第9話/本機は、まだ整備中であります! 出撃は無理です!
本当に動くかどうか、わからない。
え? 何がかって?
チャペック一号。
チャペック一号が、本当に動くかどうか、わからない。
試験運転だってしてないんだ。
最後の微調節だってやってない。
配線の確認だってやってない。
組み立てだって、不十分だ。
つまりは、まだまだ作業中ってわけだ。
だから少しでも早く、制作作業をしておきたかったのに。
不良番長につられて、こんな夜中に、肝試しなんかするって言うから、
昨日は組み立て、できなかったんだ。
でも今、こんな真夜中に組み立て作業しているって言う事は、結局は同じ事かな?
俺の横で、俺好みの青い目をした妖精さんが、ワクワクしている。
なんで、ワクワクしてるのがわかるかって?
そりゃ、俺の頭のすぐ横で、作業する俺の手を明るく照らしてくれているんだ。
これだけ近ければ、ルンルン気分の雰囲気も伝わってくるさ。
こんなに近いと、青い目の妖精さんの皮膚呼吸まで伝わってくる。
青い目の妖精さんは、小さな身体をしているが、その肌から、力強い生命の力を持った皮膚の呼吸を息づかいが伝わってくる。
なんか、まるで香水みたいだ。
おまけに彼女は、青い目の妖精さんは俺の顔のすぐ横で、しきりに背中の羽根をパタパタさせている。余計に、彼女の、まるで香水みたいなすてきな香りが、さっきから俺の鼻先に注がれている。
いい香りだ。
なんだか、とっても気持ちいい。
ずっとこのままにしていたい。
このまま、香りをかいでいたい。
そんなファンタジックな俺の気持ちを、不良番長の無神経な言葉が破壊した。
「この剣道の小手は、ここにつけて、と。」
「これは何ですの?」
「あっ、これ? カメラのフラッシュだよ。スイッチを入れると、ほら。」
薄暗い部室の中で、カメラの連続フラッシュが点滅する。
自分たちの影が、シルエットのように大きく壁に点灯される。
「まあ素敵! なんだかきれいね!」
「このフラッシュ、どこにつけようかな?」
「鋼の巨人さんの、頭のところが、よろしんじゃなくて?」
「そうだね。」
そう言って、不良番長は手に持つ連続フラッシュを様々な物で「武装」したチャペック一号の頭に取り付ける。
「まあ、ステキ。なんだかセンス、いいですわねえ。」
「そ、そうかぁ?」
なんだ、なんだ、なんだ?
この二人、なんかおかしいぞ!
不良番長と、俺好みの青い目の妖精さんの二人の雰囲気が、なんかおかしいぞ。
「そう言えば、ドタバタしていて、お互いの自己紹介が遅れてしまいましたね。私の名前はミハレルフと言います。あなた様は、なんてお名前ですか?」
「お、俺の名前は、江戸川長一郎って言うんだ。」
待て! 待て! 待て!
ちょっと待て!
何でお前ら、自己紹介してるんだ?
本当だったら、俺が彼女に、俺好みの、カールした金髪がかわいい青い目の妖精さんに名前を聞くはずだったのに!
なんで番長が、俺じゃなくて不良番長の長一郎が彼女の名前を聞くんだ?
何が「お、俺の名前は、江戸川長一郎って言うんだ。」だ?
ここは東京じゃないぞ!
江戸川なんて流れてない!
それに、青い目の妖精さんのような、かわいい女の子の担当は、不良番長のお前ぢゃなくて、アキバ大好きで、ロリコンの俺の専売特許だったはずなのにぃー!
何でお前が聞いちゃうんだよ?
何でお前は仲良くしてるんだよ?
お前はひょっとしてロリコンだったのか?
俺は非常に不愉快であった。
俺の事を気にしてくれない事に不愉快であった。
でも、彼女が、青い目の妖精さんの名前が「ミハレルフ」とわかったのが収穫だった。
でも、何かすっきりとしない。
でも、何かちょっと悔しい。
「これでいいかな?」
自信に満ちた表情で不良番長が、額に走る汗を拭う。
ずうっとかぶっていたヘルメットの形が、焼き印のように髪型にしみついて、なんだかダサダサのスタイルであった。
だが、不良番長の頭の隣で、ヒタヒタ言ってホバリングする、俺好みの青い目の妖精さんは、なんだかとても満足そう。それを見ている俺は、なんだかとても不満足。
「まあ、ステキ! 鋼の巨人さんの肩から飛び出している、これは何ですの?」
ハンカチで顔を拭く不良番長のすぐ横で、青い目の妖精さんの問いかけている。
ハンカチ?
不良番長、ハンカチなんて持ってたの?
不良番長、そんなに繊細だった?
不良番長、お前は王子様か?
「ああ、これはいわば、ミサイルランチャーだ。正確に言えば、まあ、連射花火だけどね。」
思わず俺はつっこんだ。
「連射花火? そんな物どこにあったんだ?」
「へっ? イベント研究部。あそこいつも部活と称してパーティ開いてたから。余興のネタのひとつだろ?」
「でも、そんな物、どうやって着火するんだ?」
不良番長は、チャペック一号の身体から、伸びに伸びた導火線を取り出した。ロープのような導火線が不良番長の手元で、フラフラ揺れている。
「どうだ、すごいだろ? この導火線で『水平連続発射強力花火ミサイルランチャー』をお見舞いするんだ。」
「導火線! そんな物、どこにあったんだ? それにそんなに長く作れる程の火薬、どこにあったんだ?」
「化学部。あそこはさあ、普段からいっぱい変な薬品がいっぱいあったからな。普段から、何だか怪しい薬の調合もしてたみたいだし。」
アナログな!
何てアナログな!
このワイファイでブルートゥースの時代に、何とまあ、アナログな。
だが俺はふと、疑問点がひとつある事に気がついた。
「いや、いいんだけどさあ。アナログでもいいんだけどさ、番長、それ、どうやって着火するの? 火薬でしょ? 花火でしょ?火、着けなきゃいけないじゃん。」
俺の質問に、不良番長は迷う事なく鮮明に答えを出した。
「ライター。火をつけるのには、ライター。そんなの当たり前の常識じゃん?」
「......。ライター、それどこにあったの?まさか番長、普段から持ってたの?」
その問いに、手にしたライターをもて遊びながら、番長は表情を一つ変えず、さらりと答えた。
「言うと思った。俺が『不良番長』だから持ってたと思うだろ? 俺様はこう見えて結構マジメなんだぜ。家では使ってるけれど、学校には持って来ねえよ。」
おいおいおい、
待て待て待て!
家では使ってる?
結構マジメ?
よくわからん。
言っている意味がわからん。
その答えは予想外であった。
「花道部だよ、花道部。花道部の部室にあったんだよ。」
「か、花道部? だってあそこは女の子しかいないじゃん!」
「いやね、花道部の部室のロッカー、探してたら、出てきたんだよお。」
「花道部の、誰? 誰のロッカー?」
「部長のロッカー。」
「部長! か、花道部の部長って言ったら、この学校の生徒会の委員長じゃん!」
「そう。俺もビックリしたあ。」
「委員長、そうだったんだ。先生とよく協力して禁煙運動してたのに。」
「だからさ、委員長は捕まらなかったんだな。ウラ情報ゲットしてたはずだから。」
「世の中、なんか信じられないなあ。」
「...まあな。脱線はこれまでにして、さて、本題に戻ろうぜ。」
と言う事で、「鋼の巨人チャペック一号」のビルドアップは完了した。
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「作戦を説明する。」
イケメンロン毛のすてきな宇宙刑事の声が私の頭の中に響く。
これって、テレパシーのなせる技。
テレパシーってスゴイ。
考えるだけで、宇宙語も翻訳されて、ちゃんと伝わってくる。
学校の英語の授業、意味ないじゃん。
「我々が確保しなくては行けない凶悪宇宙犯罪人第二一MM三九二号は今、ちょうどこの真下にいる。」
私たちがいるのは学校の屋上だ。
私の目の中のスクリーンにマルチモニターが走る。
ああ、いやだ。私、パソコン嫌いなんだけどな。
パソコンの授業、よく眠っていたし。
「俺が階段を歩いて、やつらのいる階の廊下に降りていく。そうすれば、やつらは俺が立つ廊下の中央に出てくるだろう。」
私の目の中のスクリーンに、そのシミュレーション映像が立体で映る。
こりゃまた、リアルなシミュレーションCGだ。
目の中で動き回る3Dの画像が、自分の頭の中に飛び込んでくる。
ちょっと気持ち悪い。
「俺が一人でやつらを廊下中央に引きつける。そうしたら、君とヘイハチは、屋上をぶち抜いてやつらの真後ろに降下してくれ。やつらの前後から一斉攻撃して、目標を確保する。」
へ?
はいっ?
協力って、そう言う事?
私も、私も戦闘に参加すんの?
何で?
どして?
「今から作戦行動に移る。もし困った事があったら、ヘイハチに聞いてくれ。」
そう言い残すと、イケメンロン毛の宇宙刑事は自分の装甲をフル稼働して、屋上に突出した階段室に消えていった。
行っちゃった。
とっとと、行っちゃった。
屋上に、戦闘ポッドを着た私とヘイハチがポツンと残された。
イケメンロン毛の宇宙刑事が武装装甲をフル稼働して発光させた点滅はなんだかクリスマスツリーみたいできれいだったけどさ。
でも何?
彼は囮のつもりなの?
だったら私の責任重大じゃん。
でも何?
屋上の壁をぶち抜けって?
そしたら明日、授業どころじゃないじゃん。
学級閉鎖ならぬ、学校閉鎖じゃん。
あっ、まあ、それならいいか。
「ねえねえねえ、ちょっと、お嬢さん。」
予想外のセリフが私の頭の中に鳴り響いた。
「ねえねえねえ、お嬢さんってば。」
それはヘイハチの声であった。
なんかなれなれしいなあ。ちょっと私は不快であった。
「えっ? なに? 何ですか?」
ヘイハチはまるでラップ調のノリで私の頭の中に問いかけてきた。
「お嬢さん、素敵だね。僕の好みにビビットさ。」
は?
え?
なんと?
今、なんと言った?
テレパシーである。私たちの会話はテレパシーである。
であるがゆえに、今の私の声や、私の気持ちはバンバン伝わっているはずである。
であるはずなのに。
「聞こえてるのかなあ? お嬢さんの君はとっても僕の気持ちの最前線なんだ。」
は?
え?
なんと?
この、へんな「ボール」、今何とぬかした?
「お嬢さんのそのスタイル。お嬢さんのそのボディ、お嬢さんのそのお尻、スゴくとってもウルトラ超ビンビンに僕の好みにぴったしフィットなのさ。」
おいおいおい。
待て待て待て。
ナンパか?
それはナンパなのか?
こんな時に。
こんな場所で?
私はまだ屋上にいた。
なんかわけのわからん戦闘ポッドを無理矢理着せられて
待機している状態で、私はまだ屋上にいた。
不思議な事に、戦闘ポッドを来ている私は、なぜだか空中にふわふわ浮いていた。
どうせだったら、もっとすてきな服来たかった。
青山や原宿にあるような、キュートでキッチュでかわいい服を着ていたかった。
もっとも、竹下通りも下北沢も行った事はない。
すべて雑誌で見た情報だけど。
「お嬢さんの来ている服は、インターステラ全銀河宇宙ユニバーサルユニオンとその恒星系および惑星群による構成された議会連邦国家連合指揮下の武装警察軍の、最新式全天全方位対応重装甲高機動汎用戦闘防護移動装置。我々の装備の中でも、最新の流行のナイスな一点物の特注なんだよ。」
わからん。
何言ってるか、わからん。
長い。
あいかわらず、名前が長い。
私の心のつぶやきを、この金属ボールのヘイハチは読み取ったのか、すばやく答えの返事を返してきた。
「ま、一言で言えば、戦闘ポッドだけどね。」
......。
私は思考を停止した。
思考を停止するように、頭を集中した。
バカバカしい。
くだらない。
こんな、わけのわからん金属ナンパボールと話していたくない。
それでも、このおとぼけ金属ナンパボールは私の頭の中に直球を投げかけてくる。
「その最先端れ、流行の戦闘ポッドは、流行のデザイナーが満身を込めてデザインしたんだけど、キッチュでキュートな君にビビットにフィットだと思うんだけどなあ。」
......。
二人の間に沈黙が続く。
「何くだらない事言ってるんだ? 口説いている場合じゃないだろう、ヘイハチ。」
突然私の頭の中に、イケメンロン毛の宇宙刑事の声が響き渡った。
私好みの、ワイルドでちょっと野蛮であぶない雰囲気を持つ、イケメンロン毛の宇宙刑事の声が響き渡った。
驚いた!
超マジ驚いた。
そうだ、テレパシーだ。
私たちはテレパシーで会話しているのだった。
テレパシーで会話しているから、宇宙語がわからなくても完璧にコミュニケーションが可能なのであった。
だが、しかし!
それじゃあ私が、宇宙刑事の彼に興味を持っている事も筒抜けなの?
それじゃあ私の、宇宙刑事の彼に対する想いはもう伝わっている?
やだ!
やだやだ!
テレパシーなんてサイテー!
テレパシーなんて必要ないわ!
私の心の叫びを、見事に無視してスルーした宇宙刑事の彼は、淡々と口を開いた。
「今、やつらがいる階の廊下に出た。これから、やつらをおびき寄せる。」
彼のその緊張感がテレパシーを通じて、私の心に伝わってくる。
それを感じたのか、ヘイハチの雑念は消え、ほとばしる緊迫感が私の心を支配した。