106話 海の悪魔
ステラの放つ異様な雰囲気に気がついたのか、リヴァイアサンとクラーケンは動きを一瞬止めてステラの方を向いた。
「グルオオオオ!!」
「キュオオオオ!!」
二体とも邪魔をするなと言わんばかりにステラに向けて、同時に攻撃を放った。
「ふん」
ドドドドォォォ!
「キュオオオオオ!」
「グルアアアアア!」
ステラを中心に包み込むように半球状の水の結界が張られる。表面は激流の川のように水が流れて二体の攻撃をいなし、ダメージも与えていた。
「クスクス、その程度であたしに攻撃が通るとでも思ったのかしら?」
続けてステラは空中に無数の水の槍を生み出し、触手を伸ばしてステラに襲い掛かろうとひていたクラーケン目掛けて放った。
ズドドドド
「キュオオオオオオオオオ!!」
水の槍はクラーケンの頭部を貫き、触手も何本か吹き飛ばされた。
あれは《ウォーターレーザー》か、初級魔法の一つにも関わらず、とてつもない威力になっている。
これがステラの力なのか、海の悪魔の異名にふさわしい強さだ。普段のギャップもあって、かっこよく見える。
ザバァァン
「おおっと!」
「なんとか、船は無事のようだな」
ステラによってマストに絡み付いていたクラーケンの触手は吹き飛ばされ、それによって船は元の状態へと戻った。
だが、まだ終わりではない。
「ここから体制を整えるぞ!」
「あんたたちは下がってなさい。それより落ちた人の介抱を、よろしくっ!」
ステラはそう言うと、先ほど船から振り落とされた人を拾っては甲板目掛けぶん投げた。
「「「うわああああ!」」」
「うおっ!《エアークッション》!」
それを俺たちは魔法などで受け止めて、治癒魔法をかけ介抱する。
「グルオオオオ!!」
「よっと」
リヴァイアサンはブレス以外に長い尾を使って、ステラに攻撃を仕掛けているが、ステラはそれを素早く避けては様子を伺っている。
流石は人魚、水中では高い機動力を持っている。
だが一向にステラは攻撃をしようとはしなかった。理由は明白だ。奴は非常に硬い鱗を持っているため、攻撃が効かないのだ。
いくら海の悪魔と呼ばれるセイレーンでも厳しいのだろうか?
唯一、攻撃が通るとすればブレスを放つ時に開かれる口の中など柔らかい箇所を集中的に狙うしかない。
あとはクラーケンのように長い触手で首を絞めるぐらいだろう。そのクラーケンも、もはや虫の息だ。
「ステラ、助太刀は必要か?」
「いらないわ。それよりも、耳を塞ぐことをお勧めするわ」
ステラはそう言うと呼吸を整え、大きく息を吸った。
「全員耳を塞げぇ!!《人魚の絶唱》が来るぞぉぉ!!」
サエモンは必死な形相で呼びかけると、甲板にいた全ての人間は青ざめた表情をし、慌てて耳を塞いだり、全力で防御魔法を発動していた。
《人魚の絶唱》?
名前的に歌を使った攻撃なのだろうか。
「君たちも早く耳を塞ーー」
「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「グルアアアアアアアアア!!?」
「キ゛ュ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!?」
サエモンが言い切るよりも早く、周囲に絶叫のような大きな歌声が響き渡った。
「ぐああああああ!?」
なんなんだこの不快な歌声は!?直接、脳に響いてくる!頭が、頭が割れそうだ!
例えるなら黒板を爪で引っ掻いてるような音が何十倍にも増幅し、それをガキ大将がリサイタルで歌っているような不快な音だった。
「っ!はぁ、はぁ……」
十数秒たらずで《人魚の絶唱》は止んだが、甲板にいた人間のほとんどはすぐに立ち上がることが出来ず、意識を失っている者や頭を抑えて苦しんでいる者が多かった。
そんな中、シャロンは苦しそうにしていたものの、アクリーナの支えで立ち上がろうとしていた。
「シャロン、大丈夫?」
「うん、なんとか……アクリーナは?」
「私は平気よ」
互いに心配をしながらヨロヨロと立ち上がった。
「クーラス!」
シャロンが俺の元へ駆けつけてくる。俺は他の奴らと変わらず甲板に突っ伏して動くことができなかった。
「……ああ、なんとか大丈夫だ。シャロン、お前はなんで平気だったんだ?」
俺みたいに耳を塞ぐのが遅れていたのにも関わらず、ダメージが少なそうなのが気になった。
「私はステラの主だからだと思うけど……」
ああ、アクリーナの場合はそうなるか。従魔の攻撃は主人には効かないんだったな。それなら平気なのはおかしくない。
だがシャロンの場合は話が別だ。ステラの主人ではないし、かといって耳を塞いでいたわけでもない。塞いでいたところで被害は大きいはずだ。
「……そういえば、直前に体が光ったような気がする」
「光った?」
「うん、サエモンさんが耳を塞げーって言った直後、なんか体がぼんやりと」
体が光る?どういう理屈かはわからないけど、それのおかげで《人魚の絶唱》を防ーー軽減できたということなのか?
そこで俺はハッと気づいた。
「リヴァイアサンは!?」
海上へ目を向けると、そこには頭が破裂したリヴァイアサンだったと思われるモノが浮かんでいた。そしてクラーケンの方も同様に頭部は破裂し、それ以外の部位だけが海上に浮かんでいた。
先ほど頭が割れそうだったが、本当に頭を割るような攻撃だったわけか。
ステラの姿を確認しようとするも、死体周辺にそれらしい姿はなかった。
「ステラ!?」
「何かしら」
アクリーナが心配して海上に向けて呼びかけると、すぐ後ろから声が聞こえた。
「きゃあっ!」
「お前、いつのまに上がって来たんだ」
というか、足がないのにどうやって船に上ったんだ。もしや腕力だけで上がったのか?
「まあいい、よくやってくれた。助かった」
「ぶい」
ステラは笑顔でダブルピースした。
あんな怪物二体相手を悠々と倒してしまうとは、海の悪魔と呼ばれるだけはある。
「ありがとうステラ」
「もっと褒めてくれてもいいのよ?」
ステラは腰に手を当て踏ん反り返る。調子に乗ってきたなコイツ。だがそれについて特に指摘しない。ステラがいなければ俺たちは死んでいたかもしれないのだから。感謝しかない。
「う、ぐ……」
その時サエモンが頭を抑えながら、剣を杖代わりにして立ち上がった。よかった、目が覚めたか。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……なんとかな。他の連中はどうだ?」
甲板に倒れている人たちも、なんとか立ち上がっていくのが見えた。どうやら全員無事のようだな。
「……おい、リヴァイアサンが死んでいるぞ!」
「クラーケンもだ!」
「助かった!助かったぞ俺たち!」
船員の一人が海上に横たわる死体を見つけ、甲板は歓喜に包まれた。これでようやく難は去ったか。
「君たちが倒したのか?」
「いえ、倒したのは私の従魔です」
「いぇい」
船員がこちらにそう話しかけてくると、ステラはその船員に向けてピースをした。喜び方が子どもっぽいな。
「おお、本当に助かった!」
「ありがとう!」
「君が呼び出していなければ、俺たちは死んでいた!本当にありがとう!」
「君のことを少し誤解していた。本当に助かった!」
「へ、は、はい!」
リヴァイアサンらを倒したステラを呼び出したのがアクリーナと知るや否や、甲板にいた人たちはアクリーナに殺到した。
「ちょ、ちょっと!倒したのはあたしなんですけどー!」
今回の功労者であるステラは随分と不満そうだったが、元を辿ればアクリーナが呼び出していなきゃやられてたわけだしな。
……正直、あんな攻撃をするのはもう勘弁してほしいが。
本日で投稿から二年が経ちました。