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八話:世界の脅威と斧人間(オノマン)


 門番の男(元村長)の報告を聞いたアイシャはすぐに一人駆け出した。

 仕方なく冤罪をかけられたままの俺もそれを追いかけ、さらにエイミアとラミアも後に続く。

 そして村の外、山の中腹に位置する切り立った崖の上で、俺達はそれを目にした。


「なんだよ……あれは」


 思わずそう漏らしてしまう。


 まだ距離はあるというのに、その姿をはっきりと目にすることができた。

 それが可能なのは、迫り来るものがとてつもなく巨大であるからだ。


 その姿形には見覚えがある。

 醜悪な顔に尖った耳、大きく突き出した腹に手にした巌を削り出したような棍棒。

 間違いなくそれはオークと呼ばれる怪物(モンスター)だ。

 戦場で最も多く目にする魔族の一つであり、大柄な肉体と腕力は脅威的だが、鈍重であり遠距離からの攻撃には弱い雑兵だ。


 しかし。

 いま目にしているものは、姿はまさしく同じでもその大きさは全く違う。

 地響きを上げながら迫り来るオークは、大柄などというものではない。

 いうならば、大型……超大型といってもいい。

 森の木々を足先で蹴り飛ばしながら向かってくるそれは、城すら見下ろせる程の巨体だったのだ。

 そんなもの、俺がいた頃には一度も目にしたことはない。


「言ったでしょ、お兄ちゃん。戦況はがらりと変わっちゃったの」


「……まさか、あれが」


「そう。お父さんが亡くなった戦い以降、魔族はあの巨大な怪物(モンスター)を投入してくるようになったの。どんな剣の達人だって敵わない。どんな鉄壁の盾だって防げない。唯一の対抗手段は威力の高い広範囲攻撃魔法を叩き込むことだけど、賢者と呼ばれる程の魔法使いでも連続で使えるものじゃないし、素早い怪物(モンスター)には当たらない……」


「無茶苦茶じゃねえか……」


「そうだよ。だからみんな、あれに使われなくなったある名前を付けたの。それは砦すら一撃で壊すほどの規格外の破壊力を持った勇者――つまり魔斧の勇者の名前……。殲撃砕城の怪物フォートレス・クラッシャー


 俺の名があんな怪物に引き継がれたなんて、お笑い種もいいところだ。

 だけど元々化け物でも見るような目で見られていた。

 ある種あいつらの方が俺よりその名にふさわしいのかもしれない。

 

「ハッ、そうかよ。あいつが俺の後輩かよ」

 

 どいつもこいつも勝手ばかり。

 俺がどんな思いでその名を背負い、どんな思いで戦い、そして戦場から離れてこんな場所に篭っていたか……誰も知ろうとなんてしない。

 だったら俺だってもう知らない振りをしていたって良いはずだ。


「それよりさっさと逃げるぞ。なんでこんな山の中の村に近づいてきてるのか知らないけど、あの速度ならなんとか逃げきれるだろ」


「お兄ちゃん……本気で言ってるの」


「悪いが本気だ。俺を騙したこんな村がどうなろうが知ったことじゃないしな。安心しろ、お前ぐらい守るのはわけないさ。ちゃんと町まで連れていってやる」


「お兄ちゃん……」


 また傷ついたような顔をして、アイシャは瞳を潤ませる。

 それは失望の涙だろうか。

 だがどちらにせよ、俺は戦いたくない。

 ――戦うわけにはいかないんだ。


「ご主人様、一つよろしいでしょうか」


「……なんだよ、お前まで俺に戦えとでも言うのかよ」


「そのようなことを言うつもりはありません。ただ私にはご報告する義務があるかと思いまして」


「報告……?」


 ラミアは、いつの間にかアイシャから取り上げたモフモフ草を目の前で揺らす。


「なんでか、との問いの答えはこちらでございます。この草は人間にとってある種の毒ですが、それは他の生き物にとっても同じくなのです。ただそのままでは効果が薄く、焚き付ける必要がありますが」


「他の生き物もってことは、あのオークもその草に惹き付けられて来たっていうのか? しかし焚き付けるっていうのは……」


 再度アイシャを振り向く。

 驚いたように目を丸くしているアイシャの頬についた煤。

 そういうことか。


「アイシャ、お前、モフモフ畑に火を放ったのか……」


「だって、違法植物だから処分しなきゃって……じゃあ、あれを招きよせたのは私ってことなの……?」


 言葉は返さずアイシャをただ一瞥し、再びラミアは俺に向き直る。


「もう一つお伝えすべきことがあります。あの畑にあった草の量ではもうそろそろ、いえ既に効果が切れてきている頃合でしょう。その為に、あのオークの目標物が変更されると思われます」


「なんだよ、だったら良かったじゃないか。こっちに向かって来てたのが別の方を向くってことなんだろ?」


「はい。ご主人様にとっては」


 俺にとっては……?

 その意味ありげな言い方で不意に他愛も無い会話を思い出し、俺は恐る恐るアイシャの姿を確認した。

 気品のある軽装鎧、綺麗な長い金髪に青い瞳、腰に差した細剣(レイピア)

 

 嘘だろ。

 それは、まさか、つまり……。


 脳内で突如繰り返された言葉を、俺は思わず絞り出すように口にする。


「オークって……偏食家の、フレンズなんだね……」


 その呟きが重たい地響きにかき消されていく中で、オークを引き寄せてしまったことでの自責の念によるものか、暗い顔をして俯いていたアイシャが覚悟を決めたかのように顔を上げる。


「そうだよ、お兄ちゃん。私は……私は女騎士になった。お父さんやお兄ちゃんに憧れて、少しでもみんなを守りたくて……私は女騎士になったのッ!」


「待てよ! じゃあ今オークの目標はアイシャになってるっていうのか!? でも女騎士なんて他にもいるだろ!?」


「ご主人様、あいにくこんな山中ですので、付近の女騎士はその小娘だけでしょう。その証拠にご覧ください。オークの進行方向が先ほどよりも真っ直ぐにこちらに向いております」


 確認してみれば確かにそうだ。

 歩きやすい場所を多少なりとも選んで向かってきているようだったのが、今では真っ直ぐにこちらに進んできている。

 もはやオークと目が合っていると思える程に、その醜い顔が正確に俺達に向けられていた。


「ですからご主人様。お逃げになるならば、その小娘は置いていかれることをオススメ致します」


「……できるわけねえだろッ!! アッシュの娘なんだ、親友の娘なんだよ……。そうだ、そうだよッ! お前らに戦ってもらえば良いんじゃねえか! なあエイミア、ラミア」


「もうっ、旦那様に頼まれちゃったらダメとは言え――」


「ダメです」


 ぴしゃりとラミアがエイミアの言葉を遮り拒絶する。


「なんでお姉ちゃん!? 旦那様のお願いなんだよ? あたしは叶えてあげたいよ?」


「エイミア。何もかも叶えるというのが良い妻とは限りません。それに、何よりドラゴンとしてそれを叶えてはなりません」


 「ドラゴン……?」と後ろでアイシャがラミアの言葉に反応したが、もう今はそれを取り繕っている場合じゃない。


「なんでだよ! 都合が良いのはわかってる。でもこんな状況なんだ、ご主人様なんて勝手に呼んでるなら手を貸してくれたって良いだろ!?」


「申し訳ありませんが、お断りいたします、ご主人様」


「だからなんでだよッ!?」


「それは――」


 無表情な顔で軽く頭を下げたまま、ラミアはギロリと縦長の瞳孔で俺を睨む。

 ぞくりと背筋が震え、いつの間にか俺が彼女を甘く見てしまっていたことに気付く。


「――我々がドラゴンだからです。私達があなた様を慕うのはあなた様が強者であるから。戦いから逃げ他者にそれを押し付け懇願するような弱者なら、逆にあなた様を食い殺してさしあげましょう。あなた様が何と呼ばれようとどんな人間であろうと、私にとっては関係ありません。ただ、ドラゴン二頭とわたりあった勇ましき者であり続けるなら、ですが」


 ラミアは再度抗議しようとしたエイミアを制して俺の言葉を待つ。

 彼女は本気だ。

 もし俺が彼女の意に沿わない答えを返せば、その瞬間に俺に襲い掛かるつもりだろう。


 静かな佇まいにも関わらず、明確な殺意が放たれ俺を貫いている。

 なにが戦えと言うつもりはないだ。こんなの言っているのと同じじゃないか。


 状況は八方塞がりだ。

 もう足音もすぐ側まで迫っている。

 そして街の通りを一撃で叩き潰せそうな棍棒が、不気味な音を上げながらゆっくりと振り上げられていく。


 結局、俺は逃げられない……ってことか。



「あなたッ! あたしはよくわかんないけど、でも、だけど、あなたがどんなだって、どうなったって……あたしは好きだよ! だからがんばって!!」


「……なんだよ、それ」


 何を持って俺を好きになったんだ、こいつは。

 ラミアと同じなら、逃げる俺なんて好きではないはずだ。

 そうじゃないなら一体俺のどこがそんなに良いってのか。

 ……わからない。全然わからない。

 けど。


「ありがとな」


「……うんっ!」


 深呼吸代わりに大きくため息を一つ。

 ドラゴン姉妹は既に洞穴で見ているが、アイシャには一応言っておかなければならない。


「アイシャ、俺がどうしてこんな所に逃げ込んだか、それを今から見せてやる」


「……えっ、戦って……くれるの? お兄ちゃん」


「戻るかはともかくとしても、さすがにここでお前を見捨ててはいけねえよ」


「お兄ちゃん……。ごめん、勝手なことばかり言って、勝手なことばかりして……。でも、でも私だって、あの……お兄ちゃんのこと大好きだからッ!! だから、どんな理由だったとしても、全部受け入れてみせるからっ!!」


 そういえば、幼い頃から好きだなんて言ってくれて、親ばかのアッシュが嫉妬してたっけ。

 アッシュとミリスとその息子と娘。そんな家族が笑いあう平和な光景を見ているのが、俺は好きだった。

 ここに来る前の唯一安らげる場所がそこだった。

 もうそこには……二度と戻れないんだ。

 奴らのせいで……ッ。


「アイシャ、今の言葉、後悔しないようにな」


 「えっ」と呆けた声を出すアイシャに背を向けて、俺は崖っぷちに立つ。

 巨大な醜い顔と対峙しながら、俺は三人を下がらせ、そしてあらん限りの力をこめて叫んだ。





「斧・ウイィィィング――ッ!!!!」



 その声に導かれるように、俺の背中から巨大な二枚の斧刃が現れた――。


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