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82話 騒動は膨らむ

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 転移罠によって高速移動が可能になる地図の売れ行きが落ち着いた、渡界者組合。

 その組合長室。

 アヴァンクヌギは、テフランの従魔たちに群がろうとする者たちを押しとどめる策を、考えていた。


「あいつらを囲い続ければ、今後も宝の地図が手に入る。こりゃ、越権行為も辞さない構えでいくか」


 紙に線を引いただけの地図が、金貨数枚に化けている。

 まさに紙で金を生む錬金術だ。

 アヴァンクヌギは組合の利益のため、いつになく真剣に自分の権力の活かし方を考えていた。


「徒党が組みたい渡界者どもや、強い者を護衛につけたい商人や貴族たちも、組合から強い言葉で通達を出せば黙るだろう。問題は、恋愛を標榜するやつらだな」


 個人的な感情を押し退止めるのは、組合長の権力では通用しない。


「いっそテフランがあの三人を娶れば、大まかには解決できるんだがなぁ。チッ、義母の設定にしてしまった、俺の判断が悔やまれるな」


 義理の母という間柄に設定しているため、別にテフランが彼女たちと結婚することはできる。

 しかし人の目には、今回の騒動を嫌がって、偽装結婚したようにしか見えないであろうことは、アヴァンクヌギにも予想がついた。

 さてではどうするかと、具体的な対策を考えようとして、組合長室に近寄ってくる足音が聞こえてきた。

 走ってはいないものの、どこか急いで早足になっている音に、アヴァンクヌギは眉を寄せる。

 そして部屋に入ってきたスルタリアに、開口一番に問いかけた。


「なんだ。また厄介事か?」

「はい。またテフランくんたちのことで、町の中が騒がしくなっているようです」

「あん? なんであいつらの話が出てくるんだ。例の宿に泊まった後、人知れず迷宮の中に入っていったって報告があっただろ?」


 アヴァンクヌギが訝しがるが、スルタリアはため息交じりに報告を続ける。


「どうやら、とある高貴なお方が、テフランくんたちに接触したそうです。そして、下賤な身分には望外たる求婚を断られたばかりか、護衛を殺傷したそうです」

「なんだそいつ。自分から恥の上塗りをしてやがるのか。笑えるな」

「テフランくんたちが、彼らを襲ったとは思わないのですか?」

「思わないね。大方、その高貴なヤツが無理やりに、告死の乙女の誰かを手籠めにしようとしたんだろうさ。テフランのやつはそれに反発して攻撃。追い払われて矜持を傷つけられたために、護衛を殺されたなんて言ってるんだろうさ」


 アヴァンクヌギがテフランの性格からそう推測すると、スルタリアは同意した。


「恐らくは、そんなところかと。そらだけなら、放置する案件なのですが、その方の言い分に聞き逃せない部分がありました」

「それは?」

「テフランくんが連れている人たちは、告死の乙女だと言いふらしているのです」

「……はぁ?」


 予想外だった言葉に、アヴァンクヌギは疑問の色を強く表情に浮かべる。


「おいおい。まさかバレたってのか?」

「判断が難しいところです。高貴な方が言うには、魔法紋が浮かびあがった腕で、護衛の頭を粉砕したと」

「そりゃ、あいつらならできるだろうが……。町の人の反応はどうだ?」

「半信半疑――いえ、八割は疑っています。なにせ告死の乙女は、伝説に近い魔物ですからね。それが従魔になっているなど、普通の人は信じません」


 さりもありなんとアヴァンクヌギは頷くが、スルタリアの話には続きがあった。


「ですが、討伐隊を編成すると言い、かなりな好条件を出したので、かなりの人数が話に乗っかっています」

「雇われたやつらの大半は物見遊山と金稼ぎで、テフランたちと本気で事を構える気はないってことか。それ自体は、いい情報ではあるが」


 アヴァンクヌギは組合として取るべき選択肢を考える。


「まずは、その高貴なヤツが作ろうとしている討伐隊は、完全なる私怨であり不当な行為であると組合の名で指摘する。これで仮に、テフランたちが討伐隊を全滅させたとしても、組合がかばえる素地が作れる」

「私闘を仕掛けてきたのは高貴な方の方で、テフランくんたちは撃退しただけ。罪に問うべきは、襲ってきた方という論法ですね」

「続けて、討伐隊に参加しようとしている渡界者に通達を出せ。テフランたちの討伐に向かうこと自体は止めないが、怪我や死亡した際に組合に泣きついてきても対応はしないとな」

「金に目がくらんで私闘に参加するなら、一個人で行えということですね。それ以外にはどうなさいます?」

「例の高貴なバカに抗議文を出せ。その親や親類にもだ。ウチの優秀な渡界者を狙うなんて、どういう気だとな。事と次第によっては、各国各地域の渡界者組合に働きかけて、連名で対抗措置を行うと」

「その内容を、真っ当な文章に直して伝えます」

「これで討伐隊を出すことを思いとどまってくれりゃいいんだが、そうはいかねえだろうな」

「権力を持つ馬鹿は厄介ですから」


 アヴァンクヌギは腕組みして考え、ルードットが所属する腕利きの渡界者たちを呼び出した。


「休日中に悪いな」


 アヴァンクヌギがそう切り出すと、腕利きの先導役リーダーが苦笑いを浮かべた。


「呼ばれた理由に予想はついてる。あの坊主たちのことだろ」

「耳が早いな」

「いやいや。あんなに大声で討伐隊を募っているんだ。耳がよくなくても聞こえてくるってもんだよ」


 そう軽口を返しながら、先導役は視線で『どんな仕事を頼みたい』と問いかける。


「お前たちに頼みたいのは、テフランたちへの連絡係だ」

「坊主たちは迷宮にいるんだろ。そこへ伝言を届けろって、無茶が過ぎるぜ」


 腕利きの言葉はもっともなことだ。

 なにせ複雑怪奇かつ広大な迷路の中から、個人を見つけ出せと言っているに等しい。

 しかし、アヴァンクヌギは無理だとは思っていない。


「なんとなくだが、テフランたちは地図のこの辺にいるんじゃねえかと思う」


 指された場所を腕利きは見つめ、小難しい顔になる。


「組合長の勘は侮れねえからな。俺らの依頼は、その地点に行くこと。もしそこに坊主たちが居れば、伝言を伝えること。その条件なら受けてやってもいい」

「おう、それでいい」

「分かった。それで伝言ってのは?」

「これから少しして、テフランたちに討伐隊が送り込まれること。そして、そいつらを全員殺しても構わないことを伝えてやってくれ」

「いいんですかい?」

「討伐隊に入った、死んで惜しいやつらには、こちらからこっそりと情報を伝えるさ。戦いになったら、討伐隊の前金をもらえたことに満足して、すぐ逃げろってな」

「そうまで言われて死んだら、そいつらには渡界者として目がなかったってわけだな」


 そう話がまとまりかけて、ルードットが手を上げる。


「あの。討伐隊の人を殺しても、テフランは大丈夫なんですか?」

「組合が罪に問われないよう働きかける。材料の目ぼしはついているよな、スルタリア」

「はい。例の方が求婚を断られたことが事の始まりです。そのため、愚者が嫉妬に狂って凶行に走ったと、テフランくんたちはその災厄から逃れるために仕方なく武力を行使した。そのように情報操作を行います」

「……うまくいくんですか?」

「いかせるさ。そのぐらいの権力と伝手は、持っているからな」


 アヴァンクヌギがにやりと笑うと、ルードットは安堵した様子になる。

 その後、ルードットと腕利きたちは迷宮に潜る準備を整えると、アヴァンクヌギが地図上に示した場所へ向かって大急ぎで移動を開始したのだった。


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