10話 蘇る感情
「グォォォ!」
「!」
距離をとっては詰められることを何度か繰り返し、俺はチャンスをうかがっていた。両腕に怪我を負いながらも、熊は俊敏な動きでなかなか隙を見せなかった。
「なんとかやつの動きを止められれば……そうだ!」
俺は思い切り後ろへ跳び、距離をとった。そして熊はすぐに体勢を変えてこちらに飛びかかろうとした時
「今だ!」
地属性の魔法を使い、熊の足元に大きな穴が空け、熊を落とし動けなくする。
「グォォ!」
「へっ、こうなっちまえばお前なんか怖くねえぞ、覚悟しろよ?」
魔術の書のあのページに描かれていた絵を思い浮かべ、熊に向かって魔力を放射した。
イメージは、腹が破裂して内臓を外へと飛び出させる、あとはえーと、なんて言えばいいか…
「————《腹部破裂》」
ドパァン!
そう唱えた瞬間、熊の腹が大きな音を立てて破裂した。熊はか細く声をあげていたがだんだんと小さくなり、そして動かなくなった。
その様子は酷い有様で、普通の人が見たら嘔吐するようだった。だが俺は逆にこの状況を楽しく感じていた。
内臓が飛び出してる。血がドバドバ出てる。もっと、もっと中を見せろ。
死体に近づき腹に手を入れ、さらに腹を裂いて内臓を引きずり出す。そして他の箇所へ手をやり素手で首を引きちぎったり、中身を引きずり出して楽しんでいた。
「ク、クーラス?お前、何をしてるんだ…?」
声をかけられたことに驚き、即座に振り向くとそこには呆然とした父ラルスの姿があった。
「え、あ、これは…その……」
「もしかして解体していたのか?」
「え」
この状況を見て、父ラルスは俺が熊を倒してそれを解体していると思ったようだ。本当はただ楽しんでグチャグチャにしていただけなのだが。
「そ、そうだよ!熊を倒してどうせだから持って帰って食べようかなと思ってそれで解体してたんだよ!」
早口でそう説明すると納得したのか先ほどと打って変わって
「そうかそうか!熊肉は美味いからなぁ!あとは父さんがやるからお前は先に戻ってなさい」
熊を倒したことには完全にスルーか、まあいい、とりあえずさっさと戻ろう、母さんもシャロンも心配しているだろうし。
森の入り口まで戻るとそこには母シーナとシャロンの姿があった。
「クーラス!!」
俺の姿を見た途端、シャロンはすぐさま駆け寄って来て俺に抱きついた。
「グーラズぅぅ!よがっだ、よがっだよぉぉ」
「悪い、心配かけたな」
泣いているシャロンの頭をポンポンと叩いて落ち着かせた。
「クーラス、あなた、その姿どうしたの…?」
母シーナに言われ自分の体を見ると、あちこちが血まみれでまるで自分が大怪我を負っているかのような姿をしていた。
「ちょっと熊と戦って」
「熊!?それで怪我してるの!?」
「あ、いや俺は怪我してないよ、これ全部熊の血だから」
「え、え?」
何が何やらわからないという様子だった、そりゃそうだ、こんな子供が熊を倒したなんて普通考えられないよな。
それから少しして父ラルスが戻ってきた。毛皮や肉を持ちながらやけに嬉しそうな様子だった。
「今夜はクーラスのおかげでご馳走だな!」
「ほんとにもう……この子は……」
夕食はとても豪勢な食事だった。俺の殺った熊の肉を始め、猪やら鳥やら肉料理が中心だった。
ラルスは気分がよさそうに俺に質問をしてきた。内容は決まってどうやって倒しただの、なぜ無傷なのか、というか俺が熊を殺ったということに驚きはないのか。そのことを呆れて母シーナが指摘すると
「なんでお前倒せたんだ!?」
反応が遅すぎるだろ、まあ身体強化無しの近接戦は命がけだったけどな、当たってたら致命傷を負ったかもしれないし結構危なかったな。ま、楽しかったから良しとするか
「兄さんすごいね!」
「お前も鍛錬積めばこのくらいできるようになるさ」
「でもあれは厳しいって…」
ここ最近、弟のスヴェンも鍛錬にちょくちょく参加するようになってしごきを受けている。今日のは流石に危険なので休みだった。俺らは1日も休まされたことがないというのに…!
「なぁシャロン、帰ってきてからずっと黙ってるけどどうしたんだ?」
「え!い、いやなんでも…」
顔を赤くしてそっぽを向いた。どうしたんだ?なんとなく母シーナの方へ向くとやけにニヤニヤしているし、一体なんなんだ。
「あ、そういえば」
熊と戦った際に剣が折れたことを思い出し、その場で空間収納からソレを取り出した。
「剣が折れちゃったんだけど、どうすればいい?」
空間収納には折れた剣先も入れていた。あの場に不法投棄するわけにもいかないし、そもそもこの世界にそんな法があるのかわからんが。
「こりゃあ廃棄するしかないな」
「修復魔法で直せないの?」
「もちろん、直せないこともないが新品にした方が早いしコストもかからないぞ」
コスト?買ったり作ったりする方がかかると思うのだが
「え、自分で直したらいいんじゃ…」
同じことを思ったのかスヴェンが質問した。
「ハハハ!いくら修復魔法を使ってもかなりの時間がかかるぞ?それに魔力だって消費する量も半端じゃない、専門のところでやってもらうにしてもかなりお金がかかる、だから新品にした方がいいんだよ」
父ラルスは笑いながらそう言った。
そういうものなのか?禁属性だったら修復どころか新品に変えたり刃を伸ばせたりできそうだな。
「じゃあこれは明日あたりにでも処分しておくぞ」
そう言いながら父ラルスは一旦食事の席を離れ折れた剣と剣先を持って行った。