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73話 罠探し

 一日休息をとった後に、テフランたちはアヴァンクヌギからの依頼をこなすことにした。

 迷宮入り口近くにある、テフランがファルマヒデリアに出会ったときに飛ばされた、あの転移罠で迷宮の奥へと飛び、そこから新たな転移罠を探していく。

 心身が健康な状態で迷宮の奥へと行きたいという渡界者の心情から、迷宮の奥地へと跳ぶものの方が、迷宮の奥地から帰るものよりも、重要度が高いためだ。

 とはいえ『転移罠探し』の依頼は、渡界者全体に有益をもたらす行いと同時に、かなり面倒臭い仕事でもある。

 なにせ迷宮にある罠は、起動させてみるまでどんな物が出てくるかわからない。

 そのため、見つける端から罠を動かしてみなければならないため、危険度が高い。

 テフランはアヴァンクヌギから渡された最新版の地図に、載っていない道を書き加えながら、一つ一つ罠を投石で発動させていく。


「ちぇっ。これも外れか」


 先の天井から飛び出てきた槍束を見ながら、テフランは移動しながら投石を続ける。

 飛矢。降る油。天井からの落石。底に刃が突き出ている落とし穴。毒や眠りのガス。

 色々な罠が次々に発動するが、転移罠はまだない。

 テフランが投石で腕に疲れを感じ始めた頃、投石では発動しない罠を見つけた。

 二度三度と石を当ててみるが、動く気配がない。


「勘違いか?」


 テフランは首を傾げながら、腰から抜いた剣の先で、ほんの少しだけ力を入れて罠の始動場所スイッチを押してみた。

 最初は本物の地面のような感触だったが、半秒押し続けてみると、急に動き始める。

 テフランは始動場所を押し切る前に剣を引き戻す。そして少し離れて、投石を当ててみた。

 しかし再び、始動場所は動かなくなっていた。


「人の歩調を見越して、ある程度の時間、上に乗り続けないと発動しない罠か」


 テフランは少し考え、アティミシレイヤに預けていた魔物の素材を一つ受け取り、その罠の上に置いてみた。

 退避が完了してすぐ、始動場所を中心に数人分の範囲の地面が開いた。

 現れた大落とし穴の縁からテフランが下を覗くと、底一面に入った液体が見える。

 鼻にツンとした匂いが漂ってきたことから、酸液の槽だとわかった。

 落ちたらどうなるかを考えて、テフランの背筋に冷たい汗が流れる。

 そうこうしているうちに、開いていた地面がゆっくりと閉じ始め、五十秒ほどで元の状態に戻った。


「これは、予想以上に気疲れしそうだ……」


 罠の凶悪さを目の当たりにして、テフランはより一層注意を払いながら、転移罠を探して迷宮内を進んでいく。

 そんなテフランの後ろに、ファルマヒデリアたちがのんびりとした顔で付き従っている。


「転移罠は珍しい罠のようですね。今日は、テフランとわたくしが出会った思い出の地が、休息地になりそうですね」

「むっ。その言い分に異議がある。あの安息地は、テフランが私を従魔にしてくれた場所でもあるんだぞ」

「はいはい。私たちの思い出の地、ってことでいいですから」

「諭してくるその物言いが少し気になるが、まあいい」


 ファルマヒデリアとアティミシレイヤが楽しそうに会話する横で、スクーイヴァテディナはテフランの仕事っぷりを首を傾げつつ指す。


「あれ、手伝う?」

「私たちも手伝いで罠を動かしてみたらどうか、という質問なのでしたら、止した方がいいと思います」

「? 罠を動かす、簡単だよ??」

「必要となったら、テフランの方から言ってくる。危険になったら助けるくらいの心持ちで見守っていた方がいい」


 スクーイヴァテディナは、二人の言い分が良く分からないという表情をすると、投石を続けた腕を自分で揉んでいるテフランに近寄った。


「テフラン。疲れた? 代わる?」

「スヴァナが罠を見つけるってこと? できるの?」

「簡単」


 胸を張るスクーイヴァテディナを見て、テフランは少し考える。


(腕が疲れたから、少し休憩するつもりだったし)


 ちょっとした気まぐれで、テフランはスクーイヴァテディナに任せてみることにした。


「分かった。やってみて」

「任された」


 スクーイヴァテディナは腰から杖を引き抜くと、前に続く通路へと向けた。

 その杖の先で罠の始動場所を突いて探すのかと思いきや、杖とそれを持つスクーイヴァテディナの片腕に魔法紋が浮かび上がる。


「Nyamuuuuu~」


 スクーイヴァテディナの歌声に呼応して杖と腕の魔法紋が一層強く輝いた瞬間、テフランは全身が見えない砂に飲み込まれたかのような、不可思議な圧力を感じた。

 不思議な光景は続き、杖が向けられていた通路にある罠が、手前から奥にかけてひとりでに発動していく。

 唖然とするテフランに、スクーイヴァテディナが少し得意げに振り向く。そのときにはもう魔法紋の輝きは消え、妙な圧力も感じなくなっていた。


「これなら、簡単」

「たしかに罠は全部発動しているようだけど……なにしたの?」

「空気で、押した」

「どういうこと?」


 テフランとスクーイヴァテディナは、お互いに首を傾げる。

 意図が通じ合っていない二人を見て、ファルマヒデリアが助け舟を出した。


「スクーイヴァテディナは、この通路の中を例に出した水筒のように、魔法で空気を充満させたのです」

「空気を入れたからって、どうして罠が発動するのか、よくわからないんだけど?」

「では、何も入っていない革の水筒を想像してください。そこに息を吹き込むと、どうなりますか?」

「そりゃあ、膨らむね」

「では、膨らんだ袋を手で押してみると、どんな感触を得られますか?」

「こう、押し返してくるような、水とはちょっと違って、やわらかい感じ」

「そこまで理解できたなら、あとは少し発想の転換でわかるはずです」


 テフランは首を傾げつつ、腰にある革の水筒を揉みながら、少し想像力を働かせてみた。


(要するに、この通路を覆えるほどの大きさの革袋を詰めて、そこに空気を入れたような感じってことだよな)


 想像の中で、革袋が膨らんでいき、その革が通路に配置された罠の始動場所に触れる。

 さらに膨らんで圧力が増し、始動場所を押し込んだ。


「なるほど。そういう理屈なのか。空気ってあってないようなものなのに、そんなこともできたんだ」


 知らなかった知識の一端に触れることができ、テフランは感心から頷く。

 その可愛らしい様子に、ファルマヒデリアはさらなるお節介を焼きたくなった。


「意外と、空気というものは侮れないものなのですよ。例えば、あの魔物たちを倒すことだってできます」


 ファルマヒデリアが指す先に、空飛ぶ昆虫系一匹、地を走る獣型二匹の魔物がいた。

 テフランは慌てて剣を構えるが、その前にファルマヒデリアの腕に魔法紋が浮かび上がる。


「Raaaaaaaaa~」


 歌声が通路に響き、魔法紋が強く輝くが、なにかが起きたようには見えない。

 しかし、現れた魔物の方を見れば、なにかが起きていることはすぐに分かった。

 昆虫型が急にふらふらと飛び、やがて地面に墜落する。

 獣方の片方は目や耳から血を噴き出し、もう片方は口から泡を吹いて、苦しそうに倒れ込んだ。

 異様な光景に、テフランは怖々とファルマヒデリアを見る。


「一体、何をしたの?」

「昆虫型と獣型の一匹は、その周囲にある空気をすべて消してみました。もう一匹の獣型は、逆に多量の空気を周囲に集めてみました」

「たった、それだけ?」

「空気とは、あってあたりまえのものですが、実は危険なものだと理解できましたか?」


 テフランは倒された魔物に視線を向け、あれがもし自分だったらと想像して、鳥肌が立った。

 その恐れを感じ取り、ファルマヒデリアはネタバレをするため苦笑いの表情になる。


「と、恐ろしそうに言ってはみましたが、実はあまり実用的ではないんですよ、この魔法は」

「えっ、どういうこと?」

「生き物相手、特に移動する相手に個別に対応する場合、効果範囲や空気圧力の調整が難しいんです。私だと三匹まで、遠距離魔法戦闘が得意なスクーイヴァテディナでも五匹がせいぜいです」

「合ってる。魔物倒すの、あれより、爆炎ぶっ放すの楽」

「気圧や呼吸に関係しない相手――例えば動く石や武具の魔物相手だと通用しない。そして打ち破る方法もいくらでもあるため、我々からしたら手品のような部類の魔法だ」


 アティミシレイヤの補足も加わったところで、テフランは胸をなでおろした。


「なんだ、脅かさないでよ。さて、いい休憩になったし、転移罠の発見の続きをしよう」


 スクーイヴァテディナが暴いた罠を抜けてから、テフランは投石での罠探しを再開させた。

 だが、その頭の片隅では、危惧していた。

 先ほどの魔法は人間相手なら猛威を振るうであろうこと、通路に空気を満たして罠を見つけたときのように『個別に対応』せずに魔法を使えば大量の相手を倒せる可能性があることを。


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