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76話 地図の威力

 スクーイヴァテディナの転移魔法で戻ってくると、待ち構えていたファルマヒデリアがテフランに、どこへ跳んだかを聞きたがった。

 その勢いにたじたじになりながら、テフランは獣頭の巨人との会敵も含めて話した。


「――で、スヴァナが巨大な武器から、これを切り出してくれたんだ」


 言いながら戦利品を差し出すものの、ファルマヒデリアはそれを無視して、テフランを優しく抱擁した。


「アレに会ったときに腰を抜かさなかったどころか、対応しようとしたなんて、テフランは偉いですね」

「ちょ、なんだよ、突然!?」


 テフランは顔を真っ赤にしながら、腕から抜け出そうとする。

 しかし、片手に戦利品である金属の塊を持っているため、ファルマヒデリアを腕で押しのけることができず、どうしても時間がかかってしまう。

 脱出が叶うまでの間、ファルマヒデリアの柔らかい肢体の感触が問答無用に伝わってくるため、テフランの顔色はここ最近ではなかったぐらいに真っ赤になってしまった。


「も、もう。なんで唐突に抱き着いてきたんだよー」


 テフランはムスッとしながら、手で仰いで風を作り、赤くなった顔を冷まそうとする。

 ファルマヒデリアはその様子に、愛しい視線と微笑みを向けている。


「テフランの成長が喜ばしかったもので、つい」

「成長って……。あの巨人に怖気づいて、逃げようとしていたのに?」


 テフランがジト目を向けるも、ファルマヒデリアは微笑みを絶やさない。


「アレに勝てる人間など、全世界でも一握りです。それ以外の者が逃げ出そうと考えることは、当然のことだと思います」

「そういわれれば、そうなんだろうけどさ」


 テフランが弱いと言われていると感じて少し不貞腐れると、ファルマヒデリアに笑われたしまう。


「ふふっ。心配しなくても、テフランはアティミシレイヤとスクーイヴァテディナの薫陶を受けているんです。遠くない将来に、倒せるようになるはずですよ」

「……そうかな?」


 いまのテフランでは、あの獣面巨人を倒せるという想像すらできない。

 巨躯から繰り出される、柱のように大きな剣の一撃は、どんな鍛え方をしても人間が耐えられるとは思えなかった。

 その疑念を感じ取り、アティミシレイヤが会話に入ってきた。


「最低限の肉体的素養は必要ではある。だが、大きいだけの魔物など、人間でも倒し方さえ知っていれば倒せてしまうものだ」

「ずいぶん、乱暴な論法に聞こえるけど?」

「実際、人間の一握りには倒せてしまえる程度の魔物だ。成長したテフランが倒せないはずがない」


 その信頼は根拠に乏しいものだったが自信に溢れていて、テフランの心が軽くなる働きはしてくれた。


「そっか。なら、もっと訓練しないとね」


 気持ちが一新できた様子に、アティミシレイヤは柔らかく笑うと、手を伸ばしてテフランの頭を撫でた。

 唐突な行いにテフランが目を丸くすると、アティミシレイヤの顔が曇る。


「撫でては、ダメか?」

「ダメっていうか……」


 テフランは気恥ずかしいため断りたかった。

 しかし、アティミシレイヤは悪意や他意から行動したのではないと悟れてしまうため、撫でる手を追い払うことに気後れを感じてしまう。

 テフランが肯定も否定もできず、撫でられるがままにさせていると、ファルマヒデリアの頬が膨れた。


「なんでわたくしの腕からは逃げたのに、アティミシレイヤの手からは逃げようとしないんですか」

「いや。抱きしめられることと、撫でられることは違うから」

「何が違うんですか?」

「えっと、触れる面積、とか……」

「じゃあ、撫でるのならいいんですね?」

「それぐらいなら」


 我慢できそうと、テフランが頷いて答える。

 ファルマヒデリアは嬉しそうな笑顔になると、手を伸ばす。

 すると、アティミシレイヤが空気を読んで手を退かした頭ではなく、テフランの頬を指先で撫でてきた。

 情愛が籠ったねっとりとした指の動きに、テフランの背中にゾワッとした感覚が走った。

 しかしそれは、嫌なものを感じたというよりかは、未知の得難い体験の前に感じるものに近い。

 もっと言えば、青い性に訴えかけてくるなにかが、ファルマヒデリアの指先から伝わってきていた。

 テフランは衝動的に払いのけようと腕を少し動かすが、一度良いと言ったことを反故にすることに躊躇いを覚えて、させるがままにさせることにした。

 ファルマヒデリアの顔は、手がひと撫ですることに笑みの質が変化し、段々と艶が増えていく。

 やがて感極まったように瞳が震えると、テフランの頬にぺったりと手のひらを付け、ゆっくりと顔を近づけ――テフランの手が迫る唇を遮った。


「そこまで許してないんだけど」

「ええー、ここでお預けですかー?」


 ファルマヒデリアが拗ね顔で言うが、テフランは構わず彼女を押し退かした。


「そんなことより。この金属の塊を、剣の状態に手直ししてくれない?」

「むっー。わかりましたー。やりますー」


 不承不承という言葉がぴったりの様子で、アティミシレイヤはテフランが握る金属の塊を受け取る。

 そして魔法でちゃちゃっと、片手剣の状態にしてしまう。


「柄や鍔などは作りませんから。迷宮の外に帰ったら、鍛冶屋で頼んでください」

「そうするよ。ありがとう、ファルリアお母さん」


 テフランが素直な気持ちを笑顔で言葉に出すと、ファルマヒデリアの顔が一転して喜色満面になる。

 そんな二人の一連の行動を見て、スクーイヴァテディナはアティミシレイヤへ首を傾げて見せた。


「テフラン。実は、やり手?」

「どうだろうか。我々がテフランにゾッコンなのは、その通りなのだが……」

「ファルマヒデリア、アティミシレイヤ、ちょろい?」

「……どこでそんな言葉を学んできたか、問い詰めたい気になるぞ」


 アティミシレイヤは少し顔に怒気を浮かべるが、スクーイヴァテディナは怒らせた理由がわからない顔をしていた。




 転移罠探しは、スクーイヴァテディナの魔法ですぐ転移先から戻れるとあって、他の渡界者では真似できないほど素早く進んだ。

 とはいえ搭乗頻度が低い罠なため、一日に一つ見つけることができれば幸運といえた。

 そのため、テフランがファルマヒデリアと出会った地区にある転移罠を調べ尽くすには、二十日ほど日数が必要だった。

 しかしその甲斐はあり、出入り口から迷宮の奥の地区までの行き来を、転移罠のみでできるようになった。


(これは宝の地図だな)


 テフランは地図を広げて見て、ついそう思ってしまう。

 このショギメンカの迷宮は初心者向けといわれるほど、弱い魔物が出てくる区域が広くある。

 そのため、価値の高い素材を持つ強い魔物を狙おうとすると、どうしても移動距離が長くなるという弱点があった。

 だからこそ、この町で実力をつけた渡界者は、弱い魔物が出る区域が短く、強く価値の高い魔物が早い場所に出る迷宮に旅立っていく。

 だが、テフランがいま作り上げた地図があれば、その常識が変わる。

 転移罠を跳び繋げば、出入り口から迷宮の奥まで、その中間の地区でもある程度は楽に行き来できるようになるため、どんな実力の渡界者にも対応可能な迷宮にできる。

 もちろんこの地図が使えるのは、迷宮の道順が変化する大転換までという時間制限はある。

 しかし噂を流せば、ショギメンカの町は強弱様々な渡界者が集う場所にすぐ変わることだろう。


(大転換があるまで三年は優にある。この地図をみたら、組合長が目の色を変えそうだなぁ)


 この地図を利用すれば、地図の写しを高値で売り、様々な強さの渡界者が集めてくる魔物の素材を方々へ売却することで、渡界者組合は多大な利益を得られるようになる。

 迷宮の奥地まで体力と武装の消費少なく行けるため、もしかしたら地底世界へ到達するものも出てくる可能性すらある。

 そんな予想を持って、テフランは地上に戻った。

 何日も迷宮に潜りっぱなしだったからか、ファルマヒデリアたちを狙う狂騒は鳴りをひそめていて、日常が戻ってきているようだ。

 そんな町中を移動し、組合でアヴァンクヌギに地図を手渡すと、彼だけでなくスルタリアは目をむいて驚いていた。


「お前、コレは――なんつーもんを作ってくれたんだ……」

「長々と、それこそ死亡説が出るほどの期間、迷宮に潜っていると思ったら。ものすごいお土産を持ってきましたね」


 二人の反応に、テフランは首を傾げる。


「嬉しそうじゃないですね。それに、死亡説ってなんですか?」


 純粋に疑問を告げただけなのだが、アヴァンクヌギは重々しいため息をだした。


「ぐは~~。お前は、どうして迷宮に入っていたか、覚えているか?」

「ファルマヒデリアたちを狙う人から逃げるためです」

「その連中が雇ったやつらが、迷宮にお前らを探しに行ったんだ。それで、お前が行けるであろう地区のどこにもいないと、雇い主に報告を上げた。それでヤツらは、追い回したから迷宮で命を散らさせてしまったと考えた、ってわけだ」

「ああー。騒動が一段落ついたから、ネヴァクさんがここにいないわけですか」

「告死の乙女が死んでいるはずがないって、笑いながら帰っていったぜ。まあ、その予想通りなわけなんだが……」


 アヴァンクヌギはもう一度ため息をつき、地図を指で摘まんで振る。


「そんな状況で、お前らが戻ってきたうえに、この地図だ。これでもう迷宮内にすら、お前らが隠れ住める場所はなくなるぞ?」


 あえての指摘を受け、テフランは遅まきながら問題に気付いた。


「地図を利用すればどこにも行けるようになるんだから、迷宮のどこにも人の目が置かれることになっちゃうのか」

「こいつは『有用な』地図だ。組合としちゃ渡界者には高値で、それ以外の相手でも法外な価格でではあるが、売らねえという選択肢は取れねえからな」


 皮肉まじりだが、アヴァンクヌギは本音を語っていた。

 頑張りすぎた結果、自分自身に不利益がきそうになっていることに、テフランは難しい表情になる。


(自分が蒔いた種だから、自分でどうにかするべきなんだろうけど……)


 テフランは長期間迷宮にいて、いま出てきたばかり。

 ファルマヒデリアたちが居ることで身の危険が低かったとはいえ、拭い難い疲労は心身にたまっている。

 そのため、有効な手段がこの場で思いつくほどに、頭を回転させられない。


「……とりあえず、家は監視されているでしょうから、今日は宿屋で泊まることにします。それなら、今日明日中に人々が押しかけてくることはないはずだし」

「それがいいだろうな。スルタリア、いい宿を紹介してやれ。費用は、この地図の報酬のオマケで、こちら払いでいいだろ」

「文句はありません。組合の資金で、一番いい隠匿宿に泊まらせます。他国の王族がお忍びで来た際に使用する場所なので、静かで安眠できる快適なところですよ」


 そんな場所を使わせてもらっていいのかという疑問を、テフランは抱く。

 しかし、ファルマヒデリアたちは乗り気な様子で、スルタリアに詳しい場所を聞こうとしている。

 こうなったら断るのも変だと感じたテフランは、ありがたくその宿を使わせてもらうことにしたのだった。


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