第三話 女神の嫉妬
「今ガイヤはどうしているんだ?」
あの後、ライデン逹はアリシアから今回の仕事の内容を詳しく聞くことで、彼女達が自分達に協力を要請せざるえなかった理由を知った。
その内容と、ガイヤの性格を考えた時、どうしても納得出来なかったのが現在のガイヤの行動だった。
「ん?」
ライデンの質問に振り返った後、首を傾げたのは白い髪の少女――ナターシャだった。
詳しい仕事の内容を話終わった後にも目を覚まさなかったアルドを心配して、アリシアとセリアの2人はアルドの部屋に残ったのだが、残り2人に関してはバッドスキルに犯されたレイラと少女であるナターシャ。流石にそのまま夜の町を歩くのは心配だというナターシャの言葉に従い、こうしてゲオルグはレイラを、ライデンはナターシャを送っているという訳だった。
「今回の事。レイラの左腕の機能が奪われ、その原因がスキルであるとわかったなら、あいつの性格上直ぐに動きそうなものだ。それに、態々アリシアが俺達に【女神の祝福】の事を聞いてきた事も気になる。それこそガイヤに聞けばいいだけの事なのに」
「聞いた上で確認を取っただけじゃないの?」
「そんな面倒な事をするかね? あの女が」
ライデンの物言いにナターシャはクスクスと笑う。その態度は、アリシア達と話していた先程までとは随分と違って見えた。
「何がおかしい?」
「んーん、確かにアリシアさんはそんな面倒な事はしないなぁーと思って」
それでもライデンの態度は変わらない。
いや、むしろそちらの方が自然だと思っているようですらあった。
「今ガイヤはどうしている」
ライデンは再び問う。
そんなライデンに対して、ナターシャはクスリと笑うと、白い髪をかきあげる。
風に靡いた絹糸のような白い髪が、二人が出会った頃の再現のようで、ライデンは無意識に目を細めてしまった。
「うーん。どうしようかなぁ……。口止めされてるんだよね」
あくまで笑顔のままで右手の人差し指を口元に当てて答えるナターシャに、ライデンは瞳を閉じて首を振る。
「口止めだと? 俺にはお前が人との約束を守ろうとしていること自体驚きを隠せないよ」
そんなライデンの言葉にナターシャは声を上げて笑う。
その声は幼く、その見た目も相まって、夜の街角に佇む2人はどこから見ても親子か何かにしか見えなかっただろう。
「ライデン」
ひとしきり笑って気が済んだのか、やがて静けさを取り戻した暗闇に染まった街路樹に寄りかかるようにしていた白い影から声が掛かる。
「そこまで知りたいなら取引でもしてみる?」
「……取引……だと?」
「そう。取引」
街路樹に寄りかかっていた白い影が揺らめくと、不思議な言葉と共にライデンに近づく。
さらりと風に流れたシルクの糸に、白磁の肌に浮かぶ黄色い瞳が月明かりを鈍く映してライデンの呼吸の届く範囲にまで近づいた。
「明日貴方達は街を立つ。向かう先はこの町に住む人間なら誰もが知っている古代遺跡」
暗闇から伸びる真っ白な指は細く、振り払えば簡単に折れそうであったが、振り払われる事のなかった指はライデンの頬をゆっくり撫でる。
「誰もが知り。でも、その“施設”がどのような物かは誰もが知らない。“ナターシャ”という少女の名を知っていても、その存在の奥底までは知りようがない事と同様に」
触れる指先は頬から鼻。そして唇へ。
「明日。もしも貴方が“私”のわがままを1つ聞いてくれるなら、今この場で貴方の知りたい事を何でも1つだけ答えましょう」
「どう?」とばかりに首を傾げながら問うた少女に対し、当のライデンはまるでかけられていた金縛りから解放されたように動き出すと、差し出されていた少女のか細い左手をしっかり握る。
「残念だが……俺にはお前のわがままを叶える“度胸”も、そこまでして知り得たい情報もない。そもそも、お前のその態度でガイヤの大凡の状態は予想できたしな」
「あら」
ライデンの言葉にナターシャは少しだけ意外そうに大きな黄色い瞳をパチパチと数度瞬いたが、すぐに笑顔を浮かべて握られた手を今度は自分から握り返すと、そのまま街の北部に向かって歩きだした。
丁度手を引かれるような形になってしまい僅かに体勢を崩したライデンだったが、すぐに目の前の少女を家まで送る途中だった事を思い出し、一歩後ろに付くような形で後に続いた。
「……どうしてレイラの腕まで持っていったんだ」
ヒタヒタと2人の足音のみが響く人気の無くなった町外れ。
月の明かりさえ届かない街の奥深くにまでたどり着いた頃になってようやく紡がれたライデンの言葉は、どこか苦しみを帯びているようで。
「そんなの、私に言われてもわからないよ」
そして、それに答えるナターシャの返答はどこか軽い。
「何故わからないんだ」
「だって、彼女の腕を持っていったのは私じゃないし」
それは当たり前のやり取り。
そう、当たり前のやり取りのはずなのに、ライデンの言葉はどこかナターシャを責めているようで。
「なら、例えばでいい。もしも、お前がそいつと同じ立場だったとしたらでいい。お前なら……レイラの……あいつの相手の腕を持っていったか?」
「うーん」
街の北部。その最も深い場所を目指しながら、二つの影は静に進む。
手の届く範囲さえ目視で確認することが出来ない程の暗闇の中で、お互いの存在を確認する事が出来るのは繋がれた互いの手の体温のみ。
「……多分だけど……私がそいつと同じ立場だったとしても、きっと相手の腕を持っていく事はしないと思うな」
暗闇から聞こえた声は、多少の揺らぎを感じたものの、はっきりとした口調で締めくくられた。
それは、普段から嘘や誤魔化しを嫌う少女の普段の物言いだった為、ライデンは体温を頼りに声の聞こえた暗闇に目を向ける。
「本当……か?」
「本当だよ。私なら──」
言葉が終わるか終わらないかの刹那の時、ライデンは思わず上げそうになった声をすんでの所で食い止める。
足を止めたのは目の前の少女が足を止めたからだった。
上げかけた声が止まったのは突然暗闇に宝玉が──
「──私なら。浮気相手の魂の全てを食べ尽くして、一生愛する人の傍にいるわ」
──暗闇の中に浮かぶ2つの真っ赤な宝玉が──
──あまりにも美しく──
──あまりにおぞましかったから──