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56話 次への予兆

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 渡界者組合の組合長室。

 そこから、テフラン、ファルマヒデリア、アティミシレイヤ、そしてスクーイヴァテディナが去って行った。

 部屋の中に残っている、アヴァンクヌギとスルタリアは彼らを見送ってから、同時にため息を吐き出す。

 その後で、お互いに顔を向け合った。


「これで、告死の乙女が三匹か。過剰戦力も極まれるだな」

「特に、新しく入ったスクーイヴァテディナという彼女。単体なら、他の二人よりも戦力が上なのだそうです」

「本来ならあり得ない個体――『短期決戦型の告死の乙女』ってことだな」

「全力で魔法紋を起動すると短時間しか保たず、そのかわり、近接戦闘型と後方戦闘型を合わせた異形の乙女。作りの歪さから、言語機能や感情表現などは学習構築中なのだそうですが。本当だと思われますか?」

「本当も何も、見てわかるだろ。ありゃいまのところ、野生の獣と変わらん感性しかない。しかも、テフランのヤツを主と定めて、それを守護しようとしてやがる。いわば『子持ちの獣』と同じ存在だな」

「そう考えたからこそ、今回は報告を受けただけで、テフランくんから戦力を奪う作戦は取りやめたのですね」

「敵意のない戦意や軽い威圧にすら反応して、こちらに威嚇してきたんだぜ。あれじゃ、話は通じんだろうよ。そもそも、難癖つける理由が今回はなかったしな」


 アヴァンクヌギは肩をすくめつつ、椅子の背もたれに体重を預ける。

 ちょうどそのとき、組合長室の扉が叩かれた。


「おう、入っていいぞ」


 アヴァンクヌギの許しを得て中に入ってきたのは、テフランたちが戦う場所を用意してくれた、ルードットと仲間の腕利きたちだ。


「それじゃあ、報告してくれ」

「テフランって坊主と、その『保護者たち』の戦いぶりのことで、いいんだよな」


 リーダーが報告を買って出てくれて、彼らが見聞きしたテフランたちの戦いを話していく。

 その途中、アヴァンクヌギが意外そうに片眉を上げた。


「ほほう。テフランのヤツが、告死の乙女の猛攻を耐えきったのか」

「保護者たちの補助があればこそ、って感じだったがね」

「同じことを、お前らは出来るか?」

「あんな防御特化に鍛えちゃいねえんでね、無理だ。つーか、あそこまで防御力を育てる労力払うぐらいなら、素直に攻撃の訓練を積んだ方が楽できるしな」

「ってことは、テフランの腕前は、新米や駆け出し以上にはあるってことか?」

「盾持ちだったら、うちの仲間に入れたいぐらいだったな」

「……含みがあるな。テフランは盾を装備してねえから、要らねえとも聞こえるぞ」

「事実、その通りだな。ありゃ、保護者と連携することを念頭に入れた戦い方をしてた。変に離しちゃ、坊主の持ち味が死ぬと予想がつくんだ」


 アヴァンクヌギは評価判断を保留して、報告の続きを促す。

 そして知る。

 テフランがとった、告死の乙女を従魔化する方法をだ。


「なるほどな。口づけすれば、告死の乙女は従魔に出来るってわけか。テフランのヤツ、黙ってやがったな」


 顔を歪めて怒気を放つアヴァンクヌギに、スルタリアの冷静な言葉が飛んできた。


「テフランくんの性格を考えたら、ファルマヒデリアとアティミシレイヤから口止めされていたと考える方が自然ですよ」

「チッ、そんなことはわかっている。なにはともあれ、これで組合が告死の乙女を手に入れることができるな」


 アヴァンクヌギが立てた皮算用に、腕利き渡界者たちのリーダーが待ったをかけた。


「そいつは、ちょっと勇み足だ。そんなに上手くは行かねえようだぜ」


 アヴァンクヌギは理由が分からずに眉を寄せ、続きを話せと顎をしゃくる。


「それがな。坊主が口づけした途端、あの告死の乙女が血相を変えて、しこたま坊主を殴りつけたんだよ。目にも止まらない早業で、あっという間に坊主の鎧はボロボロ。保護者たちが抑えなきゃ、従魔化する前に死んでいただろうな」

「つまりなんだ。口づけした瞬間に従魔になるんじゃなく、口づけをし続けないと従魔にならない。しかも従魔化が終わるまで、至近距離にいる告死の乙女から滅多打ちにされるってのか?」

「あのときの坊主の必死さを見るに、途中で口づけを離したら最初からやり直し、ってことろだと思うぜ」

「つまり口づけで従魔化するには、魔法紋で強靭化できる分厚い鎧が必須ってことか」

「ところがどっこい、口づけするには兜を脱がなきゃいけない。つーわけで、顔を一発でも殴られたら、即おっ死んじまうな」


 リーダーの見解に、アヴァンクヌギは頭を抱えた。


「使えねえ手だな。これなら、戦って勝つ方が見込みがまだありそうだ」

「同感だ。告死の乙女には触らないって昔からの教訓の通り、放置が安全策ってこった」


 話が一段落ついたところで、ルードットが挙手し発言する。

 

「あの、テフランはどうなるの。ですか?」


 微妙な敬語に、アヴァンクヌギは苦笑いを浮かべる。


「どうにもしねえよ。あのまま、暮らしてもらうさ。まあ、告死の乙女たちは癖が強いから苦労するだろうが、それは飼い主の責任ってもんだしな」

「二人も告死の乙女を従魔にしているのに。ですか?」


 アヴァンクヌギは、ルードットがファルマヒデリアのことを人間だと勘違いしていることを思い出したものの、彼女の言いたい意味がわからなかった。


「なにについて、不安視してんだ? 従魔化した告死の乙女が暴れないか心配してんなら、それは意味のないことだぞ」

「彼女たちはテフランくんのことはよく聞きます。そしてテフランくんは、変に周囲に争いをまき散らすような性格はしていません」


 スルタリアの保証にも、ルードットの顔のくもりは取れない。


「テフランが告死の乙女を持っているって知った、他の人たちがちょっかいを出してくるんじゃないかって……」


 そのルードットの危惧は、大いにあり得ることだった。

 事実を知っている人に、アヴァンクヌギは口止めをしている。

 しかし秘密とは、いつか表に出てしまうものでもある。

 そして、ファルマヒデリアとアティミシレイヤが隠れた実力者であることは、テフランの活躍を通じて徐々に周囲に広まりつつあった。

 そこに新たな告死の乙女――義理の母親の参入。

 それが災いの種を呼び寄せる展開になるであろうことを、アヴァンクヌギは察知せずにはいられなかった。


(交渉に終始する手合いならまだしも、腕力でものを言わそうとする輩なんかがきたら……)


 正直、想像するだけでアヴァンクヌギは億劫になる。

 そんな内心を表には出さずに、ふてぶてしい笑顔を作って、ルードットに視線を向けなおす。 


「テフランが告死の乙女を従魔にしているってことは、この中にいる奴らしか知らねえことだ。そんな心配しなくていいだろうよ」

「そうか。そうだよね!」


 ルードットが心配が消えた晴れやかな表情を見せる。

 そのことに、彼女の仲間である腕利きたちも安堵した様子に変わる。

 報告が終わった彼らが組合長室を出た後、アヴァンクヌギは椅子の背もたれに体重の大半を預けた。


「あー、騒動の臭いがしてきて、面倒だ」

「しかしながら、面倒が起こる前に、色々と根回ししておいた方が良いのではありませんか?」


 スルタリアが差し出してきたのは、他の地域にある渡界者組合や国に上げる報告書の紙だった。


「チッ、わかってるよ。告死の乙女の従魔化の方法を報告の手土産にして、なにかあったら援助してもらうように話の流れを持って行けるようにするさ」

「おや。いつになくやる気ですね。組合長のことなら、放置するかと思いましたが」

「テフランの実力が、防御だけにせよ、腕利きと同程度まで伸びていることも知れたからな。このまま育てば、貴重な迷宮の魔物の素材を運んでくる可能性が高い。なら組合としても、守ってやらなきゃならんだろ」

「金の卵を産む鳥を、卵がとれるぐらいに育つ前に殺されては、たまったものではないということですね」

「その子供の鳥が、親鳥に餌を運んでくれるように言いさえすれば、いますぐに金の卵以上のものが手に入るんだがな。ま、こっちは完全な絵空事だとわかっているがな」


 なにはともあれ書類仕事をしなければならないと、アヴァンクヌギはペンを手に取ったのだった。




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