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8話 襲撃者と腕利きの渡界者

 共に暮らすようになってテフランが慣れてきつつあるように、町の人たちもファルマヒデリアという存在に慣れつつあった。

 最初は借りている家の近所の主婦の方々。続いてその家族。そしてその人と関係がある人達へと慣れは伝播していく。


「あそこの家の別嬪さん、知っているかね」

「知っているともさ。でも、あんなに美人さんなのに、とてつもなく強い渡界者って話なんだよな」

「なんでも、別の国で大活躍していた魔法使いだそうだ。いまは一緒に住んでいる子供のために、浅い場所にしか行かないようだけどね」

「息子って、あの『腰抜け』って呼ばれている青年だろ。あの子を産んだにしちゃ、年が若い気がするがねぇ」

「いや、義理の息子だそうだよ。父親が別の場所に出稼ぎに行っている間に拵えた、新し嫁さんなんだと」

「なんだそりゃ。じゃあ、血の繋がってない美女と、あの青年は一つ屋根の下で暮らしているっていうのか。かー、羨ましいねえ」


 道端で『石置き』という遊びに興じながら喋っている男性二人に、近くの家から怒声が飛んできた。


「アンタ! よそ様の事情を噂する暇があるなら、家に戻って家事の手伝いをおしよ!」

「すまねえ、カアちゃん! マナー違反だったってことは謝るから、石置きの決着がつくまで待っててくれよー」

「うひひっ。尻に敷かれてやんの」

「……お前の嫁さんに、告げ口してやるからな」

「おま、馬鹿、止めろ。結婚して三年目に入って、やたらと当たりが強くなってきてんだから、要らない波風起こすな」


 冗談を交換して笑い合い、男たちは遊興勝負の決着に入る。

 彼らとその家族たちのような、ファルマヒデリアに好意的な人は多い。

 なにせ本性を知らなければ、物腰の柔らかい絶世の美女だ。好かれないはずがない。

 しかしながら、何ごとにも例外は存在する。

 好意的な付き合いを望む人たちがいる一方で、自分たちの欲望のためにファルマヒデリアに接近しようとする者もいる。

 特にこの町は、方々からやってきた駆け出しからベテランまでの渡界者がひしめく場所。倫理や価値観が全く異なる人が多く住んでいる。

 その証拠に、路地裏の一画にたむろする武器と鎧を身に着けた五人の男性が、悪だくみをしていた。


「なあ、噂の美女を見たか?」

「おう、見たとも。ありゃ、すげえぜ。胸は山のようだし、尻もデカい。なのに腰はキュッとしててよ。もう辛抱たまんねぇぜ」

「じゃあよ。決行ってことでいいんだな?」

「ガキを生け捕って人質にして、美女を脅して言うこと聞かすってんだろ。もちろんやるとも」

「うひひっ、想像するだけで、股座またぐらがいきり立ってきやがるぜ」


 武器を手に立ち、あらかじめ調べた、テフランとファルマヒデリアが通る場所へ先回りする。

 待つことしばし。通りにある屋台で買い食いをする、二人の姿を男たちは目にした。


「ほら、テフラン。急いで食べたから、頬にタレがついてしまっていますよ」

「ハンカチが汚れるから拭わなくていいって。自分の指で取るから」

「そういう粗野な行動は慎みなさい。荒々しい人は、女性にモテませんよ」

「そうかな? 乱暴そうな人ほど、女性を侍らせているイメージがあるけど」


 通りの中で、二人は仲睦まじい様子を披露している。

 傍目には、仲の良い歳が近い母子のようにしか見えないほどだ。それこそ見る人が見れば、ファルマヒデリアがべたべたとくっ付きたがっているのを見破り、恋人のようだと考える者もいるぐらいである。

 その様子を路地で見ていた襲撃者たちは、苛立ちを隠そうとしない。


「チッ。おい、行くぞ」

「分かっているよ。抜かるなよ」


 襲撃者たちは二手に分かれ、一方はテフランたちの後をつけ、残りは襲撃予定の地点へ先回りした。

 やがて襲撃の時間と場所となった。

 男たちは二方向から一斉に駆け出し、予定通りにテフランの奪取を狙う。

 襲撃者に驚くテフラン。だが、新米でも渡界者。すぐに腰の剣に手を伸ばして、対応しようとしている。


「腕の一本ぐらいはかまうこたねえ!」


 襲撃者の一人が叫び、鞘から剣を抜く。つられるようにして、残りの襲撃者たちも抜剣する。

 平和な日常が一気に物々しい光景に変わり、出くわした通行者から悲鳴が上がった。

 悲鳴に反応した他の住民が顔を振り向かせるのと、襲撃者たちがテフランに武器の先が届く距離に入るのはほぼ同時。

 テフランも剣を抜いて迎撃の態勢を取る。

 しかし、ファルマヒデリアの背に庇われてしまう。


「どこのどなたか知りませんが、テフランに武器を向けたのは許せません」


 感情が消え失せた声を放ち、ファルマヒデリアは手袋をはめた腕の皮膚に、魔法紋を浮かび上がらせた。

 襲撃者たちは身構えつつ、一人二人がやられても残りがテフランを捕まえられるように、行動を少し変える。

 凶行に慣れた身動きに、テフランの顔つきは緊張から硬くなり、ファルマヒデリアは手袋越しに魔法紋の輝きを放つ腕を振り上げた。

 魔法を警戒する男たちだが、ファルマヒデリアの行動から一瞬後に足が地面から浮いたことに、驚愕の声を上げる。


「なんじゃこ――りゃあああああああ?!」

「おおおおうううあああああああ!」


 天上の神に釣り上げられたかのように、五人の襲撃者は近くの建物の屋根を越すほどに天高く舞い上がった。

 やがて上昇が止まり、落ち始める。

 飛ぶ術を知らないため、空中で姿勢が崩れて、男たちは足以外の部位で着地する羽目になった。

 曲がった腕を押さえたり、背を仰け反らせたり、突っ伏して尻を上にあげた姿で苦悶する。


「うごおおぉぉぉ、このアマ、やりやがったな」

「町中で魔法をぶっ放すなんて、なに考えてやがる」


 口々に勝手な非難をする彼らに、ファルマヒデリアは近づく。

 そして一人の頭を踏みつけて、地面に押し付けた。


「町中で武器を抜いて襲い掛かるなんて、なにを考えているのですか? 自殺のお手伝いなんて、受け付けていませんよ?」

「なにを言って――おごごごがががあああ」

「このまま踏みつぶしてやりたいところですが、あなたみたいな者の血で、テフランが贈ってくれた衣服や靴を汚すのはイヤなんですよね。まったく、どうして頭から着地して首の骨を折って死ななかったのですか。気が利かない人たちですね」


 独り言のように呟くファルマヒデリアの目は、テフランに向ける愛情豊かなものとは違い、ガラス玉のような無感情の極みの瞳になっている。

 その目を盗み見たテフランは、覚えがあることに気付いた。

 迷宮で出会ったばかりのファルマヒデリアが、魔物の群れを焼き払ったときと同じ瞳だ。

 そう気づいて、テフランは止めに入った。


「ファルリアお母さん、ここまでにしよう。いくら襲撃されて怒ったからって、殺しちゃうのはまずいって!」


 周囲にいる人たちにも聞こえるように、あえて少し大きめな声を放つ。

 事情を知った野次馬は、同乗の目を向ける。男たちにではなく、テフランとファルマヒデリアにだ。


「日もあるうちから人を襲うなんて、ふてえ野郎たちだな」

「どうせ渡界者として目が出なくて、悪い奴らに組した落伍者たちだろ。町の警備を呼んで、引き取ってもらおう」


 警備という単語を聞いて、襲撃者たちだけでなく、テフランも顔を強張らせ、ファルマヒデリアの腕を掴んだ。


「警備が来る前に、急いでここから離れるよ」

「なにも悪いことをしていないのですから、逃げる必要はないではありませんか?」

「じゃあ質問するけど、警備が俺に高飛車な態度で接して来たら、ファルリアお母さんはどうするのさ」

「不愉快になって、教育的指導をしたくなっちゃいます」

「それがまずいんだって。ここで逃げておけば、渡界者同士のイザコザってことで、組合長に処理が任されるんだ。そうすれば、これ以上の混乱は起きようがないんだって」


 なにせ組合長アヴァンクヌギは、ファルマヒデリアが告死の乙女と知っている。

 そして告死の乙女が町中で暴れる危険性も、大変に熟知している。

 仮に、襲撃者たちがテフランたちに都合の悪い証言をしたとしても、組合長は町の安全を考えて取り合うはずがないことは決まっている。

 そんな事情を小声で伝えて、ようやくファルマヒデリアは逃げることに同意した。

 二人が野次馬に頭を下げながら立ち去ると、襲撃者たちも逃げようとする。だが激痛が走る体では、立って歩くことすら叶わなかった。

 そこに警備がやってくる。野次馬たちの証言を受けて、襲撃者たちの武器を奪い、体を縄で拘束していく。

 その手つきは荒っぽく、高所から着地した衝撃で折れた骨のことなど、思慮の外に置いているように見える。


「おら! 手間を掛けさせやがって、歩きやがれ!」

「止め、ぐあっ、もっと丁寧に扱えよな!」 

「うるせえ。テメエらみたいなのがいなきゃ、こっちはのんびりと日常を過ごせるんだよ。きつくお灸をすえてやるから、覚悟しろ!」


 襲撃者たちの腹に膝を叩きこんで黙らせると、詰所のある場所へ引きずっていく。

 その際に、警備たちはチラッとテフランたちが逃げた方向に視線を向けるが、見逃すように顔を進行方向へ向けなおしたのだった。





_/_/_/_/_/_/_/




 組合長から特別な依頼を受けた腕利きの渡界者たちは、転移罠でショートカットした上で、さらに迷宮の奥を目指して進んでいく。

 完全防備な彼らの中に、一人だけ武器も鎧もつけてない人物がいた。

 四十歳に迫ろうというその男性は、伸び放題の髪と髭に、痩せた頬、疲れ切った目なのに瞳だけは変にギラついている。

 そんな怪しげな人物を護衛するように、腕利きたちは移動をしている。


「言っておくが、俺たちの指示に従えよ。じゃなきゃお前ごとき、ここじゃ一日だって持ちゃしないんだからな」

「ひひっ、分かってますよ。あんたらのお手伝いをする見返りに、博打で作った借金がチャラになるってんだから、馬鹿な真似はしねえさ」

「チッ。頼むぞ、マジでな」


 明らかにお荷物だが、この妙な男がいないと依頼を果たせない。

 なにせこの男の役割は、新米が報告した告死の乙女を従魔化する方法を試すための生贄だ。


(武装を捨てた上で、近寄って抱き着くだなんてな。指振り一つで人を消せる相手に、そんな真似ができるのは、死にたがりか狂人だけだぜ。そう考えると、組合長オヤジはまともな人選をしたってことか)


 なにせこの四十頃の男性は、博打狂いだ。

 まさに、告死の乙女の従魔化を試すには適任の人物だった。

 


 お荷物一つを抱えての行動は、強い魔物が現れる場所も合わさって、腕利きたちに大きな負担を強いた。

 加えて、告死の乙女を探して安息所を渡り歩くことも、迷宮の転換があったばかりで地図が出来上がっていない頃なので、地味にきついことだった。

 そんな精神を摩耗させる数々の果てに、ようやく通路の先にある安息所内に佇む告死の乙女を見つけた。

 遠目でしっかりと姿を確認したわけではないが、薄着で迷宮の安息所に一人でいる美女など、告死の乙女以外にはあり得ない。


「さて。見つけたのはいいが、一直線の通路か。怖いな」

「強力な魔法一発で全滅だな」

「迂回路はありそうか?」

「これは勘ですが、安息所の左の壁に続く道が、たぶんあるんじゃないかなと」


 斥候役の勘を信じて、腕利きたちは迷宮を進む。そして、例の安息所に続く新たな道を発見する。

 幸いなことに曲がりくねった道で、しかも安息所の近くで直角に曲がっているという、魔法を警戒するなら絶好の通路だった。


「よしっ。じゃあ俺たちはこの曲がり角で待つから、ここからはあんた一人で行ってくれ」


 腕利きたちに見送られて、博打狂いの男性は安息所へ歩いていく。


「ひひっ。迷宮の安息所に逃げた美女に抱き着いて捕まえるだけで、借金が消えるなんてなぁ。傷つけちゃいけねえからって、武器も防具も持っちゃいけねえってのが不安だけどさぁ。ひひひひっ」


 組合長が語った偽の依頼の情報を信じて、博打狂いは告死の乙女に近寄っていく。

 徐々に距離が近づくと、佇んでいた告死の乙女が急に振り向いた。


「ほほぇー。こいつはすげえ別嬪さんだな、ひひっ」


 博打狂いが思わず足を止めてしまったように、この告死の乙女も絶世の美人だった。

 眉の上で切りそろえられた前髪と、一つに纏められた後ろ髪は、透き通って青白くすら見える銀色だ。

 細く長い眉の下にあるのは、紫色の瞳をたたえる大きな二重のツリ目。スッと通った鼻筋と薄く締まった唇も相まって、意思が強そうな印象を受ける。

 身に着けている衣は、豊かかつ引き締まった胸と筋肉の筋が見える腰元だけを覆う大胆なもので、その小麦色の肌の大部分は外気にさらされている。

 同じ告死の乙女でもファルマヒデリアとは違うタイプの、野性味や自然美を集めたような告死の乙女の姿に、博打狂いはゴクリと喉を鳴らした。


(ひひっ。抱き着いて捕まえるんだから、うっかりあの胸の感触を頬で確かめちまっても、役得ってもんだよな)


 邪な願いを胸に、博打狂いは歩みを再開した。

 小麦色の肌の告死の乙女は、近づく男を警戒したのか、顔だけでなく体の向きまで変える。

 しかしテフランがファルマヒデリアと出会ったときと同じく、武器のない博打狂いに攻撃をしようとはしない。

 固唾を飲んで見守る腕利きたちをよそに、真なる事情をしらない博打狂いはあっさりと手が触れられる間合いに侵入する。


「ひひっ。よーし、いい子だ。つかまえーたっ!」


 ぎゅっと腕の中に抱き寄せながら、博打狂いは小麦色の胸の谷間に顔を埋めた。

 柔らかさよりも弾力が勝っているような肌の感触に、博打狂いの鼻の下が伸び、頬がだらしなく緩む。

 遠目でその姿を確認した腕利きたちは、何ごともなかったことに安堵しながら「あれなら、自分たちがやればよかったな」なんて軽口を叩いている。

 抱き着かれた告死の乙女はというと、少し制止した後で動き出す。博打狂いの顔をもっと谷間の奥に沈めようとするかのように、片手で頭を抱き抱いたのだ。

 柔らかさと極上の女性の臭いに、博打狂いは依頼のことなど忘れて、この場でこの女を抱き敷いてやりたくなった。

 しかしその欲望は、叶うことは永遠になくなった。

 なにせ、魔法紋が密集して光る左手が、彼の腹から背へと貫いていたのだから。


「ごばっ――なにが、おき……」


 小麦色の乳房を吐き出した血で汚しながら、博打狂いは絶命した。

 その死を確認すると、告死の乙女は左腕を振って、死体を通路の奥へと勢いよく投げ捨てる。

 そう、腕利きたちがこっそりと見ている、あの通路へ。

 飛んできた死体が壁に当たって、血花の模様が壁面に現れる。

 その光景に、腕利きたちは緩みかけていた警戒感を引き締め直した。


「撤退だ! 畜生、途中までは上手くいっていたようだったのによ!」

「武器を捨てれば、告死の乙女に殺されない。これが分かっただけでも、上々の収穫だ!」

「早く逃げましょう。噂じゃ、人を殺した告死の乙女は住処を離れるって――うわわ、こっちに走ってきてますよ!」


 斥候役の悲鳴に、腕利きたちは告死の乙女の姿を再認しないままに、通路を走って逃げ始めた。

 背後に迫る素足の足音に怯えながらも、曲がりくねった通路を選んで近づいてきたことが幸いし、なんとか撒くことに成功する。


「チッ。組合長オヤジに報告しねえと。教わった方法じゃ、告死の乙女は従魔にできねえってな」

「でも実際、あのガキは従魔にしてただろ。なにかしら見落としや、報告してねえことがあるんだろう」

「もしかしたら、本人自身も知らない可能性もありますよ」


 腕利きたちは告死の乙女から逃げきった安心感から、ああでもないこうでもないとはなしながら、迷宮の出入り口へと向かう。

 彼らが組合の建物に帰還し終え、組合長に報告してすぐに、渡界者を殺して回る小麦色の肌の女性が現れたという知らせが入るとは予想しないままに。


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