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74話 小休止と転移先

 転移罠を探し続け、途中に魔物を倒して素材を回収しつつ、一日が経った。


「見つからない……」


 就寝含みの休憩中、テフランは徒労に終わった今日の成果を嘆く。

 その様子を見て、ファルマヒデリアは微笑んだ。


「転移罠は珍しいものなのですよね?」

「そうだよ。でも、迷宮の奥に行けば行くほど、現れる頻度が多いって噂があるんだよねー」

「でしたら、まだまだ奥底まで遠いこの場所だと、そんなに簡単に見つかるものじゃありませんよ」


 慰めの言葉をかけながら、ファルマヒデリアは腕に抱こうとする。

 テフランは手で近づいてきた顔を押して、抱き着きを阻止した。


「この流れなら行けると思いましたが、テフランは相変わらずつれません」

「気持ちだけ、受け取っとく」


 ぐすん、とウソ泣きするファルマヒデリアに、テフランは無常に言い放つと剣の手入れを始めた。

 自分一人では戦いきれない場所での探索のせいで、装備に負荷がかかってしまっている。転移罠探しを続けている間に折れたりしたら、大変なことになってしまう。

 テフランは剣の状態を観察しながら、必要だと思える措置を行っていく。

 その行動を見ていて、アティミシレイヤが首を傾げる。


「その剣が折れたとしても、ファルマヒデリアに繋げてもらえばいいだけなのではないか?」

「緊急時ならその手もアリだと思う。けれど、それで武器を粗雑に扱っていいってことにはならないでしょ。それにファルリアお母さんに頼んでも、鍛冶屋で手直しが必要な状態までしか直せないし」

「そういうものか? 私は武器を扱わないからか、良く分からん」


 アティミシレイヤが腕につけている手甲は、防具かつ魔法を使う際に腕に浮かぶ魔法紋を隠すためのもの。

 本来なら不必要なものなので、大事にする気も愛着もない。

 そんな武器を不必要とする強者の考え方に、武器も扱える強者であるスクーイヴァテディナは異を唱える。


「武器が万全、敵、早く倒せる。武器が不全、倒す、少しかかる。でしょ、テフラン?」

「いや。俺の考えとは、結構違うんだけど……」


 武器が命綱だと考えるテフランは、スクーイヴァテディナの主張に苦笑いしかできない。

 その返しが意外だったのか、スクーイヴァテディナは無表情ながら、どこか不満そうな雰囲気を漂わせると、テフランの頬を黙って突き始めた。


(痛くはないけど、明確な行動で不満をぶつけてきたよ……)


 テフランはうっとうしく思いつつも、跳ね除けることは止めておいた。

 どうしてか、止めようとすると、更なる行動で不満を示してくる気がしたからだ。

 テフランが反撃しないからか、スクーイヴァテディナは延々と突き続ける。

 早々に雰囲気が元通りになっているので、当初の不満は解消されているようだが、頬を突くこと自体が面白いようで手を止めようとしない。

 いつかは飽きるだろうとテフランが放って置いていると、反対側の頬を誰かに突かれる。

 目を向けると、手甲に包まれた手指。

 アティミシレイヤだった。


「どうして?」


 テフランが端的に理由を尋ねると、アティミシレイヤは気おくれしたように視線を横向かせる。


「スクーイヴァテディナがあまりにも楽しそうなので、試してみたくなったのだ。ダメか?」


 うかがうような視線での問いかけに、テフランは言葉に詰まってしまう。

 本心では止めて欲しいと思うのだが、女性に対する免疫が弱いせいで、下手からお願いされると断りづらいのだ。


「……勝手にしてよ」

「そうか! じゃあ、遠慮なく」


 左右から頬を突かれながら、テフランはムスッとした顔で、剣の手入れを行っていく。

 この光景は、ファルマヒデリアが料理を作り終わり、食事の支度が整うまで続けられることになるのだった。





 転移罠探しを再開させると、いままで苦労していたのが嘘だったかのように、あっさりと見つけることができた。 

 地面に浮かんでいた魔法紋が消えていくのを、テフランは少し遠間から見つつ、ため息を吐き出す。


「今日こそはって意気込んで探し始めた矢先に見つかると、気合が空回りするんだけど……」

「いままで苦労した分が報われたのですよ、きっと」


 アティミシレイヤの慰めを聞きながら、テフランは地図を取り出す。

 アヴァンクヌギからもらったときには未記入だった場所に、テフランが通路を追記してある。

 その中に、いま見つけたばかりの転移罠の位置を書き加えていく。


「さて。あとはどこに飛ばされるかを確認するだけだけど」


 確かめるようにテフランが言うのは、気分的に二の足を踏みたくなるからだ。

 転移罠で跳ぶ先は、主に三つに分かれる。

 迷宮の入り口に跳ばされるか、奥へ行かされるか、同区域の別の場所に転移するかだ。

 前二つなら迷宮攻略に有用な転移罠だが、同区域に跳ばされる場合は居場所を見失うだけの厄介なものでしかない。


(奥に跳ばされる罠だって、本来なら自分の実力以上の場所に強制的に連れてかれるようなものだから、死への片道切符なんなんだけどなぁ)


 だから転移罠を見つけても、普通の渡界者は組合に場所を報告するだけに済ませる。

 転移先を調べてくれば金貨が報酬として約束されているとしても、命あっての物種だからだ。

 しかし、いまのテフランなら、少しの勇気さえ出せば、そんな驚異の罠に足を踏みいれることができる。

 それはもちろん、彼に付き従ってくれる、三人が居ればこそである。


「人を当てにすると腕が鈍るって格言があるけど、今回は仕方がないよね」

「なにか言いましたか?」

「いや、独り言」


 つい言葉が出てしまったと反省し、テフランはファルマヒデリアたちと一緒に転移罠に入った。

 発動した罠によって、四人の足元に複雑怪奇な模様の魔法紋が浮かび上がる。

 罠の影響で身動きが取れなくなった後、転移現象が発現した。

 一瞬にして目の前の光景が変わり、テフランはすぐに迷宮の壁面を確認する。

 壁になっている素材を見れば、迷宮内のどの地区に飛ばされたか理解できるからだ。

 そして、テフランの目の前にある長方形の石で組まれた壁面が示すことは――


「――さっきまでいたところより少し奥なだけか」


 あまり距離が開いた転移ではなくて、テフランは少しがっかりする。

 それでも、迷宮の奥へと跳ぶ転移罠は、強い渡界者にとっては有益だ。

 すぐにテフランは地図を取り出し、先ほど書き加えた転移罠より先の場所に目を向ける。

 これから付近を探索し、組合の地図のどこに符合するか見極めないといけない。

 そのために、テフランはどちらに向かうべきかを考える。


(組合の地図に書かれたこの地区の通路が見つかればいいけど……)


 もしそうならなかったことを考えて、テフランは出口方面――つまり先ほどの踏んだ転移罠のある地区に戻る決断をした。


「ファルリアお母さん。出口の方向はわかるんだよね?」

「はい。あちらですよ」


 迷いなく指してくれた方向へ、テフランは行くことにした。

 この場所に現れるのは、テフランがいままで相手にしてきた魔物よりも強い敵だ。警戒しながら進み、罠は発動させずに回避していく。

 その行動に、スクーイヴァテディナが疑問の声を上げた。


「転移罠、は?」

「まだ、探さないよ。いまは、地図にある通路に出ることが先決だから」


 仮にいま転移罠が見つかったとしても、居場所が判明しないまま跳ぶわけにはいかない。

 なにせ転移罠を探す目的は、迷宮の出入り口と奥とを素早く移動するためなのだから。

 それに情報は持ち帰ってこそ意味がある。

 経験のない新たな地区に、どんな凶悪な罠があるか知識がない。

 そのためテフランは、ここであえて罠を発動させる気には、どうしてもなれなかった。


(スクーイヴァテディナに頼めば、例の魔法で通路の罠を一斉に発動させることができるけど)


 ついつい思い浮かんでしまう安易な方法を、テフランは首を振って追い出す。


(人の力を借りることは悪いことじゃないけど、それは自分の力だけじゃ切り抜けられない場合だ。それ以外の状況で借りようとするのは、怠けに通じる道だ)


 テフランは気持ちを引き締めなおし、通路をどんどん出入口方面へと向かっていく。

 そんな意固地ともいえる信念が功を奏したのか、魔物に出会う前に、地図に書かれてある場所らしき通路に出ることができた。

 しかしテフランは気を抜かず、地図に書かれてある通りに進んでみて、通路の道順に齟齬がないことを確認する。

 そこまでして、ようやく安堵で息を吐いた。

 テフランはつい一仕事終えた気になったがが、まだ一つしか見つけていないと、気持ちを新たにする。

 そして次の転移罠を探す場所を、どこにするかを考え始めた。


(利便性を考えたら、出入り口の転移罠から跳んだ先――つまり、昨日歩き回って地区で探すほうがいいよな)


 なにせ、いま判明した転移罠とその跳ぶ先は、地図上だとほど遠い距離ではない。

 出入り口に戻るにしても、迷宮の奥に跳ぶにしても、もう少し距離が跳べる転移罠を見つけたいと、テフランは考える。

 そのことをファルマヒデリアたちに相談すると、肯定的な意見が帰ってきた。


「テフランが望む通りにすればいいんですよ」

「その通り。我々は全面的に、テフランに従うのだ。気を遣う必要はない」

「任せる」

「それに、このあたりの魔物を相手にするのは、テフランにはまだ怖いですからね」

「そうだな。防御はいいとして攻撃方面を伸ばすために、先ほどまでの地区で、もう少し経験を積んだ方がいいな」

「がんばれ」


 同意に紛れて厳しい評価が飛んできて、テフランは思わず苦笑いしてしまう。

 なにはともあれ、方針は決まった。

 テフランはこの地区の魔物と出会わないうちに、地図に記載のある通路を辿って、地区を戻ることにしたのだった。


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