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5話 いざこざと内緒依頼と


 ファルマヒデリアとの新生活が始まって、両手の指をたたみ切る日数が経った。

 その間に、テフランは少し渡界者たちに噂される存在になった。

 だが、なにもテフランの実力が急に伸びて、彼らから一目置かれるようになったわけではない。


『ものすごい別嬪ぺっびんな母親に養われている、情けない小僧っ子』

 

 それがテフランにつけられている評価である。

 その言葉を耳にした当初は、テフランは憤慨したものだった。

 しかし、組合長から伝言で「軽率な真似はするな」と釘を刺されていたので取り合わずにいたら、本当はやっかみから悪口を叩いていると知るに至り、気にすること自体が馬鹿らしくなった。

 そのため、今日も今日とて迷宮帰りに、テフランは堂々とファルマヒデリアを連れて組合の建物に入る。

 取ってきた弱い魔物の素材を換金し、一日をどうにか過ごせる程度の収入を得る際に、テフランは職員へこのところよくする質問した。


「それで、俺の仲間、今日は見ませんでした?」

「少し前に来まして、換金後にすぐ帰っていきました。そのご様子だと、まだ再開はしていないようですね」

「なんだか、俺を避けているようなんだよ」


 ファルマヒデリアとの生活が始まってからすぐに、テフランは別れてしまった仲間たちに会いに向かった。

 しかし、使っていた宿は引き払われていて、どこかに消えてしまい、今まで出会っていない。

 むしろテフランが感じているように、努めて出会わないようにしている、という方が正しいだろう。


(転移罠で死にかけた件やファルマヒデリアのことも含めて、色々と言いたいことがあるってのに)


 肩を落としつつ職員にお辞儀をしてから、テフランはファルマヒデリアと例の食堂で食事にする。

 ファルマヒデリアが頼む料理が少し高いので、儲けのほとんどは吹っ飛んでしまう。

 しかしそれを指摘する気は、テフランにはない。

 ファルマヒデリアがサラダを美味しそうに食べる姿が喜ばしいこともあるが、むしろ彼女が変なやる気を出さないようにするためだ。

 仮に、お金に困っていると口にしたら――


「それなら、お金を増やしましょう」


 ――と嬉しそう魔法で、物理的だったり魔法で強い魔物を狩ったりして、工面するに決まっているとテフランは確信していた。


(生活できないほどお金に困っているわけじゃないし。ファルマヒデリアの力には、滅多なことがない限り、極力頼らないままにしよう)


 一度頼ってしまったら、飽くなき堕落が待ち受けている気がして、テフランは改めて心に誓った。

 そうこうしているうちに食事を取り終えたので、二人は食堂から立ち去ろうとする。

 そのときだった。

 

「おっ、テフランじゃないか。こんなところにいたのかよ。探したぜ!」


 呼びかけられた方へ、テフランは顔を向ける。

 そこにいたのは、転移罠を作動させてテフランを窮地に追い込んだ青年――セービッシュ。

 その後ろには、迷宮から帰還してから会っていなかった仲間たちの姿もある。

 テフランは小言の前に再会を喜ぼうとして、彼らの『見た目の一部』の変化に感づいて、思いっきり眉を寄せた。

 この表情の変化に気付いていないのか、セービッシュたちは隣のテーブルから椅子を拝借して、テフランたちと同じテーブルに座る。

 そしてセービッシュが、なれなれしい態度で喋りかけてきた。


「俺に対して恨み言があるだろう。この場で全部言ってくれ。それで、その後は元通りになろうぜ」


 あえて泥をかぶるような言い方だが、テフランの彼を見る目つきはさらに冷えた。


「言いたいことはいくつもあるが、その前にだ」


 テフランが言いながら指さしたのは、セービッシュの革手袋をした手。続いて、他の仲間たちの体で変に衣服や装備で隠された部分。

 最後に、紅一点のルードットの小さく魔法紋が入った目尻の下。


「その『魔法紋を入れた代金』はどこから出したんだ?」


 迷宮で別れる前にはなかったのに、ルードット以外の仲間たちも、テフランが指摘した箇所の装備の下に魔法紋が入っていた。

 隠しているから分かりっこないと侮っていたのか、セービッシュたちが驚いた顔をしている。

 魔法紋とは、その名前の通りに、身に刻めば魔法を使えるようになる特殊な刺青だ。そのため彫り入れるには、使えるようになる魔法の程度により激しく上下はするが、押しなべて高額なのが常だ。

 そんな代金をなにで支払ったかを疑問視するのは、テフランの立場ではもっともなものである。

 セービッシュたちはお互いに顔を見合わせ、視線で会話を交わした後で、テフランに媚びるような笑みを返した。


「な、なにを言っているんだか。魔法紋を入れたのは、『簡易鑑定』を欲しがったルードットだけで――」

「あのな。俺は渡界者だった父親の影響で、渡界者がどこに魔法紋を入れて、どうやって隠すかよく知っているんだよ。そしてお前らの隠し方は、心得のあるやつなら、すぐに見破れるような下手くそだ」

「…………」

「だんまりするなら、代金の出どころを言ってやろうか。転移罠の場所が書かれた迷宮の地図の報酬と、徒党パーティー用の貯金を全て使ったんだろ。それなら、お前ら四人分なら、効果の弱い弱い魔法紋るのには十分だしな」


 テフランの予想は大当たりで、セービッシュたちは慌てる。

 しかしそれも数秒だけで、セービッシュは居直って腕組みしてみせた。


「そうだよ。その通りだ。だが、それがどうした」

「どうしただって? お前らが『勝手に』使ったその金の中には、俺の分があったって言っているのが分からないってのか?」

「なんだよ、ケチ臭い。良いじゃないか。魔法紋が入ったことで、俺たちの戦闘力は格段に向上――」

「渡界者の徒党が別れる原因の多くが、報酬面でのイザコザだって教えてやっていたよな?」

「チッ。それを言うならな! テフランだって、俺らに分け前を渡してねえだろ。知っているんだぞ。迷宮から帰ってきて、組合ギルド長から大金渡されていたってことは!」

「馬鹿ぬかせ! あれは迷宮の奥から帰って、転移罠がどこに通じるかを報告した報酬だ。あの道中にお前らはいなかったってのに、分け前をやる道理があるわけねえだろ!」

「じゃあ、全部お前もモノって言う気か。この業突く張りが!」

「ケチだの業突くだの、テメエが言うんじゃねえ。それにあの報酬はな、生きて迷宮を出させてくれた、このファルマヒデリアにお礼として全部使ったんだ! いまじゃ、銅貨位一枚たりとも残っちゃいねえよ!」


 白熱する言い合い中で指されたファルマヒデリアは、店員のキレナが渡してくれた杯に入った水を飲みつつ、テフランを叱るような目をする。


わたくしのことは、ファルリアお母さん、でしょ」


 言い合いとは全く関係がない注意に、テフランは肩透かしを食らった。


「ちょっと、いまそれ言う場面じゃないだろ」

「いいえ、大事なことです。ほら、ちゃんと言ってください」

「うぅ……ファルリアお母さんに、報酬を全て使った。これでいい?」

「はい。よろしいですよ」


 ニコニコと笑顔になるファルマヒデリアと、項垂れ気味のテフラン。

 二人の姿を見て、セービッシュたちは母子の仲を揶揄するような笑みを顔に浮かべている。

 それがテフランには、とても面白くなかった。


「なに言いたいのか、この報酬泥棒ども」

「泥棒とは聞き捨てならないな。義理の母親のおっぱいが恋しい腰抜けめ」


 テフランとセービッシュは睨み合い、一触即発な空気が流れる。

 その横で、ファルマヒデリアは笑顔のまま、ルードットを手招きしていた。

 ルードットはテフランたちに心配な目を向けた後で、恐る恐るファルマヒデリアに近づく。


「あの、なにか用ですか?」

「聞きたいのですけれど、あなたとテフランとは良い関係だったのですか?」

「渡界者仲間というだけで、特別な感情はないです」

「そうだったんですね。でも、男ばかりの中に女性一人というのは、少し危険なのではないですか?」

「それがそうでもないんですよ。なにやら男たちの方で、わたしに手を出そうとするヤツを見かけたら、仲間であれ他人であれ叩きのめすって協定がされているみたいで。特に、テフランは律儀というか真面目というか、特にその約束を守ろうと努めていたみたいで」

「あらあら。もしかして、テフランってあなたのことが好きだったりするのでしょうか?」


 女性同士という気安さで展開する会話が聞こえてきて、テフランはセービッシュとのにらみ合いを止め、ファルマヒデリアとルードットに向き直る。


「横で何か言っていると思ったら、勝手な予想をしてんなよ! ルードットに特別な感情は持ってない! 仲間として守ろうとしていただけだ!」


 その言葉に嘘はない。

 なにせルードットはファルマヒデリアとは正反対な容姿――胸元と臀部の肉付きは薄く、肌色は浅黒いし、その傷んでぼさぼさな赤髪は荒くまとめてあるだけ。身長だって小さめだ。

 いわば、テフランの好みとは正反対である。

 それ故に、テフランは女性への抵抗値が弱いにも関わらず、ルードットには渡界者仲間かつ友人として接することができていたのだ。

 しかし、セービッシュとの言い合いが尾を引いて、つい強い口調で否定したために、ファルマヒデリアとルードットはそうとは受け取らなかった。


「へぇー、そうなのですね。そういうことにしておきます」

「わたしもテフランのことは嫌いじゃないけど、もう少し身長が伸びて、体格がガッシリした人の方が好みだから」

「俺の言いたいことが全然伝わってないな、おい」


 変な方向に会話が流れてしまったため、テフランの怒気が霧消――とまではいかないが、極めて小さくなってしまった。

 テフランはテーブルに頬杖をつき、セービッシュに視線だけ向ける。


「俺から言いたいことは、お前らの徒党から離脱する。そんで、これからはファルマヒデリア――ファルリアお母さんと一緒に活動するってことだ」

「……本気か?」

「ああ。この決断は、組合長も知っていること――というよりそう勧められたんだよ。ファルリアお母さんの力を当てに迷宮の奥に行こうとするに違いない。それはお前らのためにならないってな」


 テフランから伝えれた組合長の言葉に、セービッシュたちは目を逸らす。

 彼らが今まで会うことを逃げてきたテフランに会おうとしたのは、まさしくファルマヒデリアに取り入るため。

 その姑息な心根が、関係の薄い組合長にすら見抜かれていることに、セービッシュたちはいたたまれなくなった。

 彼らが黙り込んでしまったので、テフランは席から腰を上げると、ファルマヒデリアも立たせた。


「そういうわけだから、もう俺たちに関わってくるな。変に手出しして来ようものなら、組合長に睨まれるぞ」

「チッ、分かったよ。それにしても、よくお前みたいなやつが気に入られたもんだな」

「理由は知らねえよ。たぶん、ファルリアお母さんと出会うまで、迷宮の少し奥で逃げ回れていた実力を買われたんだろ」


 テフランは嘘の理由をでっち上げると、セービッシュたちに背を向けて食堂から出て行った。ファルマヒデリアも一礼してその後に続く。

 二人の姿が見えなくなった後で、セービッシュたちは当てが外れたと肩を落とし、折角食堂に来たのだからと注文した料理を、やけ食い気味に食べつくしたのだった。





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 テフランとファルマヒデリアの共同生活の様子を、アヴァンクヌギは密偵から報告を受けていた。

 セービッシュたちとの一件もその中に含まれていたが、報告結果は『危険な兆候なし』となっている。


「テフランが白熱するよこで、告死の乙女は平然としていたか。密偵の存在がバレて、そう見えるよう偽装していたという線もなくはないが……」


 つい発せられたぼやきに、スルタリアは資料をまとめる手を止める。


「近所付き合いも良好だと報告がありますよ。それこそ、密偵の一人が主婦として接触したら、料理の手ほどきを頼まれたとも」

「接してみると子供を心配する母親のようにしか見えない、ってか。まったく暢気な報告しやがって。監視対象は指振り一つで人の命を奪える凶悪な魔物、って自覚を保っているか怪しいもんだな」

「告死の乙女とはいえ、いまは従魔ですから。テフランが命令しなければ、人に危害を加えることはないでしょう。そしてテフランの性根を見るに、その危険性は薄いかと」

「アイツは、夢見がちなうえに善良に過ぎるからな。渡界者なら、もうちょっとワルに手を染めてもいいだろうによぉ」

「組合長の現役の頃みたいに、障害を力でねじ伏せるような真似、あの子には似合いませんよ」

「腕力任せに進んだ結果、渡界者を引退できなくなって、組合長なんてロクでもない役職に押し込められちまった。そのことを考えれば、テフランの方が老後は楽しく暮らせそうだな」


 やだやだと肩をすくめていると、扉がノックされた。


「組合長。転移罠がどこに続いているか調べてきました」

「おお、待っていた。入ってくれ」


 扉が開き、入ってきたのは、誰も彼もが高価と分かる装備を身に着けた、素人目にも強者ぞろいと分かる三十代近くの渡界者たち。

 そんな彼らが組合長室に入った結果、この場の空間には妙な威圧感が溢れる結果となる。

 だがそんな威圧に屈するほど、アヴァンクヌギはヤワではない。

 口元に深く笑みを浮かべると、挑発するように手招きする。


「ほれ、さっさと報告しろよ、ウスノロ」

「まったく、このオヤジは。相変わらず、組合長としての品位に欠けてやがるぜ」


 お互いに軽口を叩いてから、報告がなされた。

 罠の転移先と現れる魔物の脅威度は、テフランがしたものと同一のものである。

 このことで、テフランの荒唐無稽に見える報告には、多分に真実が含まれていると、アヴァンクヌギは判断した。


「報告ご苦労。そんでここからは内緒話なんだが、割りのいい仕事を受ける気はないか?」

「おいおい。組合長オヤジがそう話を持ち掛けてくるときは、大抵厄介なことだって知ってるぜ。ま、聞くだけは聞いてやるってことでどうだ?」

「言いがかりはよせよ。この仕事が上手く進めば、組合にとってもお前らにとっても、とてもいい話なんだからよ」


 アヴァンクヌギは口の端を吊り上げる笑みを浮かべると、この町随一の渡界者である彼らに依頼を出した。


『テフランの報告にあった方法で、告死の乙女を従魔化を試みる』


 この眉唾な依頼に、渡界者たちは難色を示したが、成功例を実際に見せられて意識を変えた。

 

「あんな駆け出しの小僧にできて、俺たちができないわけがねえか」

「今回は借金漬けのヤツを使って試してみるってことだが。仮にそれが成功したらよ、もう一体ぐらい探して従魔にしちまおうぜ。安息地に佇む酷使乙女を、遠目に何度も見かけたことがあるが、どれも綺麗だった。それが従魔になるってんなら、『夜の相手』にも最適だろうぜ」

「おいおい、従魔相手に『イタす』気かよ。そんなことをしたら、立派な変態の仲間入りだぞ」

「従魔持ちの連中の多くは、その変態だって言うぜ。むしろ、人より具合が良いって仲間内で語り合っているんだとよ。人型や獣型に関わらずな」

「うげー、本当かよ。知り合いに従魔持ちがいるが、これから見方が変わっちまいそうだぜ」

 

 軽口と冗談と共に、手の届かない相手と思っていた告死の乙女を入手した後を語り合う。

 慎重さに欠けるような会話だが、一種能天気に映る思考回路こそ、彼らが有力な渡界者として成り上がれた理由の一つだ。

 しかしその強みが生きるかどうかは、告死の乙女を見つけに、借金漬けの渡界者バカを連れて迷宮に戻って以降に分かることである。


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