88話 取り調べと内通
消えたテフランたちを探し回っていた、町の警備隊。
彼らが詰め所に戻ってくると、普段着に腰に剣を吊った姿のテフランが、来客用の椅子に腰を掛けていた。
「皆さん、遅いお帰りですね」
「君は! 大人しくしろ! 武装も解除しろ!」
「はいはい。どうぞ」
やけにあっさりと応じて、鞘入りの剣を剣帯ごと差し出され、警備隊は困惑顔。
テフランは彼らに笑顔を向けながら、 詰所の中を見回す。
「それで話が聞きたいみたいに言ってましたけど、どこで話せばいいんでしょう。俺はここでもいいですけど?」
「え、いや、取調室は奥にあるので、そこで聞こうと」
「わかりました。案内よろしくお願いします」
テフランが席を立ち、警備隊の先頭にいた一人を手招きして、取調室に案内させる。
ここまでテフランのペースで事が進んでいることに、若干の危機感を抱き、警備隊は意識を入れ替えて取り調べに当たろうとする。
テフランが座った椅子の対面、机を挟んで二脚ある椅子に、警備隊の中から二人が座る。
そのどちらも強面であることから、取り調べに強い人物がついたようだ。
「自分から進んで出頭してくれたことは敬意を表するが、こうもあっさりと出てくるのであれば、昨日も逃げないでほしかった。あらかじめ言っておくが、こちらが君に抱いている印象は、あまりよくないぞ」
「前置きしてくれるなんて、優しいですね」
「茶化す気なら、より心象は悪くなるぞ」
「純粋に好意からの言葉ですよ。取調室に入れられた瞬間、顔を殴りつけられるぐらいは覚悟してましたから」
悪びれもせずに言うテフランに、警備の二人はやりにくそうに顔を歪める。
そして二人とも、テフランの落ち着いた様子に、ある直感を得ていた。
昨日一日、どこかに消えていた間に、取り調べの問答を練習してきたのだと。
「じゃあ改めて色々聞くとしよう。その前に、君の仲間はどこにいる。できれば、彼女たちにも話を聞きたいものなのだが」
「徒党の統率役は俺ですよ。取り調べをするだけなら、俺一人で事足りるでしょう?」
「そうはいかん。もめ事があれば、当事者全員から――」
「渡界者の理屈だと、統率役一人が引き受けるものだって言っているんですが?」
テフランは言葉遣いと態度で『こちらの好意で、取り調べに協力してやっている』と語った。
丁寧な口調から一転しての変化に、取り調べの警備二人は、より強くテフランが練習してきたのだと理解する。
そして取り調べを数多くこなしてきた経験から、目的がどこにあるかを悟る。
「一応言っておくが、こちらが君を拷問して、君が外へと悲鳴を響かせて救助隊を呼ぶという手は、考えなくていい」
「この部屋が防音されているからですか?」
「ははっ。こんな安普請に防音なんかあるはずがないだろう。単純に、俺たちは君を殴る気がないというだけだ。騒動の理由を聞かせて欲しいだけなのだからね」
「へぇ。果たして、本当にそうなるんですかね」
試すような物言いに、警備二人は若干苛立ちを覚えたが、それもテフランの企みだと取り合わなかった。
「ともあれだ。仲間たちの分も君が語ってくれるというのなら、こちらとしても嫌はない」
「こちらも殴られる趣味はないので、お話し合いで済むのならそれに越したことはないですよ」
お互いに笑顔を交換し合った後で、テフランは警備の質問に答えていく。
事の始まりは、ファルマヒデリアたちに求婚や引き抜きに来る人があったこと。
その人の数が多くなり、渡界者組合が矢面に立ってくれたが、段々と耐え切れなくなってきたこと。
そして、権力を持った馬鹿が暴走して、テフランたちに襲い掛かり撃退され、その怒りから多くの人たちに命を狙われたこと。
一通り筋道を立ててテフランが語り終えると、警備二人は同情半分頭痛半分の顔つきになる。
「渡界者組合が伝えてきた話と同じだな。口裏を合わせているわけではないよな?」
「昨日一日、多くの町民に話を聞いて、俺の話の方が本当だってわかっているんじゃないですか?」
「……昨日逃げたのは、このための布石だったというのか」
「昨日逃げたのは、偶然が重なった出来事ですよ。ただ、一日ぐらい時間をかければ、そちらも真実に気づくのではないかと、仲間の一人が予想を立ていたんですよ」
「その人が、君に取り調べの練習を付けてくれたわけか」
「さあ、それはどうでしょう?」
にっこりと笑って首を傾げるテフランの姿は演技的で、練習をつけた教師の影が見え隠れしていた。
警備二人は苦笑いすると取り調べの手順に従って、テフランに質問を繰り返し、先ほどの説明との間に齟齬が生まれないかを確認する。
訓練を受けた相手に意味は薄いと分かりつつ、テフランの説明が聞き込みをした町民のものと同じだということも理解しながら。
調書を取り終わり、テフランと対面に座る二人の警備の間に、お互いにお疲れ様といった雰囲気が流れる。
「町中は混乱しているからな、落ち着かせるためにも、君には一両日ほど、この詰め所にいてもらうことになる」
「やっぱりそうなりますか。分かっていたけど、ファルリアお母さんたちはいい顔しなさそうだな」
「そういえば、君の仲間は義理の母親たちなんだったな。ん、三人ともか?」
「ははっ、俺の父親は腰が軽い人なので」
苦笑いでテフランが建前を言うと、警備二人が『おや?』という顔をする。
取り調べで培った嗅覚が、言葉の中にあるウソを嗅ぎ取ったのだ。
しかし、ファルマヒデリアたちが義理の母親であろうと、テフランの情婦であろうとどうでもいいことなので、二人は気付かなかったことにした。そして、テフランが今日寝泊まりする牢屋に案内しようと席を立つ。
そのとき、詰所の外がにわかに騒がしくなった。
「へぇ、本当に防音はされてなかったんだ」
「この騒動も織り込み済みということかね」
警備二人は肩をすくめると、取調室の扉を開けて廊下の向こうへと声をかける。
「何があった!?」
「そ、それが、もう一方の人たちが押しかけてきまして」
遠回りな表現に訝しげに眉を寄せると、視線がテフランの方へと向かった。
「まさか、お前さんたちが呼んだのか?」
「それこそまさかですよ。こちらの予想だと、警備の中に向こうに繋がった人がいて、俺が捕まったと情報を流したってことです」
「あー、まー、あり得るな。うん」
「向こうさんは、金払いは良いみたいだもんなー」
内通役を自分が担いたかったと態度で言う二人に、テフランは苦笑してしまう。
その間に、詰所内に重なった足音が響き、その音はテフランたちがいる取調室へと近づいてきた。
そして、テフランにとっては何日かぶりに見る、権力を持った馬鹿とその従者五人が現れる。
「おい、報告と違うじゃないか! あの生意気な美女たちはどこにいる!」
「ですので、捕まったのは青少年一人だと言いました」
「弁明など聞きたくもない! ええい、あいつの体に直接聞き出してやる!」
登場するや否や、従者たちは警備二人を抑えにかかり、権力を持った馬鹿の男性は机と椅子を横へ蹴っ飛ばしながら、テフランの前に進み出る。
そしていきなり、テフランの顔を殴りつけた。
「言え! 彼女たちをどこに隠した!」
「なに自分の物のように言ってるんだ。外様なのはお前のほうだろうが」
テフランがお返しだと、踏み込みの力を存分に利かせて、拳を男性の頬に叩き込んだ。
「ぷぎょっ――」
一撃で顎の調子が悪くなったようで、男性は唇の端から血を流しながら、手で青を支える。
「よ、よふもー! おまえら、そいふをほろへ!」
「は、はい」
聞き取りにくい言葉に、従者たちは一瞬間をおいてから動き始めた。
その動きは、なんでこんな男性に付き従っているのかと悩むほど洗練されていて、一人が素早くテフランを後ろから羽交い絞めにし、もう一人は剣を抜き放っていた。
「予想以上に技量が高い!?」
テフランが驚きの声を上げて身じろぎすると、よりしっかりと抱え込むように羽交い絞めが強くなった。
「覚悟!」
剣を構えた従者が自分に言い聞かせるように一言放ち、剣の面が地面と平行になる構えを取る。
そして、テフランの心臓に狙いを合わせて剣を突き出した。
羽交い絞めにされて逃げ場がない。剣の切っ先がテフランの胸を――
「はあッ!」
――突く寸前、テフランの足が翻り、迫った剣を下から蹴り上げた。
弾き挙げられた剣は天井に当たって食い込み、数瞬動きが泊まる。
その瞬間、テフランはもう片方の足で、目の前の相手の首筋に蹴りを叩き込んだ。両足が完全に地面から浮いてしまっているが、固く羽交い絞めされているため、地面に倒れ込むようなことにはならなかった。
一方で、羽交い絞めにしている方の従者は、急にテフランの全体重を抱えることになり、思わず前かがみになってしまう。
「うおっ?!」
「よっと!」
テフランは素早く床に足を付けながら、その従者の頭を掴む。そして髪を引っ張って、自分の頭の上に相手の頭が通り過ぎるように引き出していく。
「痛だだだだ!」
髪が抜ける音と痛みに従者は羽交い絞めを止めさせられ、テフランの背中に覆いかぶさるように体が泳いでしまう。
テフランは従者の体重を背中に感じた瞬間、頭を掴んだまま、背負い投げの要領で前へと投げ飛ばした。
空中を飛ぶ従者の先には、天井を咬む剣を抜こうとしていた仲間が立っている。
「どあああああああ!?」
「ぐえ――なにをしているんだ!」
混乱する二人に、テフランは静かに近寄り、その顔面を力いっぱいに蹴り上げた。
力を失い失神したことを確かめ、天井を咬んでいる剣を引き抜く。
「さて、こんなことをして、無事に帰れると思ってないよな?」
睨みつけると、馬鹿の男性は従者を頼ろうと視線を巡らす。
しかし、警備を抑えにかかっている二人は手一杯で、傍に控えた一人のみしか頼れない。
そして彼の後ろには、好意的ではない目つきの警備の人たちがいる。
馬鹿でも知恵はあるため、この場の不利は悟れた。
「ええい、もうあんな女たちのことはいい! すぐにこの町から離れるぞ!」
「はっ! 退け、退け!」
傍に控えていた一人が剣を振り回して、警備の人たちを近寄らせないように移動する。
その間、取り調べの二人を抑えていた二人が、テフランが失神させた二人を抱え、馬鹿な男性と共に詰所の外へと出る。
このまま逃げ切ると男性と従者たちは思ったかもしれないが、外に出た瞬間に、それが思い違いだと悟る。
先頭に立つアヴァンクヌギを始め、この町の中で腕が立つ渡界者の面々が立ち並んでいたからだ。
「チッ――おい、退け! こちらに楯突くとどうなるか、分からないわけじゃないだろう!」
「はんっ。そんなこと、知ったことじゃねえな。こちとら、さんざん組合に迷惑をかけてくれた馬鹿を懲らしめにきたんだからよお」
アヴァンクヌギは唇の端を上げる笑みを浮かべると、無造作な歩き方で近寄る。
従者が立ちはだかるが、アヴァンクヌギの道行きを邪魔させるかと、渡界者たちが飛び掛かった。
そうして邪魔が居なくなったところで、アヴァンクヌギは恐怖に青い顔をする男性の腹部に重い拳を叩き込む。
「おげっ――」
あまりの衝撃に吐き気すら引っ込んだ様子で、男性は地面に頭をつけるように倒れ込む。
その後頭部を、アヴァンクヌギが踏みしめる。
「お前さんの親類縁者に、たーっぷりと迷惑料と損害賠償を払わせてやるからな。覚悟しやがれ」
ぐりぐりと踵を捻りながら、アヴァンクヌギは周囲の野次馬に向かって吠声を上げる。
「いいか! 今後、うちの組合の者にちょっかいをかけやがったら、お前らがこうなる運命だ! わかったな!」
空気が震える大声に、野次馬たちは怖気づいた様子で、おずおずと頷く。
アヴァンクヌギは鼻息を一つ吹くと、警備の人たちに従者五人を預け、権力を持った馬鹿の体を小脇に抱えて組合建物がある方向へと去っていく。野次馬たちはその姿に、最初はまばらに、次第に盛大に拍手を送る。
そんな英雄劇の終幕のような一幕に、テフランは詰所の中から遠巻きに見ながら苦笑する。
「ファルリアお母さんたちが考えた通りの行動だけどさ。組合長、ノリノリで演じすぎじゃないかな」
それでも、これでファルマヒデリアたちに対する騒動もひと段落つくだろうと、テフランは安堵する。
そして、詰所に戻ってきた警備の人たちに帰っていいかと尋ね、牢屋にいる必要がなくなったからと帰宅が許されたのだった。




