75話 スクーイヴァテディナの魔法
転移罠を探して迷宮を歩く、テフランたち。
何日もかけてようやく、新しいものを見つけることができた。
「罠の始動場所が二つ並んでいるからおかしいと思ったけど、一気に転移罠が二つ見つかるなんて……」
テフランの前にある地面。そこには発動した転移罠――転移の魔法紋が二つ、前後に横並びにある。
魔法紋の輝きが薄れていく光景を見ながら、ファルマヒデリアが疑問を投げかけた。
「どうして、二つ並んでいるのでしょう?」
「たぶん、徒党を分断するために、別々の場所に跳ぶようになっているんだろうね」
テフランは答えながら、片方の罠を投石でもう一回発動させてみた。
片方の罠にもう片方が連動するタイプではなく、現れた魔法紋は一つだけだ。
「これで問題は、どっちの罠にかかってみるかなんだけど……」
この場所に先に戻ってこれる、近い位置に跳べる方がいいと、テフランはどちらの転移罠を選ぶか頭を悩ませる。
すると、スクーイヴァテディナが突っついてきた。
「スヴァナ。どうかした?」
「もう一回、罠、二つ、見せて」
要望に従い、テフランは投石で転移罠を両方とも発動させた。
スクーイヴァテディナは、浮き出てきた魔法紋をじっと見つめる。
やがて、罠の魔法紋の輝きが消え去ってから、確信を得たように頷いた。
「テフラン。手前の、奥に。奥の、手前に、行く」
たどたどしい説明に、テフランが首を傾げると、ファルマヒデリアが補助にはいってくれた。
「どうやらスクーイヴァテディナは、転移罠の跳ぶ方向や距離が分かるようです。手前の転移罠は迷宮の奥に、奥の罠は迷宮の入り口方向へ跳ぶようだと、説明したいみたいです」
「本当?」
問い返しに、スクーイヴァテディナは力強く頷く。
どうしてわかるのか疑問に思いかけ、テフランはスクーイヴァテディナ――その前身である双子の告死の乙女と、どう出会ったのかを思い出した。
「もしかしてスヴァナは、いまでも転移の魔法を使えるの?」
「ん。二人まで」
短い肯定と注意に、テフランは肩を落とす。
「そういうことは、早く言っておいてよ」
「? テフラン、質問、なかった」
「……たしかに、忘れていた俺が悪いんだけどさ」
テフランは後ろ頭を掻いて、やるせない気持ちを追い出す。
気分を切り替え、スクーイヴァテディナに質問をぶつけていく。
「二人まで転移の魔法が可能なら、この罠で跳んだ後、すぐにこの場所に戻ってこれる?」
「可能。でも、遠いと、数回必要」
「この場所がわかるってことは、跳んだ後で、その場所を地図上で示せる?」
「だいたいなら」
「じゃあ最後。転移罠の魔法紋が読めるなら、どこに跳ぶかが的確に分かったりしない?」
「分からない。模様、少し違う」
転移を司る魔法紋には種類があり、スクーイヴァテディナが使えるものと、転移罠のものとは別らしい。
それでも共通点があるので、罠で跳ぶ方向や距離を大まかには把握できるようだ。
「それだけ分かれば十分だ。じゃあさっそく、罠で跳んで場所を把握――」
喜び勇んで罠を発動させようとして、テフランは動きを止めた。
「スヴァナの転移の魔法は、二人までだったっけ」
ということは、スクーイヴァテディナが罠で跳ぶことは必須だが、残りの面々をどうするかで、方法は三通り。
まず、テフランが同行し、スクーイヴァテディナの魔法でこの地点に戻ってくる。
次に、テフラン以外が同行し、魔法で戻ってくる。
最後に、全員が罠で跳び、転移先でスクーイヴァテディナが他の二名を選んで先に地点に戻し、残り一名と自信が魔法で転移すること。
(全員で移動するなら、最後の案が一番なんだけど。懸念がないわけじゃないんだよなぁ)
体にある魔法紋を使えば使うほど、肉体に負担がかかる。
スクーイヴァテディナの体を案じるのなら、転移の魔法を使う回数はなるべく減らす方法が好ましいのだ。
その考えを透かし見たのか、ファルマヒデリアが提案をする。
「二人までしか魔法で転移できないのでしたら、スクーイヴァテディナとテフランが適任だと思います」
その提案にテフランが目を丸くする。
「てっきり、俺はここに残るように言うかと思ったのに」
「残りたいのですか?」
「そりゃ、行きたいよ。迷宮の奥へ行く転移罠なら特に」
「テフランが、そう言うと思えばこそですよ。それに、スクーイヴァテディナは、私たちの中で一番戦闘能力が高いですから、護衛としては適任ですしね」
危険が少ないのだから、テフランの我が儘ぐらい叶える余裕があると、ファルマヒデリアは判断したようだ。
その心遣いに、テフランは感謝しながら、スクーイヴァテディナの手を取った。
「それじゃあ、二人で行こうか」
手を握られたことに驚いていて、スクーイヴァテディナは少し反応が遅れた。
「……んっ」
頷き返し、握られた手を少し強く握り返して、スクーイヴァテディナはテフランと共に転移罠へと移動する。
テフランが二つある罠のうち、選んだのは奥へ跳ぶ方だった。
「それじゃあ、行ってくるね」
「転移した先で剣を扱う魔物がいたら、スクーイヴァテディナに倒させて、剣を回収してきてください。テフランには、もう少しいい武器で戦って欲しいですから」
「スクーイヴァテディナ。テフランのこと、任せるぞ」
「任された」
罠が発動し、テフランとスクーイヴァテディナの体は、迷宮の奥へと転移させられた。
跳んだ先で、テフランは素早く周囲を確認。
伸びる通路は石組みで整えられ、その天井を支えるように多数の石柱が道の左右に立ち並んでいる。
その、神殿のように静謐に整った光景を目にして、テフランは頬を引きつらせた。
「これが噂に聞いた、地下世界の続く最終地区の一歩手前の風景か」
渡界者でも一握り――国が擁して囲う強者すら、艱難辛苦の果てに訪れることができる場所。
この地点の先、地底世界に通じるとされる最終地区に誰も満足に踏み入れていないことを考えれば、この地区が実質迷宮における人類の活動限界の魔境である。
無味無臭の空気に、殺伐とした雰囲気が含まれているように感じ、テフランの背に震えが走る。
その怖気を感じ取ったかのように、通路の先から魔物が現れる。
一歩ごとに重々しい足音を立てるのは、見上げるほどの巨躯を誇る、獣面の巨人。
山羊のような顔にある瞳は狂気を孕んでいて、筋肉が隆々とした裸の体格も合わさり、心臓の弱い者なら一目で死んでしまいかねないほどに威圧溢れる姿。
その手に握る柱の様に巨大な剣は、その質量で掠っただけで人体を壊すに足る異様を誇っている。
テフランは、生存本能から震えそうになる体躯を意思で抑え、鳴りそうになる歯を噛みしめると、隣に震えそうになる声をかける。
「ス、スヴァナ……」
「ん。了解」
テフランは逃げようと提案したつもりだったが、スクーイヴァテディナは腰にある剣と杖を引き抜くと、獣面巨人に近づいていく。
「ちょっと!?」
「Nyamuuuuuー」
テフランの静止の声を後ろに、スクーイヴァテディナは歌声を響かせ、全身に魔法紋を浮かび上がらせた。
その姿を目にし、獣面巨人も吠える。
「ヒ゛メ゛エ゛エェェェェェー!!」
獣面巨人の肩や胸元、太ももに魔法紋が浮かび上がる。
その瞬間、筋肉が膨れ上がり、その巨躯が一回り大きくなった。
「ヒ゛メ゛エ゛エェェェェェー!!」
魔法で増した膂力を叩きつけるべく、獣面巨人は巨大な剣をスクーイヴァテディナへ横なぎで繰り出した。
まるで柱が飛んでくるような一撃に、テフランは恐怖心から目を閉じることすらできない。
しかしスクーイヴァテディナは落ち着いた表情で、上へと大跳躍する。
一瞬で巨人の顔の前に到達し、足の下を巨大な剣が通り過ぎていく。
「Nyamuuuuu!」
歌声が新たに響き、スクーイヴァテディナの全身と手の剣にある魔法紋一層強く光った。
その輝きを放つ剣で、飛び上がった勢いを乗せて斬りつける。
この一撃に魔法が込めてあったようで、獣面巨人の顔が斬られた軌道に沿って爆発。顔の大半を消失し、巨大な体躯が背中から倒れ、重々しい地響きが轟いた。
テフランは攻防の一部始終を見て、呆然としてしまう。
(ははっ。最強種だけあって、あの魔物すら一撃なんだ……)
テフランは、スクーイヴァテディナの強力さと自分の非力具合から、思わず乾いた笑いを上げそうになる。
しかしぐっと堪え、気持ちを引き締め直した。
(俺の夢は地底世界にいくことだ。あの巨人を倒せるようにならなきゃ、この地区の先になんて行けるわけがない!)
奮起するテフランに、スクーイヴァテディナは魔法紋を輝かせた体のまま、手に巨人が持っていた剣を引きずって戻ってくる。
「テフラン。これ」
巨大な剣を刺しだしてくるスクーイヴァテディナに、テフランは困惑してしまう。
「えっと――もしかして、ファルリアお母さんが新しい剣を持ってこいって言っていたから?」
「ん。これ」
差し出してくる剣は金属の柱のようなもので、とてもテフランが持てるようなものではない。
「ちょっと大きすぎるかな。それに、その剣を持ったままじゃ、転移の魔法で戻れないんじゃない?」
「んー……じゃあ」
スクーイヴァテディナは少し考えると、自分が持つ剣で巨大な剣から、テフランが持つ剣と同じ量の金属の塊を切り出した。
「これで、大丈夫?」
「えーっと、まあ、ファルリアお母さんのところに戻ったときに、形を整えてもらえばいいかな」
テフランは苦笑いをしながら、スクーイヴァテディナから金属の塊を受け取った。
その後、この場所の地点が地図上のどこになるかをスクーイヴァテディナに教えてもらい、付近の通路の形を記録してから、二人はファルマヒデリアとアティミシレイヤが残った地点へ向けて魔法で転移したのだった




