第3話/駆け抜ける妄想
俺は猛ダッシュをして階段を走り上がった。
夜の校舎は、厳重に鍵がしまっているはずである。
ドアとか窓は施錠されているはずである。
なのに、俺は校舎内の階段を走り上っていた。
どこから入ったか、憶えてない。
だって! だって、そうじゃん!
俺が、ロボコン部の部長の俺が、
心底心を込めて作っているチャペック一号がどうなってるか、
心配でたまらん!
夏休みなんかも、毎日学校に来てゲームにあけくれて.....、
じゃない!
夏休み、毎日学校に来て、チャペック一号の製作にあけくれてたんだ!
まもなくある「全国ロボコン選手権東北地方予選」が開催されるって言うのに!
火の玉暴走族に、壊されてたまるか!
「おおおおーい、シンちゃん! まてよー!」
俺が駆け上がった階段の下の方から声がする。
不良番長が、俺の事を心配してか、追いかけてきてくれたようだ。
「おいっ! マザコン! 早まるな! 光るコロボックルは、凶暴だぞ、きっと!」
わけのわからない事を言って、スケバンさんもついて来てくれた。
ちょっと、俺はうれしかった。
だが、そんな呑気な事で感動してられない。
なぜなら、俺のチャペック一号の事がとても心配であったからだ。
俺は階段を一気にかけあがり、ロボコン部の部室のある四階に到着した。
俺は廊下を猛ダッシュした。
「廊下を走るんじゃない!」とよく先生に注意される。
だが、今はそんな事を言ってられない。
それに今、真夜中だ。
こんな時間に先生がいるわけ、ない。
俺は心配で猛ダッシュした。
俺のチャペック一号が!
俺が作ったチャペック一号が!
わけのわからない火の玉コロボックル暴走族に壊されてたるかっ!
俺が所属する「ロボコン部」の部室の前まで来た時、俺は思わず立ち止まった。
なぜなら、ドアの窓の部分のところから、強烈な光の渦が射し込み、付近の廊下まで明るくなっているからだ。
何やら、変な音が聞こえる。
何の音かわからない。
俺は怖くなった。
怖くなって、おもわず生唾を飲み込んだ。
なぜだか、ゴクン、と言う音が大きくあたりに響いたような気がする。
俺は、おそるおそる部室のドアの窓の部分に近づいていった。
音をたてず、気配を消して、一歩一歩、静かに近づいていった。
何がいるんだろう?
本当に、人魂とかのお化けだったら、どうしよう?
塩、持ってきてたかな?
でも、お化けとか、幽霊だったら、なんで最先端の電子機器で作られたチャペック一号に用があるんだ?
お化けの連中は、機械に強いのか?
俺はヘルメットを深々とかぶり直し、ゆっくりと窓越しに部室の中をのぞいた。
反対側の部室内から、俺を見たら、何ともこっけいだろう。
窓の下部分から、ゆっくりとヘルメットの頭部が浮上して、中をのぞく俺のおびえた表情が見えるわけだから。
だが今は、中の連中に、俺がどう見えていようと関係なかった。
俺は緊張する自分の意識を、今一度集中させた。
何が起きても恐かない。
俺は、自分が精魂込めて作ったチャペック一号を守るんだ!
そう決心して、窓越しに部室の中の様子を見て、俺はぶっ飛んだ。
俺が見た物。
俺の目に飛び込んできた物。
それは「ハーレム」であった。
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「おおおーい、待ってよー! シンちゃん、早いなあ。あいつ、あんなに早かったかなあ?」
二階から三階に上がる階段の途中で、不良番長は息切れて、立ち止まった。
「あんた、体力ないねえ。まだ、三階にも上がってないのに。」
そう言うスケバンも、息切れでハアハア言っていた。
そりゃそうだ。
四階のロボコン部の部室の異変を発見したシンちゃんは、猛烈なスピードで校舎内に突入した。
その時、不良番長とスケバンは、まだ校庭の真ん中にいた。
二人は、その場所から全力疾走したのだ。
先に行くシンちゃんとは、走る距離が違う。
「シンちゃん、大丈夫かなあ。」
そうつぶやいた不良番長の顔を、スケバンが笑みを浮かべ興味深そうにのぞき込んだ。
「あれ? 意外とお前、あいつの事が好きなんだなあ?」
唐突の質問に不良番長はぶっ飛んだ。
「な! なっ! 何言ってんだ? こんな時に?
俺は、あいつが、ロリコンのシンちゃんがあまりにも情けなくでダメな奴だから、気を使ってやってるだけだ!弱い奴を助けてやるのは、ほら、強い男の義務だろ?」
不良番長は痛いところをつかれて、強がってみせた。
だが、不良番長は、別のところでドキドキしていた。
それはー。
スケバンの姉御と二人っきりー。
暗闇に包まれた暗黒の中で2人っきり。
しかも、スケバンの姉御の顔が、急接近!
何だかちょっと、うれしくて、少しだけドキドキ。
...だが、まてよ? 前にもそんな事があったなあ? それって、いつだったっけ....?
不良番長の疑問は、スケバンの一言で解ける事となった。
「...前にも、こんな事があったなあ。...あれは、たしか、幼稚園の頃、裏山のお寺の、物置の中で....。」
その言葉を聞いて、不良番長は、はたと思い出した。
「ああっ! 幼稚園があった、古寺の、裏山の物置....!」
その言葉に続いて、スケバンが口を開いた。
「...裏山のお寺の、物置の中...お医者さんごっこ.....あれ、相手はお前だっけ?」
幼稚園時代。
古寺。
裏山の物置。
フラッシュバックのように電光が走り、記憶が走馬灯のように走りまくった。
不良番長は思い出した。
「...ああっ! 物置の中の、お医者さんゴッゴ!
...そう! そうだ! あれ、相手はスケバンの姉御だったんだ!
...おれが、ズボン脱がされて、パンツ脱がされて、懐中電灯に照らされて!」
不良番長がそう言った瞬間、二人の間に沈黙が走った。
二人とも、言葉が出なかった。
その時の記憶がないからではない。
その時の記憶は鮮明に憶えている。
であるがゆえに、二人とも声が出なかった。
沈黙。
しばらく沈黙が続いた後、スケバンはおもむろに猛ダッシュした。
あっけにとられた不良番長は、我に返って口を開いた。
「...あれ? 姉御! どうしたんだい?」
階段を駆け上がったスケバンは三階にたどり着いた所で立ち止まり、背を向けたままで不良番長に話しかけた。
「...早く、行くよ! そうしないとマザコンの奴が、光の玉コロボックル暴走族に狩られちゃうかも知れないだろう?」
そう言って、スケバンの姉御は四階へと階段を駆け上った。
暗闇に階段を駆け上がる足音が響く。
不良番長は、一人階段の途中に残されて、ぼうぜんとしていた。
不良番長は、(足りない頭を使って)一人考え込んだ。
なんだ?
なんだなんだ?
何があったんだ、あの時?
俺は幼稚園の一番下。
スケバンの姉御は年長さん。
俺はあまりにもお子ちゃまだったので、細かい事は憶えていない......。
たしかに、今の姉御の反応、何か変だよな...?
何かを隠してるよな.....。
ひょっとして、
まさか、まさか!
俺の初体験は!
俺の初体験の相手は、スケバンの姉御......?
いや、
まさか、そんな......。
まてまてまて!
ちょっと待て!
バカか?
俺はお間抜けか?
幼稚園だろ?
幼稚園の一番下だろ?
できるわけ、ないじゃん!
やれるわけ、ないじゃん。
バカだった。
俺はバカだった。
俺は悲しくなって、階段の上を見上げた。
もちろん、スケバンの姉御はもう、いない。
いかなきゃ!
ロリコンを、ロリコンのシンちゃんを助けにいかなきゃ!
不良番長は、自分で自分の頭をポカポカたたきながら、猛ダッシュで階段を駆け上がった。