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71話 あとからあとから

 テフランたちは襲われた場所から野営地を変え、そこで就寝含みの休憩を取り直すことにした。

 同行してくれている、ルードットとその仲間の腕利きたち。

 その中の先導役リーダーが、テフランに声をかける。


「もしかしたら、迷宮を出た方がいいかもしれないぞ」


 渋い顔での言葉に、テフランは首を傾げる。


「それはどうしてですか?」

「馬鹿な真似をしてくるやつが、さっきの奴らだけとは限らん。むしろ、これからドンドンやってくると考えた方がいい」

「迷宮内で、ですか?」


 迷宮内で襲ってくる輩は、集めた素材を奪おうとする者たち。人攫いや無理な勧誘などは、町中でしか起こらないもの。

 なにせ迷宮には、魔物が出る。

 そんな場所で人攫いなど行おうものなら、お荷物を抱えて魔物と戦う羽目になってしまう。

 いまはまだ迷宮の浅い場所だから魔物は弱いが、これより少しでも深い場所だとやや手強くなり、渡界者として生活している者以外が活動することは難しくなっていく。

 それが、テフランが得ている常識だった。

 しかし腕利きの先導役は、その考えが間違いだと示すために、首を横に振る。


「通常ならそうだが、今回は事情が違う。お前やそのツレたちに会いたいって輩を、組合長が分別しているんだ。そこで弾かれたヤツがしびれを切らせて、さっきみたいな馬鹿な真似をけしかけようって決心しちまうんだ」

「町中で俺たちに会いに行けないのなら、迷宮内でってことですか……」


 乱暴な思考もあったものだと、テフランは肩をすくめる。

 しかしすぐに考えを改める。


(金を出して依頼する本人は安全な場所にいるんだから、迷宮内の危険とかは関係ないのか。そして危ない手段を用いようとする輩なら、金で雇った者の命なんて消耗品のように考えているんだろうな)


 予想した相手の性根の悪さに、テフランは苦々しい表情になる。


「ともあれ、これからしばらくは人間のことも注意が必要なんですね」

「迷宮内じゃ、監視の目が届かないからな。タガが外れるヤツも現れかねねえ」


 二人が会話していると、そこにファルマヒデリアが割って入ってきた。


「つかないことを聞くのですが。渡界者の方で、こちらの身柄を狙ってくる人はどれほどいるのですか?」


 テフランは色々な答えが浮かび上がり、補助を頼むために視線を腕利きの方へ向ける。


「俺の見解としては、そんなにいないと思うんですけど、どうですか?」

「真っ当な渡界者なら迷宮で稼げるから、怪しい他からの依頼を受けることもない。それに、組合長もお前らに会うことを止めやしなかったはずだ。となると、渡界者くずれか、他者が集めた素材の強奪を生業とする強盗ぐらいだな」

「素材強盗って、最近じゃ聞きませんけど、まだいたんですね」

「渡界者相手に強盗するってのは、割が合わねえんだ。浅い地区で活動する渡界者を狙うと、犯行の目撃者が多くなる割に手に入る素材がしょぼい。逆に深い地区から戻ってくる者たちを狙うとすると、そんな奴らに勝てるんなら普通に魔物を狩って素材を集めた方が安全かつ『真っ当』に稼げる」


 そして迷宮にいる渡界者は武器を所持しているため、強盗しようものなら逆に殺される危険性が高い。

 よしんば一度上手くいこうと、組合側から追手が差し向けられて、早晩殺される運命をたどる。


「だから強盗を続けるようなヤツは、深い地区に行きたくても行けずに腐ってしまったヤツか、人を痛めつけること自体が楽しい異常者ぐらいだな」


 テフランは、父親から教わらなかった迷宮においける人間の暗い感情を知り、納得で頷く。

 最初に質問をしたファルマヒデリアも、襲ってくる人数が少なそうなことに、安堵感が含まれた笑顔になる。


「そういうことでしたら、テフランが迷宮に入ることを止めずにすみますね」

「ちょっと、またその話を蒸し返そうとしてたの?」

「人間の襲撃者によって迷宮がさらに危険な場所になるのでしたら、テフランに立ち入らせるわけにはいかないじゃないですか」

「こっちの身を案じてくれるのはわかるけどさ……」


 テフランはファルマヒデリアの気持ちを理解しつつも、これだけ迷宮で活動しているのだから、そろそろ迷宮での活動を辞めさせようとすることを諦めてくれないかと思ってしまう。

 そんな気持ちから、つい口が滑った。


「組合長が守ってくれているようだけど、こちらを狙う相手が結託したら、迷宮内にいるより町中にいた方が危険になると思うけどなぁ」


 テフランは思い付きを口に出してから、ハッとしてファルマヒデリアを改めて見た。

 その表情は、とても考え込んでいるものだった。


「町が危険なのでしたら、迷宮内に留まった方がテフランの安全を――いえ、いっそ町の人間を皆殺しに」


 物騒な呟きが聞こえてきて、テフランの顔色が青ざめる。それは漏れ聞こえてしまった、ルードットや腕利きたちも同じだ。

 他の誰かが口にしたのなら冗談で済ませられる言葉だが、告死の乙女だと本気でやりかねない恐ろしさがあったからだ。


「ま、町の中が危険になっても、俺にはファルリアお母さんやアティさん、スヴァナだっているんだから、気にする必要はないよねー」


 テフランの何気なしを装った棒読みの言葉に、ファルマヒデリアの表情が笑顔に戻った。


「そうですね。襲い掛かってくる人間ぐらい、わたくしたちなら問題にもなりませんでした」

「う、うん。期待しているから」

「あー、できることならでいいんですがね。町中で人死にを出さないで欲しい。殺人罪ばっかりは、かばうことは難しいんでね」

「善処します」


 腕利きの頼みを、ファルマヒデリアは笑顔で即答した。

 守る気はないとわかり、テフランは顔に苦笑いを浮かべつつ、顔をアティミシレイヤとスクーイヴァテディナに向ける。


「二人も、俺たちが襲われたとしても、町中で人を殺しちゃだめだからね」

「了解した。こちらとしては、殺さずに済ます方法はあるので、やぶさかではない」

「腕、足、潰す。人間、動けない。指でも、できる」


 自信ありげなアティミシレイヤと、得意げなスクーイヴァテディナ。

 二人の様子に、ファルマヒデリアは困り顔になる。


「直接攻撃ができるタイプはいいですよね。万能型わたくしだと、咄嗟に攻撃魔法を調節するのは手間なんですよね」

「ファルマヒデリアは、なんでもできる型なのだから、近接戦闘も学べばできるのでは?」

「テフランと、一緒で、教える?」

「それはいいですね。ああでも、私が二人の生徒となるのは少しだけ考えさせられます」


 三人は仲良い様子で語るが、物騒な内容だけにテフランは苦笑いも難しい心境になる。

 そこで、休憩なのだからと毛布をかぶって寝ようとして、地面を伝わって届いた足音に気付いた。

 テフランがハッと起き上がると、すでにアティミシレイヤたち告死の乙女は警戒した状態になっていた。


「おちおち休んでもいられませんね。ちゃんと休憩できるようになるのは、もう少し迷宮の奥に行ってからかもしれませんね」

「大して強そうな雰囲気ではないからな。手早く終わらせられるだろう」

「ん。殴って、眠らせる」


 好戦的な三人の姿に、テフランはすべて任せてしまいたい欲求にかられた。

 しかし、持ち前の青少年特融の青い矜持が許さなかった。


(襲撃者の目的は、ファルマヒデリアたちだ。俺は彼女たちの主になったんだから、ここで守る気概を見せないでどうするんだ!)


 テフランは静かに自分に活を入れると、剣帯を外し、その革帯を鞘に入れた状態の剣の柄にぐるぐると巻き付けた。

 試し振りで鞘が剣から外れないことを確かめてから、テフランは構える。

 そんな様子を不思議そうに見ているファルマヒデリアたちに、テフランは苦笑を見せた。


「俺の技量じゃ、手加減しての無力化は難しいからね。けど、この鞘に入れた状態の剣でなら、全力で戦ったとしても、少なくとも切り殺す心配はしなくていい」


 テフランの思惑を知って、ファルマヒデリアたちは感心と納得の態度になる。

 それと同時に、意地を見せようとするテフランの様子が可愛らしく映るようで、柔らかな微笑みが三人の顔に浮かんだ。

 横で見ていたルードットと腕利きたちは、冗談気味に『付き合ってられない』と肩をすくめる。

 そんなやり取りをしているうちに、襲撃者の足音はすぐそこまで近づいてきていた。

 数にして二十近く。靴音ばかりなので、人間なのは確定的。

 とはいえ、準備万端整えた状態で告死の乙女と腕利きの渡界者が待ち受けているのだ。危険なことなど、何一つ存在しなかった。

 迫り来た襲撃者たちを、瞬く間に生きた状態で撃退し、その身柄を全て拘束してみせた。

 この戦いで、テフランは二人を剣で昏倒させる戦果を得てみせ、どうにか意地を通してみせたのだった。

 

確定申告に大慌て。

早めに早めに準備しておけばよかったと、後悔しながら作成中。


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