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みそじぱ  作者: 無口な社畜
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第一話 三十路パーティー

「納得できるかっ!!」


 木製のコップを木製のテーブルに激しく叩きつけたような音が響いたのは、冒険者ギルドの程近くで営業している酒場兼宿屋である【野獣の盛り場】の飲食スペースの一角からだった。 

 本来、不特定多数の人間が集まるような場所で大声を上げながら物に当たる行為は褒められたものではないが、周りで飲み食いしている人たちは気にする素振りも見せていない。

 それもその筈で、【女神の祝福】のパーティーメンバー離脱事件から既に1週間経つが、その間ずっとこんな調子だった為、皆見慣れてしまったのだろう。

 

 そんな生暖かい空気の中、先ほど大声を上げたのは黒髪の男だった。

 右手にテーブルに叩きつけた木製のコップを握り締め、左手は拳を握ってやはりテーブルに叩きつけるような姿勢でプルプルと震えている。

 

 彼の名はアルド。

 このような姿からは想像もつかないが、彼はこの街でも2つしか存在しないAランクパーティー【女神の祝福】のリーダーであり、最もSランク冒険者に近いと言われている男なのだ。


「何が結婚だ! 何が女だ! 我らは女神様に選ばれた存在だぞ!? 女神様から愛され、力を授かった! それを言うに事欠いて呪いだと!? あの野郎今度会ったら今度こそ素っ首叩き落としてくれる!!」

「やめろ馬鹿」


 クワっと顔を上げて物騒な事を言い出し始めたアルドの頭を叩いたのは灰色の髪のボサボサ男だ。

 名をライデンといい、パーティの中では一応・・魔術師という事になっている(・・・・・)


「何をする!? ライデンッ! 貴様は納得できるのか! あの男! あの男は……っ! たかが女の為に女神様の愛を捨てると──」

「愛だのなんだのは俺にはわからないが」


 尚も興奮するアルドの口に左掌を押し付けながら、ライデンは続ける。


「会えるかどうかもわからない女神の愛なんかよりも、もっと身近な居場所を見つけたんじゃないのか? もしくは、一生童貞でいる恐怖に負けたか」

「童貞で何が悪い!?」


 ライデンの言葉にとうとうアルドは立ち上がると、敵意の眼差しでライデンを見下ろしながら叫ぶ。


「30年だっ!!」


 指を3本立てた右手をライデンに向けてアルドは声を荒げる。


「我は30年もの間虐げられてきたのだ! わかるか! ああ、わかる筈だ貴様なら! いや、貴様だけではないっ! ゲオルグも! ガイヤもだ! ゴミクズのように扱われてきた我々が、ようやく“人間”らしい生活をする事が出来るようになった時間だ!」


 改めてアルドに言われずともライデンにもそのような事はわかっていた。

 わかっていたが、いざ、求めていた力を手にしたとしても新たな不満を持ってしまうのが人間という生物なのだ。


「それを……それおぉっ!! 『生物として間違ってる』!? 『人としての幸せ』!? 貴様がそこまでの名を売る事が出来たのは誰のおかげかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 狂ったような叫び声を上げながら、とうとうテーブルをひっくり返そうとしたアルドだったが、すんでの所で金色の短髪の大男が立ち上がりながら体重をかけてテーブルを抑えることで何とか惨事になる前に防いでくれた。


 大男の名はゲオルグ。

 得意な武器は己の肉体のみというシンプルな戦い方を好むくせに、中々面倒くさい性格の持ち主でもあった。


「っ。うぐっ! ちょっ! アルド、力強すぎっ! ライデンッ! 煽ったのはライデンなんだから手伝って!」


 このように、本来であれば絶対に力比べに負けるはずのない相手にすら、力負けしてしまうのは、ひとえに彼の性格が優しすぎる事による。

 単純にアルドもとある事情により常人離れした力を持っているという事もあるが、それにつけても彼が本来の力を発揮すれば起きるはずのない自体なのである。


 ともあれ、いくらなんでもパーティーの根城に使っている宿にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないだろうと、ライデンは渋々席を立つ。

 その際、流石にテーブルまで壊されてはと駆け寄ってきた【野獣の盛り場】の看板娘であるナニールに迷惑料として銀貨を一枚握らせると、ライデンは腰から抜いたワンドをテーブルに向けて軽く掲げた。


「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉ…………お、も、いぃぃ…………」


 すると、今までガタガタと倒れるか倒れないか一進一退の攻防を繰り広げていたテーブルの振動はぴたりと止まり、変わりにアルドの顔が真っ赤に染まってそのままテーブルに突っ伏した。


「……くそぅ……卑怯な……いや、これも女神様の祝福。ここはさすがと言うべきか……」 

「どちらでもいいわ」


 呆れたように席に着いたライデンに習うように、ゲオルグも席についた所でようやく安全になったと判断したのかナニールがトコトコとライデンの傍まで寄ってきた。


「はあー。相変わらずすごいですねぇ……」


 お盆を両手で胸の前で抱くようにして立ったナニールは半ば感心なのか呆れとも取れない口調でライデンに向かって話しかけてくる。

 薄いブラウンの髪を後ろで縛った看板娘は、確か20代前半だったとライデンは記憶していた。今回の事からわかるようにAランクパーティー【女神の祝福】は、ある意味トラブルメーカーとしても有名ではあったのだが、元々荒れくれ者ぞろいの冒険者が集う宿と酒場の経営者の娘であるナニールにとって、寧ろライデンたちは大人しい部類に入るらしくこうして平気で話しかけてくれていた。


「一応聞くが、君の言うスゴイはこいつの醜態か? それとも俺の魔術・・か?」

「両方ですぅ!」

「……そうか」


 何だかアルドの醜態と同列扱いされて落ち込むライデンだったが、いつまでも立ち去ろうとしないナニールに対して不思議に思ったのか、ゲオルグが首をかしげながら問いかける。


「ねえ、ナニールちゃん。ひょっとして他にも用事があるんじゃないの?」

「あ、はい。お客様が訪ねてきたのでご案内をしてきました」

「お客? 僕達に?」

「はい。皆さんに」


 そう言って一歩横に移動したナニールに促されるように姿を現したのは、4人の女性だった。


「……げぇ……」


 その姿を見て顔を顰めて汚らしい声を上げたのは未だにテーブルに右頬をつけたまま突っ伏しているアルドだった。

 その声を聞きつけて先頭に立っていた赤髪の女性の眉が釣り上がる。長身で肩まで切りそろえた赤髪にラフなスタイルだったが、その女性の事はパーティーメンバーの誰も知っていた。

 それは、その後ろに続いていた残りの3人に対しても同様だ。


「あんたね。人の顔見た第一声がそれとか喧嘩売ってんの?」

「まあまあ、セリアちゃんもいくら安売りしてるからってそんな簡単に買ったらダメよ」


 文句を言いながらもアルドの隣に腰を下ろした赤髪の女──セリアを宥めているのは、漆黒の髪を腰まで伸ばした妙齢の女性だった。彼女もセリア同様ラフな格好をしていたが、全身黒ずくめだったこともありメンバーの中では一番目立つ。

 セリアとは反対側のアルドの隣に席を決めた彼女だったが、そんな彼女に向かって不機嫌なままのセリアは更なる悪態をつく。


「なんでよ? 安く売ってんなら買わなきゃ損でしょうが」

「……あはは……」


 そんなセリアの言葉にヤレヤレとばかりに肩をすくめた黒髪の女の変わりに困ったように笑ったのは小柄な少女だった。

 白い髪を背中に流し、服装も白いワンピースと男の冒険者と殆ど変わらない服装をしていた先の二人とは違い、年相応の少女に見える。


 だが、ライデンはその少女がその辺を歩いている町娘などとは比較にならない存在である事をよく知っていた。

 そんな事を考えていたからではないだろうが、その白い少女はまっすぐ迷いなくライデンの隣の席に腰を落ち着けると、ライデンを見上げてニヘラと笑った。

 それに対してライデンは白い少女に対しては一瞥しただけですぐに視線を最後の一人へと向ける。


 最後の一人は恐縮そうに肩を小さくして立っている細い女性だった。

 長い銀髪をアップしており、服装は何故か騎士の正装だった。ライデンの記憶が正しければ、確かに彼女は騎士だった。騎士団に所属しつつも兼業で冒険者も行っているという変わり種で、彼女たち4人のパーティーの中では一番の常識人の筈だった。

 それが何故に酒場で騎士の正装? そもそも、プライベートでは? と思わないでも無かったが、そこは変人の相手は手馴れたライデン。


「どうした。そんな所で突っ立っていないで座りなよ」

「は、はい」


 ライデンの勧めに銀髪の女性は白い少女とゲオルグの間の席に腰を落ち着けた。

 さて、これでこの場の全員が腰を付けた所で話を……と、なるはずだったのだが。


「大体、貴様は以前から気に入らなかったのだ。女の癖に金に物言わせた装備でダンジョンを汚す害獣。それが貴様らだ」

「何でよ!? こっちは実力で今の立場を手に入れたのよ! 少なくともあんたらみたいなイカサマはしてないし!」

「あ!? 言うに事欠いてイカサマだと!? それはあれか? 女神様の祝福の事を言っているのか? 創世の女神様の祝福をイカサマとはとんだ不信心者もいたものだ」

「あ!? 創世の女神様の祝福? 今時そんなこと信じてるのなんて女に相手にされない童貞ぐらいなんだけど? あ、ごめんねぇ。あんた女に相手にされない童貞だったね♪」

「はっはっは。これは中々愉快なことを宣うオナゴだ。我が女に相手にされない? 面白い冗談だな。我は女神様以外の愛は受け入れるつもりがないだけだが? それともあれか? 自らが男に相手にされていない事に対する僻みかな? ん? ぷくくっ。残念だったな。女は何年純潔を守っても祝福されない哀れな生物だったな?」


 ライデンとゲオルグが白い少女と銀髪の女の相手をしているうちにどうやら相当エキサイトしてしまっていたらしい。

 既にお互い立ち上がり、額に青筋を浮かべながら凄惨な笑みを浮かべて額を突き合わせて今にも唇が衝突しそうな距離だった。

 お互い笑顔だが当然目は笑っておらず、互いに必殺の間合いの中、異様な空気を醸し出しており、どう見ても爆発する寸前だったが、2人の事に関知するつもりは一切ないのか、黒髪の女性は我関せずとばかりにアルドの(・・・・)酒を口に運んでいる所だった。


「コロス!」

「殺す!」


 やがて、当然の様に起こる大爆発。

 セリアは右手に闘気を。

 アルドは右手に光を纏わせて互いに一歩を踏み込んだ────ところで、2人仲良く目の前のテーブルに盛大にキスをした。


「うるさい、黙れ、痴話喧嘩なら他所でやれ」


 多少強引ではあるものの、それを止めたのはライデンだった。

 席に座った状態でワンドを2人に向けて、ついでに殺意も向けている。


「いや、これは決して痴話喧嘩では……」

「もう一発いくか?」

「すみません。許して下さい」


 盛大に鼻をぶつけながらも不貞腐れているアルドの変わりにセリアがライデンに弁明を試みたが、容赦のない殺意の波動にあっさり屈服してしまう。

 そんな3人のやりとりをみて「おお~」と口にしながらパチパチと拍手を送ってくる白髪の少女は無視して、ライデンは溜息を付きながらぐるりと周りを見渡して疑問を口にする。


「それで? 態々こんなこ汚い酒場まで来たのは詰まらない痴話喧嘩をする為ではないんだろう? 【フラワーガーデン】の御4方?」


 未だ先ほどの事を引っ張ってくるライデンの言葉に思わず「違う」と言いかけたセリアだったが、ライデンのひと睨みで黙らされる。

 そんな彼女に変わって口を開いたのは、先程まで無関心を貫いていた黒髪の女性だった。


「ええもちろん。普段男っけのないセリアちゃんの痴話喧嘩も微笑ましてくいいけれど、仮にもAランクパーティーの私達が本来商売敵でもあるあなた方に会いに来るなどありえません」


 黒髪の女性の言葉にセリアは肩を縮こませ、ライデンは眉を寄せた。


「なら、要件は何だ?」

「謝罪とお願いに」


 そう言うと、黒髪の女はテーブルにコップを置いて1拍ためる。

 その短い時間にコップの中身を除いたアルドが目を剥いていたが、黒髪の女性は気にせず続けた。


「まずは謝罪を。この度あなた方【女神の祝福】所属のガイアと、私達のパーティー【フラワーガーデン】に属するレイラ・スマートソードの婚約により、そちらのガイアさんが脱退し、戦力の低下を招いてしまった事、大変申し訳ございませんでした」


 それは確かに言葉だった。


 しかし、ライデンを始め、ゲオルグも、そして、アルバもなにかの魔術の詠唱だったのではないかと錯覚するほどに、瞬きさえも止められてしまっていた。


 そして、それは【女神の祝福】のメンバーだけには留まらず、近くで食事をしていた馴染みの冒険者達、果ては看板娘のナニールですらぽかーんと口を開けて動きが止まってしまう程だった。


 そんな中で、【フラワーガーデン】のメンバーだけが時が止まった世界に取り残された迷い人の様にそれぞれ動く。

 最も、興味深そうにあたりを見回す他のメンバーとは違い、銀髪の女性──レイラだけは居心地悪そうに体を小さくしていたが。


「……な……」


 そんな止まった世界に終止符を打ったのは、アルバだった。

 わなわなと震わせた右手を上げ、伸ばした人差し指はまっすぐレイラに向けて。


「何だそれはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 魂からの絶叫を上げるのだった。



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