100話 それぞれの従魔
シーナとステラの視線が合ったと思うと、少しの間だけ沈黙が流れた。
「……な、なんでアンタがここにいるのよ!」
「あらあら、久しぶりねぇ」
ステラが指を差しながらシーナにむけて叫び、それに対してシーナは知り合いに会ったかのような反応を返した。
「え、久しぶりって、どういう……?」
アクリーナが首を傾げる。俺も首を傾げるたいぞ。反応からして二人とも知り合いっぽいけど、一体どういうことなんだ?
「ちょっとぉ!何でアンタはコイツと一緒にいるのよ!知り合いからとっとと言いなさいよぉ!」
「え、ええ?」
ステラが涙目でアクリーナに叫ぶ。ポコポコと叩く動作をしているが、主従契約により当たってはいなかった。
「今度はアクリーナちゃんに召喚されたのね。それにしても、また貴方に会えるなんて思ってもいなかったわ。『ホシザカナ』ちゃん」
「その名で呼ぶなぁ!」
「ホシザカナ?」
「私が主だった時のこの子の名前よ」
「え?」
えっと、つまり……
「シーナさんと、ステラは以前に主従関係だったんですか?」
「そうよ。私が冒険者をしていたころに使役していた従魔の一人よ」
「「「ええええええ!?」」」
俺たちは驚きを隠せなかった。
「グスッ、まさかこの鬼畜女の知り合いに召喚されるなんて……思ってもいなかったわ」
ステラは落ち着いたの涙ぐみながら元主であるシーナの悪態をついていた。
鬼畜女って……、まあ、言いたいことは分からなくもない、けど……
特訓と称したシゴキを受けてきたことを思い出しながら俺はそう思った。口に出したら何をされるかわからないし、黙っておこう。
「通りで……アンタの魔力が似ていた気がしたのよ」
「俺?」
ステラは無言で頷く。
そういや召喚されたときに俺の方を見て、怪訝な顔をしていたな。あのときに俺の魔力とシーナの魔力が似ていると感じたのだろう。
「それで、あたしをこんなところに呼び出して、嫌がらせのつもり?」
「い、いえ!そんなつもりじゃ……」
「それじゃあどういうつもりなのよ……」
「ホシザーー」
シーナがステラの以前の名を呼ぼうとしたとき、ステラはキッと睨みつけた。
「ーーステラちゃん、久しぶりに会えたんだもの。お話でもしましょうよ」
「アンタと話すことなんて何もないわ!」
バン!と机を叩いてステラは叫ぶ。
さっきからヒステリックに叫んでばかりだなぁ。シーナと何があったんだよ。つーかホシザカナって名前……。どんな由来でつけたんだよ。
「えー、いいじゃない。楽しかった思い出とか」
「楽しかった?ええ、アンタはさぞ楽しかったでしょうね!あたしを散々辱めておいてね!」
辱めた?一体、何をしたんだよ……。
ここまで怒るだなんて、そりゃさぞ恥ずかしいことを……
「いつもいつも、あたしに恥ずかしい服を着せて!制服やら看護服やら、ギルド職員の服や挙げ句の果てにメイド服なんてものを着せてあたしを戦わせるだなんて!」
ズルッと、思わずこけそうになった。
え?それだけ?それだけでそんなに怒るものなの?
シーナはステラのことを着せ替え人形か何かだと思ってるのか?いやまぁ、人魚ってだいたいが貝殻で大事な部分を隠してるだけだけど。それで服を着せたいと思うのはわからなくはない。
試しに人魚が制服やメイド服を着てる姿を想像してみる。
うん、とても可愛らしい。それが戦ってるとなると、なかなか斬新な戦闘だな。戦うメイドなんてものが前世ではあったし…………アリだな。
「ちょっとぉ!アンタ絶対変なこと考えてるでしょ!」
「い!?いや、考えてないぞ?」
「嘘よ!この女があたしにどんな服着せようか考えてる時の顔をしてたわ!」
おいおいマジかよ……。
「あら、クーラスも分かるのね。流石は私の子ね」
そこで息子と自慢されてもなぁ。ステラに似合う服に関しては否定しないけど。
「もおおお!何であたしが召喚されるところはこんな奴らばかりなのぉぉぉ!?」
知らんがな。なんつーか、色々と面倒くさい奴だな。アクリーナもこれから大変だな。
「それで、クーラスの従魔はどんな子なのかしら?」
「うぇっ!?い、いや俺のは……」
思わず変な声が出た。
正直、俺の従魔は性格に難ありというか元が魔族だから会わせるのは気が引ける。
「ん、呼んだかの?」
と、思っていたら俺の後ろに伸びている影からヤツの声が聞こえた。
「おい、勝手に出てくるんじゃない」
「呼ばれた気がしたから出てきたのじゃー」
「呼んでない、とっとと引っ込めバカ」
まったくコイツは、隙あらば勝手な行動をしやがって。
「誰がバカじゃ!」
「その子がクーラスの……っ!?」
「っ! そ、そいつは……!」
マズい、コイツが魔族だってことがバレたか!?
「えっと!コイツは……」
「随分と可愛いわねぇ、お名前はなんていうのかなあ〜?」
「うぎゅう!? き、気安くわれに触れるにゃあ!?」
シーナがフィリアに勢いよく抱きついた。そしてそのまま頭を撫で回したり匂いを嗅ぐ。
その様子に俺は思わず呆気にとられた。
「はにゃせえええええええ!!」
「お名前はなんていうの〜?」
「わ、われは⬛︎⬛︎⬛︎じゃぞ!」
首輪の効果より名前のところだけ、ノイズが入ったように聞こえる。
「え?なんて言ったの?」
「じゃ、じゃから……!」
「はぁ……母さん、そいつは『フィリア』だ。種族は分からんが、亜人であるのは確かだ」
俺は半ば諦めフィリアを家族へと紹介する。種族に関しては説明が大変なのでぼかす。魔族だとわかったらどんな反応をするのかわからない。
「フィリアちゃんね、私はクーラスの母親のシーナよ。よろしくね〜」
「何?キサマが此奴の親か?」
それまでシーナの腕の中で暴れていたフィリアがピタリと動きを止め、ギロリと殺気を漏らし始めた。
「おいフィリア、母さんに何かしたら許さねえぞ」
「フン、言われずとも命令で縛られているから無理な話じゃ」
つまり命令で縛られていなければ何かをしていたってことだろう。コイツのことだからな。
「それにキサマの親ともなれば実力も相応のものじゃろ。キサマに敗北し、弱体化したわれが敵うとも思えぬ」
それはそうかもしれない。だが召喚時にやらかしている前科がある以上、油断はできない。
「敗北?弱体化?クーラス、フィリアちゃんと戦ったりしたのかしら?」
「そ、そうだよ」
「でも、従魔は主人に攻撃ができないはずだけど……」
「う、それは……」
戦ったのは嘘ではない。だがそれは俺がコイツを召喚する前、六魔天将のサタンとして戦った時の話だ。いや召喚時のアレも戦ったといえば戦ったのかもしれないが。
そのあたりを説明するとなると、必然的に俺が一度殺されかけたことも話さなきゃいけないだろうし、いらぬ心配をかけたくない。どうしたものか。
「……まあ、いいわ。可愛いし」
「じゃからいい加減に離せえええええええ!!」
シーナは再びフィリアへと向き直ると、先ほどと同じ行動をとった。フィリアは必死に逃れようとしているが、今のあいつは人間と同じ力になってるために抜け出すのは簡単ではない。
とりあえず話題が逸れてよかった。
俺はなんとなく部屋を見渡してみる。
「なんで、なんでなのよ……」
「キュア♪」
「うにゃああああああああああああ!!」
部屋の隅で落ち込むステラ、テーブルの上で黙々と餌を食べ続けるミリィ、そして抱きしめられ苦しそうに悲鳴を上げるフィリア。
部屋の状況がかなりカオスだなぁ。ラルスはいつのまにか空気になってるし、アクリーナはシャロンと楽しそうに雑談してる。
「兄さん」
「ん、なんだ?」
「久々に僕と手合わせしてもらえないかな?」
「ああ、いいぞ」
俺はスヴェンと一緒に剣を持って外に出ようとすると。
「キサマぁ!われをこのまま放っておくつもりかぁ!」
「知らんな」
「ふざけ……キサマはいつまで匂いを嗅いでるのじゃああああああ!!」
騒ぐフィリアを背に俺はとっとと玄関を潜った。
祝100話達成。