃっていたらしいが……」
「ここまでついて来てなんだが、俺にはそこまでされる道理がないと思うんだ」
まあ、活躍度合いでいうなら確かにサエモンは戦闘ではあまり活躍していなかったが、リヴァイアサンが現れたときに、いの一番に剣を抜いていたのはサエモンだったけどな。
「むぅ、貴君がそう言うなら我々としても聞かざるを得まい。了解した」
「そういうわけで、君たちとはここで別れることになる。付き合わせたみたいで悪かったね」
「いえ、大丈夫です。こちらこそありがとうございました」
「一週間くらいはまだこの国にいる予定だから、何かあればギルドで指名してくれ、それじゃあね」
そう言ってサエモンは部屋を出て行った。今思えば観光に来た俺らのことを気遣ってくれたのだろうか。
「それじゃあ、改めて君たちの頼みを聞こうじゃないか」
「えーっと……」
まあ観光しに来たのだし、それを考えるのならーー
◇
「ここが真珠宿だ。部屋も上等なところを取ってある。というより全室貸切にしたから自由に使ってくれだそうだ」
「わぁ……」
「おっきい……」
「ほう」
「すごいな」
とりあえずは泊まるところを見つけないと話にならないので、サエモンから聞いていた真珠宿の部屋を取ってくれと頼んだら二つ返事で了承してくれた。
真珠宿は築四百年という歴史のある宿で、外観も風情あふれる和風建築といった建物だ。造りは二階建てのようだった。
場所は商会の建物から少し離れた山の中にあり、大自然に囲まれている。
「荷物を整理したらいつでも声をかけてくれ、あたしオススメのスポットを案内するぜ」
観光に来たとはいえ、俺たちは学園の授業以外でスピカ王国のことを知らない。そのためツアーガイドをププに頼んだ。
「んー、荷物といっても全部、空間収納に仕舞ってあるしなぁ」
「せっかくだし、最初はこの宿の中を少し見て歩かない?」
「ふむ、それも悪くはないな」
「じゃ、あたしは外で待ってるからここの女将に案内してもらってくれ」
そう言ってププはのれんを潜って外に待機する。
「皆様、よくぞお越しくださいました。私はルー=オーベンと申します」
ルーと名乗った女将は前世で見覚えのあるような、緑色の着物を羽織ったそこそこ年配の女性だった。
俺たちは女将に案内され、真珠宿の中を見て回った。内装はやはり前世に所縁のあるものが多く、和室や襖、畳など和風な構造をしていた。
俺以外はそんな風景が新鮮だったのか目を奪われていたようだが、俺は懐かしみを覚えて別の意味で夢中になっていた。
「そしてこちらが真珠温泉となります」
従業員用の通路を通って俺たちは温泉の方まで案内されていた。ここは露天風呂で周囲も自然に囲まれているので景色が非常に良い。
雨の時は結界が張られているのでそれで防げるらしいな。気温も寒すぎず暑すぎないよう調節されているっぽい。
ん?待てよ、ここの温泉ってもしかして……
「何か質問はございますか?」
「あの、ここの温泉って一つしかないんですか?」
「はい、そうでございます」
「それってつまり混浴ってことですか?」
俺がそう質問するとシャロンやアクリーナがピクリと反応するのが見えた。
「いいえ、時間帯によって変化いたします」
「あ、わかりました」
良かった。流石にそんなことはなかったか。
ふとシャロンとアクリーナの方を見ると、何やら少しガッカリしたような雰囲気を醸し出していたが……気のせいだよな?