七話:明かされた真実(さっきぶり二度目)
モフモフ草とやらをぶんぶん振り回しながら、アイシャはまくし立てる。
「これは古来からそのモフモフさで人をダメにするといわれ、栽培と売買が禁止されている違法植物! 私は最近領地でこのモフモフ草の取り引きがなされている事を知って、その出所を探していたの。領内ではこの草による被害が既に出ているわ。あまりのモフモフさに寝食を忘れてモフモフし続け死に至る……そう、モフ死が最近だけで九件も連続しているの」
「なにその馬鹿な死に方」
「お兄ちゃんはわかってないのよ! この柔らかく良い匂いのするふわふわの毛、そしてその中心は柔らかくもありながら弾力があって、いつまででも抱きしめていられる。一度でも抱きしめて顔をうずめたら最後、もう手放すことなんてできなくなっちゃうのッ! ……はあはあ」
「お前……ヤッちゃっただろ」
「ヤッてないもん! あ、あぁ……ああああ」
涎を垂れながらアイシャが手を奮わせている。
ダメだ、完全に中毒者の顔だ。
「とりあえずその草を渡せ! 親友の娘のそんな顔見てられねえよ!」
「いや! 触らないで! 私のモフ……じゃなくて大事な証拠品なんだからッ!!」
「証拠品って……そういえば禁止されてるって言ってたな。それが何でこんなところにあったんだ?」
「お兄ちゃんまだわからないの!? こんなとこで引きこもってるから頭がモフったんじゃない! あ、でも、その前に……ちょっとだけ、ちょっとだけ……あああ」
「頭がモフってるのはお前だ。良い子だからその手を離しなさいッ!」
アイシャが顔にモフモフ草を近づけるのを無理やり止めつつ、俺は小首を傾げる。
まったく意味がわからない。
そして村長たちが一様に目を泳がせている意味もわからない。
「お兄ちゃん、私は全て調べた上でここに潜入したの。近隣の街々でモフモフ草が取り引きがされ始めた少し前にこの村は作られた。そしてついさっき、私はモフモフ畑を近くで見つけたの。もう間違いない。この村は、違法植物モフモフ草の栽培を行う為の場所なのよ!!」
「何を言い出すかと思えば……ここはみんなで一緒に村づくりをする村長村だぞ? そんなことあるわけないだろ」
「……ッ! お兄ちゃん……なんかごめんね。さっきは無理に連れ戻そうとして、私そんなに酷いなんて知らなかったから……」
「おい、人を病んでるみたいに言うな」
なんでドラゴン姉妹にしろアイシャにしろ、この良さが理解できないのか。
そりゃあ俺だって最初は変だと思ったけど、小さな村を維持し生きていく為にはみんなが責任者であることは合理的で、そして平等で優しく素晴らしいことだというのに。
「とりあえず一旦落ち着くんだアイシャ! さっきお前を傷つけてしまったかもしれない。そのせいで今は混乱しているだけなんだろ?」
「違うもん! 元々の私の目的はこっちだったんだもん! もういい、お兄ちゃんは黙っててよ。私は領地を守る為にここに来たの! 邪魔をしないで!!」
強引に俺を押しのけアイシャは村長たちの前へ。
肩で息をしながら涎を垂らしてモフモフ草を掲げる少女。withカエル。
どこに出しても恥ずかしい妹だ。
昔はあんなに良い子だったのに……。
「あなた達がモフモフ草の栽培をしていた人たちね! すぐに人を呼んであなた達を捕らえさせて裁判にかけてあげるから、覚悟しなさい!!」
「ちょ、ちょっと待てよ、アイシャ!」
黙ってはいられず再びアイシャと村長ズの間に入ってアイシャを止める。
「いい加減にしろよお前! いくら何でも度が過ぎるぞ!」
と、そこへ村長の誰かが俺の袖を引く。
振り返ると、俺がここに来た時に色々と教えてくれた女性村長の柔和な笑みがそこにあった。
「ねえ村長」
「……はい?」
その瞬間、カッと女性村長の目が見開かれる。
「はいぃぃぃッ! 今、はいって言ったああああッ! こいつ村長ぉぉッ!!」
「…………はい?」
そして怒涛の勢いで集まっていた村長達が次々に口を開く。
「おいこいつが村長だ! 責任者なんだからこいつをしょっぴけよ!!」
「そうだ姉ちゃん、僕らはただの村民だよ。何も知らなかったんだ!」
「まったくその通りじゃ。村の責任は村長が負うものと決まっておるな!!」
「そうよ、私達村民には何の責任もないわ!!」
「ワシらはそんな草知らん。裁判にかけるなら代表者だけでいいじゃろ? そしてこいつが村長じゃ!! はいっ! そんちょう! そんちょう!」
「「「そんちょうっ! そんちょうっ! そんちょうっ!」」」
……なにこれ。どういうこと?
「失礼ながらご主人様――」
今度は俺がうろたえてしまい、混乱で後ずらししたところでラミアの胸と手が俺の背中を支えた。
「――みんな責任者とか言い出すところに、ろくなところはございません」
「……え? だって、ほら……え」
「そんなもの、大抵の場合責任を分散、もしくは責任をなすりつけるための口実にしかなりません。考えてもみてください。皆が村長ということは、もはやそれは村長ではないのです。皆が村長をしているのではなく、皆が村長をしたくないから……もっと言うならいざという時に村長であると困るから、みんなが村長などと誤魔化しを口にするのです」
「それで……じゃあ、俺は……?」
「まんまと責任をなすりつけられました」
「…………え?」
「ご主人様、アウトー」
「えぇ……」
なんでだ?
さっきまであんなにみんな……村長が村長で村長だって村長し合っていたのに。
じゃあ今は俺だけが……村長?
「お、お兄ちゃん……」
瞳を潤ませながらも鋭く責め立てるようなアイシャの視線が俺に向けられる。
「ま、待て、待ってくれアイシャ……。違う、違うんだ」
「最っ低。こんなところで女の子二人もはべらして、しかも……モフモフ草の栽培までしてたなんて!! もうそんなのエロ書物でも手に負えないよ!」
そんな馬鹿な……。
今のこの状況からするとつまり。
――俺はずっと、はめられていたのか。
それと、
――お前もエロ書物出してくんのかよ。
しかし今はそこを意識している場合じゃない。
「あんた達……あんた達がみんなが村長だって言ったんだろ!? 信じてたのに、俺をずっと騙していたっていうのか!?」
「みんなが村長って。……んなわけなかろうが」
しれっと老いた男性元村長がそう言うと、元村長ズがうんうんと頷いてみせる。
「お前らが言い出したんだろうがよおおおッ!! 村長による村長の為の村長村って話だっただろうがよおおッ!!!!」
「村長の兄ちゃん、馬鹿じゃないの」
「うっさいわ、くそガキ! ほら、言ってだろうが! one村長、for、all村長ってさあッ!!」
「「「馬鹿じゃないの」」」
「貴様らあああッ!!!!」
そりゃあ俺だってさすがに馬鹿みたいと思ってたさ!
今言っててもちょっと恥ずかしいさ!
それでも皆を信じて教えられた通り言ってたんだよ。
なのにこの仕打ちか!
「くそッ! 聞いてくれアイシャ、違うんだ! 俺はそんな草知らないし、はめられたんだよ!」
「は、はめられた……エロ書物みたいに?」
「エロ書物から離れろやあああああッ!!」
何を頬を赤らめて言ってんだ、こいつは。
あの純粋無垢な女の子が数年でなんでこうなるんだよ。
モフモフ草中毒でカエル乗せてて、エロ書物好きとか始末におえない。
アッシュが草葉の陰で号泣してるわ。
「そ、村長ぉーッ!! 大変です。大変なんですッ!!」
そこへ若い男がただならない様相で駆け込んで来る。
「村長のみなさん、緊急事態なんです!!」
俺はバッとその男を指差してアイシャに訴えかけた。
「ほら見ろ! 今、村長のみなさんって言っただろ!? 聞いただろ、アイシャ!」
「……あれ、なんで私の頭の上にカエルが……」
「今さらそっちに気付いてんじゃねえよッ!! あっちに気付けよおおおッ!!」
混乱の只中で悲鳴じみた叫びを上げた俺だったが、その時――確かに遠雷にも似た不穏な地響きを感じ取っていた。
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