58話 スクーイヴァテディナ、着替える
ファルマヒデリアとアティミシレイヤの服を調達した、高級服屋にテフランたちはやってきた。
海千山千の顧客を満足させてきた、その店の店員たち。
彼ら彼女らですら、スクーイヴァテディナの服選びは難航していた。
「動きやすい服装がお好みとのことですが、こちらの服は――お気に召しませんか……」
「締め付ける下着が苦手でしたら、このような物もありますが――ああ、すぐに脱いでしまいました……」
着替え室の向こうから聞こえてくる声を受けて、ファルマヒデリアはテフランに顔を寄せた。
「いよいよとなったら、テフランが『これを着て』と命令してください。それなら、スクーイヴァテディナだって嫌とは言わないはずですから」
「うーん、それは最終手段に取っておきたいかな。本人が気に入ってくれる服があることが理想だし……」
テフランが状況を固唾を飲んで見守っていると、職業笑顔に疲れをにじませた店員が、いくつかの布地を手に近づいてきた。
「テフラン様。お連れの方の下着についてですが。当店にございます物で、拒否感が薄かったものは、こちらの二点です」
語りながら差し出してきた二つは、本当に対極的な下着だった。
「……この袋みたいにふんわりとしたものは、下着に使えるだろうってわかるけどさ。この、人差し指と親指で作った輪ぐらいの面積の布地に紐をつけただけのものが下着って、本当に?」
「局部の大事な部分だけを隠すための下着で――つれない相手に性的な誘惑をするときに使うものです」
後半の声を潜めて、店員は用途明かした。
テフランは目を見開いて驚き、使い方に顔を赤くする。
「そ、そんな下着を普段使いとして、スヴァナには買えないって」
「そう言われましても。こちらのように布の面積が少ないものか、逆に布地が多くなっても締め付け具合は最小限で動きやすいものしか、興味を示されないものでして」
「その理由なら、布地の多いその『カボチャみたいな形の下着』で良いと思うけど」
「……正直言いまして、あのような美しい方にこの下着をつけるなど、品位を損ねます」
「でも着ないことには、どんな素晴らしい服でも意味がないじゃないか」
「そこが難しいところなんです。いっそ、下着は着けない方向でも……」
不穏な言葉を残して、店員はスクーイヴァテディナが入った試着室へ戻っていった。
テフランは一抹の不安を感じつつ、服が決まるまで待つことにした。
それから小一時間ほど経ち、ようやく店員たちの奮闘が報われることになる。
試着室から出てきたスクーイヴァテディナは、ちゃんとした服を着ていた。
「へぇー、なるほど、貫頭衣状の革の服か」
スクーイヴァテディナの上半身を緩く覆っているのは、股下に頂点を置く逆三角形のような見た目の、革の外套。
パッと見では、四角い革の真ん中に穴を空けて簡単に作ったよう。
しかし、その三角形の見た目を崩さないように気をつけて、革を接ぐようにして側面は縫われてある。
その素材は極短毛の革で、表面に手触り良さそうな茶色い毛が並んでいる。
暑さ対策か、首回りは大きく開いていて、スクーイヴァテディナの白い肌と鎖骨が見えていた。
そこから目を逸らすように、視点をスクーイヴァテディナの下半身に移動させてみると、革製の履物をつけた白い素足がある。
この場所――ショギメンカの町や周囲の文化になじみの薄い、革製に統一された服装。
違う国や文化圏から来た女性のように見えなくもない。
そんなスクーイヴァテディナの全体像の総評はというと――
「なんか、素っ裸の上に外套を着ているように見えないか?」
――このテフランの意見になる。
それが勘違いであることは、店員がすぐに教えてくれた。
「どうやらお連れ様は、革製の製品なら抵抗感が薄いようでして、ゆったりめの服装を外套の中に着てます」
「ゆったりめって、どんな形?」
「以前、テフラン様が他のお二方に『夜着』として買われた服に似ています」
「あれと同じって、肩ひもがついた筒状の革ってこと?」
「そう端的にあらわされると服屋として複雑な気持ちがあるのですが、ごく単純に表しますとその通りです」
ふーんと、あまり服装に興味がないテフランは、説明に納得するだけにした。
すると、ふたり話が終わるのを待っていたかのように、スクーイヴァテディナはテフランに近づき、体をピッタリと寄せてくる。
そして、無言ながら得意げな顔を披露した。
傍目からだと、スクーイヴァテディナの行動は、櫛で漉かれた毛並みを主に見せている大型動物のような印象を受ける。
一方で女子に免疫が薄いテフランはというと、至近距離に美女の顔があることに耐えられず、距離を空けようと後ろに下がってしまう。
スクーイヴァテディナは離れたことが不服なようで、すぐに距離を縮めてくる。
二度同じ行動を繰り返した後、テフランは気持ちをぐっと堪えて、離れようと試みることを止めた。
「えっと、その服、スヴァナらしいって感じがして、良く似合っているよ」
テフランが『野性的』を柔らかに言い換えた表現でほめる。
すると、スクーイヴァテディナはより得意げになり、テフランの手をとると無造作に自分のお腹の部分に押し当てさせた。
「ちょっと、なにするんだよ!?」
テフランの非難を受けても、スクーイヴァテディナは手を放さない。
それどころか、手を服に触らせながら、横滑りさせるように動かしてみせる。
テフランはこの行動の意図が分からなかったが、ややして、外套の短毛の触り心地が良いことに気付いた。
「もしかして、服に触らせたかっただけ?」
「……ふんふん」
無言のまま首を縦に振る姿に、テフランは身構えて体に入った力を抜いた。
(これがファルマヒデリアなら、服を触らせた延長で、俺の手を自分の胸に持って行こうとするんだろうけど)
スクーイヴァテディナにはそんな考えは浮かばないようで、テフランに服の毛並みを触らせることに満足している様子だ。
二人がそうして仲良くしていると、ファルマヒデリアとアティミシレイヤが疑問顔でスクーイヴァテディナの横に立った。
「ちゃんと服は着ているようですが――」
ファルマヒデリアは声をかけながら、唐突にスクーイヴァテディナが着る外套の開いた胸元に人差し指を突っ込み、手前に引っ張った。
体と服の間に空間が生まれたことで、開いた首回りから覗けば、スクーイヴァテディナの上半身の地肌を見ることができた。
一瞬、その素肌が目に入り、テフランは慌てて顔を横に逸らす。
一方、ファルマヒデリアはしたり顔で頷く。
「――締め付ける服が嫌いなようでしたから、やっぱり上の下着はつけてませんね」
「下も、紐でもカボチャもなく、履いてないようだ」
続いた言葉にテフランが視線を下げると、外套とその内側にある服の裾を持ち上げて中を覗いている、アティミシレイヤの姿があった。
二人の突飛な行動に、テフランは赤い顔で怒り出す。
「ちょっと二人とも、こんな場所でなにをしてるんだよ!」
「服屋の中で、下着の確認をしないでどうするんですか」
「そうだぞ、テフラン。収めるものを着けないと、行動するたびに暴れて困ることになる」
「だからって、スヴァナの服を無遠慮に捲らなくたっていいだろ!」
テフランは助けを求めるように、店員に顔を向ける。
「下着をつけてないって、どういうこと?」
「そちらの服を着た当初は、ゆったりめの下着をつけていただいたのですが。少ししてもぞもぞと動いたかと思うと、すっぱりと脱ぎ捨てられてしまいまして。以後は、どうやっても着ていただけないものでして」
「だからって、下着なしなのは問題があるんじゃ?」
「いえ。女性が下着をつけない文化の地域も世界にはありますので、もういっそそういうことにしてしまえば問題は解決すると思います」
この店員の言葉をより直接的な表現をするなら、『これ以上は手に負えないと判断した』ということだ。
テフランはその気持ちを理解しつつも、渋面を浮かべる。
「でもさ、その、暴れたら色々と見えちゃわない?」
「ところが、この外套のお陰でそうでもないんです。お試しになってください」
自信ありげな店員の言葉に従い、テフランはスクーイヴァテディナに指示を出した。
「スヴァナ。戦闘の動きを、その場でちょっとだけしてみせて」
スクーイヴァテディナは頷くと、突き、蹴り、そして宙返りを打ってみせた。
手による突きはともかく、蹴りで大きく足を振り上げたり、宙返りで裾が翻ったりしているのにもかかわらず、外套の三角形に垂れた裾の部分が良い感じに隠してくれて、足の付け根は見えても秘所は露わにならない。
そんな絶妙な光景が披露されたにもかかわらず、テフランは赤い顔で涼しい顔の店員を睨む。
「確かに全部は見えてないけど、絶対に危ないよね、これ!」
「致命的な部分さえ見えなければ、町の警備に苦情を言われることもありません。実質、平気な格好ですよ」
テフランがさらに苦情を言おうとすると、ファルマヒデリアとアティミシレイヤに止められてしまった。
「派手に動かなければ、下着をつけてないってことはバレないんですから、この服で妥協しませんか?」
「むしろ、これ以上の服を探すことは、諦めるしかない。なにせ、この店の店員ですら匙を投げるほどだぞ」
「うぐっ。それは、そうなんだろうけど……」
テフランが納得し難い気持ちを抱えていると、ファルマヒデリアがそっと唇を耳元に寄せた。
「なにも、ずっと無下着のままでいさせろというわけじゃありません。とりあえず、スクーイヴァテディナをあの服に慣れさせて学習させれば、下着をつけることも受け入れるようになるはずです。それまで、少し辛抱すればいいだけのことです」
告死の乙女の特性を説明しながらの説得に、テフランは折れた。
「分かった。とりあえず、スヴァナの服はこれにする」
「はい。ご成立、ありがとうございます。ついてはお値段の方ですが――」
店員の素早い行動に、厄介な客を早く立ち去らせたいという内面が薄く見える。
テフランは少し居たたまれない気持ちになりながらも、予想よりも少し高かった服代を支払うことにしたのだった。
スクーイヴァテディナの新しい服装は、ネイティブアメリカンの服をモチーフにしています。
意外と表現が難しくて頭を悩ませ、こうしてあとがきにイメージ補完を試みる結果となってます。
それはさておき。
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よろしくお願いいたします。




