第12話/悶絶絶頂混沌とする戦場
ポタポタと青緑色の液体が落ちる。
違う。
いや、違う。
青かな? 緑かな?
よく宇宙をさまよっていると、いろいろな星域でさまざまな恒星群に出くわす事が多い。
赤い星、黄色い星、さまざまだ。
その中に青い星や緑の星に遭遇する事がある。
本部からの指示がある時、よく座標上の目安として、色のついた星が目印になる事がある。
その際「そ、近くの青い星」とか、「五光年先の緑の星かな」なんて指示があるけれど、よくわからない。
青なのか、緑なのかはっきりして欲しい。
「青」と「緑」の二連星だったらどうするんだ?
どっちに突っ込めばいいんだ?
まあ「黒い星」に近づくわけではないので、それは構わないが。
一度だけ「黒い星」ブッラクホールに吸い込まれそうになった事がある。
あれは結構しんどかった。
身体が伸びるって言うか、身体が縮むって言うか。
あれは大変だった。
もう二度と体験したくはない。
だが今、それは関係ない。
今はそんな事は関係ない。
今は宇宙最強最凶の極悪犯罪人を逮捕するため、今この僻地の星域に来ているのだ。
「未知の敵の人型兵器」から発射された原始兵器は、全宇宙全銀河の英知を集めた、我らの、とても長ったらしい名前の宇宙軍の電磁バリアと磁気フィールドを突破して、見事にこの俺様、宇宙刑事トカマレグの身体に命中した。
幸い、全宇宙全銀河の英知を集めた、とても長ったらしい名前の宇宙軍の電磁バリアと磁気フィールドは、原始兵器をスルーさせる事なく、その衝撃でまっぷたつに引き裂いたものの、それ自体を止める事はできなかった。
痛い。
苦しい。
先ほどの原始的な火薬兵器の攻撃を受けた時は、少しだけ熱く、皮膚の一部が火傷した程度ですんだが、これは違う。
今回は違う。
強烈な痛みが身体中にはしる。
左肩と右足から強烈な痛みが、身体中に走る。
滅多に流した事のない、自分の身体を流れる「血」が、ポタポタとこの僻地の星の重力に引かれて落ちている。
重力って、スゴイなあ。
俺は頭にきた。
「宇宙刑事」と言う崇高な職業を持つ、この俺様のプライドが頭にきた。
痛い。
いてーじゃねーか。
俺はトカマレグだぞ!
俺は宇宙刑事だぞ!
六億七千八百五倍の狭き門を突破して、七千八百百九十二日の受験勉強をくぐり抜け、やっと宇宙刑事の採用試験に合格して、今その現場に、今その戦場に来てるのに。
いてえよ。
いてーじゃねーか!
しかも、こんな僻地の星域で、こんな原始で野蛮な攻撃してきやがって!
「黒い星」ブッラクホールに引き込まれそうになった時よりもイテーじゃねーか!
何でこんな痛い体験をしなきゃいけないんだ。
ちっきしょー、僻地の星域の原住民め!
俺の血が頭に昇ってきた。
俺の血が頭に上がって、カッカしてきた。
もちろん、俺の血の色は「青」だけど。
いや、違う。
「緑」かも知れない。
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ひどい!
ああーん、ひどいよ、これ!
俺のチャペック一号が!
俺の青春の一ページが何て事に!
でもでもまだ、高校を卒業したわけではないが。
「俺の、俺のチャペック一号に、何をするーっ!」
そう言って身体全身で絶叫して、教室を、一大星間大戦の指令本部である「ロボコン部」の部室をダッシュで飛び出した。
もちろん、頭にはヘルメットをかぶって。
自転車通学ならいざ知らず、徒歩通学の生徒にもヘルメットをかぶる事を強制する、我らが東北湘南長崎高等学校の校則に、今感謝。
今はとっても大感謝。
一大星間大戦の戦場に金属バットを持って突入する際に、自分の身を守るために、とても重要な装備となっている。
えっ?
何で金属バットを持ってるんだって?
何言ってんの。
当たり前じゃん。
当然じゃん。
俺の青春、
俺が一人でコツコツと作り上げた青春の一ページのチャペック一号が今最大級のピンチだ。
野球部から拝借した金属バットを使って、武器にして何が悪い。
すでに弓道部から弓矢を拝借してるんだ。
ここで野球部の金属バットを拝借しても、今ここで文句を言う奴は誰もいない。
だって、今、夜中だし。
えっ?
何?
俺が一人でコツコツと作り上げた?
そう。
俺一人。
この俺様が一人で部室にこもってコツコツとチャペック一号を作ってきた。
一週間寝ないで、ネットゲームを制覇しながら、聖地アキハバラのアイドルのDVDを見ながら、大好きなアニメを世界中の色んなサイトから落としながらも、この俺が、ロボコン部の部長の柏原慎一郎が、たった一人でチャペック一号を作り上げたんだ。
えっ、何?
部員はいないのかって?
ロボコン部は、実はおれ一人だって?
そう。
悪い?
て言うか、わからなかった?
ここは田舎。
僻地。
この東北湘南長崎高等学校だって、一学年一クラス。
だから、俺は部長で部員で先輩で後輩なんだ。
野球部だって八人しかしないし、サッカー部だって十人しかいないんだ。
えっ? それじゃあどうやって試合するのかって?
知らん。
そんな事は知らない。
今は一大星間大戦の最前線に飛び込んでいる最中なんだ。
俺の愛情を込めて作り上げたチャペック一号の、最大級のピンチなんだ。
様々な雑念を捨てて、俺はヘルメットをかぶり、金属バットで武装して、戦闘が行われている廊下へと到達した。
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「てめー、何すんだ、こんにゃろーっ!」と叫んで、全宇宙全銀河の命運を賭ける一大星間大戦の最前線に流れ込んだつもりだったが、実際に叫んだ言葉は思いと違っていた。
「どーなってんじゃ、こりゃーっ!」
実際に口から出た言葉は、これだった。
まずは天井。
学校の四階の廊下の天井が、ブスブスと焦げ臭い煙を上げながら、スッポリと空いている。
その先に見える、キラキラと無数のお星様。
ありゃあー、大きな穴があいてるのねー。
間違いなく、あれは、星空だ。
驚きを隠せないまま、ゆっくりと自分の立つ廊下の床を見る。
廊下の床を見ると、いろいろどこかにあたって拡散したかのように、小さな焦げ臭い黒い穴があちこちにあいている。
自分の立つ足下の床なんて、十センチメートルぐらいだけれど、あちこちにたくさんの穴が空いている。薄暗い廊下なので詳細はのぞけなかったが、たぶんこの穴は一階まで到達しているのだろう。一階にある入り口の下駄箱のシルエットが、ちょっぴりだけど見て取れた。
視線を戻す。
俺の目の前に、チャペック一号が。
本来カッコイイ設計であったはずの、チャペック一号。
だが、番長とかとみんなで、いろいろあれこれ武装して本来と違う形になった、フルアーマータイプ・チャペック一号が立っていた。
または、チャペック一号改と呼ぶべき、俺が精魂込めて作ったロボットが、そこに立っていた。
そこに立っているチャペック一号に向けて、天井に空いた大きな穴から神風特攻している謎の空中オートバイ兵器が、ふわふわ浮きながら、体当たりして押し倒そうとしている。
そう。
チャッペック一号は、本来「立っている」だけである。
突っ立っているだけである。
では、何で謎の空中オートバイ兵器が体当たりしているのに、チャペック一号が倒れないのか?
なぜ、チャペック一号が押し倒そうとされているのに、倒れたいしないのか。
「キュフキュフ!」
その声はハナコの声だった。
スライムお化けのハナコさんが、チャペック一号を謎の空中オートバイ兵器から、身を呈して守っているのだった。
「キュフキュフ!」
一生懸命がんばるスライムお化けのハナコは、必死に俺にアピールしている。
感謝してるよ!
感謝してるって!
でも、ダメだ!
愛してるぜっ、とは言わないよ!
謎の空中オートバイ兵器に体当たりされながら、一生懸命チャペック一号と一体化してがんばってるスライムお化けのハナコさん。
ボロボロになりつつあるチャペック一号を包み隠すように一体化する、スライムお化けのハナコさん。
彼女のその努力には、心の底から感謝しているが、俺、チャペック一号のように、スライムお化けのハナコとは、一体化したくない。
「どりゃああああーっ!」
俺の心は決まった!
俺の決心は固まった!
ずっこんばっこん、どかんぼこん!
俺は手に持つ金属バットを、まるで夏のお祭りの太鼓打ちのように連打する。
何か、スカッとするぜ!
びちゃ、どちゅ、ずぼん、ぶちゅん!
俺が金属バットでボコボコにした事で、謎の空中オートバイ兵器の装甲がはげていく。
そうこうしているうちに、弱くなった装甲部分に、まるで剣道の突きみたいな感じで金属バットを突き刺す。
ああ、何か気持ちいい。
長い棒で穴に向けて突き刺す事って、こんなに気持ちが良かったのか。
怒りと衝動と恍惚の気持ちに包まれて、俺が愛するチャペック一号を守るため、謎の空中オートバイ兵器をボコボコにしている横で、ハナコは興奮した感情と視線を俺に投げかけてきた。
違う!
違がぁーう!
お前じゃない!
ハナコじゃない!
これは、チャペック一号に対する愛情だ。
これは、俺の愛するチャペック一号に対する愛情であって、自分勝手に勘違いしている、ハナコに対する愛情なんかじゃない!
ハナコの愛情に対して薄情な気持ちを全開させたそんな俺の元に、ボールが当たってきた。




