第四話 解放された無価値な遺跡
先程よりライデンの耳に入ってくるのは定期的に響く車輪が土を、あるいは石を弾く音。
かなり遅い時間まで話し合っていたにも関わらず、2つのAランクパーティーが早朝早い時間に出発したのは急がなければならない事情があったからだった。
目的地は既に記録の類がほとんど残されていない程昔に人類が栄えたとされる時代の建築遺物。現在位置はその遺跡に向かう馬車の上であった。
ただ、馬車といっても急な依頼に対応できる筈もなく、ライデン達をこうして運んでくれているのは偶然遺跡の近くを通過するという畜産農家の青年にお願いして便乗しているに過ぎなかった。
ノーラッドには消耗品の買い付けに訪れただけだと言うだけあって、対して大きくもない荷台に乗せられている4つの麻袋と2つの木箱が更に荷台を狭くしてしまっており、わずかなスペースに男三人と女二人は肩を寄せ合い押し付け合うように乗らざるを得ない状況だった。
もちろん、窮屈なのは荷台だけではなく、乗り切れなかった為に押し出されるように御者台に移った女二名と、押しやられるように御者台の端っこで肩を小さくしながらも器用に手綱を引いている青年達も同様ではあったが。
「……っんん……」
そんな折、御者台の中央に座っていた騎士の正装に身を包んだレイラが苦しそうに呻く。
これがいつもであれば「この状況で何か文句でもあるのか? 馬鹿者」とでも口にするのであろう当のアルドは、麻袋に乗り上げるように右腕を乗せた状態で明後日の方を向いており、文句どころか出発からここまで一言も発していない状態が続いていた。
そんなアルドの隣に座っているのは赤髪の女格闘家セリアであり、こちらも口数の多い普段からは考えられないほど言葉が少なく、今も自分の体を抱くように両手を前で交差させた状態で黙って下を向いていた。
一番大きいゲオルグは木箱の上に座った状態で2人の様子を眺めているようだったが、どうしていいのか分からず困ったような表情を浮かべている。
最も、ゲオルグの場合は普段からそれ程積極的に口を出す方ではないから、こんな状態ではなかったとしても結果は変わらないかもしれなかったが。
そして、密集した荷台の残ったスペースに体を捩じ込ませるようにして腰を下ろしたのは膝の上にナターシャを乗せたライデンだった。
本音を言えば不服そのものでしかない現在の配置だったのだが、丁度ライデンの対面で嫌な空気を撒き散らしている2人のどちらかにナターシャを預けるわけにもいかず、まして、殆ど中腰状態で木箱に座っているゲオルグに放り投げるわけにも行かなかったため、不本意ながらも現在の配置に収まっているに過ぎなかった。
「レイラちゃん大丈夫? 痛み止め……飲む?」
御者台の左端、レイラの左隣に腰を落ち着けていたアリシアが、苦しそうな声を上げたレイラの額に浮かんだ汗を拭きながら心配そうに声をかける。
本来であれば徒歩で遺跡まで向かう予定だったライデン達が急遽馬車を捕まえてまで急いでいる理由がこれであった。
「……ん……問題……無い。確かに少し痛むが、戦場で肩を切られた時に比べれば我慢できない痛みではないから」
「でも……」
「それに、効果が無いとわかっている症状に対して、高価なポーションを使う必要もないさ」
瞳を閉じて、大きく息を吐き出しながらそんな強がりを言うレイラに対し、アリシアは困ったように眉を寄せ、レイラの下げられた両腕に視線を落とした。
……昨日までは左腕のみだったレイラの腕に落された“呪い”は、今朝になって右腕にまで及んでいたのだ。
「徐々に進行するタイプのスキル……か。どうも、ガイヤにご執心の女神様は、よほど執念深い性格らしいな」
ライデンの言葉に御者台に座ったアリシアが振り向き、ライデンの膝の上に座っていたナターシャが収まりが悪いのか、何度か尻を前後させた。
「……スキル名が【女神の嫉妬】と言う位ですしね……このまま放っておいたらどうなってしまうか……」
「次に奪われるのは足か、それとも、腕の次に近い場所から進行するなら胴体か……。いや、よそう。今はとにかく遺跡の奥の部屋に行くのが先決だ」
先まで言いかけた所でライデンは首を振って自らの考えを吹き飛ばす。
──古代の遺跡の最奥にあると言われているひとつの部屋──
その場所にレイラを連れて行く事が今回ライデン達が引き受けた依頼であり、レイラ達がなんとしても成さなければならない試練だった。
「はー……。話してるトコわりいけど、そろそろ遺跡に続く小道につくぞぉ」
御者の青年の言葉とは裏腹に丁度沈黙が落ちた所で、ようやく窮屈な馬車の道程が終わった事を理解したライデン達はお互い弾き出さないように注意しながら荷物をその身に引き寄せるのだった。
◇◇◇◇
遺跡に行く為には主要街道から外れた小道を進まなければならない。
それでも、危険度も低く一般公開されている古代の遺跡へ続く道は適度に踏み固められており、旅慣れたものならば苦になるようなものではなかったが。
「封技の館……ね」
歩きながら何気なく溢れたライデンの言葉を、レイラの背中を右手で支えながら前方を歩いていたアリシアが聞きつけ、僅かに顔を横に向ける。
「封技? ああ、最近はそんな風に呼ばれているみたいね。元々は虚無の住居跡って呼ばれてたのよ?」
「発見された当時は魔物も入り込んでいない上に、本当に何もない遺跡だったらしいな。同じ時代の遺跡からは必ずと言っていいほど発見される魔道具も、さらに貴金属どころか家具の一つもなく、罠や魔力を使った機器も存在しない。歴史的価値はあるのかもしれないが、腕利きの冒険者を大量に雇って乗り込んだ当時の調査団は大赤字だったそうだからな」
「大赤字どころかここを発見した調査団は直後に解散、行方知らずになったらしいわよ。記録では借金して調査していたらしくて、冒険者に払うはずだった報酬が払えなくて……」
少し声を低くしたアリシアの言葉に、ライデンも先を容易に想像できたのか苦笑する。
未発見、未盗掘の遺跡を発見したのだ。借金してでも誰よりも早く調査したいと判断した当時の調査団を笑う事など出来ない。
「権利を買っていた調査団の失踪に、お宝のない古代遺跡。そりゃ、すぐに一般公開されるわよね。ところが、入口を暴かれて放置された遺跡に、近年魔物が住み着くようになった」
「と、言ってもこの辺りに生息している大した事のない魔物だがな。しかしながら、お宝のない遺跡とは言え、冒険初心者にはいい腕試しの場所となった」
アリシアの背を見ながら後を繋いだライデンの隣で、白いローブを身に纏ったナターシャが何度も頷く。
果たして彼女が2人の会話を理解しているかは疑問だったが、特に気にせずライデンは歩く。
ちなみに、現在のパーティーの隊列は、先頭に全員分の細々とした荷物を担いだゲオルグ。そのすぐ後ろにレイラとアリシア。続いてライデンとナターシャが並び、最後尾にアルドとセリアといった具合だった。
出発から目も合わそうともしないアルドと、口をへの字に曲げたまま不貞腐れた様子のセリアの2人は明らかに何かあった事が見え見えだ。
ならば、何故態々朝からずっと隣同士でいるのだろうと不思議に思っていたライデンだったが、ここにくるまでの道中でやる気なく歩調の落ちていたアルドにセリアが合わせているのが見て取れて、どちらかというとセリアがアルドにくっついているのだろうと予想は出来た。
(セリアがアルドに何かやらかしたかな)
何かあったとしたら早朝。ライデン達が待ち合わせ場所に来る前だろうとあたりを付けたライデンだったが、トラブルを起こしたのがアルドではなくセリアならば、特に大きな問題はなかろうと放置する事に決めた。なんだかんだ言って、アルドに比べればセリアは幾分か常識人であったから。
そんな事を考えている内に一行は目的の場所の入口にたどり着いて足を止める。
ここまでの道中で一度も魔物に襲われない程に危険度の低い土地に存在している低レベル迷宮は、小道の終着点を知らせる切り立った崖に、ぽっかり開いた人一人やっと通れるほどに小さい洞穴があるだけ。
外から見れば一見ただの洞窟にしか見えなかった。
「何も無いと思われていた古代の住居跡。けれど、それは魔物が入り込んで冒険者達が腕試しに来るようになってきた事で、意外な事が発見される」
まるでツアーのガイドのように遺跡の説明をしながら洞穴に近づくアリシアとレイラの後に続くように、ゲオルグは荷物からカンテラを取り出して中に入る準備を始める。
流石にここまでくればアルドも多少はやる気を出したのか、隣のセリアを追い払うように右手を振って牽制しながらゲオルグの傍らに移動する。最も、その顔はまだ不機嫌そのものではあったが。
「近年ではそれ程珍しくない特殊能力──スキルだけど、当時はそれこそ【女神の祝福】を受けた者位しか使える人はいなかったみたいね。いえ、そもそも、女神の祝福がちょっと強力なだけのただのスキルである事を知っている人は近年でも少数派なんでしょうけど」
「私も誰かさんに聞くまでは知らなかったし」と続けたアリシアの言葉に、果たしてそれはライデンなのか、それとも違う誰かなのかどうかはライデンは問わない。
「兎も角、冒険初心者の腕試しの場となった虚無の住居跡だけど、ある初心者パーティが最奥の部屋で戦闘を行った時にある異変に気がついた。気がついたの一人の少女。少女が使用していたのは大したスキルではなかったけれど、それでも、彼女は発見したの。その部屋に入るとあらゆるスキルが使用不可となり、あらゆる効果を打ち消されると」
そこまでアリシアが話した所で、全員の視線がレイラに向けられる。
当事者であるレイラもまるで高難度クエストに挑戦する直前のように鋭い空気をまとわせていた。
「つまり、その部屋の中に入れば、それこそ女神が与えた奇跡だろうと、スキルである以上はその効果を打ち消す事が出来る。つまり──」
「──女神面している不届き者のプライドをズタズタに出来るってことか」
「そういう事!」
後を続けたライデンの言葉に、アリシアはゲオルグからカンテラを受け取りながら、満足そうに頷いた。
「さて、それじゃーさっさと最奥の部屋まで行って愛しの女神様でもあぶりだしましょうか!」
そして、元気よく今日の目的を宣言したアリシアに頷いたライデン達3人から一歩離れた位置で話を聞いていたアルドだけが、一人不愉快な表情のまま、短い溜息を1つ吐く。
そんなアルドを、下唇を噛んで浮かない顔のセリアが見つめていた。