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69話 いよいよ、元通り

 日帰りでの迷宮行と、アティミシレイヤとスクーイヴァテディナとの訓練で日を過ごすこと、数日。

 この朝の訓練――やってきた人間の挑戦者との戦いの様子から、テフランの体調は元通りになったと、ファルマヒデリアたちからお墨付きがでた。


「よしっ。じゃあ、今日から本格的に、迷宮に泊まり込みするよ!」


 元気一杯に宣言したテフランに、ファルマヒデリアから微笑みが向けられた。


「そんなに大袈裟にいうほど、心待ちにしていたんですか?」

「そりゃもう。元気なのに迷宮の浅い場所しか行けていないから、うずうずしちゃってさ」


 ウキウキした様子で準備するテフランに、アティミシレイヤが首を傾げる。


「私やスクーイヴァテディナと模擬戦を続けて、毎日疲れ切った様子をしていただろう。それなのに、体がうずいているのか?」

「訓練と実戦は別物だよ。疲れ方の質が違うんだよね」

「そういうものか?」

「そういうもの」


 テフランの断言にも、アティミシレイヤは首を傾げたままだ。

 そしてスクーイヴァテディナはというと、腰に剣と杖を下げた状態で、無表情で静かに待っている。

 纏っている雰囲気は、どことなく遊びまわる子供を見守っている野生動物のよう。

 そんな静かな気遣いの雰囲気を知らず、テフランは準備を整え、他の三人を急かしながら家を出る。

 迷宮の入口に到着した後、意気揚々という言葉が相応しい足取りで、ずんずんと通路を進んでいく。

 その様子があまりにも子供っぽいからか、すれ違った見知らぬ渡界者から苦笑が漏れている。

 しかしテフランは気にせずに、どんどんと通路を奥に進み、襲い掛かってくる魔物を剣で屠る。

 一見すると、ファルマヒデリアたちを置いてけぼりにするかのような進み方だが、この速度でも全員ついてこれる確信を持っている歩き方でもあった。

 事実、ファルマヒデリアは顔に微笑みを浮かべ、アティミシレイヤは軽い苦笑いを出し、スクーイヴァテディナは優しい目つきで、テフランの後ろに付き従っている。

 そのままの調子で進んでいくかと思いきや、テフランの歩みがある瞬間から通常通りになった。

 父親の薫陶と自身の経験から、無警戒に気を緩めて良い区域が終わったと判断したからだ。

 先ほどまでの子供のような浮かれた表情から一転して、テフランは真剣な顔つきで周囲の状況を窺い、油断ない足取りで歩みを進める。

 その様子に、後ろで見ていたアティミシレイヤが苦笑いを強める。


「苦言を呈する必要があるかと思っていたのだが、杞憂だったか」

「良い格好をテフランに見せられる場面が消えて、内心しょんぼりしていませんか?」

「そんなことはないぞ。テフランの成長に感じ入るだけだ」


 なんでもないという態度だが、その中に一抹の寂しさのような揺らぎが見える。

 ファルマヒデリアは指摘する必要はないと判断して、「はいはい」と軽く笑顔で流すことにした。

 その後で、スクーイヴァテディナに声をかける。


「後ろからついてくるのは、テフランの知り合いの少女と、その仲間です。こちらが迷宮の奥に行こうとしているので、距離を詰めてきたのでしょう。彼らは襲ってくる心配はないですので、無視していいですよ」

「わかった」


 スクーイヴァテディナは頷いたが、それでも多少の警戒感を後方に残して歩いている。

 ファルマヒデリアはその態度には出さない過保護さに、スクーイヴァテディナもテフランの義母であろうと努めていると悟って、微笑んでしまう。

 それからすぐに、疑問顔で独り言を呟く。


「義理の母親であろうとしているのに、あまりテフランに強く関わろうとはしないんですよね……」


 テフランとの訓練のときでさえ、軽く剣と体の使い方を教えはしても、アティミシレイヤのように付きっ切りで相手をしてあげることはない。

 日常生活でも、テフランがダメなことをしたら叱るが、それ以外では見守っているだけ。ファルマヒデリアのように、積極的に手出しをしようとはしない。


「それなのに、テフランはスクーイヴァテディナに懐いているようなのは、なんでなのでしょう?」


 手をかければかけるだけ懐くはずなのにと、ファルマヒデリアは独り言を呟きながら、自身の知識と合わない状況に首を傾げる。

 しかし、いくら考えても理由がわからないので、とりあえず問題を棚上げした。

 そんな風に告死の乙女たちが交流している中でも、テフランはちゃんと迷宮行を続けていたのだった。




 半日ほど歩き続け、少し通路が広まっている場所で、テフランは野営の準備に入る。

 寝やすいように地面に敷物を敷いていると、スクーイヴァテディナが近寄ってきた。


「知り合い、呼ぶ?」


 通ってきた方向を指さしての言葉に、テフランは首を傾げる。


「知り合いって、俺のだよね。誰かつけてきてたの?」


 スクーイヴァテディナが頷いたので、テフランは顔をファルマヒデリアに向けなおす。


「気付いていた?」

「もちろんです。あの少女、ルードットさんの徒党パーティです」

「ああ! あの人たちってことは、組合長の差し金だな、きっと」


 テフランは腕組みして難しい顔をしてから、この場所の周囲を見回した。


「広めのところを選んだから、あの人たちが休める場所も十分にあるな」


 テフランは敷物の位置を少しずらすと、もう一度ファルマヒデリアに視線を向けた。


「呼んできてくれる?」

わたくしより、アティミシレイヤのほうが適任ですよ」

「それはどうして?」

「アティミシレイヤの言葉なら、素直に従うと思います。なにせ、怖さを知っていますから」

「ああー。野良のときに、ルードットは襲われたもんなー」


 純粋な提案というより、悪戯に近い人事ではある。

 しかし、テフランはファルマヒデリアの提案を受け入れた。


「というわけで、アティさん。ルードットたちを呼んできてくれる?」

「了解した。すぐに連れてこよう。Luraaaaaaaa!」


 アティミシレイヤは背の荷物を通路の壁際に置くと、歌声を上げて両足に魔法紋を浮かび上がらせた。

 直後、掻き消えるかのように姿が見えなくなり、素早い足音だけがルードットたちのいる場所へ向かっていることを知らせてくれる。

 魔法紋の無駄遣いに、テフランは苦笑する。


(ルードットとその仲間の人たちは、たぶん組合長からファルマヒデリアたちが告死の乙女なことを口止めされている。それを分かっているにしたって、アティミシレイヤは魔法を使って呼びに行かなくてもいいのに)


 テフランは肩をすくめ、ファルマヒデリアに向き直る。


「アティさんがすぐに連れてくるだろうから、その前に料理を作っちゃってくれない?」

「全員揃ってから、どんなものを食べたいか聞いた方がいいんではないですか?」

「いや。きっと、ファルリアお母さんの料理風景を見たら、食べたがらないよ。だから、勝手に料理を決めて先につく終わっていてよ」

「食べたくないのでしたら、食べなくたっていいと思いますけど?」


 調理の仕方が悪いと言われたように感じて、ファルマヒデリアは不機嫌だ。

 テフランは言い方を失敗したと感じ、慌てて言葉を続ける。


「ファルリアお母さんの料理はとっても美味しいんだから、食べてもらわないと損だって言いたかったんだよ」

「むーっ。テフランは口が上手です」


 ファルマヒデリアは不機嫌という顔を作っているが、料理の美味しさを愛しいテフランから褒められたとあって、口元が緩んでしまっている。

 説得は成功なようで、ファルマヒデリアは料理を作り始めた。


「Raaaaaaaaaa~」


 魔法でテフランが仕留めた魔物の死体と各種調味料を溶かし、そして魔法で生み出した水を混ぜ合わせて、混沌とした極彩色の泥を作り上げる。

 その泥を救って木皿に入れると、調理された肉料理やスープ、果ては果物入りのサラダまで生み出された。

 毎度のことながら、その不思議な光景に、テフランは目を疑ってしまう。


「思ってたんだけどさ、肉料理やスープができるのはいいとして、どうやって野菜を生み出しているの?」

「野菜もお肉も、小さい単位で突き詰めると、大した違いってないんです。ですから復元の仕方をちょこっと工夫すれば、元が肉であっても野菜や果物を生み出せるんです。テフランに迷宮でも新鮮な野菜を食べさせたくて、頑張ってみました」


 軽く言うが、テフランには到底理解ができない。


「……肉と野菜がほぼ同じって、俺はどうしても思えないな」

「理解できそうになくても、美味しければそれで構わないではないですか?」

「そう言われちゃうと、その通りなんだけどさ――もごっ」


 ファルマヒデリアは指で摘まんだ果物を、テフランの口の中に入れた。

 テフランが噛むと、瑞々しさと豊穣な香りが口に広がる。町の市場でも滅多にないほど、新鮮な食感をしている。


「どうです?」

「美味しいけど、やっぱり元を知っていると不思議な感じがあるよ」

「そうですか。それはそれとして。はい、次をどうぞー」


 ファルマヒデリアが指で摘まんで差し出してくる果物を、テフランは反射的に口にする。

 そのときに指の腹で唇を撫でられ、女性に手ずから食べさせられている状況を悟って、テフランの顔が遅まきながらに真っ赤になる。


「ちょっと、なに指で食べさせているんだよ!」

「ふふっ。スクーイヴァテディナを見習って、自然な感じを心がけてみたら、けっこう簡単にできちゃいました」


 テフランの唇を撫でた際についた水気を取るためか、ファルマヒデリアは自分の指を舐める。

 どこか淫靡な仕草に、テフランの鼓動が激しくなり、顔がより一層赤くなる。


「な、なななっ」


 テフランがあまりの恥ずかしさに問いかけの言葉もでないでいると、アティミシレイヤがルードットとその仲間と共に戻ってきた。


「連れてきた。料理ができているということは、食卓を共に囲うということでいいのか?」

「え、うん、その通り」


 テフランが赤い顔を誤魔化しながら言う。

 アティミシレイヤはその慌て具合を見なかったことにして、敷物の上に腰を下ろす。

 連れてこられたルードットたちは、困った顔ではあったが、地面に座る。そして、彼らの先導役リーダーが口を開く。


「俺らが受けた依頼は、あんたらの様子を見ていることだ。こうした接触は、違反に触れるから止めて欲しいのだがなぁ」


 愚痴に似た言葉だが、テフランにも言い分はある。


「俺のために迷惑をかけてるんだから、料理を一緒に食べることぐらいはやってもいいかなと思って」

「……その心遣いは、同業としてありたくはあるんだがね」


 彼がすくめた肩を、その仲間一人人が気安く叩く。


「とはいえ、彼女らに見つからないよう後をつけるのは、人間では無理だって。組合長とて、それはわかってるって」

「うるせえ。テメエは単純に、うまい料理を逃したくないだけだろうが」

「こんなに上等な料理を断るのは、もったいないのは当然だろう。なーに、買収されるわけじゃないんだ。気にすんなって」


 なにはともあれ、こうして日ごろにはない人数での食事が行われる運びとなったのだった。


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