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79話 お風呂で考える

 全身を綺麗に洗われたテフランは、赤い顔でふらふらになりながら、湯船の中に入った。

 お湯の温かさがじんわりと肌下まで染み入ってきて、その心地よさから息を吐く。

 心地よさからぼんやりとしてくる意識になるテフランの目の前では、アティミシレイヤとスクーイヴァテディナが自身の体を洗っているところだった。

 普段、借家の風呂場では、テフランは耐性の低さから二人の姿を直視のできない。

 しかしこの場だと、なぜか目を逸らしたくなる気持ちにならない。

 それは、アティミシレイヤとスクーイヴァテディナの洗い姿に卑猥な手つきがないこともそうだが、風呂場の壁面にある彫像に勝るほどの造形美を誇っているために、芸術的な観点でしか見ることができなくなってしまうためだった。


(芸術家が理想を投影して作った像よりも美しいとか、流石は告死の乙女だよね)


 そんな存在が自分の従魔なことに、テフランはつい嬉しさを感じてしまう。

 だがすぐに、首を振ってその思考を追い払う。

 二人に対して失礼な、邪な感情だと思ったのだ。


(『綺麗だから』じゃない。実力が取るに足りない俺でも、主だと認めてくれているから嬉しいんだ)


 テフランが青い感情からの気の迷いを消そうとしていると、ファルマヒデリアも風呂場にやってきた。

 もちろん、一糸まとわぬ全裸である。


「あら。テフランの体は、洗い終わってしまったようですね」


 少し残念そうなファルマヒデリアに、アティミシレイヤとスクーイヴァテディナが得意げな顔になる。


「隅々まで丁寧に、綺麗にしてやったとも」

「きっちり」

「ふふっ。ではわたくしも、体を綺麗にしてから湯船に入ることにしますね」

「こちらは洗い終わったから、先に入らせてもらう」

「しつれー」


 アティミシレイヤとスクーイヴァテディナが湯に足をいれ、ざぶざぶとかき分けてテフランの左右の横へ。

 そして伸ばした手が触れる位置に、腰を下ろした。


「やはり、広い風呂はいい。手足を思いっきり伸ばすと、心地がいい」

「ふへぇ~~~」


 アティミシレイヤは全身をさらけ出すように大胆に手足を伸ばして堪能し、スクーイヴァテディナは曲げた膝を抱え込むような格好で息を吐いている。

 テフランは、そんな対照的な二人の姿が視界に入らないよう、真っ直ぐに視線を固定しようとして失態に気付く。

 ファルマヒデリアが、テフランの行動を見越していたかのように、その麗しい肢体をゆっくりと丁寧に洗っていたのだ。


「るるる~~♪」


 楽しげに鼻歌を披露しながら、泡が乗った手を肌に滑らせ、ときどき擦り揉み、肉体を磨くように洗っていく。

 当初は普通に体を洗うだけだったが、テフランの目が向いていると気づき、少しだけその手つきに艶っぽさが表れる。

 腕や足を洗う際、ゆっくりと見せつけるように手を動かす。脇腹を洗うとき、体をひねって『しな』を作る。

 そして豊かな胸を洗う際には、滑り動かす手指によって乳房の形が自然と変わる光景を披露する。

 テフランはファルマヒデリアから挑発的な意図を感じ、顔を赤らめつつ目を閉じて、湯船から出ようとする。

 しかし左右から伸びてきた手が、テフランを湯船の中に引っ張りもどした。


「せっかくの広い風呂だ。十二分に堪能しないまま出るのは、もったいない」

「ゆっくり、する」


 二人の口調からは親切心しか感じ取れないが、テフランにとっては大きなお世話だった。

 しかし、どう自分の気持ち――抱いてしまっている青い劣情を告げるかどうかも含めて――をどう伝えるかに困り、テフランは二人の手を振り払う真似ができなかった。

 そうこうしているうちに、時間切れがきた。

 体を洗い終わり、泡だらけの体をお湯で流したファルマヒデリアが、湯船の中に入ってきた。しかも、テフランが湯船から出る最短距離を塞ぐ形になる位置に腰を下ろす。


「はぁ~~。いいお湯ですねぇ~~」


 湯を堪能する声を上げながら、ファルマヒデリアはぷかりと湯面に浮いてしまう自分の二つの豊かな乳房に、手柄杓で湯をかける。

 テフランは進退窮まり、湯の中に腰を落としなおしながら、半目をファルマヒデリアに向けた。


「……わざとやってるでしょ」

「さて、なんのことですか?」


 分かっていてとぼけていると、表情が語っている。

 テフランはふくれっ面になると、目を閉じて湯の感触に集中することにした。

 すると、ファルマヒデリアから押し殺した笑い声がやってくる。


「ふふっ。からかったことは謝りますから、機嫌を直してください」


 テフランが片目を開けると、笑みと反省が半々の表情を浮かべたファルマヒデリアが、片腕で乳房を隠していた。

 性的な魅力が減じた姿に安心して、テフランはもう片方の目もあける。

 ファルマヒデリアの方も安堵した顔をした後で、湯の中で楽な態勢に足を崩した。


「確認した食料の備蓄ですが、今日明日分ぐらいは優にありますから、買い出しをお願いする必要はありませんでした。それで、どうしますか?」

「どうって、なんのこと?」

「私たちを狙う人が、また町に現れるようになるでしょうから、その対処をどうするのかという問いかけです」

「それを考えないといけないよね」


 テフランは腕を組み、どうしたらいいかを考える。


(自然と騒動が終わることが一番都合がいいんだけど、そんなことはありえないしなぁ……)


 彫像よりも人の理想を体現した肉体を持つ告死の乙女を、権力や腕力を持つ者が大人しく諦めることはない。

 となると、対処が必要なのだが、どうしたらいいか、テフランには明確な手段が思いつかなかった。

 すると、思考材料を提供するかのように、アティミシレイヤが声を出す。


「テフランが望むなら、実力で排除することも可能だぞ。もちろん罪に問われないよう、人知れずにだ」

「それは、ちょっと過激すぎない?」

「そうか? 魔物と同じで、襲いかかってくるものを殺すことの、なにが過激なんだ?」


 『人と魔物は違う』とテフランは声を出そうとしたが、口を噤んでしまう。


(アティミシレイヤは告死の乙女だから、その理屈は通じない。そもそも、人と魔物も一緒ぐらいに思っているかも)


 それに加えて、テフランは魔物化した人造勇者を殺した過去から、彼らとファルマヒデリアたちを手に入れようと襲ってくる人たちの間に、何の違いがあるかを明確な言葉にできないことにも気付いた。

 とはいえ感情的には、どうしても人間の殺傷を彼女たちに許す気になれないでもいる。

 では、もろもろの面倒の解消に、ファルマヒデリアたちを差し出せるかというと、それはそれでテフランにはできないことだ。


(建前だろうと、義理の母親を我が身可愛さで差し出すことは間違っている)


 それだけはわかると、テフランは心に定める。

 そうすると、悩んでいた問題に明確な指針が生まれた。


(三人は俺にとって必要な存在だ。それを守るためなら、他の人のことなんか知ったことじゃない。それに来るのは身勝手な相手なんだから、こっちだって身勝手にふるまったっていいはずだ!)


 人殺しもいとわない、とまでは考えられない甘さはあれど、テフランは今後の方針を決めた。

 決意で顔つきが引き締まったことで、ファルマヒデリアたちはテフランの悩みが消えたことを悟る。

 そしてどんなことを決めたか聞かないまま、テフランに徐々に近寄っていった。

 三方から三人に接近され、テフランの表情が引き締まったものから困惑へ変わり、徐々に赤面具合が強まっていく。


「ちょっ、なんで近寄ってくるんだよ!」

「勇ましい顔つきを見せてくれたことに、ちょっと胸が高鳴ってしまいました」

「テフランの判断に従うと、言葉ではなく肉体で伝えたくてな」

「褒める」

「気持ちは嬉しいけど、遠慮したいんだけど!」

「問答無用です――「「えい!」」」」


 テフランは悩む中で長湯をしてカッカと体が火照っていたこともあり、飛び掛かってきた三人の柔肌の感触を全身に受けた瞬間、完璧に頭がのぼせ上ってしまって気絶してしまうのであった。


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