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84話 襲撃者退治

 金で雇われた者たちが、何組かに分かれて、迷宮内を進んでいく。

 その人たちの見た目は様々。

 身綺麗な人の隣に垢が浮いた肌をしている人が歩き、男性もいれば女性もいるし、鎧を付けている人がいるかと思えば私服同然の恰好の者もいる。

 しかし、全員が手に武器を――木製や石制に金属製の違いはあれど――持っていることだけは、共通していた。

 そんな不統一感たっぷりの一団の一組、鎧のない薄汚れた姿の人たちが多く集まっている集団。

 彼らは手にした地図を見ながら進んでいた。

 地図は手書きで、ある一点に向かうこと以外には通用しない、そんな粗末なものだ。

 地図の指示に従い、彼らは人生で初めて転移罠を体験する。

 一瞬にして風景が変わったことに、彼らは驚きと混乱を起こしかけるが、再び地図を頼りに歩きだす。

 坑道状の通路の周囲に目を配り、出てくる魔物を人数に任せて倒しつつ、あと少しで地図上の目的地に差し掛かるところまできた。


「おい、アレ」


 集団の中の一人が指す方向に、青少年の姿。

 彼らの雇い主が語った標的の姿そのままの人物――テフランだ。


「ひひっ。まさか、あの腕利きっぽい人らからもらった地図が、本当に合っているなんてな」

「渡界者の中でも、あいつを目の敵にしているやつがいるって話は本当だったみたいだ」


 彼らは用済みになった地図を投げ捨てると、武器を手にテフランに近づいていく。

 接近する人たちを知覚し、テフランは立ち上がる。

 その近くに、雇い主が言っていた『見目麗しい女性たち』がいないことに、襲撃者たちは首を傾げる。

 しかしすぐに疑問を棚上げし、目の前のテフランに意識を集中し始めた。


「もしかして、俺に用がある人たちか?」


 テフランのぞんざいな問いかけ、襲撃者たちは武器の先を向ける。


「お前を殺して首を持って行けば、たんまりと金が入るんだ」

「だから、死んでもらう!」


 走り出した襲撃者たちに向かって、テフランは手に握っていた石を投げた。


「はははっ、そんなもの当たるかよ!」


 先頭の男が投石を左に避けた瞬間、突然後ろから悲鳴が上がった。


「ぎぃああああああああ!」

「油だ! 熱された油の罠が!」


 あまりの絶叫に、先頭を走っていた男が足を緩めて後ろを振り返る。

 彼の直後を走っていた数人が、湯気が立つ油まみれになって地面を転がっていた。その近くの地面には、置き石に偽装された罠の始動装置スイッチがあり、先頭の男の足跡がベットリとついていた。

 自分がしでかした失敗に、先頭を走る男の意識がテフランから完全に外れてしまう。

 その瞬間、テフランが自分の方から近づいて、男の武器を持つ手を浅く斬りつける。


「てぇあああああああ!」

「ぐあっ」


 先頭の男は、手首に感じた焼け火鉢を押し付けられたような痛みに、つい武器を手放してしまう。

 拾おうと足を止めて前かがみになった瞬間、顔面にテフランの靴のつま先が迫ってきた。


「もう一丁!」

「あごぁッ!」


 鼻をつぶされた男が、周囲に鼻血をまき散らしながら仰向けに倒れる。

 よほどいい位置に入ったようで、この一撃で失神してしまっていた。


「このヤロウ、やりやがったな!」


 油まみれの数人を跨ぎ越してきた残りの襲撃者は、怒り顔でテフランへと殺到する。


「追いつけるものなら、追いついてみろ!」


 テフランは啖呵をきると、背を向けて逃げ始めた。


「待て、コラぁ!」

「弓持っているヤツ、居ただろ! 射かけろ!」


 テフランを負いながら叫ぶ面々から、手に弓を持った人物が前に出る。

 比較的まともな服装の、もっと言えば駆け出しの装備のまま歳を食った中年の男性は、走りながらテフランに弓矢の照準を合わせようとする。

 だが、テフランの走り方は一直線ではない。

 足元にある罠を避け、また追いかけてくる襲撃者たちに無い罠をあると見せかけるために、左右に不規則な動きで走っている。

 弓矢持ちの男の照準は、その動きに幻惑され、ふらふらとさ迷って定まらない。

 それでも万が一の幸運を願って矢を放つが、明後日の方向に飛び、岩壁に当たって地面に落ちた。

 もう一度と弓を番えるが、後続の一人に先頭から引っ張り戻されてしまう。


「テメェみたいな下手くそ、矢の無駄だから下がってやがれ!」


 代わりに前に出たのは、痩せぎすの男。

 足自慢のようで、先頭に出るや弓で放たれたような素早さで、テフランの背中へと迫った。

 あと少しで、男の武器の距離に到達する。

 その瞬間、テフランが足を地面に横滑りさせながら急停止し、手にある剣を振るってきた。


「おおりゃああああああ!」

「おべはッ!?」


 足自慢の男は瞬く間に両者の距離がなくなっても止まるに止まれず、テフランの剣を腹部に受ける。

 刃を立てていれば両断間違いなしの剣筋だったが、テフランが柄を返して剣の腹で殴りつけたことで、致命傷にはならなかった。

 しかし、金属の板で思いっきり腹部を殴られたことに変わりはない。

 皮膚と腹筋に青あざを刻まれた痛みと、内臓を衝撃でかき回される苦しみに、足自慢の男は足をもつれさせて地面に転がり、倒れたまま起き上がれなくなった。

 再び仲間がやられたことに、襲撃者たちはさらに頭に血を上らせる。


「このや――」


 一人がテフランが避けた罠を見逃して踏み、横から飛んできた矢に頭を貫かれ、死んだ。

 単なる不幸な事故なのだが、襲撃者たちはテフランのせいだと思い、さらに怒気を強める。


「待てまてー!」

「ぜってぇ、殺してやるよ!」


 ここまで怒りに目がくらんでしまうと、彼らは目の前の状況を正確に認識できなくなる。

 テフランに近づくため、無理に真っ直ぐに進み、罠を踏んで自滅する人たちが次々に現れた。

 それでも、仲間の屍を踏み越えて、彼らは迫ろうとする。

 その無謀な挑戦はやがて実を結び、武器が届くまであと一歩というところまで、集団が迫ってきていた。

 テフランは走りながらチラリと後ろを見て、面倒くさいと顔をしかめる。


「普通なら、三・四人倒されたところで引くものなんだけどなぁ」


 予想が外れたと独り言を呟きながら、走り幅跳びのように地面から跳躍する。

 テフランの直後にいた人たちは同様に飛ぶが、その後続は勢いのままに地面を走り続けてしまった。

 そして、集団の中の一人が罠を踏む。

 パカリと地面が開き、横並びで四・五人入る広さかつ両足が埋まる深さの落とし穴が現れる。しかも底には、突き立った刃が並んでいた。


「ぐぎゃあああああああああ!」

「止ま、止まれええええ――」


 落とし穴に入った数人が痛みに悲鳴を上げるが、その背中を後続集団に踏みつぶされて、すぐに声が聞こえなくなった。

 そして仲間を踏み殺した後続たちも、足に伝わってきた肉と骨を踏み砕いた感触に、ようやく怒りに沸騰していた頭が冷える。

 彼らは心が折れ、罠を利用してくるテフランには敵わないと諦め、追いかけようとはしなくなった。

 それは、テフランを追いかけて飛んだ数名も、同じ道をたどることになる。


「よっ、っとや!」


 先に地面に着地したテフランが素早く剣を振るい、空中にいて回避できない男たちの脛を少し深めに切り裂いた。


「ぐあああっ――」

「足が、足ががああああ!」


 足の痛みに着地を失敗した襲撃者たちは地面にくずおれ、脛の骨が見える傷を抑えて呻く。

 テフランはその場に少し静止し、襲撃者たちが追跡不能と判断した後で、通路の奥へと走り出す。

 幾度か道を曲がったその先に、スクーイヴァテディナが立って待っていた。


「上手く、いった?」

「自滅で死んだ人が予想よりも多かったけど、上々かな」

「んっ。テフラン、気にしないで」

「わかっている。どうしても人死が出ることは覚悟決めていたから、衝撃はないよ」


 テフランは心配してくれたことに感謝して、スクーイヴァテディナの頭を撫でた。


「俺たちが待ち伏せている場所を、ルードットたちは上手く伝えてくれたようだ。こうなると、別行動のファルリアお母さんの方にも、襲撃者が向かったと思うけど」

「跳ぶ?」

「そうだね。転移魔法、お願い」

「んっ」


 スクーイヴァテディナはテフランを抱きよせて、ぴったりとくっつくと、全身に魔法紋を浮かび上がらせる。

 伝わってくる体温に、スクーイヴァテディナに他意はないと知りつつも、テフランは赤面を抑えきれなかった。


「Myamuuuー」


 スクーイヴァテディナは歌声を上げて魔法紋をより輝かせて転移魔法を発現させると、テフランと共にファルマヒデリアとアティミシレイヤがいる地点へ空間跳躍したのだった。

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