表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/91

80話 覚悟を決めて

 不思議な宿屋での朝食。

 テフランがファルマヒデリアの手料理を食べ進めていると、スクーイヴァテディナが珍しく会話を切り出してきた。


「家、人たくさん。路地、探す人、多い。組合、地図買う、人多い」


 単語を繋げた言葉を、テフランは脳内で整理する。


「俺たちの家を監視する人が多くて、道々にも探している人が多いってことは――スヴァナは、朝早いうちに外の様子を見に行ってきたの?」

「んっ」

「つけられてないよね?」


 この宿の場所がバレてないかと心配するテフランに、スクーイヴァテディナは無表情のまま頬を少しだけ膨らませた。


「心配ない。見られて、ない」

「……冷静に考えれば。この場所が見つかっていたら、こうしてのんびり朝食とっていられないよね」


 テフランは納得し、外の様子をわざわざ見てくれたお礼として、スクーイヴァテディナの頭を伸ばした手で撫でた。

 得意げかつ幸せそうな瞳で、テフランの手を受け入れるスクーイヴァテディナ。

 その様子を、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは微笑ましそうに、そして若干羨ましそうに見る。

 そしてファルマヒデリアは、テフランの注目を引き戻そうとしてか、喋りかけた。


「色々なところに人がいるということですが、どうしましょうか?」

「迷宮に行くよ。だって、俺の夢は地底世界に行くことなんだからさ」


 素早い返答に、ファルマヒデリアは少し驚いた目をする。


「なにかを吹っ切った様子ですけれど、なにか心構えを変えましたか?」

「まあね。そもそも、俺は自分自身のことで手一杯だ。他の人の事情を考えられる余裕なんてない。って気が付いたんだよ」


 隠した部分はあれど、本心からの言葉に、ファルマヒデリアたちは微笑みを向ける。


「テフランがそう決めたのでしたら、わたくしたちは喜んでそれに従います」

「やはり不埒者は実力で排除するに限る。目につく端から、身の程を教えてやるとしよう」

「んっ、がんばる」

「そこは、なるべく穏便にね」


 テフランは苦笑いを返してから、朝食を食べ進めていった。




 宿屋から出立したテフランたちは、裏路地を繋いで迷宮へと向かう。

 途中、渡界者組合の近くを通りかかったとき、中の喧騒が外へと漏れてきていた。


「最終地区まで行ける転移罠が記された地図、金貨三枚で販売しています! その他の地区へも行ける、優れものですよ!」

「ただいま絶賛量産中ですが、手書きなため数はまだないから、早い者勝ちだよ! 勝手に写しを作っていることがバレたら、罰則処分になるから注意だぞ!」

「その地図一枚くれ! いや、紛失に備えて二枚だ!」

「おい、資金を集めろ。金貨三枚に足りるよな!?」


 宝の地図を、渡界者たちは大慌てで買い求めているようだ。

 テフランは自分とファルマヒデリアたちの働きが評価されたように感じ、顔を綻ばせながら裏路地を進む。

 そして迷宮の出入り口に行く前に、馴染みの鍛冶屋に寄る。

 スクーイヴァテディナが獣面巨人の武器から削り出し、ファルマヒデリアが形を整えた金属の塊を、剣に仕立て直してもらうためだ。


「お邪魔しまーす」

「ん? おう、お前か。いろいろな奴らがお前らを探しているようだが、なにかしたのか?」

「特に何も。ただ、後ろの三人を仲間にしたいって人が多くって」

「なるほど、美人さんたちばかりだものな」

「もしかして、この店にも聞きに来た人がいたりする?」

「いや、居ねえな。というより、客じゃねえやつの対応をするわきゃねえだろう」


 雑談を交えながら、テフランが金属の塊を差し出す。

 それを見て、鍛冶屋は目の色を変えた。


「おいおい、こりゃまた良い素材を盛ってきたもんだな。どこで拾ったよ?」

「それは秘密。でもこれから先、このぐらいのものは出回ってくると思う」

「これほどのがか?」

「組合で、迷宮の奥へ簡単に行けるようになる地図を売っているからね」

「ははーん、なるほどな。その情報、贔屓の店や客に教えてもいいか?」

「構わないよ。今朝、組合で大々的に宣伝してたから、すぐ噂になると思うけどね」


 金属を剣に調整する代金を払い、テフランは店を後にする。

 そしてまた裏路地を通って、迷宮の入り口へとやってきた。

 組合で販売している地図の噂が流れたのか、付近の渡界者の人影は異様に少ない。

 テフランは警戒して周囲を見回し、首を傾げる。


「罠を張っている様子はないか」

「出入口を監視する人の目もありませんね」

「渡界者の多くは、テフランみたいに勤勉ではなく、昨日迷宮をでたのなら今日明日ぐらいまで休むことが普通だ。その常識にのっとり、町中を探し回っているのだろうな」

「好都合」

「そういうことなら、今のうちに迷宮に入ってしまおう」


 テフランは迷宮に侵入してすぐ、地図を取り出す。

 それは組合に提出したものを写したもので、転移罠の位置と跳ぶ場所が記されている。

 横からその地図を見て、ファルマヒデリアが意外そうな顔をした。


「地図の写しを作ったら、罰則が与えられるそうですよ。見つかったら大変じゃありませんか?」

「依頼を受ける際に『地図の写しを作ってはいけない』って約束はなかったでしょ。だから問題ないんだ。それに組合側だって、地図の写しが勝手に作られることを見越して、素早く量産しつつ金貨数枚って値段をつけているんだからね」

「そういうことでしたら、心配はいりませんね」


 ファルマヒデリアが安心した様子を見せていると、転移罠があるばしょまでついた。

 テフランたちはその罠を使って、迷宮の奥へ跳ぶ。

 転移後すぐに移動を再開させ、テフランが自分の実力に見合った地区へ跳べる転移罠へ向かった。





 テフランは、自分の実力と同等かやや上の魔物を探していく。

 それに伴い、出入口から迷宮の奥へ通じる道を避け、人が来ないであろう場所を重点的に回っていく。

 これは、他の渡界者に会わないようにしているのではなく、魔物と接敵しやすい場所を狙ってである。


「ふぅ。やっぱり攻撃が課題だなぁ」


 テフランは倒した魔物に止めを刺しつつ、そう愚痴をこぼす。

 敵は手ごわかったものの、もっと早く倒せる算段が戦闘中にもついていたのだ。

 それなのに苦戦したのは、相手の隙を何度か突き損ねたためだ。

 テフランが神妙な顔つきで反省していると、ファルマヒデリアが苦笑いを浮かべる。


「テフランの実力だと、訓練中にアティミシレイヤとスクーイヴァテディナに攻撃する機会はさほどないですから、攻撃技量が伸び悩むことはいたしかたありませんよ」


 ファルマヒデリアの見解の通りに、テフランはアティミシレイヤとスクーイヴァテディナとの訓練中、防御の果てに渾身の一撃を繰り出しても、あっけなく受け止められてしまっている。

 そのため、攻撃にいまいち自信がない。

 訓練中ならいざ知らず、命がかかっている実戦で、相手の隙を突くことに躊躇してしまうほどに。

 意外な弊害が発覚したことに、アティミシレイヤは肩を落とす。


「テフランの攻撃は、なかなか堂に入ったものになりつつある。そう口で言っても、納得は難しいか。とはいっても、我が身で攻撃をあえて受けるわけにもいかない」

「防ぐの、反射的」


 スクーイヴァテディナも難しいと頷く。

 二人の反省する姿に、テフランは慌てる。


「いや、二人が気にすることじゃないって。それに、魔物と戦っていけば、攻撃の感を掴めるだろうからさ」

「そう言ってくれると助かる」

「んっ、助かる」


 アティミシレイヤとスクーイヴァテディナの気分が持ち直し、全員で魔物の解体と素材の回収を行う。

 その後、有言実行とばかりに、テフランは魔物との戦闘を続け、徐々に、一歩ずつ、攻撃を繰り出す勘所を掴んでいく。

 そして食事含みの休憩に入る頃には、だいぶ最初よりはマシになってきた。


「このまま技量が伸びれば、ファルマヒデリアと出会った区域で活動できる日も近いかな」

「そうですね。防御の面では問題がないので、いっそのこと向かってみるのもありかもしれませんね」

「そうだな。攻撃の技量を伸ばすためにも、やや難敵と戦うことは良い影響をもたらすはずだ」

「ちょっと軽口を言ってみただけなんだから、そう本気にとらないでよ」


 食事をしながら談笑をしていると、骨付き肉を齧っていたスクーイヴァテディナが不意に顔を上げた。

 そして呟くような鳴き声を上げる。


「Nyamu」


 鳴き声に応じて、スクーイヴァテディナの両耳に魔法紋が浮かび上がった。

 その耳で頭を傾けて周囲の音を聞いていく。

 やがて異音を聞きつけたかのように、スクーイヴァテディナの眉が少し寄る。


「転移場所、人の音」


 指す方向は、テフランたちが転移罠でこの地区に現れた場所。


「早速地図を活用する人が出てきたか。でも、それにしては……」


 テフランは違和感に首を傾げる。

 金貨数枚かかる地図を、売り出した直後に買えるような実力者たちの場合、この場所だとうま味が少なすぎる。


「スヴァナ。どのぐらいの人数かわかる?」

「十、未満」


 数が少ないため、この地区にふさわしい実力の複数の徒党パーティが、お金を出し合って地図を買ったという可能性は潰えた。

 騒動の予感に、テフランは素早く料理を素早く食べ終えることにした。

 ただし、料理を作ってくれたファルマヒデリアに配慮して、最大限に味を楽しむことは忘れずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ