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77話 不思議な宿屋

 スルタリアから紹介された宿は、かなり変わっていた。

 外見上は普通の家屋に見える、密集して前後左右に隣並んだ六軒が、まるごと一つの宿なのだという。

 意味が分からないテフランだったが、符丁のノックの後に開かれた扉の中に入り、その内装を見て納得した。


「革張りの椅子と小机、そしてカウンター。なるほど、ここは表玄関と受付か」

「どうやら、宿の機能を六つの家に分けて作ったようですね」


 『人間は面白いことを考える』と言いたげな顔で、ファルマヒデリアは家の中を見回している。

 テフランはスルタリアから受け取った紹介状を、家の中にいた二十代半ばの容姿の特徴に乏しい女性に手渡した。


「承りました。どうぞ、奥へご案内いたします」


 女性がなにもない壁面に近寄ると、古い穴に偽装した鍵穴に腰に下げていた鍵を差し入れてひねる。

 鍵が開く音がし、壁に見せかけていた扉が開いた。

 その先には多数の扉が左右に並んだ通路が伸びている。


「こちらは、使用人の方が泊まる部屋となっております。この先が、その方々の食堂と調理場。そしてさらに先が、高貴な方々がお使いになる食堂となっております」


 説明通りに、長机と丸椅子が多数並ぶ場所を通り抜け、調理場の中にある通路を進み、広い空間内に一つの大きな机と数脚の椅子がある部屋にはいる。

 そしてその先に、テフランたちが泊まる部屋が現れる。


「侍女や侍従の待機場所は、出入り口の右横にあるこの扉から入れます。トイレおよび湯浴み場所は左横の扉から。高貴なお方が宿泊なされるお部屋は、出入り口から真正面の大扉から入ることができます」


 待機場所には、ベッドが四つ、椅子が五脚、棚などの収納場所も備え付けられている。

 宿の女性が開いた、高貴な人のための部屋の扉の先には、高級な調度品が揃えられた大部屋。

 煌びやかな品々が並ぶ中で一番目立つものは、中央に置かれた天蓋つきのベッド。人が四人並んで眠れそうなほど、かなりの大きさを誇っている。

 通された部屋の非現実感ぶりに、テフランは思わず感嘆の声をあげてしまった。 


「へー……。って、あれ? 外から見た感じと、なにか違っているような?」


 テフランが疑問を口に出すと、ファルマヒデリアたちも不思議そうにする。


「外から見たときは、扉や窓などが見受けられましたけれど。出入り口は最初に入った場所にしかありませんでしたよね?」

「そもそも、通ってきた場所に窓らしい窓はなかったぞ」

「窓。調理場に、二つだけ」

「宿の外にある扉や窓は、すべて偽装です。打ち破ろうと、この場所に入ることはできません」


 宿の女性が自慢げに良い、そしてこの大部屋のベッドへと近寄ると、横に垂れ下がっていたシーツをめくる。

 ベッドの下の床には、内側のみに取っ手がついた扉が、開かれた状態で置かれていた。


「万全の体制で宿泊者さまをお守りするよう努めておりますが、万が一にも襲撃者や災害などがあった場合、ベッドの下にある扉から避難部屋へ逃げることができます。取っ手を引っ張って扉を閉めれば、襲撃者は開けることができなくなる構造ですので、安心して救助を待つことができます」


 その説明を受けて、ファルマヒデリアが手を上げる。


「火をかけられたら、無意味になるのではありませんか?」

「ご安心ください。避難場所は特殊な工法で作られており、この宿が全て全焼したとしても、避難部屋の中は快適に保たれるようになっております」


 詳しいことは秘密らしいが、とにかく宿泊者の身の安全は保障されるらしい。

 そして宿泊者に対する注意として、今後何があっても、この宿のことを他言してはいけないのだそうだ。どこにあるかや、どんな内装だったかなど、秘密が漏れたと分かれば、この宿は取り壊されるのだという。

 そんな説明が一通り終わったところで、テフランは気付いた。


「あれ。もしかして、この大きな部屋に泊まれってこと?」

「宿泊者さまの安全を考えるのでしたら、それが一番だと思われますが」

「いやいや。こんな場所で寝泊まりするなんて、落ち着かないにもほどがあるし!」


 あまりに見事な調度品ばかりで、汚したり壊したりしないか、テフランは気が気でなくなってしまうと感じた。

 そのうろたえ具合を見て、宿の女性は事前案を出す。


「この大部屋が嫌なのでしたら、この宿は貴方さまたちの貸し切りですので、お好きなお部屋にお泊りください。逃げ場所の観点から、侍女の待機部屋がよろしいかと」

「じゃあ、そうさせてもらおうかな」


 落ち着かない場所よりはマシと判断し、テフランたちは引き返して、待機部屋に入りなおした。

 ようやく人心地つけたところで、宿の女性が質問をしてくる。


「それで、お食事はどうなさいましょう。この宿を使用なされる方々は、食材や調理人は自前で揃える方が多いので、備蓄はあまりないのですが。買いに行かせましょうか?」

「えーっと……」


 テフランが言い淀んで視線を向けた先は、ファルマヒデリアだった。


「どうしようか」

「そうですね――あるという備蓄を見せてもらってから、判断すればいいと思います」


 じゃあと、備蓄場所を見せてもらうべく、テフランが部屋から出ようとする。

 しかし、ファルマヒデリアがやんわりと手で押さえて止めた。


「備蓄の確認はわたくしだけで十分ですよ。テフランは疲れている様子ですから、先にお風呂に入っておいてください。アティミシレイヤ、スクーイヴァテディナ。テフランをお願いしますね」


 話を向けられた二人は、すぐさまテフランの左右の腕を、それぞれが抱え込む。

 そして待機部屋の真向かいにある、浴室へと進み始めた。


「任してもらおう」

「任された」

「えっ、ちょっと待ってよ!」

「お湯はすでに沸かして、湯船に張ってありますので、ごゆっくりどうぞ」


 宿の女性の言葉が後押しとなり、アティミシレイヤとスクーイヴァテディナがテフランを引っ張って歩く速さが上がった。

 そうしてなすすべなく、テフランは三人でお風呂に入ることになってしまったのだった。

お風呂の中のシーンは次回に持ち越しますね。

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