104話 襲撃
宿泊する船室である程度荷物を整理し、一度甲板に出てみようという話になった。
「出港まであとどのくらいだろうな」
「私たちが乗り込んでから、結構経ってるしもうそろそろじゃない?」
「ふむ、それならちょうどいいな」
そう言って俺たちは部屋から出る。
「ん?アレスは行かないのか?」
部屋から出てドアを閉めようとしたとき、アレスだけがベッドの縁に腰掛けたままだった。
「ああ、僕はいいよ。皆で楽しんできて」
「本当にいいのか?天気もいいし、景色を楽しむには絶好だと思うけど」
「大丈夫。僕のことは気にしないで、僕はここでゆっくりしたいから」
そう言ってアレスは今いる場所から動こうとしなかった。
「まあ、お前がいいならいいけど」
俺はドアを閉めて、シャロンとアクリーナの三人で甲板へと向かうことにした。
変なやつだなと思ったが、特に気に留めようとはしなかった。何か行きたくない事情でもあるのだろう。
甲板に出てみると、俺たち以外にも何人かおり服装からして冒険者や商人、そして船員らしい人間が帆や舵を調整していた。
「良い天気だね」
「そうだな。まさに絶好の出航日和だな」
空には雲ひとつなく快晴であり、太陽から注がれる力強い熱と光がこれから訪れる夏を感じせた。
ボォォォ!
そんなことを思っていると船の汽笛が力強く鳴り響いた、ついに出航か。
すると船が揺れ、少しずつ港を離れて水平線へ向けて進んでいく。
甲板から見える景色は港町と海の境界から、大海原へと移り変わる。
転生して初めての海だ。前世と違って海は透き通るように綺麗だし、何より海には特有の魔物がいるだろう。
少し不安なところはあるが、当然この船もその辺りを想定しているだろうから何かしら対策をしているはずだ。
俺は甲板を歩いていき、船先まで来ると手すりに手をかけ身を乗り出す。
「んー、潮風が気持ちいいな。快適な船旅になりそうだ」
身を乗り出して風を感じるなんてこと、なかなか体験できることじゃない。修学旅行のときだって窓から見下ろすことができた程度だったし。
「そうだねー。これから三日間もこの船で過ごすんだし」
「この船速いね。もう港が小さくなっちゃった」
シャロンに言われて振り返ると、既に港から随分と離れており姿形が小さくなっていた。
前世でも乗ったことある船は修学旅行のやつしかないし、この船自体が速いのかどうかわからんな。少なくとも感覚的に速いとは思うけれど。
「当然さ、この船には『海洋結晶』が使われているからね」
そんな会話をしていると、ある冒険者の男が話しかけてきた。
「海洋結晶?」
「稀に海底遺跡で発掘される不思議な力が宿った結晶だ。それを船に組み込むことで通常の何倍もの速度が出たり、強度になるんだ」
出土品というやつか、そんなものが船に使われているのか。
「それってどういうものか分かってるんですか?」
「ある程度は解明されているけど、詳細まではまだ分かっていないんだ。現代の技術じゃ再現出来ない代物らしいけど」
いわゆる失われた技術というやつだろう。この場合はオーパーツというべきか?
「ところで、貴方は一体……」
「おっとこれは申し遅れた。俺はサエモン=ジロー。サエモンが性でジローが名だ、スピカから出稼ぎに来てこれから帰るところだ」
「へ?」
俺は一瞬耳を疑った。この人の名前が、何やら日本人を彷彿させるような名前だったからだ。
けれど顔つきはこの世界特有のものだし、服装を見ても普通の冒険者のような格好で見た目はこの世界の人間と大差なかった。
「苗字が先にくるんですか?」
アクリーナが不思議そうな表情をして尋ねる。
「そうだ。スピカ以外じゃ馴染みがないかもしれんが、スピカじゃこれが普通の文化なんだ」
この世界の人間は全員が名前が先にくると思っていたが、そういう文化もあるのか。だとしても、この人の名前が日本人ぽいことに説明がつかない。
「俺の名前も聞き馴染みがないだろう?他国じゃスピカ独特の文化として扱われているが、俺にとっちゃ当たり前のことなんだけどな」
「出稼ぎに、ってことはスピカ王国出身なんですか」
「ああ、最近魔物が減ってて、なかなか稼げなくてね。君たちは観光かい?」
「はいそうです。学園が夏季休暇に入ったので」
「それなら、真珠宿ってところに宿泊するのをオススメするよ。あそこは飯も美味いし待遇もいい、観光客に人気の宿だ。何より格安だしね」
「そうなんですか、ありがとうございます」
これはいいことを聞いたな。着いてからわざわざ探す手間が省けた。
ドドォォォン!
その時、船全体に大きな衝撃が走った。
「きゃああああ!」
「うわあああああ!」
「な、なんだ!?」
後方を振り返ると船の後ろから煙が上がっている。
何か爆発したのかと思っていると、何かの咆哮が辺りに響いた。
「グルオオオオ!!」
衝撃が起こったと思われる箇所から水飛沫が上がるのと、船の何倍もある龍のような尾が見えた。
「一体何だ!?」
「あ、あれはまさか……」
サエモンがそう言いかけたとき、誰かが叫んだ。
「リヴァイアサンだ!!」
「なぜこんな場所に!?」
「もっと南方の海域にしか出ないはずだろ!?」
リヴァイアサン、前世でも聞き覚えのある神話生物だ。巨大な海蛇のような姿をし、あらゆる武器を跳ね返すほど硬い鱗を持っていたはずだ。
そんな化け物がどうしてこんなところにいるのだろうか。
「冒険者共!応戦するぞ!!」
サエモンは剣を抜いてリヴァイアサンの方へと構えた。しかし彼以外に戦おうという意志を持つ人はいなかった。
「無茶だ!」
「あんな化け物に勝てるわけないだろ!」
「私たちここで死ぬんだわ!」
と絶望的な様子で口々に叫んでいた。確かにあんな巨大な生物に対してそう簡単に戦おうだなんて思えない。
もしやサエモンは高ランクの冒険者だったりするのだろうか?
というかそんなことを考えている暇はない。俺たちも応戦するべきだ。
「……海での戦いは初めてだが、やるしかなさそうだな」
「そうね、こうしている間にも船は攻撃されているしね」
リヴァイアサンは先ほどから海に潜ったり、海面に出てきては船に対し攻撃を仕掛けていた。いつ船が沈んでもおかしくない状況だった。
『アレス聞こえるか!?これからリヴァイアサンという海の化け物と戦う!お前も協力してくれ!』
俺はアレスに《思念会話》で甲板に来るよう呼びかける。
『……無理だ!』