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83話 情報伝達

 華美な鎧を付けた一団を追い払った後、テフランたちは迷宮内を移動して、迷宮の奥へと跳ぶ転移罠の近くで野営をすることにした。

 この場所を陣取ったのは次の襲撃者に対する備えだったのだが、何事もなく時間は過ぎていく。


「うーん。用心しすぎたかな……」


 テフランが迷宮に入る目的は地底世界に行くこと――現段階の目的は、それに足る実力を育てるため魔物と戦うことだ。

 しかし、人間の襲撃者を警戒するあまり、魔物との戦闘が少なくなってしまっている。

 これでは実力が伸びないと、テフランは危惧する。

 かといって、この場でアティミシレイヤやスクーイヴァテディナと模擬戦をすると、攻防の音が通路に響くことになり、ここに陣取った意味が消失してしまう。


(とりあえず、この休憩が終わるまでは大人しくしておこうか)


 休憩も大事と気分を入れ替えて、テフランは料理を作っているファルマヒデリアに顔を向ける。

 倒した魔物を魔法によって極彩色の泥のようなものに変え、それをさらに変換して料理を生み出す調理法。

 獣型に留まらず、道具型や武器型の魔物からでさえ、肉料理に始まりスープに野菜まで生み出している姿は、相変わらず不可思議な光景だ。

 そんな不思議料理を食べることに慣れてしまった自分がいることに、テフランは思わず苦笑い。

 勘違いされかねないため表情を元に戻そうとして、ふとファルマヒデリアの様子がいつもと少し違うような気がした。


(張り切って料理を作っているような?)


 その疑念は正しかったようで、ファルマヒデリアがいま作っている料理は、迷宮内で作るにしては凝ったものが多く、品数もいつもより二つ多い感じだ。

 テフランが疑問に思っていると、スクーイヴァテディナが近寄って耳打ちしてきた。


「あれ、名誉挽回。魔道具で、操られかけた、お詫び」

「ああー、なるほど」


 思わず声を出して頷いたテフランに、ファルマヒデリアは微笑んだ顔を向ける。


「どうかしましたか? 何か食べたいものがあるのでしたら、作りますよ?」

「いや、ファルリアお母さんがどんな料理を作るか、楽しみに待っているんだ。気にしないでよ」

「そうですか。じゃあ、もうすぐ出来上がりますから、もうちょっとだけ辛抱していてくださいね」


 期待されていると言われて、ファルマヒデリアはがぜん張り切って料理を生み出していく。

 テフランが余計なことを言ってしまったと反省していると、隣に居るスクーイヴァテディナが顔を上げて、通路の奥へ視線を向ける。

 その反応に、テフランは覚えがあった。


「こっちに近づいてくる人がいるんだね?」


 テフランの問いに、スクーイヴァテディナは頷き、そして小首を傾げる


「んっ。んー……平気。知り合い」

「知り合いって――まさか、ルードットとその仲間の人たち?」


 スクーイヴァテディナが再び頷き、テフランは知らずに入っていた体の力を抜く。

 その途中で、彼らがどうしてこの場所にいるかが気になった。


(あの人たちの実力からすると、この辺りだと割に合っていないような?)


 テフランが作成した地図のおかげで、簡単に出入口から迷宮の奥まで飛ぶことができる。

 実力者ぞろいの腕利きが歩き回るにしては、テフランたちがいる地区は、実入りの観点から不似合いだった。

 テフランは念のためにと、警戒をある程度残して、ルードットとその仲間たちの到着を待つことにした。

 少しして、ルードットとその仲間たちが姿を現し、そして少し驚いた顔を見せた。


「どうやら、発見できたようだぜ」

「組合長の予想は、ぴったり一致とはいかなくても、大まかには合っていましたね」

「その少しの違いで、探すのに手間取ったがね」


 腕利きたちは朗らかに仲間内で語りつつ、敵意がないことを身振りで伝える。

 テフランは残していた警戒を解くと、近場に座ることを勧めた。

 腕利きたちが座るとすぐに、ファルマヒデリアから集まっている全員へ料理の配膳が行われる。


「どうぞ皆さん、存分に食べてくださいね」

「こんな豪勢な食事、ご相伴にあずかって悪いな」


 テフランは相貌を緩める腕利きたちを視界に入れるようにはしつつも、視線はファルマヒデリアが調理作業をしていた方へ向ける。

 そこに蠢いていた極彩色の泥は、すべて料理に代わったようで、一欠けらも残ってはいなかった。

 不気味なものを見せずに済んだことにテフランは安堵しつつ、食事の音頭をとることにする。


「それじゃあ、温かいうちに食べちゃいましょう」


 テフランが料理に手を付けると、ほぼ同時に全員が食事を始めた。

 以前の機会と同じく、腕利きたちはファルマヒデリアの料理に舌鼓を打っている。


「かぁー、やっぱ美味いな。こうした料理を食っちまうと、どうせ半引退した身だからって、迷宮内で料理を作れる魔法紋でも体に彫ってもいいって気になるな」

「そんなものを彫り入れても、料理の腕が拙いんですから、意味ねえでしょう?」


 腕利きの談笑に、テフランは笑顔になりつつも、疑問を投げかける。


「それで皆さんは、どうしてここに? どうやら俺たちを探していたようですけど?」


 腕利きたちは料理を食べる手を止めないまま、視線で疑問に答える役割をルードットに押し付けた。


「ちぇっ。まあ、わたしが一番の下っ端だからしょうがないけどさぁ……」


 手にした料理を名残惜しそうに下ろしながら、ルードットはテフランに顔を向けた。


「わたしたちが来たのは、組合長からテフランに伝言を預かってきたからだ」

「伝言?」

「それを伝える前に、いま迷宮の外がどんな状態か伝えるからね」


 ルードットは、テフランたちに追い払われた華美鎧の一団が、大金をばら撒いて有志を募っていることを伝えた。


「もちろん目的は、テフランの命とそいつらの体だ」

「体って……」


 直接的な物言いに、ついテフランは閉口してしまう。

 すると、ルードットは自分の言葉が変だったことに気付き、顔を赤くした。


「違う。えっと、あれだよ。体だけじゃなく心もっていうか、身柄っていうか、そんな感じのことを言いたかったの!」

「あ、うん。なんとなくわかった」


 テフランが半笑いで応えると、ルードットは憮然とした表情になって話を続ける。


「つーわけで、テフランたちを襲おうとする人たちがくるから、心の準備をしておけってことを組合長が言ってたわけ」

「準備って、まさかその襲撃者たちを皆殺しにするわけでもないし」

「組合長は、テフランたちが馬鹿なやつらを全殺しして良いって言ってたよ。問題が起きたら、その責任は取るってさ」


 冗談が本当になってしまったことに、テフランは驚いた。


「なんでまた、組合長はそんなことを?」

「なんだか、死んでも構わない渡界者と、面倒な人間だけをこっちに来るように、色々と手を打ったみたいだよ?」

「なんで伝聞系なんだよ。もしかして、仲間の人たちから教えてもらっただろ」

「あははっ。まあいいじゃん、そんなことはさ」


 ルードットは誤魔化ながら料理を一口食べて区切りにし、テフランに再度問いかける。


「それで、テフランはどうするのさ?」

「どうするって言われても……」


 殺人許可が出たからと喜んで人を殺せるほど、テフランの感性は病んでも死んでもいない。


「できれば、騒動が勝手に収束してほしいんだけどなぁ」

「それは難しいでしょ。皆殺しにはしないにしても、テフランが実力を大々的に示すことは必要でしょ」

「一対一ならともかく、数対一の状況で大人を撃退できるほど、俺は強くないんだけど」

「タイマンなら勝てるって、自信家だねー」

「そこは、アティさんやスヴァナのお墨付きがあるからな。よっぽどの相手じゃなければ平気だ」

「そんな相手は、組合長の工作で襲撃に参加しないから、心配いらないってわけね」


 ああだこうだと言い合う、年の近い二人。

 その様子を、ファルマヒデリアたちどころか、ルードットの仲間たちも、保護者の視線で見ている。

 テフランは生暖かな視線に気づき、咳払いをした。


「こほんっ。とにかく、襲撃者を迎撃はしても、人死にはあまり出したくない。人を殺すと遺族に恨まれるからできるだけ避けろって、父親からも教わったしね」

「ふーん。人造勇者あのこたちを殺したのにー?」

「あれは、魔物化から助かる術がないし、あのままだと災厄に変わりそうだったから、せめて一思いに楽にするために……」

「あははっ、嘘ウソ。必要なことだったって、分かっているってば」


 からからと笑うルードットに、テフランは面白くない。


(頭で理解していても、心にはしこりがのこっているってことだろ。あーあ、これからもこの話題で延々と突かれそうだなぁ)


 これだから人殺しはしたくないと、テフランは顔に出さずに気落ちしたのだった。


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