7話 告死の乙女との生活
テフランがファルマヒデリアと暮らしてしばらく経った。
テフランは渡界者として地道に力を上げつつあり、迷宮の浅い場所限定ではあるが、魔物との戦闘も危うさがなくなった。
(前の仲間と一緒にいたときは、こんなに成長を感じたことはなかったのに……)
不思議に思ったテフランは、魔物の体にある魔法紋を剥ぎながら、実力の伸びに関して考察をする。
(戦闘を一人でこなさないといけない緊張感が、成長につながっているのかな)
この考えは合っているという確信と共に、要素が欠けているとも感じる。
小首を傾げつつ作業で出た汗を拭いた際に、ファルマヒデリアの姿が目に入る。
(もしかして、危なくなったらファルマヒデリアが助けてくれるって無意識で信じているから、過度の緊張や怖気を感じずに済んでいるのか?)
そんなわけないと否定しようとして、テフランはついついファルマヒデリアを見つめてしまう。
すると、その視線に気づいたのか、嬉しそうな笑顔を向けてきた。
「どうしたのですか、テフラン。あ、疲れたのでしたら、膝枕しましょうか?」
「疲れてない! というか安息地でもないのに、魔物が歩き回る迷宮で、そんな真似できるかよ」
「そうですか、残念です。二軒隣の奥さんから、子供を甘やかすなら膝枕がいいって聞いていたのですけど」
しゅんとするファルマヒデリアの姿に、テフランの気持ちがぐらつく。
しかし、出会ってからここまで生活を共にしてきて、テフランはファルマヒデリアの対処に慣れつつあった。
「そ、それって、からかわれただけだって。別に俺は、膝枕とか羨ましくないしな!」
もっとも、慣れはしても、年上の女性に弱いテフランが本心を隠しきれるかは別問題だった。
やせ我慢に聞こえる口調に、ファルマヒデリアは少し驚いた表情をしてから、途端に笑顔に変わる。
「そうですか。膝枕はお気に召しませんか。そうですよね。テフランは、この胸の中に抱き寄せられる方が好きですものね」
「ち、違うし! 別に好きなわけじゃ――」
「ええー。でも、抱き寄せるとすぐに眠ってしまうではありませんか」
「刺激が強すぎて、気絶しているだけだから!」
つい本音を叫んでしまい、テフランは羞恥で顔が真っ赤になる。
ファルマヒデリアはその顔を見て、楽しそうに笑う。
「ふふっ。嬉し過ぎて気絶するほど、抱き寄せられるのが好きなのですね。ではこれからは、なにかあるたびに胸の中に頭を抱き入れることにしますね」
「ちょっと、そんなことされたら死んじゃうって!」
「胸に抱かれて死ぬ子供はいませんよ。でもそうですね。刺激に慣れるためにも、他のスキンシップも試みた方がよろしいでしょうね。例えば、膝枕などはいかがでしょう?」
要するにファルマヒデリアは、是が非にでもテフランに膝枕をしたいようだ。
そして拒否すれば、ところかまわずに抱き着いてくるという報復措置を取るらしい。
条件を飲んでも拒んでも、テフランにとっては地獄が待つことになる。
仕方なく、膝枕と抱き着きを天秤にかけて、テフランはどちらがより楽かを選んだ。
「……家に帰ったら膝枕をお願いするから、抱き着くのは控えめにして」
『止めて』と言わないあたりが、テフランも健全な青少年である証だろう。
そして承知を得たファルマヒデリアは、天上の喜びを得たかのような、満開の笑顔を咲かせる。
「膝枕は、出会ったときにした以来ですから、楽しみです。なので、さっそく我が家に帰りましょう。膝枕して、頭もなでなでしてあげますからね」
「ちょっと、なにか新しい条件が付けくわえられているんだけど!」
「気にせずに、ささ、早く帰りましょう」
ファルマヒデリアは笑顔のまま、テフランの腕を自分の腕で抱き寄せると、ぐいぐいと迷宮の外へ向かって歩き出す。
流石は、迷宮に現れる魔物の中で最強種だ。テフランの立ち止まろうとしたり、腕を振りほどこうとする努力を、その腕力で無効化している。
結果、どう頑張っても抜け出せないと悟ったテフランは、諦めてなすがままにされることにした。その腕に押し当てられている、ファルマヒデリアの乳房の側面から伝わる柔らかさを、極力気にしないようにしながら。
テフランが目を覚ますと、目に飛び込んできたのは、どこかで見たことのある光景だった。
そのため、ついつい背中――転移罠で飛ばされた後、魔物の群れから逃げる際に怪我を負った場所に手を伸ばす。
痛みはないことを理解したと同時に、寝ぼけからも脱した。
(そもそもここは迷宮じゃなくて、組合が貸してくれている家の寝室だしな)
テフランは体の力を抜きながら、あの日の既視感を抱く原因――膝枕をしてくれているファルマヒデリアに声をかける。
「寝ちゃってた。ごめん」
「このところ、連日迷宮に赴いていましたからね。疲れがたまっていたのでしょう」
気にしないでと、ファルマヒデリアが頭を撫でた。
テフランは恥ずかしさから赤面し、続いて頭皮に感じる手の温かさに身じろぎする。
しかしその手から逃れようとはしない。
寝落ちする前にさんざん撫でられたので慣れたのと、伝わる温かさに愛情を感じる気がするからだ。
(ファルマヒデリアは告死の乙女――つまり魔物なんだけどなぁ)
魔物や魔獣は、人間を襲うモノだ。
いまのファルマヒデリアがテフランにしているように、慈しむような生き物ではないはずである。
従魔となったことによる変質かと疑うテフランだが、頭の下にある柔らかさと、髪を撫でる手つきの気持ちよさに、どうでもよくなった。
テフランがぼんやりとした意識でいると、不意にファルマヒデリアが足やお尻の位置を少しずらした。少し経つと、また同じようにずらす。
その小さな衝撃の連続で、テフランの思考能力がやや回復する。
「どうかしたの?」
「その。すこし、足が痺れてしまったのです」
「それは、ごめん。長々と頭を乗せちゃって」
「いえいえ。テフランの頭の温かさと重さを感じられて、大変に心地よい時間でしたよ」
テフランは頭を起こして移動しようとして、ふと悪戯心が湧いた。
ファルマヒデリアがむず痒そうに伸ばしている足を、テフランは不意にぐっと握る。
「うひぃあ!? テ、テフラン。なにをするのですか……」
豊かな丸みを持つお尻で這い退きながら、ファルマヒデリアは避難の声を発する。
いつもはどうあっても敵わない相手の弱々しい姿に、テフランの嗜虐心がむくむくと持ち上がった。
「俺のせいで足が辛そうだから、マッサージしてあげようと思ってね」
「後でお願いしますから、今は止め――うひぅ?!」
「遠慮しなくていいから。ほらほら」
出会ってから今まで翻弄され続けたお返しに、テフランは容赦なくファルマヒデリアの足を揉んでいく。
ぐっと力を入れられるたびに、その足に痺れが走る。
そのむず痒さが耐えられず、ファルマヒデリアはベッドの上を這い逃げる。
「うひぅ! や、止めてください、テフラン。あうっ、んぅっ、本当に、これ以上は」
「こうしてマッサージすれば、すぐに良くなるはずだって」
スカートが捲れて現れた素足を、テフランは直接握る。
衣服越しとは比べ物にならない痺れが走ったことで、ファルマヒデリアがとうとうキレた。
「止めなさいと、言っているでしょう!」
ファルマヒデリアの足に現れた魔法紋が輝くと、部屋の中に突風が吹き荒れた。
風の発生源近くのスカートが捲れて際どい下着が現れると同時に、テフランの体が浮いてベッドの外へと吹き飛ばされる。
「どわあっ!? ここで魔法を使うのは卑怯じゃない?」
「卑怯なものですか! そして弱っている相手を自分本位で痛めつけようとする悪い子には、お説教です!」
ファルマヒデリアはベッドに立って怒り顔で言い放つが、足の痺れは取れていないのか、腰が引けているうえに足が震えている。
(あの様子なら、逃げられそうだ。ファルマヒデリアの怒りが収まるまで退散して――)
テフランが逃げる先――寝室の扉に視線を向けた瞬間、ファルマヒデリアの素肌に魔法紋が浮かんだ。
衣服で見えない部分もあるが、模様は全身に現れている。
「テフラン。逃げようとしたら、わかっていますよね?」
「は、ははっ。まさか、本気で、魔法を撃つ気じゃないよね?」
「どうでしょう。試してみますか?」
笑顔だけれど、どこか凄みのある表情に、テフランは逃げることを諦め、大人しく小言を貰うことにした。
「いいですか、テフラン。私とあなたは義母と子の関係ですので、あえて言わせていただきますが――」
よほど痺れた足を弄り回されたことが腹に据えかねているのか、ファルマヒデリアの説教は長々としたものだった。
足を畳んだ状態で床に座らせられているテフランは、その足に痺れと痛みが出てきて泣きそうになる。
(これ、れっきとした拷問じゃないか。いったい、いつまで続くんだよ)
地獄と言える時間が過ぎ、ファルマヒデリアの怒りも落ち着いてきた。
「ふぅっ。テフランも反省しているようですし、これ以上は言わないことにします」
「よ、よかったぁ……」
思わず安堵して足を崩すテフランは、ファルマヒデリアが楽しそうな笑顔になったことに気付いていない。
「痛たたっ。足が痺れて――」
「それは大変です。ではマッサージをしてあげますね」
「ハッ?! ま、まさか、説教した上に、さらに仕返しだなんて!?」
「問答無用ですよ。うりゃりゃっ」
「うぃぃい?! や、止めてー」
逃げようとするテフランを、ファルマヒデリアは圧し掛かって身動きできないようにすると、その太腿やふくらはぎを力を込めて揉んでいく。
テフランは足に発生する言いようのないむず痒さと、遠慮なく押し当ててくるファルマヒデリアの乳房の柔らかさに、どんどんと余裕がなくなってく。
やがてファルマヒデリアが満足した頃、テフランは精根尽き果てた表情で、床の上に大の字に横たわることしかできなくなっていたのだった。