67話 微妙に成長
完調したテフランは、休んでいた分を取り戻そうと張り切ろうとし、ファルマヒデリアたちに止められた。
「前と同じような行動をしたら、また風邪をひいてしまいますよ」
「いましばらくは、心身の様子を観察しながら、体を鍛えていくほうが良いはずだ」
「めッ」
「わ、わかったよ……」
唇を尖らせて不服そうにしながらも、テフランは大人しく言うこと聞くことにした。
「でも、休んでいた分だけ蓄えが消えているんだから、迷宮に行って稼がないと」
テフランの言うことはもっともだったが、ファルマヒデリアが良いことを思いついたと手を叩いた。
「お金のことでしたら、私たちだけで迷宮に行く許可をテフランが出してくれれば、容易く解決する問題なんですけど……」
「あの転移罠で跳んで迷宮を脱出するのに、遅くて十日。我々三人がそれぞれ五日ずつ間隔を空けて迷宮に行くようにすれば、テフランの世話と金稼ぎが両立できるな」
「アティミシレイヤの案はいいですね。その五日の間、テフランをそれぞれが独り占めできる点が特にいいです!」
ファルマヒデリアとアティミシレイヤの発言に、テフランは顔をしかめる。
「それって、三人がお金を稼ぐから、俺はこの家に居てくれってことでしょ。それじゃあ、俺の夢の実現には意味がないじゃないか」
「あらあら、気付かれてしまいました」
半ば冗談で言っていたらしく、ファルマヒデリアは屈託のない微笑みを向ける。
油断していたところに見惚れる笑顔がやってきて、テフランは思わず赤面してしまう。
するとファルマヒデリアの表情が、悪戯を思いついた笑みに変わる。
「でも、本当にテフランが望むのでしたら、いま言ったことを実行しますよ。五日間、二人っきりの生活。どんなことでも、やってあげますよ?」
言いながら、ファルマヒデリアはゆっくりと両腕を延ばし、テフランの首に緩く絡ませる。
そして軽く腕を引き、テフランの顔を胸元に触れる寸前の位置に留めた。
服に覆われているといっても、眼前に広がる豊かな膨らみを直視する羽目になり、テフランの顔がより一層赤くなる。
(胸に埋められるときは恥ずかしさの他に息苦しさがあるけど、触れるか触れないかの位置に置かれると恥ずかしさしか感じないんだけど!?)
微妙に変えてきた攻め方に、テフランは赤い顔であわあわと対応を迷ってしまう。
ファルマヒデリアはその様子に悪戯が動かされ、腰を前に突き出して、下腹部をテフランのお腹に触れさせた。
不意に生まれた温かさに、テフランは腰を引いて逃げて、ヘンテコな格好で動けなくなってしまう。
「な、なな、なにするんだよ!」
「ただ体を触れさせただけですよ?」
分かっていて悪戯している顔つきで、ファルマヒデリアは惚けた発言をした。
テフランはつい助けを求めて、視線をさ迷わせる。
アティミシレイヤは、二人の様子を興味深そうに――今後のなにかの参考にしようとしている目で見ていた。
スクーイヴァテディナは表情の乏しい顔で、テフランの助けに入ろうとしない。どことなく、テフランが切り抜けるのを待っている雰囲気がある。
(スクーイヴァテディナだけは助けてくれると思ったのに、当てが外れた!)
微妙に裏切られた気分になりつつ、テフランは対応を必死で考える。
恥ずかしさと思考による額の発熱で、軽く目が回りだす。
その熱に浮かされ、テフランは通常時では考えられない大胆な行動をとった。
へっぴり腰を正して、自分からお腹をファルマヒデリアの下腹部に当て直したのだ。
加えて、まるで迎え入れるかのように、腕をファルマヒデリアの腰に回してすらいる。
「まあっ!」
驚きと嬉しさが混ざった声を、ファルマヒデリアは上げた。
その目は、次にテフランが何を言うかを期待している。
一方でテフランは、自分自身がとった行動に赤面を強くしながら、格好つけた表情を作った。
「何かして欲しかったら、自分で言うよ。五日間、二人きりにならなくたってね」
言っていてあまりにも恥ずかしいのか、一言ごとにテフランの顔の赤さは強くなっていく。
このままだと熱暴走から気絶するという状況になったところで、ファルマヒデリアはテフランの首にかけていた腕を解いた。
その顔は、嬉しそうながら、頬は赤らんでいた。
「初めて、テフランが受け売れてくれたような気がしました。たとえ、こちらを言い含める言葉であってもです」
「受け入れてないことなんて、ないって。いつも料理作ってくれたり、世話してくれたりで、感謝しているよ?」
「そういう意味ではないのですが、まあ良いとします」
気分良くなった様子で、ファルマヒデリアはスキップするかのように歩き方が浮ついている。
テフランは窮地を脱したことで、安堵で息を吐いて、その呼気で顔の熱を逃がした。
二人の様子を見て、アティミシレイヤは考えながら腕組みする。
「女性に対して耐性がついてきたのか、それともスクーイヴァテディナと長々と添い寝できたことが自信にかわったか。なんにせよ、テフランが成長するのは、なにも戦い方ばかりではないということか」
どこか感心した独り言だったが、誰も聞いているものはいなかった。
一方、スクーイヴァテディナはというと。テフランに歩き寄って、ファルマヒデリアから脱出できたご褒美と言いたげに、彼の頭を手で撫でたのだった。




