70話 迷宮内にて
食事を終えると、ルードットとその仲間である腕利きの渡界者たちから、感嘆の声が上がった。
「美味しすぎる。どんなレシピなのか、知りたい!」
「迷宮に入って一日目とはいえ、この料理はなかなか食べられるもんじゃないな」
「つい食堂でも開いて欲しいと思ってしまいますね。これほどの料理を出す店なら、連日大入り間違いなし」
「まあまあ、嬉しいことを言ってくれて、ありがとうございます」
ファルマヒデリアはニコニコとお辞儀をする。その際に、チラリとテフランの方へ視線を向けていた。
これが意味することを、テフランは正確に理解している。
「俺の夢は、地底世界に行くことだからね。食堂を開くことじゃないから」
すぐに釘刺しがきて、ファルマヒデリアはムスッとした顔になった。
「少しぐらい、話に乗ってくれてもいいじゃないですか」
その起こり顔が可愛らしいからか、腕利きたちから非難めいた目がテフランに向かう。
「そうだぞ、坊主。自分の夢も大切だろうが、連れ添いに夢見させるようなことを言ってもいいだろうに」
「軽口にでも『良い』といったら、ファルリアお母さんはその通りにしかねないんですよ。それに――」
続けようとした言葉を、テフランは寸前で止めて、心の中で呟く。
(――ファルマヒデリアの料理は『魔法調理』だ。あの光景を見たら、お客さんなんて帰っちゃうだろうし)
不自然に言葉を切ったテフランに、腕利きたちから不審感が向けられる。
しかし、それは長く続かなかった。
アティミシレイヤとスクーイヴァテディナが、なにかに感づいた様子で、顔を通路の一方へ向けたからだ。
「なにかが、こちらに近づいてきている」
「数、十以上」
警告に、この場にいる全員が武器を手に取り立ち上がった。
その際にテフランは、ある点が気になり、腕利きたちの方へ顔を向ける。
「この区域で、魔物部屋以外に十匹以上の魔物が同時にくることって、あり得ないはずじゃ?」
「そうだな。こいつは、きな臭ぇ状況だ」
腕利きたちが警戒を強めるのに合わせ、テフランも異常事態だと気を引き締める。
一方で、ファルマヒデリアたちは、のんびりした雰囲気を崩さない。
「では私は、使った食器類の後片付けを続けますね」
「戦いになった際に踏み壊されでもしたら大変だ。手伝おう」
「ん。皿」
戦闘意欲を削ぐような三人の行動に、他の面々は苦笑いを浮かべることしかできない。
ファルマヒデリアたちが食器を片付け終わり、やれやれという調子で立ち上がった、ちょうどそのとき。通路の向こうに、こちらへ走り寄ってくる魔物たちの姿が見え始めた。
「グシシシュ!」「キシュギシギシャ!」「ナアグロオオガアルウウ!」
必死に走ってくる様子に、テフランは眉を顰める。
(俺たちに気付いて寄ってきたにしては、あまりにも必死に走ってないか?)
それこそ、誰かに追い立てられているかのよう。
そう考えて、テフランは父親から教えられた、ある卑怯な戦法を思い出す。
「もしかして、『押し付け』じゃ!?」
テフランが上げた懸念に、腕利きたちの目に怒りが灯る。
「あり得るな。そうなると、狙われているのは、坊主たちってことになるな」
「迷宮に入ってすぐの場所で、こちらを襲って奪うほど価値のある素材なんて持ってませんからねえ」
「組合長の懸念が、当たった感じかー」
最後に言葉を放ったルードットに、テフランは半目を向ける。
「どうして組合長が、ここで出てくるんだよ」
「あー、それはー……とりあえず、先に魔物を倒さないとー」
視線を逸らすルードットに、テフランはより強い視線を向ける。
しかし、魔物が近づいてきているため、そう長々とは行えなかった。
「戦いが終わったら、理由を聞かせてもらうからな」
「依頼内容に違反しかねないんだけどなー」
ルードットは弱った様子になりつつ、前線になりそうな場所から退く。
腕利きたちも移動し、迫る魔物と戦いやすく、ルードットを守れる位置配置をとる。
テフランも前線に立とうとしたが、彼らの連携を崩すことを避けるために、ルードットの横に立ち位置を定めた。
「くるぞ!」
腕利きの一人の警告からすぐに、魔物たちとの戦闘が始まった。
数の上ではテフランたち側が劣勢だったものの、迷宮の奥の区域を活動場所にしていた腕利きたちにとって、襲い掛かってきた魔物の群れは獲るに足りないものに過ぎなかった。
「こんな質と数の魔物で、こっちを殺れると思われたんなら心外ってもんだな」
「ま、この区域に出るような相手は、雑魚中の雑魚ですし」
「その代わり、倒しても得られる素材にうま味がねえのが問題だよな」
あっさりと倒しきってしまった腕前に、テフランは尊敬の念を抱くと同時に、つい彼らの戦い方を値踏みしてしまう。
(一人一人の技量も高いけど、それ以上に連携が上手い印象だ。なんというか、危険を常に仲間たちで分散させているというか……)
自分に経験のない戦い方だったため、テフランは評価を明確に言語化できない。
それでも、彼らの強みを強く実感できた。
また一つ、テフランが戦い方に関する知識を深めたとき、真後ろから何かを叩く音、そして地面に叩きつける音が聞こえてきた。
ハッとして、テフランとルードット、そして腕利きたちが振り向く。
そこにあったのは、ファルマヒデリアたち三人が、見知らぬ男たち数人を叩きのめし終わった光景だった。
「……なにがあったの?」
テフランが問いかけると、ファルマヒデリアは笑顔で振り向く。その足は、地面にはいつくばってうめき声を上げている男の後頭部を踏んでいる。
「テフランたちが魔物の群れと戦い始めたら、反対側の通路からこの者たちが忍び足でやってきたんです。そしてあろうことか、この身に縄をかけようとしてきました。ですので、こうして撃退してみました」
「その魔物を嗾けてきたのは、この者たちの仲間だろう」
アティミシレイヤの補足説明に、倒れた男たちが一瞬身を強張らせる。
自白したも同然の身動きを目にして、腕利きたちの目の色が変わった。
「おしっ、理由を聞くとしようか」
腕利きの先導役が、倒れている男の一人を引っ張り上げ、すかさず腹に膝を叩き込んだ。
男の腹部は革鎧で守られてはいたが、蹴りの衝撃が内臓まで達し、一瞬にして顔色が青く変わる。
「おげっ。や、止めて、くれ」
「襲ってきた理由を吐いたら、自由にしてやるよ」
「そ、それは……」
目を逸らして理由を言おうとしない男に、もう一度膝蹴りが叩き込まれる。
「おごっ! や、やめ」
「おら、さっさと話せ。もう一発食らいたいのか?」
「そ、そんなこと言われても」
「ここは迷宮の中だ。お前を雇ったやつの目はないんだろ。なら、喋って楽になった方が利口だぜ? それに、あんまりダンマリがすぎるようなら
意味深な言葉の後で顔を横向かせ、掴み上げている男の視線を誘導する。
その先には、這いつくばった男性の一人の片手の小指を踏む、腕利きの一人の姿があった。
なにをするか見せつけるように、ゆっくりと足に体重をかけていく。
「う、ううう、ううぅぎいいいいいいい!」
最初は耐えようとしていたようだが、小指の骨が軋んだ瞬間、男の食いしばった歯の間から悲鳴が上がった。
その痛ましい声に、掴み上げられていた男の顔色が一層悪くなる。
「わ、わかった、話すよ。どうせ金で雇われただけで、恩義もない相手だ」
「そうか。よし、喋れ」
「ね、狙ったのはあんたらじゃなく、そっちの子供とベッピンさんたちなんだ。とある貴族の子息が、ベッピンさんの誰かを見初めたらしくて、連れて来いって金を渡されたんだよ」
口ぶりから、その貴族の子息とやらの命を受けた誰かに、この男たちは雇われたようだ。
もしかしたら、誰かと男たちの間に、何人か仲介役がいる可能性もある。
とはいえ、男たちに聞いても、その貴族にたどり着く情報が得られるとも思えなかった。
「ほほう。あの女性たちが目的なら、なんで魔物の群れをこちらに嗾けてきやがった」
「だってよ。あのベッピンさんたち、滅茶苦茶強いって話じゃねえか。俺たちみたいな渡界者くずれ、束になっても敵わねえって。だから魔物の群れと戦わせて、倒し終わって油断したところを後ろから捕まえようって。だけど、あんたらが魔物と戦い始めて計画が崩れたから、魔物に注意を向いている間に縛り上げればって」
鳴き声に近い言葉使いで、男性は理由を語り終えた。
取るに足りない内容たったことに、腕利きの先導役は呆れてしまった。
「なんだそりゃ。チッ、まあいい。テメエ、いま言ったこと、組合長にも言うって約束しろ。そうすりゃ、この場で痛い目はこれ以上見なくて済むぜ」
「そ、そんなこと、できるはずが「ぎいぃぃぃああああああ!」わ、わかった、分かった約束する!」
仲間の悲鳴に押されて、男性はやけくそのように大声で誓った。
腕利きたちは、ファルマヒデリアたちに倒された男性たちを介抱して歩けるようにしてから、その身柄を解放した。
男たちに腕利きの中から二人が付き添い、迷宮の出口へ向かって行く。
その後ろ姿を見ながら、テフランは難しい顔になる。
(まさか、ファルリアお母さんたちを連れ去ろうとする人たちが出てくるなんて)
思ってもみなかった状況について考えていると、ルードットに背中を叩かれた。
「なんだよ、もう」
「あの人たち美人だから、遅かれ早かれこうなってたって。だから組合長が心配して、わたしたちにテフランの様子を見るようにって、依頼を出したんだからさ」
魔物と戦う前に約束していた、ルードットたちと組合長のことを、いい機会だからと説明してくれたようだ。
「組合長がそんなことを。そういえば、町中で俺たちを監視する人がいたっけ」
「いままでも、色々と面倒な相手を露払いしていたらしいから、感謝しておいたら」
「……朝の訓練に参加しようとしてくる人や、ファルリアお母さんたちに求婚してくる人は、まだまだ来るんだけど?」
「邪魔する必要のない、安全な相手ってことでしょ。もしくは、テフランたちが対処可能な相手ってことじゃない?」
ルードットの見解に、テフランは思わず半目になる。
(あの人たちはあの人たちで、こちらとしては対処に困っているんだけどなぁ)
なにはともあれ、今後は町中でも人間相手に警戒が必要だと、テフランは気を付けることにしたのだった。




