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一話:ドラゴン姉妹と木こり、あるいは斧人間(オノマン)


 暗い洞穴の中、今にも燃え尽きそうな松明が弱々しい光を放ち、俺達もまたその命の火を絶やそうとしていた。


 焦点が合わず、ずれたままの視界の中、巨大な生き物が苦しげに首をもたげているのが見える。

 そしてその傍らには、俺と同じく今にも倒れそうによろめく少女が一人。


 年の頃は十五程度、紅い瞳と同じく紅く長い髪が特徴的――なだけであれば良かったが、最も特徴的なのはその瞳孔が猫のように縦長であることだ。


 だからといって猫のように可愛げがあるものではない。

 彼女は横に伏した巨大で強大な魔法生物――ドラゴンと共に俺に襲い掛かった竜人(ドラゴンハーフ)だ。


 ただでさえ魔法生物の頂点に位置するドラゴンなんてものを相手にしなければならなかったのに、ドラゴンに匹敵する力を持った人型、竜人(ドラゴンハーフ)の相手までさせられたんだ。

 たまったもんじゃない。


 もはや俺もこれ以上戦える状態にはない。

 二体ともかなりのダメージを負わせたはずだが、まだ身動きが取れるらしい。

 さすがはドラゴン。

 最後に戦ったのがこれなら、誇って死ぬべきなのかもしれない。


 だってこれだけ一人で奮闘したんだ、称賛してくれたっていいだろう?


 滲んだ視界が暗くなっていく。

 遂に松明の火もゆっくりと小さくなり始めたようだ。



 ……これまでか。





「……あの!」



 先ほどまで散々俺を罵倒していた竜人(ドラゴンハーフ)が妙に上擦った声を上げた。

 まさかよく戦ったなどと本当に誉めてくれるのだろうか。

 長命の竜人(ドラゴンハーフ)に賞賛され名を覚えていてもらえるなら、それも悪くは無い。


(ぬし)……」


 隣の漆黒のドラゴンも俺に語りかけてくる。

 とんでもない防御力と破壊力を持ち、さらには黒い熱線(ブレス)を吐くとてつもない化け物だった。


 しかもドラゴンというのは皆、治癒魔法も使えると聞く、こうしている間にも回復していってるんだから、ほんと酷すぎる相手だ。


「ちょっとお姉ちゃん、私が先に言おうとしたんだから譲ってよ!」


「何を言っているの? ここは姉に譲るべきでしょう」


 どうやら姉妹らしいが、言うならさっさとしてほしい。

 もう俺は耳すら遠くなってきてんだよ。


 とうとう身体が支えきれず、俺はその場に膝をつく。

 それに気付いた、妹の方の竜人(ドラゴンハーフ)が声を漏らした。


「じゃあお姉ちゃん、一緒に言おうよ」


「仕方ないですね。あなたは本当にわがままばかり」


「それはお姉ちゃんでしょ!」


 つーかこいつら、思った以上に余裕あるな。


 竜人(ドラゴンハーフ)だから妹のほうも治癒魔法が使えるのかもしれない。

 そうなると、はなから俺に勝ち目なんてなかったということか。


「おい……悪いが、俺はもう持ちそうにない。何かは知らないが、言うなら……さっさと……」


 上手く息ができない。

 もはや呼吸する力すら残っていないらしい。

 松明の火が消えた。

 俺の命ももうじき消える。


「ほらあ、お姉ちゃんが早くしないから」


「わかりました。では言いましょう」


「じゃあいくよ? せーのっ」


 ドラゴン姉妹は呼吸を合わせ、洞穴の中で叫んだ。




「「わたしの旦那様(ご主人様)になってください――ッ!」」





 遠のく意識の中、思考をまとめることもできなかったけど、俺は確かに彼女らにこう応えたと思う。






「ぜったい――いやです」







 今日も木こりの仕事に精を出し、日が傾き始めた頃に帰路に着く。

 最近妙に出費が多くて、休む暇もなく働いているが、昔は四六時中戦いに明け暮れていたのだがら、それに比べれば楽なものだ。


 平和って良いなあ、としみじみ思いながら緑輝く林道を歩いていると、何やら場にそぐわない無粋な黒い塊が木々の合間から見えてきた。  


「よよよ……」


「お姉ちゃん、しっかり! ああ、なんでこんなことにっ!」


 棒読みの台詞を聞き流しつつ、その脇を通り過ぎようとすると、巨大な頭が俺の前にドスンと落とされた。

 漆黒の鱗に覆われた爬虫類のような頭。

 ――ドラゴンの頭だ。


「よ! よ! よ!」


「弱々しい台詞を強調して言うんじゃねえよ。元気いっぱいか」


「お姉ちゃああああん、しっかりぃぃぃッ! ああああああッ!! なんでこんなあああッ――」


「うるさいうるさい、聞こえてたから! ちゃんと聞こえてたから、耳元で大声出さないで……」


 俺に駆け寄って来て棒読みの台詞を絶叫するのは、竜人(ドラゴンハーフ)の少女。

 そう、こいつらは十九日前に洞穴で遭遇し戦った二頭のドラゴン達だ。


 あれからずっと、俺はこいつらに付きまとわれている。


「今度は何なんだよ……」


「お姉ちゃんがね、罠にはまっちゃってて困ってるの」


 指差された先には、バネ仕掛けの小さなネズミ捕りの罠が一つ。

 それがドラゴンの足の爪先に引っかかっている。

 その様は場違い過ぎて萎縮しているようにすら見えて、可哀想に思えてくる。

 ドラゴンじゃなくて罠が。

 そして、変な小芝居に巻き込まれている俺が。


 そうこうしていると、罠は勝手にぽろりと爪先から落っこちる。

 どう考えても無理があったんだから、君は十分がんばってたと思うよ。

 自信失くさないで強く生きていってね、ネズミ捕り器。

 

「あ、罠が取れたよ。良かったね! お姉ちゃん!」


「ええ、この度は助けて頂き何とお礼を言って良いものか」

 

 ひどい濡れ衣だ。

 

「これは……メイドになって御奉仕することでお礼をせねばなりませんね、ご主人様」


「あたしはお嫁さんでね、あなた?」


 お礼が一生ものすぎる。

 重たすぎて迷惑にしかなってない。

 そもそも俺は何もしちゃいない。


「あのさあ、何度も言ってる通り、そんな申し入れ受け入れられないんだって。俺はひっそりと穏やかに暮らしていきたいし、そうしなくちゃいけない理由もあんだよ。だから放っておいてくれって」


「まったく、最近の人間の雄ときたら草食系で困りますね」


 ぐるる、とドラゴンが呆れたように牙だらけの口から唸り声を漏らす。

 草食系云々の前に、俺が食べられちゃいそうなんですけど。


「しかし、そんなご主人様にご提案がございます」


「なんだよ……。もう帰りたいんだけど」


 ドラゴンが竜人(ドラゴンハーフ)に目で合図すると、何やら彼女はスカートの内に手を突っ込んでごそごそと何かを取ろうとする。


 直視できないよ。

 草食系も肉食系に変わっちゃうぞ、おい。


「誓約書……?」


 手渡された紙にはそう書かれていた。

 内容としては、勝負で勝てば今後一切付き纏わないというものだ。


「左様でございます。私と戦って勝てばお望みどおりになるという至極単純なものです」


「戦いか……」


 わかりやすくはある。

 だけどそもそも俺は戦いを避けて山中の村へと逃げこんだ身だ。

 だから出来る限り争いは避けたい。避けたいのだが……。


「わかった」


 この状況を終わらせられるならば、やむなしだ。

 いつまでもドラゴンに付き纏われていたら、俺の人生はきっとめちゃくちゃになる。

 ただでさえ、人生というもの事態が成立するのか危うい状況だというのにだ。


「あなた、じゃあここに署名をちょうだい?」


 用意周到に準備されていたペンで署名し、二頭のドラゴンから距離を取りつつ、伐採用の斧を投げ捨てる。


 漆黒のドラゴンが、空を覆うような真っ黒な翼を広げ、愉快そうに声を漏らした。


「やはり武器をお捨てになるのですね」


「ああ、ドラゴン相手にこんな斧じゃ何もできやしないからな」


「いえ、そもそもドラゴン相手にどんな武器を持とうとも、人間に為す術などありません。人間には、ですが……」


「何が言いたいんだよ」


「我々と互角にわたりあったあなた様は、もはや人間ではない。あなた様は――」


 漆黒のドラゴンが翼をはためかせる。

 大地にぶつかった暴力的な風が周囲の木々を揺らし、草木が恐れおののくようにざわめいた。

 


「――斧です」



 暴風を地上に残して巨体が浮き上がる。

 本性を顕にした漆黒のドラゴンが、杭のような太く尖った牙を見せた。

 そして、その理不尽な死そのもののような大口が、戦いの開始を告げる。


「俺は、俺は斧なんかじゃない――」


 ドラゴンに向かって俺は歩き出す。


「でも今の俺はもう、お前の言う通り普通の人間でもない。だから俺は斧でも人間でもない――」


 右腕を伸ばしながら、一気にドラゴンに向かって加速する。

 梢の合間から差し込んだ夕日で、その腕に生えた刃が赤く輝きを放っていた。



「――俺は、斧人間(オノマン)だッ!」

 


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