63話 誘引される人たち
魔遣いの集いのネヴァクの訪問を皮切りに、テフランたちの周りがにわかに騒がしくなり始めた。
だがそれは、ファルマヒデリアが心配していた、彼女たちが『告死の乙女だとバレた』という方向とは違っていた。
「町中を歩く君を見て、僕は恋に落ちた! それ以降、毎朝毎夜、君のことを思わない時間はなくなった。是非とも、僕と付き合ってくれないか!」
朴訥ながらも思いを伝えてくる台詞を吐く町人装束の男性。
その表情と視線は真剣そのもの。
しかし、好意を向けられた先――ファルマヒデリアは、感情値が低い笑顔を浮かべる。
「お断りいたします」
「な、なぜ!」
「町中で見かけただけで一言も交わしていないのに、往来で恋人付き合いを求めてくる行動が、気色悪いからです」
「き、きしょく、わるい……」
にこやかに一刀両断に斬って捨てられて、告白してきた男性は地面に頽れた。
見ていた野次馬の反応はというと、男性へ痛ましいものを見る目を向ける者や、同情する表情が大半。少数、身の程知らずをあざ笑うものもいる。
そんな嘲笑めいた表情を浮かべていた男性たちの中から、一人が進み出てきた。
服装は仕立てが良く、見るからに一級品。どこかの商家の跡取りか、貴族の子弟のようないで立ちである。
「ふふんっ。君のような貧乏人丸出しの姿で、よくもこのように見目麗しい方を口説こうとしたものだ。その勇気『だけ』は称賛されてしかるべきだろうね」
気障ったらしい言葉の後、服の皺を延ばすかのように、手指で服の表面を撫でる手振りを一つ入れる。
そして、自信満々な表情で胸を張り、ファルマヒデリアと対峙した。
「その男と違い、私の恋人となれば、望むすべてを与えると約束しよう。どうだ、悪い話ではないと思うが」
明らかに相手を下に見る、あまりにも失礼な発言。
野次馬の多くは、唾棄するものを見たような、苦々しい表情を浮かべている。
一方でファルマヒデリアはと言うと、その失礼な言葉を聞いていないどころか、男その者の存在がないかのように、テフランの腕に自分の腕を絡みつかせていた。
「さあ、早く夕飯のお買い物を終わらせましょう。あまり時間を取って、テフランにひもじい思いをさせるわけにはいきませんからね」
「食事が遅れるどころか、一食抜いたぐらいで『ひもじい』と感じるほど、裕福な暮らしをしてきたわけじゃないんだけど……」
「まぁ! テフランは幼い頃から苦労していたんですね。ならそのときの分を取り戻すためにも、これからは一食たりとも抜かさせはしません!」
「いや、俺のことよりさ……」
テフランは意気込むファルマヒデリアから視線を外すと、気づかわしげに、さきほど告白してきた男性を見る。
見事なほどに無視されたからか、彫像のように胸を張った状態のままだった。
テフランたちとの対比で彼の様子が喜劇風に見えたのか、野次馬から失笑が漏れる。
その笑い声が段々と大きくなると、男性の顔色が羞恥と怒りで真っ赤に染まった。
「な、なっ、なんて無礼な真似を! わた、私を誰だか分かっていないのか!」
怒りで言葉をつかえさせながらの主張だが、ファルマヒデリアは本当に不思議そうな表情で首を傾げた。
「あなたが誰かなんて知りません。といいますか、私に話しかけてきていたのですね。失礼ですが、もう一度、ご用件をお聞かせくださいませんか?」
失礼な言葉を柔らかく言われて、男性は憤慨したようだった。
「くそ、くそ。お前がそんな女だったとは、見誤っていた! こちらを袖にしたこと、その子供ともども後悔させて――」
捨て台詞の途中で、男性は声を喉に詰まらせた。
ファルマヒデリアの表情は相変わらず微笑んでいるが、その目が酷薄なまでに冷たい輝きを湛えていたからだ。
「いま、テフランをどうすると言いましたか?」
「ひっ! いや、その、あの……」
「なにか言いたいことがあれば、はっきりと言ってくださいね」
ファルマヒデリアに冷たい目で見つめられた男は、一言でも判断を誤れば自分の首が飛ぶと理解した。
恐怖感に掴まれた心臓が暴れ、緊張から喉が干上がる中、男性はどうにか声を口に出す。
「な、なんでも、ありませんでした。ゆるして、ください」
舌が動いていない謝罪だったが、ファルマヒデリアの雰囲気は一転して普段通りに戻った。
「では、用件は終わったようですので、私たちは失礼させていただきますね」
ファルマヒデリアはにこやかに言うと、テフランと腕を組み合って食料品の買い出しへと戻っていく。
その後ろ姿が見えなくなった頃に、気障な服装の男性は、上から誰かに叩き潰されたかのように地面に倒れ込んだ。
解散しかかっていた野次馬の数人が、倒れる姿を見て、慌てて近寄った。
「おい、大丈夫か!?」「あの美人さんに、なにか魔法でもかけられたのか!?」
問いかけの言葉に、男性はぼんやりとした表情を返した。
なぜか、その頬は赤らんでいる。
「お、おい。本当に大丈夫か」
「ああ、綺麗な女性に冷たい目で睨まれるというのは、こんなにも気持ちが良かったのか……」
思わず漏れてしまった感じの呟きを聞き、近寄っていた野次馬はドン引きした。
そして、赤らんだ頬で荒い息を吐く男性を遠巻きにし、やがて関わると危険と判断して去っていったのだった。
食料品を買って帰ると、家の前に大男がひっくり返っていた。
とても屈強な見た目から、一流の戦闘者だとうかがえる。
「なんだこれ……」
テフランが呆然と周囲を見回すと、似たような姿の男性が十人以上いる。数人、女性の姿もある。
「本当に、どういう状況?」
テフランが理解できないでいると、家の庭から手ぬぐいで汗を拭きながら、アティミシレイヤとスクーイヴァテディナが現れた。
「お帰り、テフラン、ファルマヒデリア」
「おかえり」
アティミシレイヤは言葉と手振りで挨拶し、スクーイヴァテディナは近寄ってきた後でテフランに一つ頬ずりをする。
柔らかい頬の感触を受けて顔を赤らめつつも、テフランは倒れている人たちを指した。
「これ、どういうこと?」
「敗者の群れだ。負けを噛みしめるため、こうして打ち捨てたままでいいらしい」
「敗者って、アティさん決闘でもしたの?」
「本当を言うと、彼らの事情はいま一つ良く分っていないのだが。我々が強者だと伝え聞いたらしく、腕試しを挑まれた」
「倒した。このままで」
アティミシレイヤに続いて、スクーイヴァテディナも胸を張ってくる。
どうやら全員を、二人で『魔法紋を使わず』に倒したらしい。
(二人の実力なら、当たり前か)
テフランは納得しつつ、倒れている大男に近寄った。
「ちょっと質問してもいいですか?」
「構わん。見事に体の中心を殴り抜けられて体を起こせないので、このままで返答していいのならな」
厳めしい口調で、情けない事実を語る彼に、テフランは少し面白さを感じてしまった。
でも笑うことは侮辱だろうと思い、表情を引き締めて質問する。
「それで、どうして戦いを挑んだんですか?」
「『知らぬは本人ばかりなり』の言葉の通り、そちらは理由が分かっていないのか」
テフランが首を傾げると、大男はとつとつと語り出した。
「ことの発端は、キミだ」
「俺? 何かした覚えはないんだけど?」
「我々は最初、キミはあの綺麗な女性たちに扶助を受けていると思っていて、腰抜けだの、女の乳房が恋しい子供だのと、陰口を叩いていたものだ」
テフランがムッとした表情をすると、大男は苦笑いした。
「それから少し経った頃。キミが一人で魔物と戦い、そして勝つ姿を見た者が何人も現れた。彼らが語るキミの様子は、日ごとに腕前を上げていく状況をありありと示していた。そしていつの間にか、新米の中では一番の有望株という話にまでなってきた。普段キミは、一人で魔物と戦っているにも関わらずだ」
大男は一つ呼吸を置き、事情の続きを喋っていく。
「その急成長ぶりに、我々は色めき立った。若者が伸びるのは、いい指導者がいればこそ。ならば、キミを養っている美女たちの実力とは、いかほどなのだろうかと。そして我々は、自分と気になる相手の実力を測らずにはいられない戦闘馬鹿だった」
「それで、アティさんやスヴァナに腕試しを挑んだと」
「ふふっ。一対一で全敗した後、数対一で戦っても、全員対二人の状況でも完敗だった。まさしく、手も足も出なかった。これほど強い相手は、どんな魔物であっても経験したことはなかった」
(それはそうだろうな。なんたって、敵性種の中で最強の告死の乙女が相手なんだから)
という思いを、テフランは口に出さないまま、表情に苦笑を浮かべた。
「それにしても、十数人も、良く集めましたね」
「いや、集めたのではなく、我が最初に手合わせに名乗り出たところ、その後に自然と集まったのだ」
「ああー。この町の特性上、腕自慢は多いんだった」
色々な地域から、テフランのように成人後すぐに渡海者になる若輩者や、傭兵や兵士を経てから自由と栄達を求める者もくる。
そんな魔物や魔獣相手に戦うことを覚悟した誰もが、自惚れや確固たる自信かはいざしらず、自分は強いと思っている。
だからこそ、強い相手がいるとわかれば『一丁腕試しを!』となるわけである。
そんな具合の事情を理解して、テフランは苦笑いを強めた。
「殴られた衝撃が体から抜けたら、ちゃんと自宅で休んでくださいね。あまり長く寝ていると、風邪ひきますよ」
「もう少ししたら動けるようになる。その後は、言う通りに養生するとも」
「他の皆さんも、お願いしますね」
テフランが話を振ると、倒れている全員から、のろのろと、了解すると手振りが返ってきた。
気絶している人や、致命的な怪我を負っている人はいないと判断し、テフランはファルマヒデリアたちと共に家の中に入っていった。
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当作品の書籍化情報。
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http://www.es-novel.jp/booktitle/55tekiseisaikyo.php
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