98話 既視感
「ただいまー」
「帰ったぞ」
俺たちが部屋でゆったりしながら雑談していると、玄関が開いて父ラルスとスヴェンが帰ってきた。
「おかえりなさい二人とも」
「おおクーラス、帰ってたんだな。おかえり」
「おかえり兄さん」
俺が出迎えると二人も俺の帰りを迎えてくれた。二人は全身を土や泥、そして血で汚れておりラルスは背中に大きな熊を背負っていた。
昔、俺が仕留めたのより大きいのではないか?スヴェンのやつ少し見ない間に随分成長したのだな。
「あ、シャロン姉さんもおかえりなさい」
「ただいま、スヴェン君」
「二人とも、彼女は学園で知り合ったーー」
「あ、えと、初めまして!アクリーナ、といいます!」
俺は二人にアクリーナを紹介しようとすると彼女は慌てたような感じで挨拶をした。
テンパリすぎだ。少し落ち着け、アクリーナ。
「どうも初めまして、スヴェンといいます」
「これはこれは初めまして、俺の名はラルスだ。クーラスが世話にーー」
ラルスがアクリーナに向けて挨拶しようとした時、何かに気がついたように視線をアクリーナへと向けた。
「おや、君はあの一族の忌ーー」
「父さん?」
「あ、いやっ!すまなかった」
「いえ、大丈夫です」
ラルスが忌子と口走りかけたのを慌てて俺は制した。慌ててラルスは頭を下げ謝罪する。
アクリーナは気にしていないようだけど、確かに種族を知るものとしてそう思うのは仕方のないことだろうけど、本人を目の前にしてそんなことを言うのは人としてどうかと思う。
だが実際、出会ったばかりの頃を含めて王都やギルドでアクリーナに対して良い印象を持っていない人間は少なくなかったのもまた事実だ。
「まったくあなたったら、こーんな可愛い子に対して何を言うつもりなの」
「むぐっ!」
シーナがアクリーナに抱きつき、アクリーナの顔が豊満な胸に埋もれた。
既視感を感じるのは気のせいではない。
「う、それは悪かったって……」
「あなたったら昔からそうじゃない、だいたいパーティ組んでた頃だってーー」
シーナはアクリーナを抱きしめたまま、クドクドとラルスに対してお説教を始める。おいおい、そのままだと息できなくてアクリーナが死ぬぞ。
そう口を挟みたかったがシーナの説教はなんだか夫婦喧嘩をするときとは違う迫力があって怖いのだ。
「ねー?アクリーナちゃん?」
「……ひゅう」
それから10分ほどが経ってようやくお説教も終わり、シーナはアクリーナから手を離した。
案の定、アクリーナは酸欠状態だった。
「……はぁ」
思わずため息が漏れる。
アクリーナも不運というかなんというか、自分に好意を持ってくれる人に限ってこんなことが起きるとは、思いもしなかったろう。
そして、チラリと横を見るとラルスは背中に熊を背負ったまま俯いていた。毎回シーナから説教受けるとしばらく落ち込んで戻らないんだよなぁ。
その背負ってるやつ、察するに今夜の晩飯だろう。早く加工してもらいたいものだな。
「あー、そうだな。スヴェン、お前は無詠唱は使えるようになったか?」
「完全に使えるようになったわけじゃないけど、いくつかの魔法なら無詠唱で使えるよ」
そう言ってスヴェンは右手にウォーターボールを生み出し、ラルスに向けてぶっ放した。
おいおい、いきなり何をやってるんだ?
「ぶはっ!おい、スヴェン!」
「あ、父さん戻ってきたみたいだね」
ああ水をぶっかけて正気に戻したのね。
それにしても無詠唱をこの数ヶ月で会得したのか、世間的に見ても凄まじい才能の持ち主だな。流石は我が弟というべきか。
「それよりもさ、早く熊を解体しようよ」
「む、それはそうだが……」
「じゃ、また後でね」
「あ、ああ」
そう言ってスヴェンとラルスは熊を解体しにまた外へと出て行った。
スヴェン、少し見ないうちに色々と成長したなぁ。
「……スヴェン君、結構変わったね」
「そうだな。見た目もだが、内面も少し見ないうちに成長したもんだ」
「ところで、夜ご飯まで何する?」
「……アクリーナの意識が戻るのを待つか、それとも待ちつつ雑談とかでも」
「アクリーナちゃーん?」
アクリーナは未だに意識を失ったまま、シーナに介抱されていた。その原因であるシーナは何が起きたかわからずアクリーナに語りかけていた。
アンタのせいだろと言いたいが、仮にも親に向かって、シーナという存在に向けてそんなことを言える勇気なんてあるはずもなかった。
「休暇の間さ、ずっとここで過ごすの?」
「んー、特に予定もないからなぁ」
さっきもアクリーナが言ってたが、何をするのか聞かれても何もないとしか答えられない。
「それで、一つ提案があるんだけど」
「提案?」
これにて第一章は終了です。随分と長くなってしまいましたが次回より第二章へと入りたいと思います。またお付き合いの方をよろしくお願いします。