二話:もう我が家に安らぎなんてない
誰が斧人間だ。
なんだそのダサい名前は。
何をその場のノリでおかしなことを言ってるんだ、俺は……。
とぼとぼと家路を辿りつつ、今しがた出来た黒歴史に苛まれているとようやく村が見えてきた。
そしてすぐに山村の小さな小屋、俺の家が見えてくる。
ドラゴンとの勝負は俺の勝ちで終わった。
どう考えても洞穴で戦った時よりあっさりやられていたし、その後おとなしくすぐに去っていったのは気にかかるが、こちらには誓約書があるのだ。
久しぶりに一人でゆっくり休める。
そう思いながら、そう自分に言い聞かせながら、俺は家の扉を開けた。
「おかえりなさい、あなた」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
どこに行っちゃったの、安らぎの我が家。
なんでここに出来ちゃったの、ドラゴンの巣。
「あっ、そうだ。今日のご飯なんだけ――」
勢いよくドアを閉めてその言葉を遮る。
あれから、あの洞穴でドラゴンと戦った日からずっと悪夢が終わらない。
さっきの誓約書は何だったの。
さっきの小芝居と戦いは何だったの。
これではその場の勢いで「斧人間だ」とか言っちゃった黒歴史が何一つ報われてない。
いやいや、あんだけ恥をかいて誓約書を勝ち取ったんだから、報われないなんてことはないはずだ。
きっと見間違いだ。
思いっきり女が二人いたように見えたが、俺は一人暮らしなんだからそんなことあるはずがないのだ。
……よしっ。
「ただいまー!」
「またおかえりなさい、あなた!」
「おかえりくださいませ! ご主人様」
「……ですよねぇ」
なんで平然とこいつらは俺の家にいるのだろう。
しかも一人は俺を帰らそうとしてるんですけど、俺はいったいどこに帰ればいいの?
「あなたあ、ご飯にする? そぼろにする? それと、も――」
もう一度扉を閉める。
が、今度は待たずに向こうがら開けてくる。
「――や、し?」
全部食い物じゃねえか。
一緒にしてそぼろもやし丼にしてくれよ。
何だそれ、何言ってんだこいつ。
「ご主人様――」
そう言って立ち上がったのは、黒い髪と瞳を持った二十歳前程度の美人顔の女性。
メイド服についたフリルを揺らしながら彼女は無表情なまま俺に近づき、
「なんだよ、何か文句でも――いってぇッ!」
引っぱたきやがった。
「お前文句があるなら口で言え、え、何してんの? ねえ、何してんの!? やめ、やめてッ!」
叩いたかと思えばぎゅっと抱きしめられる。
彼女は俺に豊満な胸をこれでもかと押し付けてきた。
あわてて俺はそれをを引き剥がす。
「ウェルカムビンタとハグでございます」
ようこその気持ちが凄すぎる。
全力すぎてわけわかんないことになってんじゃねえか。
飼い主が帰って来た時の犬かよ。
にしても、帰って来た途端にこの有様……。
しかもこのわけの分からない女こそが、あの漆黒のドラゴンが人に化けた姿なのだという。
女なのは口調でわかってはいたけど、なんでメイドなんだよ。
なんでそれで俺の家に居付くんだよ。
全部わかんねえよ。
「おい、ちょっと待て。その手はなんだ」
「え? お姉ちゃんがやってたからあたしもしようかと思って……」
ビンタの構えを指摘されしゅんとしているのは、俺の妻を自称する竜人の少女だ。
姉と違って幼さを残す顔立ちなのだが、彼女はあどけない少女の顔をしているかと思えば、ちらちらと時折女っぽさを見せてくるという手ごわい相手だ。
なんというか、少女っぽさで油断していると突然女っぽさを出してくるので、隙を突かれそうになることが多い。
つまり危ういのだ。
主に俺の理性と操が。
「ご主人様、蓼食う虫も好き好きと申しますが、姉のビンタを受けて妹のビンタを受けぬという偏食さはいかがなものかと」
「誰が好き好んでビンタなんてされたいもんか」
「なるほど、つまりされるよりする方がいいと。承知致しました」
そう言ってくるりとスカートを翻したかと思えば、机の上のコップを手に取り、
「あっ、いっけなーい」
なんてわざとらしい台詞と共に、俺は水をぶっかけられた。
「ねえ……なにしてくれてんの」
「ああ、申し訳ありませんご主人様ッ! どうか、どうかアレだけはご勘弁を!」
「アレってなんだよ……」
「まったくこのドジなメイドが、今夜もきちんと躾けてやらねばならんようだなあ、ぐへへ」
「ねえ、何で勝手に俺の台詞をでっちあげてんの」
「ああ……わ、わかりました。ですが、妹だけは、もう妹にだけは手をお出しにならないで下さいませっ! ご主人様ぁッ!」
「妄想の中の俺すごいね。俺なんて、手を出すどころか今すぐ逃げ出したいぐらいなのに」
「お姉ちゃん! あたしも! あたしもやる!!」
「君は姉のやること何でもしようとするよね。というかまだ続くの、これ……」
しばらくよくわからない小芝居が続いた。
かけられた水を滴らせながら、俺はただ無言でそれを見続ける。
何の拷問だ、これは。
話としては、ドジっ子メイドがご主人様に教育的指導を受けているところで、妹が登場し、妹が謎の力に目覚めご主人様をビンタで倒し、崖の上で全ての黒幕が姉だったと判明したかと思えば二人は突然殴り合い、最終的に夕日の下であははと笑い合った。
結局、妄想の中でも俺ビンタされてたんだけど。
「というわけでご主人様、お仕置きと称して欲求のままに姉妹をおいしく頂けばいいじゃないッ! ……エロ書物みたいにッ!!」
こいつはずうっと、何を言ってるんだ……。
その意味はまったくわからないが、たぶんそれはこいつがドラゴンだからだろう。
水をかけられたからか、小芝居を延々見せ付けられたからか、変に気分が落ち着いてきた。
いや、正確には気分が落ち込んでいるというほうが正しいか。
「あなたったら、欲張りさんなんだからっ」
「欲張る前に一切望んだ覚えがねえよ。ドラゴンと竜人なんて食欲旺盛なゴブリンでもオークでも食べきれんわ」
「ご主人様、オークは女騎士しか食べません」
「うわあ、オークって偏食家のフレンズなんだね……って、知らねえよッ」
なんでだよ。
なんでこんなことになったんだよ。
穏やかに余生を過ごそうと思ってこの村に来たのに、なんでこんな理解不能のドラゴン姉妹と暮らさなきゃいけないんだよ。
……いや待て、俺にはこれがあるじゃないか。
「おい、お前等これを忘れてるんじゃないだろうな」
俺は自信満々に懐からびっちゃびちゃの誓約書を取り出す。
水をかけられたおかげで濡れて文字が少しにじんでいるが、だからといってその効力に変わりは無い。
「忘れてなどおりません。それは私が乱暴されて奪われた誓約書でございますね、ご主人様」
「語弊があるわ。戦いだっつってんだから、乱暴に決まってんだろうが。それより、これには今後一切付きまとわないと書かれている。まさか自分達から出しておいて、この誓いを破ろうっていうんじゃないだろうな!」
「いえいえ、そのようなつもりはありませんが、少々見せて頂いてもよろしいでしょうか」
「ああ、でも渡さないからな? ほら、見るだけならこれでいいだろ」
「ありがとうございます。では拝見……よしよし」
反応がおかしい気がするが納得してくれたらしい。
それなら俺としては良いんだけど、何か気持ち悪い感覚が残った。
「ご主人様、一つだけお願いを聞いて頂けませんでしょうか」
誓約書から目を離したかと思えば、小声でそう言い俺の耳へと口を近づける。
吐息が少しくすぐったい。
「その誓約書の通りに致しますが、今晩だけは妹の為にお許し頂けませんでしょうか。何分、妹はご主人様を夫としてお慕いしておりますので……心の整理をする時間ということで……オーイェ、アハン」
最後のあえぎの意味は知らんが、そう言われると無碍にはできない。
戦っただけで何でそこまで俺を想ってくれたのかは知らないが、とはいえ好意というものを邪険にするには忍びない。
俺はぜったいに誓約書の通りにすることを約束させ、今晩だけは待ってやるとそれを了承した。
「何二人で話してるのか知らないけど、それよりあなた、お仕事終わったんでしょ? じゃあこれからは夫婦水入らずの時間だよ?」
メイドの姉もいるし、夫婦じゃねえし。
とは思うものの、もう疲れたし今晩だけならと何も言わずに家へと入る。
が、ふとぴったりと俺にくっついて来た竜人の少女――エイミアの身につけたエプロンの内側が目に入った。
エプロンの下で、俺の腕に押し付けられた胸がやわらかく形を変えている。
そこから視線を落としてもエプロン以外の生地が見当たらず、くるぶしまで肌色の滑らかな曲線が続くばかり……。
つまりは。
「……お前なんて格好してんだよ!? エプロンの下、何も着てねえじゃねえか!?」
「はだかにエプロンだよ? お姉ちゃんがこっちの方が旦那様が喜ぶって」
メイド姿のドラゴン姉――ラミアがぐっと親指を立てる。
だいたい変なことはこいつのせいだ。
記憶を遡ってみると、どうもエイミアは最初から着ていなかったらしい。
あまりに心が冷え切っていて小芝居の最中に気付かなかったが、記憶の中にちらちらと白く小さな尻が映りこんでいた。
「喜ばねえよ、勘弁してくれよ。いいから服をちゃんと着てくれ……いったあッ!? えっ!? なんだこれ!」
「カニだよ?」
「どっから出てきたこの小さいカニ!? 指挟まれたじゃねえか!」
「はだかにエプロンだよ?」
……ああ、そうですか。
裸、カニ、エプロン。
奇跡のコラボレーションで、はだかにエプロン。
またラミアが親指を立てている。
またあいつだ。
あいつは絶対わかってやってる。無知な妹に色々吹き込んで操ってる。
あの日から、俺の日々はこんな事ばっかりだ……。
「あぁ……」
がっくりと項垂れる俺の前で、エイミアが顔を覗き込むように屈んで笑いかけてくる。
胸の谷間と共に色々見えちゃいそうで、あわてて俺は視線を逸らした。
だけどエイミアはそんなこと気にしてはくれない。
「お疲れのあなたの為に、今日はご馳走なんだよ?」
「あぁ、そう……」
ため息交じりにそう言い終わるや否や、家の裏から馬のいななきが聞こえてきた。
嫌な予感が俺を衝動的に動かし、家の裏口を体当たりで開けるとそこには。
「うわあああッ!? 馬だ! 火だッ!!」
「今日はねえ、馬の丸焼きだよっ!」
「生きたままッ!!」
幾つものロープでがんじがらめにされた馬が、円形に配置された焚き火に囲まれて、もがきながら切なげな目を俺に向けている。
どこの悪魔の儀式だ、これは。
「じっくり火を通すことがおいしくする秘訣なんだよ?」
「違います。それは拷問の極意かなにかです。……って言ってる場合じゃない、水!!」
なんとか消化し馬を救い出す。
焦って気にする暇もなかったが、よく見なくても手綱や鞍を付けられた乗用馬だ。
村で飼われている馬には荷馬車馬しかいない。
それに、この馬は妙に毛並みが良い。さらには馬具の質も良いようだ。
ということは……まずい予感しかしない。
「お前、まさかどっからか攫ってきたんじゃないだろうな……」
俺はひっそりと暮らしたい。
その為にわざわざこんな山中の村にいるんだ。
面倒ごとはごめんこうむりたい。
「攫ったというか、近くで捕まえたんだよ?」
「捕まえた? こんな山の中でか……?」
「ご主人様、確かに私も森の中をその馬が歩いているのを見ました。エイミアの言葉に嘘はありません」
ならば逃げ出したか、それとも主に何か問題が起きて、主人不在のまま歩いてきたのかだ。
どちらにせよ持っていたって良いことにはならない。
「よし、この馬はこのまま逃がそう」
「ええー、せっかくあなたの為に捕まえてきたのにぃ」
「ご主人様、不要なら私が頂いてもよろしいでしょうか。私はナマのほうが好きなので、そのまますぐイケますし」
「ダメだ。そして何を言っているのか知らないが、変なとこで妙なイントネーションをつけるのはやめろ」
「Oh,yes」
やっぱりラミアが何を言っているのかずっとわかんない。
長く生きたドラゴンはみんなこうなんだろうか。
「ほら、これで動けるだろ? 主がどこにいったのかは知らないけど、食べられる前にさっさと行けよ」
「サッサトイケダナンテ……クヤシイヒヒーン、デモカンジ――」
「ラミアうるさい」
「Oh,yes」
長く生きたドラゴンがみんなこうなら、もうドラゴンなんて滅んでしまえばいいと思うの。
「つーかなんでこの馬、動かないんだよ。もう大丈夫だからさっさと行ってくれよ! また燃やされるぞ!」
「ありがとうだひひーん。どらごんはーふのかわいいおんなのことどうかおしあわせ――」
「なんでお前まで声を当ててんだよ、エイミア」
「だってお姉ちゃんがしてたから……」
まだエイミアの方が言動はマシではあるんだ。
お願いだからラミアのようにならないで頂きたい。
やっぱり半分ヒトの血が入ってると幾分かはマシなんだな。
とはいえ姉妹どちらにも出て行ってもらいたいんだけど。
「もういい……。馬はその内勝手にどっか行くだろ。疲れたからもう俺は家に入るぞ……」
と、裏口から中へ入りかけたところで、後ろから裾をつかまれる。
振り返ると口元に手を当ててもじもじしているラミアがいた。
「次は、私の料理を披露」
お前の番もあんのかよ。
お読み下さりありがとうございます!
本日はもう一話、22時過ぎに投稿予定です。
よろしければ引き続きよろしくお願いします。