魚も歩けば水場が分かる
延々と走り続ける。息が切れてわき腹が痛い。足の裏が痛い。限界を迎えて立ち止ると、その場に膝と手を着いて、呼吸を整える。
こんなに走ったのは、中学の頃の持久走以来じゃないか? よくここまで走れたもんだ。自分に金メダルを授与したい。
振り返ると、あの砂丘はもう見えない。六本足も追ってきていない。助かった。助かったんだ!
安堵と共にその場で少し休み、ひたすら流れる汗をジャージの裾で拭う。ここで、俺はあることに気が付いた。いや、仮想とはいえ現実の感覚とリンクさせるという最新技術、さすがだ。そして今はそれが癌と言っていい。
「喉、渇いた」
水が欲しい。走って汗が出たせいもあって、体が水分を欲してやまない。そう、ゲームでも動き回ったり一定時間経つと喉が渇いたり、腹が減ったりというリアリティを組み込んだものがある。どうもこのゲームはそのリアリティを組み込んでいるようだ。
ゲーム内の自分がそうなっているだけで、現実世界とはまた違う。そっちはそっちでガイドが状態を知らせてくれるのだが、今は音沙汰がないからどうなっているのやら。
まあ、確か飯食った後に起動したはずだったから、しばらくは大丈夫だと思うけど……。
今はとにかく水が欲しいけど、いずれ腹も減る。まずい、食料も水も今のところ見当たらない。
今まで走って見たのは砂と岩ばかりだ。水場なんて見た覚えがない。どうする、このままじゃ死ぬ。いや、いっそのこと死んでみたらどうだろう? ゲームオーバーになれば、続けずにやめることができるはずだ。
……でも、今はトラブル発生中だ。もしも最初の位置に勝手にリスポーンされたらどうする? 結局、振り出しに戻るじゃないか? それに、セーフティが機能していなかったら? 感覚が直通状態ってことになるんじゃないか?
餓死とか、脱水で死んだと脳が錯覚したらどうする? 人は、思い込みで死ぬ生き物だ。
どっかで見た。目隠しした死刑囚の手首足首にメスを当てた後、ぽたぽたと落ちる自分の血の音を聞かせる。すると死刑囚はその後、静かに息を引き取った。だが実際、メスは死刑囚の体を切っていない。血の音と思わせたのは水滴の音だ。死刑囚は自分に傷はないのに、水の音を自分の血だと思い込み、自分の体から多量出血していると思い込んで死んだという。
俺は目隠しをしていないが、俺の本体は眠っている状態だ。セーフティというクッションがない状態なら、仮想の自分が死んだことを、現実の自分が死んだと錯覚してもなんらおかしくないんじゃないか?
状況が掴めない以上、そしてこのBCという機械の特性的に、とりあえずやられてみよう、というのは避けた方がいい気がする。感覚が繋がっている以上、試しに危ない橋を渡ったらそのまま三途の川に直行しそうだ。
未来の技術だなんだともてはやされているけど、とんでもない危険物じゃないか! 現実に戻ったらBCの会社にクレーム入れてやる!
よし、とりあえず水だ! そうだ、あの萎びたワカメみたいな植物があったよな。あれでもいい。水は間違いなく存在しているはずだ! 気候が穏やかでよかった。脱水にはまだならないだろう。でも、時間はない。なるべく早く見つけないと!
足の痛みをこらえながら、また道なき道を歩き出す。もし水があれば、他の生き物もいるのでは? あのデカいやつがいてくれれば、少し高い丘に登れば見えそうなものだが。
近くの砂丘によじ登る。砂と岩ばっかだけど、ここの地形で嫌なのは砂丘で凹凸が激しいことだ。遠くが見えない。とりあえず、六本足の姿はないようだ。
「なにもない――ん?」
広い大地を、のそのそと歩くなにかがいる。俺のいる場所から真っすぐいけば会えそうだ。大きさは多分、中型犬くらい? そんなに大きくはないんじゃないか? 肉食だったら出会った瞬間、自分の葬式の準備を始めなければいけないが、どうする?
無闇やたらに近づくべきではないかもしれないが、俺は食べれるものも探さなければいけない。エビカニがいれば一番食べれそうだし捕まえるのも容易だろうから良いのだが、見当たらないし。あまりでかくなさそうなあの生き物なら、その辺の石なんかで倒せないだろうか? いや無理かなあ……。
とにかく、ちょっと近づいてみよう。
砂丘を下りて、慎重に謎の生き物に近づくと、その全貌がはっきりと見えてきた。
鈍い銀色の体色で、柴犬くらいの大きさ。見た感じは、魚類に近いトカゲか? シーラカンスみたいな硬そうな頭、短い手足。太く短い尻尾。そして目を張るのは、背中に大きな帆のような背ビレがあることだ。
尻尾は開くことができるようで、開くとまんま魚の尾ビレだ。よくみるとエラみたいのもある。まあ、可愛げがある面じゃないな。厳つい顔だ。目は真っ白で焼き魚みたいな目をしている。死んだ魚の目とはこのことだな。
ここの生き物、エビカニと六本足を除けば帆みたいな羽だったりヒレだったりが生えてるけど、なんでそんなもの生えてんだ? ここで生き抜くために、必要なのかな?
トカゲ魚はこちらに気付いたのか、可愛げのない顔をこちらに向けている。距離にして多分5m前後。近付くにつれて速そうには見えなかったからって、思いのほか近づきすぎたかな。
俺とトカゲ魚が睨み……合ってるのかなこれ? いまいちこっちを見てるのかよく分からん目だ。でも、襲ってこないところを見ると肉食じゃないのか? 積極的に襲うタイプじゃない? 肉食に見える草食系トカゲ魚?
じっと眺めていたが、俺に敵意がないと判断したのかトカゲ魚はまたのそりのそりと歩き始めた。こいつはどこに向かっているんだ? 喉が渇いて仕方ないが、ちょっとついて行ってみるか。
歩みは遅いが、トカゲ魚は悠々と歩いている。あの六本足に出会うかもしれないのに、呑気なやつだ。いや、もしかしてあの六本足に対抗する術を持ってるとか? 意外と生き物って侮れない能力を持ってたりするからな。
それにしても、こいつのサイズといい、尻尾を振りながら歩く姿を後ろから眺めてると、なんか犬の散歩してる気分になってくるなあ。
この砂漠、もっとこう、もふっとした可愛げのある生き物いないのかなあ。癒し系なやつ。今のところ、どいつもこいつも厳つい系か怖い系ばっかだぞ。
時間は分からないが、数十分くらいは一緒に歩いたであろう頃、辺りはそこそこ高い砂丘ばかりになってきた。壁に囲まれて迷路を彷徨っているような感じがする。
周りの砂丘は登れないことはないが、中々体力使いそうだ。迷路状ってことは、道が限定的になるわけで、ここで六本足にでも遭遇したら最悪なことになる。お願いだぞトカゲ魚、頼むから実は罠に嵌めるためにここまで俺を連れてきたとか、某有名軍師の罠みたいなことはやめてくれよ?
トカゲ魚は相変わらずのんびり歩いている。こいつ、一回も止まらなかったけどどっか目的地があるのか? それとも自由気ままなんだろうか?
迷路状だが、トカゲ魚は不思議なほど道選びに困らない。道順を知っているかのようだ。よくよく見れば、帆のような背ビレが時折波打ち、若干左に傾けたり右に傾けたりと地味に動いている。
もしかして、この背ビレ思っている以上に重要なものなんじゃないのか? 帆と言えば、風を受けて船とかイカダを進めるイメージだ。なら、風を受けて方向を知るために使われている? だから迷うことがないのか?
広い砂漠だからこそ、そういう能力が進化したってことなのかな。
進化。そういえば、あの六本足、食事中だったのに砂の流れた音だけで俺に気付いたよな。あれだけでこっちの位置も正確に把握してた。あいつは帆じゃなくて毛が生えてるだけだったけど……そういえばあの時、尻尾を上げてたな。あいつの毛も、なにかを感知するために生えてるのか?
状況で考えるなら、流れた砂の音を毛で感知した? 僅かな音で正確な位置を? 音は――そう、空気の振動だ。あいつ、体毛でその微細な振動を感知したってのか?
単に毛は関係なくて、匂いで俺に気付いた可能性もあるけど、あの時は音で気付かれた気がする。
六本足は、体毛で周囲の音、振動を感知できるってことか。だとすると恐ろしい生物だ。やっぱりこの砂漠で頂点に立つ捕食者はあの六本足に違いない。
よく生きてたな俺。さすが俺。素晴らしいぞ俺ぇ!
感動に身を震わせていると、鐘のような声が聞こえた。トカゲ魚と一緒に砂丘の迷路を抜けると、そこは植物が茂ったオアシスだった。水もある! 水だ! やった!




