97話 帰宅
学園を後にした俺たちは街に出て、これからのことについて考えていた。
さて、夏季休暇か。休暇とはいえ実家に帰って特にやることも決まっていないし、どうせ訓練漬けの毎日になるだろうし、いっそ他国に旅行へ行くのもいいかもしれないな。
「それじゃ、また新学期にな」
「ああ、またね。みんな」
アレスは世話になった孤児院の方へと歩き出し、俺たちと別れた。
思えば学園に入ってから色々なことがあったな。
新しい友人と出会い、時には貴族どもを半殺しにしたり、魔族と戦ったり、天使と対面したり、童貞を卒業したり、魔族を従えたり、ギルドの仕事を体験したりなど濃厚な日々だったなぁ。
前世じゃ考えられないことばかりだ。
「そんじゃ、人通りの少ないところへ移動しようか。念のため索敵も怠らずにね」
「うん、わかった」
俺たちは三人は一度この場を離れて路地裏へと移動する。転移魔法はドロシーの反応で分かったが、どうやらかなりの高度な魔法らしい。
今まで何気なく使ってたからそこまで難しくないのではないかと、思ってたがどうも違うみたいだ。街中で、人目につくところで使ったら騒ぎかねないしね。
…………ま、俺は何度も街中で使ってる上に他人に長距離の転移をさせてるから今更感が半端ないけどな。
「それじゃあ、周囲に誰もいないことを確認して……転移するぞ」
索敵でも周囲に人は俺たち以外にいないことを確認して、円状に並んで手を繋ぐ。
家の場所を思い浮かべて、転移魔法を発動する。
白い光に包まれ、俺たちは一瞬にして転移した。
途端に俺の視界に飛び込んできた景色は、森の中で周囲には木々しかない中、ポツンと建っている我が家だった。
おお、懐かしい景色だな。たかが数ヶ月離れていただけなのに随分と久しぶりな感じがする。
「……帰ってきたな」
「うん……」
「ここが、クーラスの家?」
「ああ。こんな周りに何もないところで育ったんだな」
今更だが何で父と母はこんなところに住んで俺を産んだんだろ。村とかならわかるけど、こんな森の中で隠居するような形で住んでるって、どうしてなんだろうか?
あとで聞いてみようか。
「入るぞ」
コンコン
意を決してドアをノックする。自分の家とはいえ、久々で妙に緊張するなぁ。
ガチャ
「はぁい、あらクーラス。それにシャロンちゃん、帰ってきたのね」
俺の母親、シーナがドアを開け俺たちを笑顔で出迎えてくれた。それにしても、結構若いよな。生まれた時の記憶と比べても、あまり変化がないように見える。
まあ高位の魔法使いらしいし、冒険者でもトップクラスの実力があるみたいだし、美貌を保つ魔法でも使えるのだろうか。
その辺、禁属性が使える俺らにとって造作もないことだな。
「ただいま、母さん」
「た、ただいま帰ってきました」
「おかえりなさい。クーラス、シャロンちゃん。そしてーー」
「あ、う、えっと。アクリーナ、です。二人にはお世話になってます」
シーナがアクリーナの方へ目を向ける。
アクリーナは少しオドオドしていたと思うと、すぐ挨拶をした。
「アクリーナちゃんね。私はシーナ、クーラスの母親よ。よく来たわね、ゆっくりしていってね」
「ふぇっ、は、はい!」
シーナはアクリーナの手を取り、笑顔でそう挨拶する。またもアクリーナは戸惑いながら返事をした。
「さぁさぁ、そんなところに立っていないで早く中に入りなさい」
「あ、うん」
「はい」
「は、はい」
玄関を潜り中へと入る。久々に感じるこの空気、帰ってきたんだなぁ。
「二人とも、王都はどうだった?」
「人が多かったな」
「美味しいお店とか、沢山あって楽しかった!」
シャロンが元気よくそう答える。そういえばアクリーナとよく出かけてたな。俺は特にそういうことはしていないが、美味しい店が多かったという印象はある。
「あとは学園で色んな人と出会ったり、ギルドの仕事も体験したな」
「それでアクリーナと友達にもなってね」
シャロンはアクリーナの方を向いてそう言う。
アクリーナは何やら顔を赤くしてモジモジてしていた。
「えっと……」
「二人とも楽しんできたみたいね。何より無事で良かったわ」
無事、とは言うものの俺は一度死にかけたんだけどね。その辺はまあ言う必要はないか。あとは夕食のときにでも父さんたちも交えて思い出話でもしようか。
そこまで考えているとふと思った。
「そういえば父さんたちは?」
「お父さんとスヴェンは今、森で狩りに行ってるわ」
狩りか、そういや俺も今のスヴェンくらいの時にシャロンと実戦訓練で称して森にほっぽり出されたなぁ。
「スヴェン?」
「弟だ。あとで紹介する」
「アクリーナみたいにね、左右で眼の色が違うんだよ」
「そうなの?」
スヴェンのやつ、大丈夫だろうか。
俺らの時はデカい熊に遭遇しても禁属性で何とか倒したけど、アイツは禁属性は使えないはずだったし、そうなったらヤバいよな。
「どうしたの、クーラス?」
「何がだ?」
「何か、笑ってたから」
笑ってた?ああ、そういやあの時に初めて魔法で生きてるモノを欲望のままに壊したんだったな。
アレも楽しかったが、何より王都に行って知性のあるモノがあげる悲鳴が心地良かったな。やはり殺すのは知性のある生き物に限る。
「ねぇクーラス?」
「ん、なんだ?」
「さっきから変だよ?」
「そうか?俺は別に大丈夫だけど」
あんま人がいる前でこういうこと考えるのはやめとこうか。変に心配をかけるわけにはいかないからな。
「そう、それならいいけど……」
「クーラスって時々一人で笑うときあるわね」
「そうか?」
「ええ、少なくとも一緒に行動してるときにそんな様子があったわ」
そうなのか。自覚はなかったが、人前でそういうのを考えるのは控えた方がいいな。こんな性癖を他人に知られるわけにはいかないからね。