86話 速度特化型
テフランたちは走り続け、戦闘音がしてきた方向に進路をとった。
移動すること、さらに少し。
進行方向に、いくつかの人影が見えてきた。
(安息地から逃げてきた人かな?)
どの人影も男性や普通の女性で、告死の乙女とは思えなかった。
テフランたちが近づいていくと、人影たちも気付いたようだ。
「あっ、テメエらの姿は! 雇い主から教えられたものだ!」
「クソッ、挟み撃ち! やっぱりアイツも、こいつらの仲間だったんだよ!」
テフランは最初の男の言葉は理解できたが、続く女性の発言に眉を寄せる。
(野良の告死の乙女を、俺たちの仲間と勘違いしているのか?)
訂正を入れようとするが、それより先に大木槌で叩いたような物音が響き、人影の方に混乱が起こる。
「クソッ、追ってきやがった! あの脚にある光る模様――告死の乙女に違いねえ!」
「チクショウ! あのガキが連れている女たちが告死の乙女だって噂、本当だったのよ!」
「死にたくねえ、死にたく――あごおおおあああああ!」
最後尾に位置していた一人が、後ろから誰かに攻撃され、絶叫を上げる。
仲間意識は低いのか、致命傷を受けた人を放って、他の面々は脇道へと入って逃げていった。
そうして人影が去ったことで、テフランたちは新たな告死の乙女の姿を目にすることができた。
明るい赤い髪を短く切りそろえた、十代半ばの女性の平均程の背丈で、見た目の若さも同程度。
全体的に痩せた容姿で、頬がこけた顔には四白眼のギョロ目、首と鎖骨の間は深く落ちくぼんでいる。
一枚の布でふくらみの欠片もない胸部を覆い、肋骨が痛々しく浮き上がる胴体は、くびれというよりかは抉れていると表現しそうなほどに細い腰がある。
包帯状の布を巻きつけている股間部など、骨盤の肌への浮き上がり方は痛々しいほど。手足も同様に、あまりの細さに棒のようだ。
テフランの半分も体重がなさそうな、欠食児童も同然の痩せた体形、
だが彼女が告死の乙女だからか、その姿すら美しいと感じてしまう。
もちろんそれはファルマヒデリアたちが持つ健康的な美しさとは別種の、病的かつ死へ突き進む破滅的な美しさだった。
テフランは、そんな美しさの定義の多様性に複雑な思いを抱きつつ、より気になる点を見つける。
「お腹から下に、魔法紋が密集している?」
ファルマヒデリアたちの模様とは少し違った姿に、テフランは小首を傾げる。
すると、ファルマヒデリアが教えてくれる。
「あれは、速度特化型の告死の乙女です。その速さは、瞬間移動したと勘違いを起こすほどですよ」
「速度――ってことは、響いていた物音は?」
「音速を突破したときの音か、もしくは攻撃で蹴りを放った際に壁や地面を蹴った時の音でしょう」
発現の証拠を示すように、ファルマヒデリアは指す。
告死の乙女の足元、先ほど攻撃を受けて絶命した男性。
蹴りを受けたらしき背中の骨が粉々に破砕されているようで、水が入った袋のように、重力に押されて上面が潰れている。
「うげっ。あんな蹴りを食らったら、防具で防いだとしても一撃死しちゃうよ」
「スクーイヴァテディナとは違う方向で、攻撃特化な個体ですからね。その分、防御力は紙も同然で、普通の武器で傷つけることが可能なほどです。それと、相性的に私が勝る相手でもあります」
ファルマヒデリアのそんな評価が気に入らなかったかのように、速度特化の告死の乙女が走り寄ってきた。
その速さは、テフランの目には残像しか映らず、かなり位置が離れていたのに一秒で最接近されたほどだ。
しかし、ファルマヒデリアはその行動を読んでいたかのように、すでに動いていた。
テフランたちの直前に、光の障壁が生まれる。
そこに、速度特化の告死の乙女は顔から突っ込んだ。
障壁越しに、眼前に鼻血を流す病的な美女の顔が大写しとなった、テフランの顔がひきつる。
「えっ。相性がいいって、こういうこと?」
「はい。彼女の移動先に障壁を配置するだけで、勝手に自滅してくれます」
ファルマヒデリアが説明する間に、勢いよく飛び退いて仕切りなおそうとする告死の乙女。
しかし、足元に小さな障壁が現れ、それに足を取られて思いっきり後ろに転び、後頭部を地面に強打した。
野良の告死の乙女に特有の無表情ではあるが、なぜかとても痛そうに見える。
「こうして怪我を負わせ続けて、抵抗がなくなったところで、テフランが従魔にしてあげてくださいね」
「なんというか、色々と不憫な気がしてきた」
テフランが思わず同情すると、余計なお世話とばかりに告死の乙女は跳びかかってきて、再び障壁に体を打ち付ける結果となる。
その後も障壁に翻弄され、足にひっかけられて地面に倒れたり、転がったり、壁に体をぶつけたり。
告死の乙女らしからぬ防御の弱さという説明は本当のようで、上半身が擦り傷や痣だらけになってしまっていた。
不思議なことに、下半身に密集している魔法紋のおかげか、足回りに傷はなく、運動にも問題はないようだった。
しかし、テフランたちに攻撃できず、一方的に傷を蓄積してしまう状況。
だからか、告死の乙女はここで思い切った手を使う。
「UUAAAAAAAAAAAAAA!」
金切声のような歌声の後、彼女の下半身を覆う魔法紋がより一層強く輝いた。
それを見て、ファルマヒデリアは首を傾げる。
「どれだけ速く動こうと意味がないことは、学習できたはずです。『自棄になる』なんて感情は、野良のときは抱けないはずですが?」
理由がわからないまま、ファルマヒデリアは光の障壁をすぐに発生させられる状態をとる。
その準備を待っていたかのように、告死の乙女は動き出す。
先ほどまでは、テフランの目でも残像ぐらいはみえていたが、今度の疾走はその像すら見えないほど高速のもの。
パンッと空気が弾ける音と共に、告死の乙女の姿がかき消える。そして数瞬遅れで、立っていた場所の地面が破砕し、欠片が後方へと吹き飛んでいく。
目にもとまらぬ高速移動――だが、同族たるファルマヒデリアにとって、対処できないほどではなかった。
先ほどまでと同じように、進行方向に光の障壁を素早く発生、配置し、自滅を誘う。
その狙い通りに、告死の乙女は障壁に足を取られる。
疾走中の馬から落ちたときのように、致命的な損傷を追う――かに思えた。
しかし告死の乙女は、倒れる間際に両手で地面を殴りつけることで、態勢を無理やりに起き上がらせる。
代償は大きく、両手の指先から肘にかけてまでが、滅茶苦茶に折れ曲がってしまっていた。
それでも告死の乙女は疾走を止めない。むしろ、倒れかけて失速した分を埋め合わせるかのように、先ほどよりさらに速度が上がっている。
これにはファルマヒデリアも驚き、素早く第二、第三の障壁で足止めを行おうとした。
だが、その驚いてしまった一瞬が、致命的な遅さに繋がる。
生じた障壁は、どれも告死の乙女の直後に展開されていて、足止めは叶わない。
ファルマヒデリアは事後の策として、状況が見えていないテフランの目の前に、光の障壁を複数枚展開。万が一にも我が主を傷つけさせないと対処する。
そう対応することは、告死の乙女も読んでいた。
だからこそ、無事な両足で地面を踏みきり、矢にも勝る速度で障壁ごとテフランを貫通しようと挑む。
障壁が防ぎきれば、告死の乙女は自滅。障壁を突き抜ければ、告死の乙女の勝ち。
勝ち負けがはっきりとした大一番――横やりが入る。
「甘い」
スクーイヴァテディナは言いながら、こちらも残像を生むほどに素早く前へ移動し、抜き放った魔法紋が浮かぶ剣を告死の乙女の喉元に添えた。
すでに地面を踏み切ってしまっていて回避できず、告死の乙女の首に剣の刃が入り込む。
そして、障壁が破壊されて光の粒子が散る空間に、告死の乙女の頭が飛びあがり、障壁の最後の一枚に力を失った首なし死体が激突した。
こうして決着はついた。
しかし、この一秒未満の攻防に置いてけぼりを食らっていたテフランは、唐突に告死の乙女の首がなくなったように見えて、大いに驚く。
「え、え、どうしてこうなっているんだ!?」
混乱するテフランに、スクーイヴァテディナが近寄る。
「テフラン、危ないから、殺した。褒めて」
「え、あ、うん?」
事情がわからないまま、テフランは褒めて欲しそうにしているスクーイヴァテディナの頭を撫でる。
満足そうに鼻息を吐くスクーイヴァテディナに、ファルマヒデリアが困り顔を向けた。
「せっかくテフランの従魔を増やす好機だったんですから、殺さなくてもよかったと思うんですが?」
「テフラン、危険だった。殺すの、正解」
「見ての通り、ちゃんと障壁が一枚残っているんですから、危険はありませんでした」
「ウソ。途中失敗して、これ、挽回の策。だから、手伝った」
「平気だと分かっていたからこそ、アティミシレイヤも動いてないじゃないですか」
「違う。背中の荷物、動く邪魔。割って入る、間に合わない」
「事実その通りだが、出遅れたようには言わないでほしかった……」
肩をすくめるアティミシレイヤ。
そんな彼女をよそに、いつになく饒舌に抗弁するスクーイヴァテディナの姿に、ファルマヒデリアがついに折れた。
「私もテフランの無事が第一なのは同じですから、今回のスクーイヴァテディナの考えを尊重します。でも、私たちにない容姿の子だったので、幅を持たせる意味でも、テフランの従魔にしたかったのですけれどね」
「? 痩せ型、テフランの好み違う、思うけど?」
「好みとは違うからこそ、誘惑に陥落する可能性はあるでしょう」
「一理ある」
「二人が言っていることは、よくわからないけど! 一理ないから!」
不穏な空気を感じて、テフランは大慌てで会話に割って入った。
そして、首なし死体となった告死の乙女を指す。
「それで、どうするのさ」
問いかけに、ファルマヒデリアたちはそろって首を傾げる。
テフランは言葉足らずだったと、さらに付け加えて質問しなおす。
「だから、この死体を供養しないのかってこと。同族なんでしょ?」
「あー、そういうことですか。渡界者組合に引き渡さないのでしたら、どう扱っても構いませんよ」
「同族とはいえ、特に知りもしない相手だ。供養の必要性を感じない」
「告死の乙女は、独立独歩。例外、従魔後だけ」
テフランは思わず薄情だと思ってしまった。
だがすぐに、町中で知らない寿命や病で死んだ人の葬式があっても、自分だって参列しようとはしなかったことを思い出す。
「ともあれ、組合に引き渡せないのなら、死体を野ざらしはまずい。襲撃者が戻ってきて見つけちゃうかもしれないし」
「なら燃やしてしまいましょう。死んで魔法紋を起動できなくなっているので、人間の死体のように燃やし尽くすことは可能ですし」
思い立ったら即行動と、ファルマヒデリアは腕に魔法紋を浮かび上がらせると、炎を手から発射した。
テフランが野良のファルマヒデリアと出会ったときに見た、魔物を消し炭にしたあの炎の魔法だった。
そんな火力で燃やされて、死んだ告死の乙女は白い灰に変わる。
テフランは少しの間黙とうを捧げ、意識を切り替えた。
「さて、まだ襲撃者の撃退は終わってない。次の待ち伏せ地点に飛ぼう」
「了解。じゃあ、跳ぶ」
スクーイヴァテディナの魔法で、テフランたちは転移した。
テフランの予定に反し、一両日待っても、次の襲撃者たちは待ち伏せ地点に現れない。
組合で転移罠を利用する高速移動網がかかれた地図が売られていることもあり、これ以上待っても襲撃者はやってこないと判断した。
「最初、俺たちとファルリアお母さんたちに分かれて撃退した人たちが、他の仲間に警告したんだろうね」
「もしくは、速度特化型の告死の乙女から逃げた人たちの仕業かもしれません」
なにはともあれ、襲撃はここでひと段落だ。
予定では、テフランたちに撃退されて逃げ帰った人たちを、アヴァンクヌギなどの組合職員が捕まえて雇い主の証言を取り、テフランたちが襲撃された後という事実を引っ提げて、雇い主を殺人教唆や殺人罪で逮捕する運びとなっている。
だから迷宮の外では、もう問題は終息している。
――そのハズだった。
「渡界者テフラン! お前の従魔である告死の乙女たちは、町の、ひきては国の安全を脅かす存在である! 即刻、こちらに引き渡すよう要請する!」
そんな声を発する人をはじめとする人たちに、迷宮の出入り口から出てきたテフランたちは取り囲まれていた。




