四話:おいでよ、村長村
「こんにちは、村長さん」
「ああ元気そうでなによりじゃな、村長」
村長は少しぎこちない笑みを浮かべている。
そりゃあこの状況ではそうなるだろう。
「すごいなまずじゃのう、どうしたんじゃいそれ」
「いやあ……あの……なんかがんばってみたら獲れまして」
「そりゃあまあ、随分とがんばったのう」
俺は乾いた笑いしか返せない。
すると村長はそのまま続ける。
「ところで、崖近くに住んどる村長のことは知ってたかのう」
「ええ、何度かお会いしたと思いますよ」
「実はあそこの上の息子の村長が、森の中で非村長の変な女を見つけてねえ。少々困っとるんじゃよ」
すぐ後ろに変な女二人――いや二頭がいるんですけど。
まさかこいつらが何かしたのか。
「何やら人を探してやって来たらしいんじゃけど、随分と上等な服を着ていてどこかの令嬢のようなんじゃが頑なにそれを喋らない。で、ようやく聞き出したのが探し人がレオン・シュミットという名前の者だということなんじゃが……村長は心当たりがないかのう」
「……それは」
それは、俺の名だ。
この村は寛容で、入居したいというものを広く受け入れている。
しかもその素性、名前すら聞こうとはしてこない。
俺がこの村に来たのもそんな噂を聞きつけてだった。
だからこの村に俺の名前を知るものはいない。
俺もやはり知られたくはない。
「聞いたことはある気がしますけど……よく覚えていませんね」
「そうかあ……。聞いたってのはあれじゃないかい? 魔斧の勇者の話じゃないかのう」
「ああ……そうだったかもしれませんね」
と、そこへエイミアが俺の袖をぐいぐいと引いて割って入る。
「あなたあ、村長だらけであたし意味がよくわからないよ?」
「……前に教えただろ。ここは村長村だって」
定住する者の過去を問わず、みんなで一緒に村づくりをする。
そんなコンセプトのこの村では、皆を村長と呼ぶのが慣わしだ。
それは過去を捨ててまったく新しい一人の村長として生きていけるようにする為であり、みな村長としての責任感を持って村の仕事をするという為でもある。
本当に素晴らしい慣わしだと思う。
だというのに……。
「そう言われてもぜんぜん意味がわかんないよ?」
エイミアは不満そうに口を尖らせ、俺の顎ヒゲを引きちぎる。
少女の姿をしていても結局はドラゴンだ。
人間の助け合いの精神など理解できはしないのだろう。
俺は顎ヒゲを馬につけようとしているエイミアを放って、彼女の失礼な発言について村長に謝罪した。
「いや良いんじゃよ。非村長の内はそんなもんじゃ。お宅の向かいの村長も昔はそんなことを言っておったよ」
「あの女性村長さんですか? ここに住み始めた時は随分お世話になりました」
「今じゃあ世話焼きな村長じゃけどのう、あの村長、最初はみんな村長だなんておかしいってよく言ってたもんじゃ。まあ隣の村長の兄の村長のところの息子の村長と結婚して、村長を二人生んでから随分と村長らしくなって、今では三人の村長の村長なんじゃけどのう」
俺は村長と一緒になってアハハと笑う。
やばい、俺もぜんぜん意味がわからなかった。
なんか村長が増殖したってことだけは理解した。
「そうだ、もう一ついいかのう村長」
「は、はい、なんでしょうか村長」
「実はその非村長なんじゃが、なかなか手が付けられない娘でのう。どうしたもんかと悩んでいるところなんじゃよ。知っての通り、定住し村長になるならワシらは何も問わんが、入り込んで来ただけの非村長に対してはそうではない。村を守るためには、時として心を鬼村長にしなければならん時もあるのじゃ」
「よくわかります」
「あたしはよくわかんない」と傍らで不満そうに呟いたエイミアが、目の前の村長の顎ヒゲも引きちぎる。
付けヒゲなんだろうと思っていたが、村長の顎が真っ赤に腫れてきたことからすると、どうやら本物だったようだ。
謝ろうかと思ったが、村長がそのまま話しを続けるようだったので放っておくことにした。
なんで涙目になってまて我慢してるのかは知らないけども。
「だから何の為に森をうろついておったのか、それを聞くまで返すわけにはいかんのじゃよ。ただねえ、困ったことにあの年頃の村長がこの村にはいない。話しを聞く為にもそれまで面倒をみてやるにも、同じぐらいの年頃の者が良いじゃろう」
村長が何を言わんとしているのかわかってきた。
だがそれは俺にとっては非常にまずい。
「そうですね、仰る通りですけど、いないんであれば仕方がないんじゃないですかね? 女性村長にお願いすれば問題はないと思いますし」
とあわてて言ってしまったが、すぐに後悔する。
年老いた村長の皺だらけの顔に、責め立てるような表情が浮かんだからだ。
「……村長、村長とは、なにかね」
「そ、村長とは……村の責任者……です」
「あまり偉そうなことを村長である君に言いたくはないがのう、それがわかっているなら、村長としてその発言はどうかと思うよ」
「す、すみませんでした。しかし、しかし村長、仰ることはわかりますが家には非村長が二人もいて手一杯といいますか……」
「ならばワシら村長ズの手を借りれば良かったじゃないか。君はそれを断っているんだ。今さらそれを理由にするのはおかしい。違うかのう」
「……仰る、通りです」
「村長。ワシも君を責めるつもりはないんじゃ。何か理由があってこの非村長二人を匿っているのじゃろう。そしてやがて二人も村長として正式にこの村の一員となってくれるのじゃろうと、村長みんなそう信じている。だがだからといって村長としての義務を放棄するのは、君にとって非常にまずいことになる。わかるじゃろ?」
「はい……」
「one村長、for、all村長」
「はい」
「all村長、for、one村長」
「はい」
「村長に必要なもの四つを、言ってみたまえ」
「……はい。ヒゲ、そして会ったばかりの他人に命がけになるような無茶な依頼ができる図々しさ、依頼を果たすまでそいつを絶対に先へ行かせないという覚悟。そして……ヒゲです」
「では、君の家に娘の面倒をまかせるが、良いかのう」
村長が俺を睨みつけてくる。
この村で生きていくなら助け合いは欠かせない。
そして村長というものは一度依頼をしたら、それを達成するまで相手を逃がしはしない。
例えそいつの身内に何があろうが、世界を救う勇者であろうが、村長というものは依頼を果たさない奴を絶対に逃がさない。
しかも、俺は最近仕事ばかり優先して村の事を疎かにしていたのだから、立場的にはさらに弱い。
「つ、謹んで……お受けいたします……」
もはや俺に逃げ場などありはしなかった。
◇
室内に戻り、俺は机に突っ伏してため息を漏らす。
最悪だ。
ただでさえ二人も厄介者がいるのに、さらにもう一人変な女が加わるという。
「あなたあ、今日のご飯どうしよっか?」
台所からヒゲをつけたエイミアが顔を覗かせる。
「……あのなまずで良いよ。あんまり美味くはなさそうだけど」
「あのなまず、お姉ちゃんがもう食べちゃった」
「さすがご主人様、仰るとおりおいしくはのうございました。……ケプッ」
「……」
最悪だ。
ほんとに最悪だ。
いつもこいつらはそうだ。
特にラミアがだが、食費がとんでもないのだ。
元より余裕がそれほどあったわけではないのに、ドラゴン二頭のせいで一気に家計は火の車に。
その分なんとかしようと仕事に精を出した結果、さらに一人厄介者が増えることになったのだから報われない。
「あなた、今日も雑草汁だけになっちゃうよ?」
「うぅ……なんで……俺がこんな目に……」
もう微動だにしたくない。何もかも忘れて眠ってしまいたい。
「ご主人様、客人が来られたようです」
ノックの音と共に、ラミアが知らせてくる。
まだこれ以上問題がやってくるというのか。
何かしたなら謝るから、誰か俺がこんな目に合わなきゃいけない理由を説明してくれないだろうか。
胸中でそんなふうに愚痴りながら扉を開く。
するとそこには、
「ひひーんっ」
べっちゃべちゃに汚れた馬がいた。
「おいエイミア。今日の夕食は馬の丸焼きにしよう」
「はーい」
縄を持ったエイミアが馬と格闘し始める。
いつまでも家の周りをうろついているお前が悪いのだ。
もういい、疲れた。馬の丸焼きでもいいじゃない。
哀れな馬が竜人の餌食になるのを入り口で見守っていると、不意に足音が聞こえてきた。
顔を上げると数人の村長に囲まれた少女を見つける。
金色の長い髪に青い瞳、歳の頃は十七程度か。
身につけた軽装鎧には所々金細工で意匠が施されている。
確かにどこぞの令嬢っぽいいでたちだが……。
その顔を見た瞬間に違和感を覚えた。
だがすぐにその理由に気付く。
違和感の正体は、その少女の姿に幼い頃の姿を重ねて見たからだ。
なにせ彼女に最後に会ったのは六年程前だったはず。
彼女は俺の親友だった男の娘。
全体的な顔立ちは母親に似ているが、目元は父親そっくりだ。
よりにもよって、俺を探して来たのがお前か……アイシャ。
俯きとぼとぼと歩いていた彼女が俺に気付く。
彼女は目を丸くし、次いでその瞳を潤ませた。
「やっと見つけた……お兄ち――」
「ひ、ひひぃぃぃぃぃぃんッ!!!!」
馬の断末魔のいななきがアイシャの声を掻き消した。
ほんとに燃やしておけばよかったと、今になって後悔。