59話 感性の違い
スクーイヴァテディナの服装が決まった後、テフランたちは鍛冶屋を目指した。
以前の戦闘で折れた剣や、ボロボロになってしまった防具の手直しをお願いしたためだ。
しかし道すがら、ファルマヒデリアは少し面白くなさそうな顔をしている。
「テフランの剣と鎧は、私が魔法で修復したのに、鍛冶屋へ調整に預けるなんてどうかしてます」
漏れ出た不満の声に、テフランは苦笑いする。
「確かに修復できてはいたけどさ。使ってみると違和感があったって、説明したでしょ」
「ファルマヒデリアは万能型とはいえ、武器を基本的に使わない我々では、鍛冶の本質は理解できないのは当然だ」
アティミシレイヤからも注意されて、ファルマヒデリアは肩を落とす。
「理解はしているんです。でも、いい出来だと自負していた分、ダメだと言われると腹が立ってしまうんです」
ままならない感情を持て余している様子のファルマヒデリアに、テフランは笑いかける。
「気持ちはわかるけど、ファルリアお母さんには他にもいいところがあるんだから、気にしなくていいと思うよ」
「――もう、テフランたら。嬉しいことを言ってくれるなんて、感激します」
「うわっ、ちょっと往来で抱き着かないでよ!」
ファルマヒデリアはテフランを豊かな谷間に埋め込むように、ぎゅっと抱き寄せる。
テフランの慌てふためく姿を、アティミシレイヤや通行人は微笑ましそうに見ていた。
一方でスクーイヴァテディナは、露店に並ぶ品々や通行人に観察する目を向けている。
その様子は、初めて見る物に興味を抱いた子供のようでありながら、慎重に物事を見極めようとしている野生動物のようでもあった。
次々に視線を動かしていたスクーイヴァテディナだったが、ある一点を数秒間見つめた後、アティミシレイヤの肩を突っついてから身振りを行う。
「ん? なんだ、少し離れるのか?」
こくり、と頷いてから、スクーイヴァテディナは口を薄く開ける。
「Nyamu」
スクーイヴァテディナが気合を入れる掛け声のように声を出すと、その全身にほんの一瞬だけ魔法紋が浮かび上がった。
直後、彼女の姿が消えた。
見ていたら驚くこと必死の光景だったが、この場に居合わせた人たちはテフランに抱き着くファルマヒデリアの様子を見ていて気付かない。
そして一秒ほど経った後にスクーイヴァテディナは、テフランたちのいる場所より少し離れた路地裏から通りに出てきた。
小脇の下に、見知らぬ男性の首に腕を挟んだ姿で。
「は、おご、放せ……」
スクーイヴァテディナはきつく首を絞めているようで、男の口から吐き気が含まれた声が漏れ出ている。
そのままの状態でズルズルと引っ張り、テフランたちに近づいた。
ようやくファルマヒデリアの腕の中から脱出し、ひと息つこうとしたテフランは、スクーイヴァテディナと見知らぬ男性を目にして驚いた。
「ちょっと、スヴァナ。なにしているんだよ!」
問いかけに、スクーイヴァテディナは意味が分からないと首を傾げる。
そして野生動物が戦利品を誇示するように、引っ張ってきた男性をテフランの前へと投げ出した。
ファルマヒデリアやアティミシレイヤには見られなかった行動に、テフランは不安感を抱く。
(知識を構築中だから、人を獲物として襲うこともありえるとか?)
疑問を抱きつつ、テフランは連れてこられた男性を介抱しようとする。
その直前、ファルマヒデリアの柔らかな声が聞こえてきた。
「あらあら。私とテフランがあの家に越してから、様子を見に来られる方たちの中で、一番の古株さんですね。今日はお一人なんですか?」
「…………なんのことだ?」
とぼける男に、ファルマヒデリアは意味深な笑みを浮かべた。
続けてアティミシレイヤが、そっと彼に耳打ちする。
「我々の監視任務、いつもご苦労だな。前にお前が来たのは、四日前だったな」
婉曲に、前々から監視されていたことは気付いていたと知らされて、連れてこられた男は一瞬だけ顔に驚きを見せた。
しかしすぐに表情を消し、ファルマヒデリア、アティミシレイヤ、スクーイヴァテディナの順に視線を巡らせる。
「俺をどうこうする気はないんなら、行っていいか?」
「構いませんよ。ねえ、テフラン?」
「えっ!? あ、うん。別に良いけど??」
事情が分かっていないながらも、テフランはファルマヒデリアが男性を逃がしても良いと判断したと理解して許しを出す。
するとスクーイヴァテディナは、獲ってはいけない獲物だったと理解し、男が立ち去る後ろ姿をあっさりと見逃した。そして、次の標的を探るかのように、周囲に目を配り始める。
その姿に、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは苦笑いを浮かべる。
そして周囲の目から逃れるために歩きを再開させ、テフランとスクーイヴァテディナを横並びに前を進ませつつ、内緒話を始める。
「これは、私たちが事前に説明しておかなかったことが原因ですね」
「テフランの安全を確保する点において、監視している者の排除は理にかなっているからな」
「ああして周囲に目を向けているのも、テフランの身を脅かす物がないか探っているからでしょうね」
「物体に興味があるというより、危険性がないかを観察する目だな、あれは」
監視者に対する過敏な反応と合わせて、スクーイヴァテディナの感性が子を持つ野生動物に近いと、二人は改めて悟った。
「学習が終わるまでは、要警戒ですね」
「テフランから離れるとき、事前に知らせてきたからな。我々が注意すれば、要らぬ騒動は防げるだろう」
ファルマヒデリアとアティミシレイヤは頷き合うと、スクーイヴァテディナの行動を注意することにしたのだった。
鍛冶屋で装備を引き取ってから、テフランたちは迷宮の中へやってきた。
「スヴァナの服と、装備の修復の代金で貯金が消えちゃったからね。どんどん魔物を倒して稼いでいこう!」
テフランの標語に、他の三人は微笑み、迷宮の中を歩いていく。
事前にファルマヒデリアとアティミシレイヤが抱いていた心配とは裏腹に、スクーイヴァテディナはとても大人しい。
背中に素材回収用の背嚢を着けてテフランの後ろを歩き、周りに視線を向けてはいるものの、それ以外の行動はない。
それこそ、現れた魔物との戦いにテフランが入っても、一切の手出しはない。
戦う様子をじっと見つめ、戦闘終了後に素材の回収がてらテフランの頭を一撫でするぐらい。
その様子はさしずめ、狩りの練習をする我が子を見守る、狩猟動物である。
(当初のファルマヒデリアは、俺に戦わそうとしなかったことを考えれば、スクーイヴァテディナの行動は歓迎だな)
テフランは頭を撫でられる恥ずかしさは感じつつも、大きく肉体接触してくるわけでもなく、行動を止めようともしてこないことに、スクーイヴァテディナに好感情を抱いた。
その後も、スクーイヴァテディナはテフランの戦う様子を見つめ、彼が持ってくる素材を背嚢に入れ、軽く撫でて褒める。
静かな交流で、確実に二人の心の距離が縮まってきていた。
そんな二人の様子に、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは驚きと困惑を感じていた。
「なんだかテフランの様子が、私たちと一緒にいるより楽しそうに見えませんか?」
「テフランが心地よいと思える距離感を、我々よりも常に保てているためだろうな」
「むぅ、なんでそんなことができるのでしょう」
「告死の乙女としての使命や目的を知らないことで、野生のカンというヤツが働いているからではないか?」
「それにしたって、スクーイヴァテディナも告死の乙女ですよ。主が好きな事実は変わらないと思いますけど……」
『私は好きな相手と強く触れ合いたい』と、ファルマヒデリアは言葉でなく雰囲気で語る。
その姿を見て、アティミシレイヤは揶揄するため、口の端を笑みの形に引き上げる。
「要は、テフランと他の告死の乙女が自分より仲良くすることが、気に入らないのだろう?」
「そんなんじゃないですー。テフランの幸せが、私の幸せですしー」
「あははっ、口調が拗ねているじゃないか」
「これはワザとですー」
「はいはい、わかったわかった。だが、そんなに羨ましいのなら、スクーイヴァテディナの行動を真似たらどうだ?」
アティミシレイヤの提案を、ファルマヒデリアは検討する。
しかしすぐに、首を横に振った。
「無理ですね。いまテフランが倒した魔物の素材をスクーイヴァテディナに渡してますけれど、私があの立場なら絶対に耐えられなくて、ぎゅって抱きしめちゃいます」
「まあ、そうだろうな。分かってて提案した」
「そういうアティミシレイヤだって、私と変わらないでしょう?」
「それはそうだが――ファルマヒデリアよりかは、うまくやる自信はあるぞ」
「貴女はテフランの体に触れることが、ちょっと恥ずかしいんですもんね」
「そ、そんなことないぞ。ただ、触ったり抱き着いたりすると、ちょっと鼓動が早くなるだけで」
迷宮の中なのに、緊張感皆無の二人。
その空気が近くに漂ってきたことで、新たな魔物との戦闘を終えたテフランはため息交じりに振り向いた。
「ちょっと。二人にしてみたら、この近辺に現れる魔物は弱すぎる相手かもしれないけどさ。こっちの気が抜けるような真似は止めてよね」
珍しいテフランからの苦言に、ファルマヒデリアとアティミシレイヤ恥ずかしさで頬が染まった顔を俯かせる。
二人の姿に、スクーイヴァテディナは珍しいものを見る目を向けていたのだった。




