87話 混乱の中で
武装した人たちに囲まれて、テフランは混乱していた。
(どういうことだ。組合長が対応してくれているはずじゃ?)
混乱はしつつも、敵意がないことと武器を持っていないことを示すため、テフランは両手を上にあげた。
「どういうことか、もう一度説明してもらえませんか?」
テフランが周囲に問いかけると、少しざわついた後に、囲っている鎧姿の人たちから一人が前に出てきた。
金属鎧の片方の肩の部分に赤い布を巻いている、四十歳近くの男性。
手には指揮棒らしき、先に細かい綱の房がついている棒を握っている。
その男性は、不思議なことに困惑顔のまま、テフランに向かい合う。
「そうして、大人しく対話をしようとする姿勢はありがたい。こちらも、無駄な流血は避けたいものなのだ」
「はぁ。それで繰り返しになるんですが、どうして囲まれているんでしょう?」
「それは訴えがあったからだ。君が『告死の乙女』を従魔とし、迷宮にいた渡界者たち及びに荷物持ちたちを殺傷したとな」
告げられた内容に、テフランは呆れてしまう。
「俺たちの側と、かなり認識が違っているんですが」
「わかっているとも。君たちを取りまとめる組合長のアヴァンクヌギから『事実無根である』との表明も受けている。加えて『訴えを起こした側こそが元凶』ともな」
「それがわかっているなら、なぜ?」
「訴えた側の背後には、粗略に扱ってはならない身分の方がいるのでね。君たちの扱いは、その人物が求める通りに『ひとまずは』しないといけないのだ」
要は、ファルマヒデリアたちを『一時的に』告死の乙女だと扱って捕まえ、調査の後に『告死の乙女ではなかった』と『訴えは虚偽だった』いう流れにしたいらしい。
テフランを説得しようとしている男性の様子から、囲んでいる人たちはファルマヒデリアたちのことを本当に告死の乙女だとは思っていないとわかる。
無視できない相手に無茶ぶりをされ、それをどうにかこなそうとしている。
そんな心の内が透けて見えるほどだ。
しかし、テフランはこの提案には応じられない。
なにせ、ファルマヒデリアたちが『本物の告死の乙女』だからだ。
そのため、どうにか捕まらずに済む方法を考えて、目の前の男性を説得しようとする。
「こちらは悪いことはしていないんだから、捕まる筋合いはないんですが」
「粗略な扱いはしないとし、彼女たちの取り調べは女性職員が行うことを約束する」
「訴えた側に問題があるなら、そちらから先に調べるべきでは?」
「そちらはすでに締め上げている。そして当事者の片側である君たちの証言が加われば、無視できないとした相手に捜査の手が届くのだ。協力してほしい」
男性の理由には、彼の職務に見合う理屈が存在していた。
むしろ、テフランたちへの訴えが無実だと信じて、それを払しょくしようと手伝おうとすらしてくれている。
そのこと自体は喜ばしいが、テフランは素直に頷けない。
(ファルマヒデリアたちを渡すわけにはいかないし。かといって、実力行使に出たらまずいし……)
テフランが悩んでいると、視界の端に動く何かの影が映り込んできた。
目だけ動かして確認すると、それは集まった人の外に、スルタリアが控えめに手を振っている姿だった。
そしてスルタリアは、テフランが気付いたと見てとると、手ぶりで何かを伝えようとする。
(……なんとなく、この場から脱出しろってことだとわかるけど)
テフランがスルタリアの要望に従うべきか考えていると、後ろからファルマヒデリアの声がした。
「そちらの都合で犯罪者扱いされるのは心外ですので、従う気はありません。Raaaaaaa~」
予想外の宣言に、テフランは驚いて振り向くと、手袋を透過したファルマヒデリアの腕に浮かんだ魔法紋の輝きが目に入った。
「あの手袋は魔道具か!?」
「敵対行動を確認! 武力制圧を試みるぞ! 抜剣、抜剣!!」
取り囲む人たちから、剣呑な声が上がった。
状況の悪化に、テフランは思わず頭を抱えたくなる。
(けど、逮捕されるわけにもいかなかったし。既定路線だよな)
テフランは気分を入れ替え、この場を切り抜ける決意をする。
そして剣を抜こうと柄に手をかけた瞬間、取り囲んでいた人たちが急にバタバタと倒れ始めた。
「な、なにが起きて――」
「魔法攻撃か! だが見えない――」
混乱する声を上げつつ、集まっていた人たちは一人残らず地面に倒れ伏した。
テフランは唖然として、ファルマヒデリアに顔を向ける。
「なにをしたの?」
「以前、迷宮の中で見せました、空気を利用して失神させる魔法です」
微笑むファルマヒデリアの説明に、テフランは納得した。
「方法の是非はともかく、この場を切り抜けられたことについては、ありがとう。ファルリアお母さん」
「んふふ~。もっと頼りにしてくださっていいんですよ~」
嬉しそうに頬を緩めて、ファルマヒデリアはテフランを抱きしめて頬擦りする。
「ちょっと、今はそれどころじゃないから! ほら、待ってくれているスルタリアさんが、こっちに呆れた眼を向けているし!」
テフランはファルマヒデリアを押し剥がすと、全員を連れてスルタリアへ近寄る。
しかしスルタリアは、この場では話し合いができないと判断したらしく、身振りで後についてくるようにと告げ、路地裏を選んで進み始めた。
テフランたちはひとまず彼女の後に続き、見える限りの人たちが地面に倒れ伏した場所から逃げ出したのだった。
案内されたのは、あの家数件が連なって一つの宿になっている、不思議な建物だった。
(追跡者もいないし。この宿だったら、時間は稼げる)
テフランたちが中に入ると、アヴァンクヌギが挨拶で手を上げていた。
「よお、大変みたいだな」
「みたいじゃなくて、本当に大ごとになっているんだけど。組合がどうにかしてくれるんじゃなかったっけ」
棘を含ませた言葉でテフランが問いかけると、アヴァンクヌギが大仰に肩をすくめた。
「企みは上手くいっていたんだぜ。テフランたちが撃退したヤツらを、依頼を頼んだ渡界者に捕縛してもらってよ。その後は、町の警護と渡界者組合の職員とで、厳しい尋問をしたんだ。その結果、ファルマヒデリアを手に入れようとしていた、良いところの坊ちゃんを捕まえるに足る情報が集まっていたんだ」
順調に事が進んでいたところで、一つ問題が起こった。
「お前を襲撃しようってヤツらの中で、強めのヤツらが迷宮の外まで逃げ帰ってきてよ、こっちは慌てて捕まえたんだが。その際、通行人に聞こえるように『告死の乙女を連れたガキに仲間が殺された!』って喚き散らしやがったのさ。それを聞いた町民たちが、警護と渡界者組合に『真実なのか調べてくれ』って詰め寄ってきてよ。テフランたちをとりあえず捕まえて、話を聞こうってことになっちまったのさ」
どうしてそんなことを、襲撃者が言い出したのか。
テフランは首を傾げようとして、あの痩せぎすで速度特化の告死の乙女に襲われていた人たちを思い出した。
そして彼らが、あの告死の乙女のことを、テフランの関係者だと誤解していたことも。
(うっかりしていた。あまりに、あの告死の乙女の死に様が衝撃的で忘れてた)
そして忘れたまま、呑気に一両日迷宮で待っていたのだから、騒動が大きくなるのも無理はないと納得する。
そんな内心を表に出さないまま、テフランはアヴァンクヌギに半目を向けた。
「組合側が抑えれば、こんな事態になってないんじゃ?」
「もちろん制止したさ。お前の義母たち全てが告死の乙女だって知っているからな。だが、抑えきれなかったんだ。件の良いところの坊ちゃんと仲間がな、逮捕を逃れるためにこの件を利用しようって腹積もりで、町民を扇動して騒ぎを大きくしちまったからな」
「それじゃあ、その人たちはもう、この町から逃げ出した後ってこと?」
「そこが向こうの間抜けなところだ。大きくした騒動の陰で逃げようとしたようだが、逆に町民に話題の人ってことで取り囲まれて、逃げるに逃げられなくなっちまってんのさ。もし強行突破なんてしようものなら、控えている警備連中に逮捕される運びになっているからな。いわば袋の中のネズミも同じだな」
アヴァンクヌギがほくそ笑みながら言った内容に、テフランは頭を抱えた。
「どうせなら、こちらを巻き込まない形で、勝手に自滅してくれた方がよかったのに」
「同意見だ。組合も、対応に困っているからな」
アヴァンクヌギは同情するように言うと、表情を真剣なものに変えた。
「それでだ。テフランが取れる選択肢は、いまのところ三つある」
アヴァンクヌギ指を三本立てた後、立てた人差し指を反対の手で掴む。
「一つ目は、この後すぐに出頭して事情を話す。しかし町民の手前、詳しい検査をお前の義母たちに受けてもらわなきゃならん」
「ここに逃げてくるとき、ファルリアお母さんが魔法で昏倒させちゃったんだけど、普通に取り調べを受けられるんですか?」
「報告を受けているが、ファルマヒデリアが魔法を使う前に、スルタリアのお仲間が眠り粉を撒いたって誤魔化してやるよ。それはともかくだ。この選択肢を取るとだ、お前の連れている女性たちが告死の乙女だと、大っぴらになっちまうわけだ。そうなると、今後、告死の乙女を手に入れようとする連中が、いまの比じゃねえぐらいに、わんさと押し寄せてくるはずだ」
「それこそ、良いところのお坊ちゃん以上に、厄介な相手も出てくるってことか……」
テフランが納得するのを待ってから、アヴァンクヌギは次に中指に掴む場所を移す。
「二つ目は、このまま秘密裏に町を出て、別のところへ行くって選択肢だ。いわゆる、夜逃げだな」
「……それで三つめは?」
「不満なのは分かるが、説明は聞け。夜逃げ先は、俺の伝手でお前らの存在を隠してくれるヤツの元だ。迷宮のある大きな街だからな、いままでとさほど変わらない生活が待っているはずだ」
テフランは興味なく、次の選択肢を無言で急かす。
アヴァンクヌギは、立てた薬指を掴む。
「最後は、迷宮の奥の奥まで行って、地底世界まで行くこと。テフラン、お前の夢の通りにな」
意外な提案に、テフランは眉を寄せた。
「そんな実力、俺にあるわけない」
「それは十も承知だ。だが、お前には頼りになる義母がいるだろ?」
「ファルリアお母さんたち任せに、地底世界に行けと?」
テフランは、さらに不機嫌になった。
「夢は実力で叶えるから尊いんだ。他の人の力を当てにして叶えても、嬉しいわけない!」
「おいおい、渡界者は仲間を連れて行動することが普通だろ。いわば、他人の力を当てにして迷宮を行くってことだろ?」
「そんなのは詭弁だ! 仲間と助け合いながら進むのと、仲間に助けられて進むのじゃ、意味が全く違う!」
テフランが吠えると、アヴァンクヌギは苦笑いに似た微笑みを見せた。
「まったく青いなぁ。それじゃあどうするよ。二つ目三つ目が気に食わないなら、一つ目の選択肢になるぞ。もしその三つとも嫌だと言うのなら、それ以外にどんな方法があるっていうんだ?」
問いかけられて、テフランは思わず口を閉ざしてしまう。
ことここに至っては、平穏な状況に行ける道がないことに気付いてしまったからだ。
テフランが黙ったままなのを見て、アヴァンクヌギは凝った肩をほぐすように肩を回す。
「一日二日、考える時間をやるよ。お前を探しでいるであろう町の警護連中には、テフランの混乱が落ち着くまで組合が安全な場所で匿うことにしたって伝えておく」
アヴァンクヌギは宿を出ると、スルタリアと共に組合建物がある方向へと歩き去っていった。
テフランはどうしたものかと頭を悩ませようとして、後ろからファルマヒデリアにふわりと抱き寄せられる。
「まずはお風呂に入り、料理をたくさん食べ、ベッドで睡眠をとりましょう。そのほうが、いい考えが浮かぶはずです」
「それは、そうかもしれないけどさ」
伝わってくるファルマヒデリアの体温と柔らかな肢体の感触に、テフランは思わずドギマギしてしまう。
そこに追い打ちをかけるように、アティミシレイヤがテフランの頬を撫で、スクーイヴァテディナは手を握ってきた。
「テフランがどのような選択肢を取ろうと、我々は受け入れる。それこそ、この身を犠牲にする選択だったとしてもだ」
「ずっと、テフランの味方、だよ?」
二人の想いを受けて、テフランは困って眉を下げる。
「分かった。とりあえず、今は休もう。その後で俺たちの今後を、しっかりと考えるよ」
テフランの宣言に、ファルマヒデリアたちは笑顔で応える。
「それでは、まずお風呂ですね。ささ、行きましょうね」
「折角だ。今まで以上に、念入りに洗ってあげるとしよう」
「楽しみ」
「えっ。ちょっと待って! 一人で、一人で入るから!!」
嬉しそうに笑う三人の手により、テフランはお風呂場へと引きずられていってしまうのだった。




