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三話:明かされた(今日の)真実


 なんで俺の家がドラゴンの巣にされたのか……。

 もう何度も思い出しているが、再び俺は記憶を遡り考えてみる。

  

 こうなった原因は十九日前のあの日が原因だ。

 あの日、俺は仕事から帰ってきたところで、隣人から薬草採取を頼まれた。

 なんてことはない、何度も行っている付近の洞窟へのおつかいだ。

 それを引き受けた俺は、仕事用の斧を置いてナイフ一本持ってその洞窟へと赴いた。


 そこにいたのが二頭のドラゴンだ。


 まさかの遭遇に逃げようとしたが、身軽な竜人(ドラゴンハーフ)のエイミアに翻弄され、その隙にラミアに出口を塞がれ、俺は戦うことを余儀なくされた。


 俺にとっては戦いであったが、彼女らにとってはお遊び程度のつもりだったのだと思う。

 その証拠に、二頭は虫けらでもいたぶるように凶悪な笑みを浮かべながら、ナイフ一本持った俺へと攻撃をしかけてきた。


 だけど俺は、しばらくの間彼女らと互角に亘りあった。


 それだけで十分健闘したほうだろう。

 逃げ場の無い洞穴で二頭同時に相手にするだなんて、どうせ最初から勝ち目なんてなかったんだし。


 そして当然の帰結として、不運にも二頭のドラゴンに出会ってしまった俺は、ついに満身創痍の中で倒れ、


 ――告白されたのだ。




 ……おかしいな。

 やっぱり明らかにここで突然流れが変わってる。

 どう考えても間違っているはずなんだけど、記憶の上ではそれが事実だ。

 寝て覚めてもこの記憶は変わってくれない。

 お願いだから変われ、俺の過去。


 とにかく、今覚えている限りではそうだった。

 そしてその後もおかしい。

 奴らは意識朦朧としていた俺に迫ってきた。

 とどめを刺そうとか、取って喰おうとしたんじゃない――


『お姉ちゃん! なんかあたしの旦那様が元気ないよ?』


『問題ありません。あなたがすぐに元気にしてさしあげれば良いんです』


『どうやって?』


『仕方のない子ですね。私の専門は鑑賞なのですが、お手本を見せてあげましょう。……まずパンツを脱がせます、うへへ』


 ――そう、奴らはパンツを脱がせようと迫ってきたのだ。


 そしてそこから俺とドラゴン姉妹の第二ラウンドが開始された。


 自分でもまだ動けたことに驚いたが、それぐらいに危機が迫っていたのだ。

 死ぬよりも恐ろしい事態が、俺に迫って来ている気がしたのだ。


 二頭のドラゴンが繰り出す下半身への攻撃は凄まじかった。

 俺はなんとかそれを寸前で回避し応戦し続けた。

 しかし。


『そうだ。ご主人様から攻撃を受けるたびにあなた、少しずつ服を脱ぎなさい』


『何の意味があるの、それ?』


『攻撃を受けると服が破け露出度が高くなる、それが人間の殿方が好きなシステムだと、エロ書物で読んだことがあります。ご主人様ももっと元気になってくれるでしょう』


『うん、わかったっ!』

 

 俺の攻撃は完全に封じられた。

 

 エロ書物が何なのかは知らないが、服を脱がせたくて攻撃しているみたいに思われるのは嫌だし、それに奴らの術中にはまってしまう気がして俺は手出しできなくなった。


 そしてやはり既に限界を超えていたらしく、その後すぐに俺は再度地に倒れ指一本動かせなくなる。

 

『お姉ちゃん! また元気なくなっちゃったよ!?』


『……少々まずいですね。この機会を逃せば……。仕方ありません、あなたは鞄から三番と九番の水薬を持ってきなさい』


『はあい』


 漆黒の巨体が俺の前に地響きを上げながら歩み寄り、鋭い牙の並んだ口を近づける。

 もう終わりなんだと、俺は覚悟した。


『ここに二つの薬があります。一つは傷を癒し活力を取り戻させる薬、もう一つは……身体の一部だけが超回復する薬です。その効力は凄まじく、数百年前にこれを作った人間の男は自身でこれを試し……股間が爆発して死にました』


 終わり方がとんでもなさすぎる。


 思ってたのと違う。それは無理。

 ぜったい嫌。

  

『我々の申し出を受け入れるなら傷薬をあげましょう。断るなら、股間が爆発(エクスプロ-ジョン)。さあどちらを選びますか』

 

 どっちも酷い。

 片方はドラゴンの旦那に……あとなぜか知らんがついでにご主人様にもさせられて、もう片方は俺の股間が爆発(エクスプロ-ジョン)

 もはや思考すらままならない状態ながらも、どちらを選んでも最悪だということだけはわかった。


『元気ないみたいだけど、飲めるかな?』


『そうですね。あなた、口移しで飲ませてさしあげなさい』


『どっちを?』


『とりあえず九番で』


 竜人(ドラゴンハーフ)が水薬を口に含み、唇を近づけてくる。

 口移し自体止めたいが俺の身体はもう動かない。


 そして……、九番ってどっちだッ!?


『ごー、よーん、さーん、にー……』


 黒いドラゴンの妙に間の抜けた秒読みに余計に焦らされ、迫り来る爆発(エクスプロ-ジョン)の恐怖と、少し頬を紅くして竜人(ドラゴンハーフ)が唇を近づけてきているという状況の意味のわからなさに混乱させられ、俺は掠れた声をなんとか喉から絞り出した。


『と、ともだちからで……お願いしま、んーッ!?』


 秒読みがまだ残ってたのに、口の中に水薬を流し込まれた。



 そしてその直後、俺は意識を失い、次に気付いた時には家のベッドで寝ていた。

 なぜかそこにはエイミアとラミアの姿もあった。


 二人に気付いてすぐさま確認したが、俺の股間は爆発(エクスプロ-ジョン)していなかったし、超回復もしていないし一仕事終えた感もない。

 二人と同じように静かに眠っているのみだ。

 セーフだったのだ。超健全だったのだ。

 俺は清らかなままでいられたらしい。


 だけどその日から、終わらない悪夢がずっと続いている――。




「どうしたの? あなた」


 傍らに立つエイミアが不思議そうな顔で俺を見つめていた。

 その身体にはちゃんと衣服を身につけている。ひとまずは一安心だ。


 下だけ履いてない可能性もあったのでじっくりとエイミアを見てしまったが、縦長の瞳孔にさえ注目しなければ、ほんとに十分美少女といっていい相貌だ。


 そりゃあ俺だって山村に引きこもって独り身じゃ寂しいと思うこともある。

 相手が欲しいと思うこともある。


 だけど彼女は竜人(ドラゴンハーフ)

 そして、俺はちゃんと友達からって言ったからね?


「なんでもない。ところでラミアはまだか。披露するって言ったきり戻って来ないけど」


 外で待たされたまましばらく。

 暇だったのでこのおかしな状況になった経緯をまた思い返していたが、何度思い返しても意味がわからない。

 意味がわからないから対処のしようもない。


 ため息を漏らしつつ、ふと先ほどの馬がいなくなっていることに気付いて辺りを見回していると、木々の合間にラミアの姿が見えた。


「あ、お姉ちゃん戻ってきたよ!」


「ああ……ったく、何をほっつき歩いて……」


 涼しげな顔をしたラミアが何かを抱えて木々の間を抜けてくる。

 そしてそれと同時に、ばさばさと頭上の枝を押しのけ現れたのは、巨大ななまずであった。

 それは小屋ほどもある大きさのなまず。

 そしてそれを片手で担いでいるラミア。

 俺はあわてふためいてそこへ駆け寄った。


「おい、目立つことはするなって言っただろうが! お前達がドラゴンだなんて知れたら、どんな騒ぎになるかわからないんだぞ!? 俺だって村にいれなくなっちまう!!」


「この程度でもだめでしたでしょうか? それはそれは、失礼致しました」


 ドンッ、と乱暴になまずが地面に落とされる。

 その反動か、なまずの口がもごもごと動いた。


「それよりこちらが私のご用意しました今日の晩餐、巨大なまずの踊り食いでございます」


「喰えるかこんなでかいもん。しかもこれを料理とはいえねえよ」


「いえいえ、そうではなくて――」


 ズボッとなまずの口から茶色い枝のようなものが飛び出す。

 その先っぽには平たい金属のようなものが張り付いていた。

 どこかで、つい最近にそれを見たような……。


「――クワレテイルノハ、ボクダ、ヒヒーン」


「うまあああ――ッ!!」


 巨大なまずを踊り喰いするんじゃなくて、巨大なまずが馬を踊り食い。


 なんだそれ、もう料理も何も関係ねえじゃねえか。

 ただの大自然残酷ショーでしかねえよ。


「ちょっと待て! すぐに出してやるからな馬あッ!!」


「ぼくのぶんまで、どらごんはーふのおんなのこと、おしあわせにね!」


「あきらめんなッ、馬あああ――ッ!!」


 どうにか、巨大なまずの口から馬を救いだすことに成功。

 きっと怖かったのだろう。

 助けた馬は俺に抱きついてきた。

 おかげで俺までなまずの体液でべっとべとにされた。


「……なんで、俺がこんな目に……」


 俺はのんびりと生きていこうと山中のこの村に住み着いたんだ。

 十八の時にここにやって来てから三年が経つ。

 暮らしにも慣れ、贅沢はできないが余暇の時間に遊ぶ余裕もできてきた。

 その矢先に……。


「なあお前ら、俺はひっそりと生きていたいんだ。だから悪いけど、今すぐにでも――」


「あなた、何か落ちたよ?」


 エイミアがびっちゃびちゃの誓約書を拾い上げた。

 あわててそれを受け取り見てみると、馬に抱きつかれたせいかさっきよりも濡れてしまって酷く文字がにじんでいる。

 だけど字が読めない程ではない。

 丁度良いのでそれを掲げ、俺は彼女らにきっぱりと別れを告げることにした。


「ご主人様、わかりました。ただエイミアにもわかるよう、読み上げて頂いてよろしいでしょうか」


「……ああ、その方がいいならそうするよ」


 慕ってくれることは嬉しい。

 この村に来る前、戦場にいた頃から俺の味方というものは少なかったし、今では山村に引きこもっている状態だ。

 そりゃあ独り身で寂しい夜もないことはない。

 でも、所詮人間とドラゴンは相容れない。

 お互いの為には、これが一番良い……って、あれ……?


「……はあッ!? どういうことだ……なんだこれッ!」


 無表情なラミアが珍しくにたりと笑う。

 ラミアだ。

 またラミアがやりやがったのだ。

 

 震える手で持った誓約書の文面を何度も俺が確認している中、エイミアが不意に何かを思い出したのか声を上げた。


「そうかあっ! 濡れたら文字が変わる魔法の紙だから、お姉ちゃんあたしの旦那様に水をかけたんだねっ。突然どうしたんだろうって思ったけど、そういうことかあ。すっかり忘れてたよ」


「まったく、それを忘れてどうするのですか。そんなことではご主人様の良い奥方にはなれませんよ」


「大丈夫だもん。ね、あなたあ?」


「……待てよ。待ってくれよ。あの時、俺は文字が滲んでかすんでいるのは見たけど、内容がこんなふうに変わってはいなかった。なのに何でいまさら――ッ!」


 まさか……。

 全てが仕組まれていたというのか。


 俺が馬を助けようとするのをわかっていて、いや、わかっていたからこそ、なまずに馬を踊り食いさせていたのか。


「ふっふっふっ、フハーハッハッハ――ゲホゲホッ」


 ラミアがむせている。

 変な笑い方するからだよ。


「失礼致しました。ご主人様、あなた様はぜったいに誓約書の通りにと仰いましたね。そのご命令通り、我々はその誓約書の内容に準じ、妹はあなた様の妻に、そして私はあなた様と妹があんな事やそんな事をしているのをそっと見守るメイドとして、あなた様にお使え致します」


 くそっ、なんて何の役にも立たないメイドなんだ。

 しかし濡れて内容が変わった誓約書には確かにラミアの言葉通りの文言が並んでいる。


 魔法紙を濡らすためだけに俺に水をかけ、それでも水が足りなかったからラミアは俺にべっちゃべちゃの馬を助け出させたのだ。


 踊り食いされてたのは馬だが、とっくに俺はラミアに踊らされていたというわけか……くっ。


「ふっふっふっ、フハーハッハッハ――ゲホゲホッ」


「合わないんだから、やめろよ、その笑い方」


「黒幕感を演出するには良いと思ったのですが……」


「あたしもっ、あたしもやる! ヒッヒッフー」


 何を生もうとしてんだ、お前は。


「しかしご主人様、おそらくあなた様は勘違いされているでしょう」


「……勘違いどころか全部夢なら良いのにとは思ってるけど、いったい何のことだ」


「その魔法紙はただの魔法紙ではありません。水に濡れると内容の変わる魔法紙への対策をくぐり抜ける為に、浅ましき人間の作り出したさらに卑しき魔法紙なのです」


 それを使ってドヤ顔してるお前が言うか。

 浅ましドラゴンが。


「その魔法紙は一度水に濡らし、乾かし、再度濡らすことで内容が変わるというものなのです。まあ、ご主人様は魔法紙をご存知なかったようなので、そこまでの細工は必要なかったようですが」


「つまり……」


 帰るなり水をかけられたのも、馬の丸焼きから馬を救おうとして火に近づいたのも、その後で馬をなまずから救おうとべっちゃべちゃになったのも、全てがラミアの計画の内だと……ッ!

 全ては魔法紙を濡らし、乾かし、再度濡らすために仕組まれたことだったと……ッ!

 

「そしてもう一つ。ご主人様、ご自分のお尻にまだお気づきになりませんか」


「俺の尻? 俺の尻がなんだってい……」


 尻に伸ばした指先が硬い何かを見つける。

 ああ、どうりで尻が痛いと思ってたんだ……。


 おそるおそる振り返ってみれば、そこにはがっちりと俺の尻に噛み付く、ネズミ捕りの罠があった。


 う、裏切りやがったな、ネズミ捕り……ッ!

 

「そんな……じゃあつまり、帰り道で会った時からずっと……」


「そう、罠にかかっていたのは、ドラゴンでもネズミでもありません。罠にかかっていたのは――あなた様です」


 ネズミ捕りを尻から外して放り投げ、俺はなす術もなくその場に崩れ落ちる。

 

「はめられたあああああッ!!」


 大粒の涙を零し、地面を叩く。

 

 なんて……なんて無駄に手が込んでいるんだ。

 

 そしてそんな俺にラミアがそっと手を差し伸べてきた。

 敗北感に打ちひしがれながら、俺はその手を取ってよろよろと立ち上がる。

 するとラミアはスカートの裾を両手で持って、丁寧に一礼しながら言う。


「というわけでご主人様、本日ご用意したドラゴン姉妹(わたしたち)の出し物はいかがでしたでしょうか」


 俺は完敗であるが故にすっきりとした気持ちで笑顔を浮かべて、二人に言う。



「いいかげん帰れよ、お前ら」



 あの洞穴で戦った日以降、毎日こんなんである。

 寝ても覚めても小芝居みたいな悪夢を見せられている。

 

 もう嫌だ。何も考えたくない。

 ぐったりとしたまま家に戻ろうとしたところで、エイミアが俺の袖を引く。


「あなた、誰か人間が来たよ?」


 そう言われて振り返ると、年老いた男性が家の陰から現れた。


 疲れているとはいえ、小さな村だから近所付き合いを疎かにするのはまずい。

 そしてまずいと言えば、ただでさえ村の人々に二人を怪しまれているというのに、この場にはさらに巨大なまずと汚れた馬が一頭。

 よけいにまずい。

 つーか馬はいつまで俺に抱きついてんだ。


「はあ……」


 強引に馬を引き剥がしながら、俺はため息を吐いて気持ちを切り替え、作り笑いを浮かべる。

 そんな俺を見ながら、男性はゆっくり歩きつつ長い顎ヒゲをしごいていた。

 それでハッとして俺も懐にしまっていた白い顎ヒゲをつけて、彼を迎える。


 まずはお互い顎ヒゲをしごきながら挨拶。

 それがこの村――村長村の慣わしだからだ。


お読み下さってありがとうございます!

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