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78話 貴族なお風呂

 テフランは、隠し宿のお風呂場につくなり、目をまん丸にして驚きを示した。


「俺が借りている家にも浴室はあるけど、大違いだ」


 ついそんな言葉が滑り出てくるほど、目の前の光景は圧巻だった。

 泳げそうに広い湯船と浴室の床は、乳白色の石材で繋がってできている。

 大きな岩をくりぬいて作ったのかと勘違いしてしまうほど、材質につなぎ目が見えないのは、熟練の職人が手間暇を惜しみなくかけた証である。

 そんな浴室の壁面を飾るのは、壁に埋め込んだかのように設置された、精緻な立像の数々。

 モチーフにされている人物が誰かをテフランは知らないが、魔法で生きたまま石に変えられてしまったかのような、生々しい造形をしている。

 思わずそのうちの一つに近づいて後ろを確認すると、どうやら前半分だけ作った像らしく、きれいにまっすぐに整った背面は壁面に接着されていた。

 もうもうと湯気を放つ湯船の傍にも、像がいくつかある。

 そのどれもが動物を模した像であり、どれもこれも口を大きく開けた造形だ。

 テフランがその一つ一つに目を向けていると、やおら何かが管を滑り落ちてくるような音が聞こえた。

 思わずテフランが警戒すると、動物像のすべての口から一斉に液体が出てきて、すぐに止まる。液体が透明かつ濃い湯気を放っていることから、かなり熱めのお湯であるとわかった。

 どうして像から湯が出てくるかわからず、テフランが首を傾げていると、アティミシレイヤが喋りかけてきた。


「時折、ああして熱い湯を足すことで、湯船の温度が下がらぬようにしてあるのだろうな」

「へぇ。凝った作りをしているんだな」


 仕組みになっとくするテフランの視界の端に、アティミシレイヤの姿が映り入ってきた。

 つい視線を動かしてその姿を見てみて、テフランは急いで反対側に顔ごと目を背ける。


(わかってた。もう何度も同じ状況になっているんだから、こんな展開になるってわかっていた)


 テフランは理論防御を構築し終えると、背けていた顔を元の位置に戻す。

 そうして視線の先にいたアティミシレイヤはというと、全身の小麦色の肌を惜しげもなく晒した状態で、湯船と浴室の光景を見ていた。


「家の中に湯船があること自体、この世界では貴重だったはず。ここまでの規模のものは、商人や役人、懐の寂しい貴族は持てぬものだろう。うむっ、この機会に堪能せねばな」


 ウキウキと心を弾ませているためか、アティミシレイヤの体が軽く上下に動いている。

 その動作に合わせて、張りの強い形が整った大きい胸が、弾むように小刻みに揺れた。

 そんな煽情より健康美と純真さを表す姿を直視し、テフランは顔を真っ赤にして、再び顔を背ける。


(分かっていたし予想もついていたけど、やっぱり無理!)


 もう何度となく見てきたアティミシレイヤの体であっても、女性に対する免疫が薄いテフランには直視できない。

 そうやってまごついている間に、テフランの背後に人影が近寄ってきていた。

 それはスクーイヴァテディナで、近づくや、テフランの服をはぎ取ろうとしてくる。


「えっ、ちょっと、なんだよ!?」

「風呂、服を脱いで、入る」


 問答無用と手を動かすスクーイヴァテディナも、もちろん裸の状態。

 彼女は一番の新参で、その裸を見る機会が他の二人よりも少なかったため新鮮に映り、テフランは思わずギョッとしてから顔をさらに赤くしてしまう。


「わかった。脱ぐから、自分で脱ぐから!」

「いい。このまま、脱がす」


 スクーイヴァテディナは変な意固地を発揮し、テフランの体から衣服を剥ぎ取る。

 素っ裸にされたテフランが恥ずかしそうに股間を手で隠すが、スクーイヴァテディナだけでなく、アティミシレイヤも浴室の光景からその体つきに視線を移していた。


「これで、風呂、入れる」

「ほう。改めて見ると、当初に見たときより、だいぶ筋肉の筋がはっきりとしてきたな。身長も伸びている気がするぞ」

「……そうかな?」


 成長したと褒められて、テフランは頬を緩めながら、自分の体に視線を向ける。

 渡界者になった当初は幼さからの皮下脂肪で筋肉の存在が分かりにくかったが、現時点の体つきを見ると、戦闘でよく動かす部位の周辺筋肉が確りついていることがわかる。

 身長の方はというと、テフラン自身はあまり実感はないものの、年齢にふさわしい成長をしている。

 そんな成長確認を行っていたテフランの腕を、アティミシレイヤとスクーイヴァテディナが左右に分かれてとった。


「それでは、ここで身ぎれいにしてから、湯船の中に入るとしよう」

「んっ。きれい、きれいする」

「いや、自分でできるって!」

「問答無用だ。スクーイヴァテディナ、椅子を」

「了解」


 すっと差し出されたのは、座面に座る部位を洗いやすくするために真ん中に真っ直ぐな溝がある特徴的な木製の椅子。

 それに、テフランは強制的に座らせられる。

 ここで逃げようとしてもすぐに捕まることは、借家の浴室で経験済みのため、テフランは大人しくすることにした。

 観念したテフランを前にして、アティミシレイヤとスクーイヴァテディナは張り切り始める。


「さて、ではじっくりと洗っていく。長い期間迷宮にいて、汚れがたまっているだろうから、念入りにな」

「優しく、手でやる」


 備え付けの石鹸を手指で泡立てた全裸の美女二人が、じりじりと近寄ってくる光景に、テフランは顔を赤くしたまま反射的に目を閉じる。

 そうして視界を閉ざした状態のテフランの体に、アティミシレイヤの手が触れた。

 石鹸のぬめり、手指の温かさ、手のひらの皺。

 そんなもろもろを、目を閉じたことで鋭敏になった皮膚感覚で感じ、テフランがビクリと体を跳ねさせた。

 アティミシレイヤは、自分の行動でテフランが反応を示したことが楽しいようで、笑顔になって遠慮なく手で洗い始める。


「丁寧に洗っては行くが、どこか重点的に洗いたい場所があるなら、しっかりと言って欲しい」

「特にそんな場所は――ひあッ?!」


 首筋を撫でられて悲鳴を上げるテフランに、アティミシレイヤの笑みが強くなる。

 その手つきは、より艶やかに動くようになり、指はテフランの体付きをなぞるように進んでいく。

 いいようにもてあそんでくる手を止めようと、テフランが目を開ける。

 その瞬間、目の前にあったのは、前かがみになったアティミシレイヤの胸にある大きな乳房。

 重力に引かれて少し縦長になったそれらは、身動きに合わせてゆらゆらと揺れる。

 その柔らかそうな動きと、頂点にある別の色の部位に視線が吸い込まれそうになり、テフランは慌てて目を閉じなおした。言わずもがな、顔色はより一層赤くなっている。

 そうしてアティミシレイヤに注目していたことに気付いたわけではないが、テフランの背面に回っていたスクーイヴァテディナも行動を始める。

 泡立てた両手で、テフランの大きくなりつつある背中を洗い始めたのだ。

 自分一人ではどうしても洗えない場所をも、丁寧に擦っていく手つき。

 テフランは最初はくすぐったさで身を強張らせていたが、段々と心地よさから体の強張りが解けていく。

 そうして体を任せてみると、アティミシレイヤの手つきも悪くないものに思えてきた。

 心地よさを感じていると伝わるのか、アティミシレイヤとスクーイヴァテディナはより励み始める。


「では、足を洗っていくとしよう」

「んっ。なら、頭」


 熱心かつ丁寧に洗ってくれる二人の頑張りに、テフランは目を閉じていることが、なんだか恥ずかしいことのように思えてきた。

 意を決して目を開けようとして、瞼に泡が下りてくる感触が。


(石鹸水が目に入ると痛いから、目を閉じたままなのはしょうがない)


 そんな自分を騙す言葉を内心で呟きながら、二人の裸を目にしなくてもいいことに安堵を覚える。

 だが、そう長々と心地よさに身を任せているわけにもいかなくなる。


「さて、だいぶ泡々になり、綺麗になってきたところで」

「残ったとこ」


 気合を入れなおすような二人の言葉に、テフランはおやっと思った。


(残っている場所――ってことは!?)


 どこを洗われるかを理解して、テフランは大慌てになる。


「残った場所は自分で洗うから、顔にお湯かけて、お湯!」


 石鹸水が目に入ることを嫌がり、目を開けないまま、テフランはかけ湯を求めて手をさ迷わせる。

 そうして動かした手が、柔らかい何かにぶつかった。


「ひあっ! も、もう。テフランは、大人しくしてないとダメなんだぞ」


 乳房を不意に触れられて悲鳴を上げたアティミシレイヤは、照れが現れた顔を誤魔化す言葉を放ちながら手を伸ばす。


「もうちょっと、待つ」


 スクーイヴァテディナも取り合わずに、最後の場所をめがけて手を伸ばす。

 テフランが予想した通り、二人の手が伸びてきたのは、股間部と臀部だった。

 そこを遠慮のない手つきで洗ってくる感触に、テフランは羞恥から顔を真っ赤にする。


(二人は洗ってくれているだけ、二人は洗ってくれているだけ、二人は――)


 心の中で同じ文句を呟き続けて、どうにか二人の手つきに意識を割かないようにしながら、テフランは早く洗い終われと念じることしかできなかったのだった。


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