第4話/秘密の花園
いやー、まいったなあ。
こりゃあ、まいったなあ。
ハーレムだ、ハーレム!
まさか、こんなハーレムが本当にあっただなんて、驚きだあ!
俺は思い切って部室のドアを開けた。
不思議な閃光が発光する「ロボコン部」の部室のドアを思い切って開けた。
ドアを開けてみて、俺は驚いた。
火の玉ボーイでも、ない。
光るコロボックルでも、ない。
火の玉暴走族でも、ない。
中にいたのは、光る粒子を巻きながら羽ばたいている
「光る妖精」たちだった。
俺は夢を見てるのか?
俺が見ている光景は、妄想か?
光る妖精たちがたくさん、ロボコン部の部室の中を羽ばたいている。
しかも、ここはアキバのメイド喫茶か何かか?
もっとも俺は、アキバにはまだ、行った事はないけれど。
光る妖精たちは、なぜだか、みんな胸にはリボン、短いスカートをはいている!
こりゃ、驚きだぜ!
ひょっとしたら、これは俺の妄想かもしれない。
そう思って、自分のほおをつねってみた。
痛かった。
震える指でつねってみたものの、力をコントロールせずにつねったので、結構痛かった。次からはもっとコントロールしてつねる事にしよう。
あまりの痛さで俺は落ち着いた。
正気に戻った。
絵に描いたようなコスプレまがいの光る妖精たちは、俺が室内に入った事に気がついた。
あれあれあれ?
やばい、やばいよー!
無数に飛び交う光るコスプレ妖精の中、一匹(?)の妖精が、俺の事に気がつき、近づいてきた。空気を静かにはたはたとなびかせながら、一匹の妖精が俺の方に近づいてくる。
ロボコン部の部室は、使わなくなった教室を使用している。
田舎だから、教室があまっちゃって。
そんな事は今、どうでもいい。
俺は衝撃のあまり、部室の黒板を背に張り付いて動けなくなっていた。
一匹の光る妖精は、おおよそ身長二十センチくらい。
カールした金髪の髪をしていて、目はマリンブルー。
肌は、白い方。
おいおい! これって絵に描いたような展開!
ほんとかよ?
本当に、この世の中に妖精なんて、いたのかよ?
一匹の妖精がおれの眼前にまでせまる。
なんか最近、俺の顔の近くまで、いろいろと接近するな。
一匹の妖精は、光る粒子をまき散らしながら、俺の顔の目の前でホバリングしている。ちょうど俺の口の前の付近だ。
まただ、まただ!
また、俺の口が狙われている!
なんか、いやな予感もするし、うれしい予感がする。
恐怖と期待が混ざり合って一緒くただ。
俺は混乱しはじめた。
まさか、俺はこの光る妖精に襲われちゃうの?
まさか、俺はこの光る妖精にやられちゃうの?
うれしいっ!
違う!
ちょっと怖い!
待ってくれ!
俺の、十五年守り続けてきた、俺の初体験が奪われる!
俺の、十五年守り続けてきた、俺の初体験の相手は、
身長二十センチくらいの、光る妖精?
俺はうれしさと恐怖が混在して、混乱した。
金髪のカールした髪の毛が、かわいい。
マリンブルーのつぶらな瞳が、すてきだ。
光る妖精の背中の二つの羽ばたく羽根からまき散らされる光粒子が、俺の鼻の中に入る。むずがゆい。
思わずくしゃみをして、俺は我に帰った。
くしゃみをする事により俺は我に帰った。
まてまてまて!
ちょっと待て!
バカか?
俺はお間抜けか?
相手は光る妖精、人間じゃない。
相手は光る妖精、身長二十センチだろ?
できるわけ、ないじゃん!
やれるわけ、ないじゃん。
バカだった。
俺はバカだった。
くしゃみに驚いた光る妖精は、少し俺の顔から離れて、左右に首をかしげている。
はずかしい
何かちょっと、はずかしい。
あまりのはずかしさに、俺は光る妖精の顔を見れなくなった。
俺は悲しくなって、部室のドアの方を見上げた。
二つの玉。
二つの球状の物がゆっくりと上がってくる。
なんだろう?
よく見ると、それは部室のドアのところ。
部室のドアの窓ガラスに、うっすらと二つの球状の物がゆっくりと浮上する。
うわっ!
今度は、何?
暗闇の中、光る妖精たちの反射光に照らされた「それ」は窓ガラスの向こうでゆっくりと上昇していく。
顔だ。
よく見ると、顔だった。
それは俺のいる部室の中をおそるおそるのぞき込む、不良番長とスケバンの顔であった。
なんだ、こう見えるのか。
お間抜けだな。
そんな事言っている場合ではない。
のほほんとしている場合ではない。
俺は今、謎の光る妖精とファーストコンタクト中だ。
一人で交渉するのはちょっと不安だ。
ちょうどいいタイミングであったので、俺は助けをもとめるつもりで二人に声をかけた。
「おおおおーい、二人ともー! た、助けてくれー!」
次の瞬間、強烈な物音があたりに響いた。
突然の物音に俺は頭にかぶったヘルメットを押さえながら身をかがめた。
何が起きたんだ?
驚いて音のする方向をよーく見る。
暗い中、俺の小さな目をかっと開いてその方向を見る。
それは先ほどまで不良番長とスケバンの2人がいた部室のドアの方だ。
だが、よく見ると2人がいない。
先ほどまでドアの窓越しに、不良番長とスケバンの2人の姿が見えた。
見えた、と言っても、俺がかぶっている物と同じの、通学用のヘルメットをかぶった姿であったが。
いない!
二人がいない!
なぜだ?
なぜ消えた?
新たな異生物の出現か?
化物か何かに、さらわれたのか?
あわてた俺がバカだった。
あわてた俺がお間抜けだった。
不良番長とスケバンの二人は、驚きのあまり、ドアを押し倒して部室の入り口に倒れていた。
お間抜けだなあ、と俺は吹き出しそうであった。
ベタだ。
非常によくある、ベタな展開だなあ、ホント。
くだらない。
衝撃の音のおかげで、驚いた光る妖精たちは、部室の奥の方に引っ込んでしまった。
「おいおいおい、二人とも! 大丈夫か? 何やってんだか?」
近づいた俺の下で、頭を抱えた不良番長が不満そうに立ち上がった。
「何言ってんだよ、シンちゃん。ロリコンのお前が心配になって、助けてきてやったのに。」
「そうだそうだ、マザコン! 少しは感謝しろよな!」
気がつくと、スケバンはいつのまにか立ち上がって腕を組み、見栄を切って俺たちを見下ろしていた。
早いなあ。
いつの間に立ち上がってたんだろ?
さっきの校庭のときもそうだった。
まあ、万引きやタイマンを張る「スケバン」さんにとって、そのくらい俊敏でないとやっていけないって事か?
だったら、「スケバン」なんかやってないで、その才能を生かして体育会系の部活に入ってオリンピックか何か、目指せばいいのに。
「おい、シンちゃん。大丈夫か? あれはいったいなんだ?」
ヘルメットを押さえながら不良番長は、おそるおそる立ち上がった。
不良番長のくせして、足が「へ」の字のように内股に曲がっている。
「...いや、俺もよくわからない。けど、妖精のような生き物みたいだ。」
「妖精? 火の玉ボーイじゃなかったのか?」
「光るコロボックルでも、火の玉暴走族でもない。あれは、光る妖精だ。」
首をかがめて様子を見る俺と不良番長を、間から首を突っ込んできたスケバンが見下ろして口を開いた。あいかわらずスケバンさん、上目目線だなあ。
「それはそうと、マザコン。お前、その光るコロボックル妖精と何してたんだ? ずいぶん接近してたけど、何か会話でもしたのか?」
「...いや。俺の目前まで接近遭遇はしたけれど、コンタクトはできなかった。」
「だらしねえなあ、マザコン。その程度でオロオロしてないで、もうちょっとピシッといけよ!」
あいかわらずスケバンさん、強気だなあ。
まあ、いいや。この人に何を言っても仕方ない。
自信と強気に満ちた、このスケバンは何と言ってもB型なのだから。
俺はそんな事はあきらめて、光る妖精たちの方を見た。
十匹か二十匹はいるだろうか? 部室の奥の方に固まっている。
部室の奥の方......?
えっ?
ヤバい!
ダメだよ!
そこには、チャペック一号が、俺が精魂込めて製作中のチャペック1号が、ある!
光る妖精だか何だかわからない生き物に、俺のチャペック1号が壊されてたまるか!
さっき、俺の顔面まで飛んできた、光る妖精ちゃんは、とっても俺好みでかわいかったけれど、
でも、それとこれとは関係ない!
何とかしなければ! とそう思った時、異変が起きた。
ものすごい衝撃音が部室内に響いた。
まるで先程の、不良番長とスケバンがドアを押し倒して入ってきたような物音であった。
何だよ、またか?
俺は二人が、機材でいっぱいのロコボン部室内でコードか何か引っ掛けて、倒れたのかと思った。
高いんだぞ、うちの部活の使用してる機材。
アキバの専門店から取り寄せたんだぞ。
もっとも俺は、聖地アキバにはまだ、行った事ないんだけれど。
そう思って振り向いた俺の真後ろに二人は普通に立っていた。
何? と言う感じで不良番長とスケバンが立っていた。
何? と思ったのは、俺の方だった。
じゃあ、何? 誰?
今の物音は、何?
不安にかられてあたりを見回してみる。
俺が精魂込めて作ったチャペック一号の付近で飛んでいた光る妖精たちの動きが変だ。何かにおびえているようで、しきりの付近を警戒して飛び回ってる。
何?
こんどは、何?
緊張した面持ちで俺たちはあたりを見回した。
「何? 何の音だ?」
「すげえ音がしたな。俺たちの他に誰かいたのか?」
「おい、マザコン! 今の音は何だ?」
俺に言われても仕方ないだろう、と思いながらもあたりを注視した。
すると俺の目の前にポトッ、ポトッっと、液体が落ちてきた。
何だよ、雨漏りかよ? と思って部室の上の方を見て、俺は驚いた。
シンクロ選手のように、いっしょの動きで天井を見た三人は驚いた。
目だ。
無数の目が天井に張り付いている。
ええっ? と思って三人はその場に腰を抜かした。
それと同時に不気味な、低く重いうなり声が、五・一チャンネルサラウンドのようにあたりに響き渡った。
これって、昔映画か何かで見た光景?
よく見ると、天井に無数の目を持った異形の物体が張り付いていた。
身体を黒光りさせた、アメーバ状(?)の変な生き物が張り付いていた。
えええええーっ!
その次の展開は早かった。
後で考えたら、予想以上の早さだった。
「火事場のバカ力」ってやつであろうか。
俺と不良番長とスケバンの三人は、最大級の叫び声を上げながら、廊下を全力疾走していた。
これなら三人ともオリンピックに出れるかも知れない。
だが、恐怖の徒競走は終わりを告げていた。
バカだ。
バカだった。
俺たち三人が疾風のように全力疾走した廊下の先は、行き止まりであった。
何でその事に気がつかなかったのだろう?
何でそんな重要な事忘れていたのだろう?
「あれあれあれ、あれーっ!」
「行き止まりじゃん! 何だよ、この校舎?」
って言ったって、毎日かよってる学校なんだろ?
ちゃんと憶えておけよ。
そう思ったがムダだった。
そんな事考えるのが、ムダだった。
「マザコンのお前がこっちに走るから、いけないんだろう?」
スケバンがにらみをきかしながら俺に訴えた。
そんな事言われても。
て言うか、先頭走ってたの、スケバンの姉御じゃん。
俺たちは振り向いた。
壁を背にして振り向いた。
光る妖精たちは、俺たちと他の所に逃げたのだろう。
こちらへはついては来なかった。
在校生の俺たちがどん詰まりになっていてはしょうがない。
後は、あのアメーバのような黒い変な生き物がこちらに向かってこない事を願うだけだ。
俺たちが走るのが早すぎて、異形の生物が、俺たちを見失ってくれる事を願うだけだった。
だが、その願いはかなう事はなかった。
なぜなら、俺たちが走ってきた廊下のはるか奥から、
不気味な雄叫びが、ドルビーサラウンドのように重低音を効かせながら接近してきたからだ。
シュワシュワシュワー。
不気味な音があたりに響く。
ケケケケケー。
異形の生物の鳴き声があたりにこだまする。
俺たちは自分たちが走ってきた廊下の奥を見つめた。
俺たちが見つめる六つの瞳をはるかに超える、無数の目玉が廊下の奥に現れる。
ビビりまくる中、俺は冷静な分析を続けた。
えっ?
目玉が廊下に?
目玉が空中に浮いている?
いや、違う!
アメーバー状の異形の生物の身体が、周りを、自分たちのいる廊下全体を飲み込んでいる!
いわば、俺たちは、アメーバー上の生物の「体内」に飲み込まれた形になった!
「やべー、逃げ場ねえよ!」
「なんだよ、あのスライム! 打倒する呪文とか、ないのかよ?」
「おまいら、バカか! これはゲームなんかじゃないわよ!」
ピンチだ!
大ピンチだ。
普通なら、ゲームの中なら、こういう時、誰か助けに来ないか?
俺たちが遭遇している現象は、決してゲームの一場面ではなかった。
俺たちが遭遇している現象は、現実の世界での話であった。
だが、「事実は小説よりも奇なり」であった。
大ピンチの俺たち三人の目の前に、どこからか助けがやってきた。
それはまるで「ゲーム」や「小説」のような展開ではあったが。
「忍者?」
「鎧武者?」
「ふ、浮浪者?」
人の主観は異なる。
人の主観とは、こんなに異なる物か。
突然俺たちの目の前に現れた「黒い人影」は、おおよそ二メートルを超える長身。
まるで絵に描いたようなキャラクターのように九頭身のスリムなボディであった。
廊下全体を飲み込んだアメーバー状の「身体」から、異様な発色の閃光がほとばしる。
四方八方全体から、アメーバー状の「触手」がせまりくる。
俺ももう、これでおしまいか?
一度もアキバに行けなかった!
そう思った瞬間、どこからか、まるで忍者のように現れた「黒い人影」は、刀のようなブレードでアメーバー状の触手を切り裂き、俺たち三人を守ってくれた。
これ、誰?
そう思った瞬間、異変が起きた。
次の瞬間、俺は「校庭」にいた。