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55話 三人目の告死の乙女

 黒と金の髪を持つ告死の乙女、その従魔化が終わった。

 いま『彼女』は、魔法紋の過剰使用による出血を全身からしながら、自分の存在意義を見失ったかのように、地面にへたり込んで座っている。

 一方でテフランはというと、こちらは酷い有り様になっていた。


「うぐっ、まさか、一瞬で、こんな抵抗、されるなんて……」

「喋らないでください。骨が折れているかもしれませんから、落ち着いて、ゆっくり呼吸を繰り返してください」


 ファルマヒデリアに抱えられながら、テフランは魔法の治療を受けている。

 その姿はボロボロもいいところ。

 鎧は破壊され、服も破れ、その下にある肉体には大痣が何個もできている。

 しかしこの怪我、テフランが口づけした直後、すぐにアティミシレイヤが、続いてファルマヒデリアが告死の乙女の動きを封じたお陰で、この程度で済んでいた。

 もし数秒、二人が動きを抑えることが遅かったら、テフランは殴り殺されていただろう。

 なにはともあれ、生き延びたテフランに、アティミシレイヤは苦笑いを向ける。


「彼女の目的は、テフランの殺害だったんだ。その目標が肌が触れるほどの距離にいるのだから、そうなるのは目に見えていただろうに」

「そう予想はしてたけど、二人がすぐに割って入ってくるとも思ってたんだよ。まさかその数秒の間に、こんなに殴られるだなんて、思ってもみなかったんだ」

「治療の途中ですから、お喋りは後にしてください」


 ギッと音が出るほどに睨まれて、テフランは震えあがり、アティミシレイヤは肩をすくめる。

 治療は進み、痛みで呼吸や動きの障害になる痣がある部分を重点的に治していく。

 そうして、総数の三分の一が終わったところで、アティミシレイヤは治療を止めた。


「これで、無茶をしなければ痛みが出ないぐらいには治せたと思うのですが」


 アティミシレイヤに手で起こされた後、テフランは大きく呼吸をしたり、体を動かしてみたりする。


「うん。残っているアザの部分は痛いけど、呼吸もしやすいし、動きも――うぐっ」

「ああもう。あまり大きく動いたら、痛くなるのは当然でしょう」

「ごめん。ちょっと、調子に乗っちゃった」


 痛みで引き攣った笑みを浮かべつつ、テフランは座り込んだままの告死の乙女に顔をむける。

 そして、小首を傾げた。


「なんか、ファルリアお母さんや、アティさんが従魔化した後とは違った反応だね」


 座り込んだまま動かない彼女の姿に、ファルマヒデリアが独自の見解を述べていく。


「普通の告死の乙女たちは、従魔化した後にどうするかを教えられて生まれます。しかし、彼女は特殊な個体ですから、その知識がないのかもしれませんね」


 その意見に、アティミシレイヤは頷く。


「二人の告死の乙女が合体する機能。そして一個体には過剰となる、全身に浮かぶ魔法紋。恐らく、テフランの殺害以外に不必要な情報や機能は、全て排除されているのだろうな」

「えっ。じゃあ、従魔化したいま、あの人はどんな状態なわけ?」

「さてな。従魔となったからには、テフランを殺そうとするはずはない。となると、機能の大半が作動不全に陥っているのではないか?」


 アティミシレイヤの予想に、テフランは眉を寄せる。


「つまり彼女は、生きる目的を失って茫然自失しているってこと?」

「簡単に言えば、そうなるかもしれない」


 三人で生き延びるためとはいえ、あの告死の乙女に悪いことをしたと、テフランは少しだけ気に病んでしまう。

 しかしそれは、ファルマヒデリアが笑顔で抱き着ついてくるまでだった。


「うわっ。な、ななに?!」


 肉体の柔らかさに驚き慌てながらテフランが問いかけると、ファルマヒデリアが抱きしめながら頭を撫でてきた。


「そうやって、残念に思う必要はないんですよ。告死の乙女は従魔となった後でも学習します。いまの彼女が目的を見失っているのなら、与えてあげればいいのです」

「……一応聞くけど、その与える目的っていうのは」

「もちろん。テフランに尽くすことです!」


 力強い断言に、テフランは予想通り過ぎて苦笑いしかできない。


「いや、尽くしてくれなくても、良いんだけど」

「そんな。テフランは彼女を見捨てるんですか。そうですよね。彼女、テフランが大好きな、豊かな乳房を持ってませんし」


 ファルマヒデリアの言葉につられて、テフランが自失している告死の乙女に顔を向ける。

 その胸の膨らみは控えめで、貧乳とは言わないが、手のひらの中に納まるほどだった。

 そんな事実を確認しかけて、テフランは慌てて首を横に振った。


「そういう意味じゃなくて! もっと自由に違うことをしてもいいんじゃないかってこと!」

「違うこと、ですか? 従魔となった告死の乙女は、主に尽くすことこそが喜びですよ?」

「その喜びも教えてられないんなら、違うことに喜びを見出したって構わないってことでしょ」

「一理ありますが、それは最初の一歩を踏み出した後でないと、見出すことすらできないはずです」


 その『最初の一歩』をどう踏み出すかについて、テフランはファルマヒデリアが考えていることに予想がついてしまった。


「最初は、俺に尽くすように目的を教えろってこと?」

「その通りです――と言いたいところですけれど、テフランの心情を考えて『共に居る』ぐらいの目的でいいはずです」

「……なんか以外だ。ファルリアお母さんが譲歩するなんて」

「譲歩ではありませんよ。最初の一歩を小さく刻んだからといって、彼女が歩む先がわたくしたちと違う方向になるとは考えられないだけです」


 テフランは言葉の意味を捉えることに、数秒の時間を要した。


「つまりそれって、彼女は『自由意思』で『俺に尽くそうとする』ってこと?」

「きっとそうなります。だってテフランは、こんなに頑張り屋さんで健気で、可愛らしいんですから。そうならない方が変でしょう」


 再びギュッと抱きしめられ、頭を乳房の内に押し込まれ、テフランの顔が真っ赤に変わった。

 慣れてきたとは言え、長々と留まっては気絶してしまうと悟り、テフランはすぐに脱出する。その際、怪我が残る体で無理をしたことで痛みが走るが、無視してファルマヒデリアから離れた。


「ファルリアお母さんの考えは分かったってば! それで、アティさんも同じ考え?」

「まあ、大まかには。だが、彼女の自由意思でテフランに尽くすことを選ぶかどうかは、確率は高くとも不確定だと思っている」


 その口ぶりは、彼女が『懐く』にはテフランの努力が必要と、語っているようだった。

 しかし、そう知れたことで、テフランは逆に新たな告死の乙女を受け入れる気になった。


(もう一人ベタベタしてくる人が増えたら、身が持たないって)


 身も蓋もないことを思いつつ、テフランは座り込んだままの告死の乙女に近づいた。

 ぼんやりと見上げる彼女に、テフランは手を差し出す。


「従魔化しちゃったからには、面倒はみるよ。ほら、一緒に行こう。まずは、迷宮の外の世界を見せてあげるよ」


 幼子に喋るかける口調の後で、テフランは手を握り返してくれるのを待つ。

 告死の乙女はじっとテフランを見つめ、ぼんやりとしていた瞳に意志の光が入り、のろのろと腕を持ち上げる。

 そして、テフランと手と手を繋いだ。


「よし。じゃあ、今日からよろしくね。えっと――」


 もう三人目ともなれば、名づけることにもなれてしまう。

 テフランは父親に教わった古い物語の中から、万の軍勢を単身で滅ぼして果てた女傑の名前を選んだ。


「――スクーイヴァテディナ。それが君の名前だ」

「…………スクーイヴァテディナ」


 ポツリと、名づけられた名前だけこぼしたことに、テフランはうろたえる。


「えっと、もしかして気に入らなかった?」

「…………」


 無言のまま首を横に振った姿に、テフランは安堵する。

 名づけが終わったのを見計らって、ファルマヒデリアとアティミシレイヤが近づいた。


「私はファルマヒデリアです、スクーイヴァテディナ。これから一緒に、テフランのお世話をしましょう」

「アティミシレイヤだ。機能不全を解消できるよう、以後色々と教えてあげよう」


 スクーイヴァテディナは二人を順番に見上げ、そしてペコリと頭を下げた。

 しかしそれ以外に反応がないことに、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは思案顔になる。


「喋らず仕草も幼いなんて、機能不全が深刻なようですね」

「もしかしたら、従魔化に際して言語能力や動作機能を失い、いま構築中なのかもしれない」


 そんな意見交換の後、二人は揃ってテフランに顔を向ける。


「それはともかくとしまして。テフラン。この子に愛称をつけてあげませんか」

「ついでに、今後どの立場に偽装する予定かもしめてしまった方がいい」

「えっと、愛称は名前を短くして『スヴァナ』で良いと思うんだけど。どんな立場に偽装するかと言われても……」


 ファルマヒデリアとアティミシレイヤは、テフランの義理の母親だと偽装している。

 そのため第一候補は、スクーイヴァテディナもその位置に据えるべきという考えになった。


(というか、組合長が『義理の母親が三人って面白いじゃねーか』とか面白がって、勝手に決めてしまう気がするんだよなぁ……)


 テフランは肩をすくめて、スクーイヴァテディナの立場をどこに置くかを、棚上げすることにした。


「そのことはゆっくり考えればいいから、迷宮を出よう。あんまり長居すると、他の渡界者を近づけないようにしてくれている、ルードットの仲間に悪いしね」

「そういえば、そんな人たちもいました」

「激闘の中ですっかり忘れていたが、この魔物部屋モンスターハウスを用意してくれてもいたな。なにか、お礼をせねばいけないだろう」

「渡界者だから、お酒を奢れば十分だと思うよ。まあ、あの人たちは手練れっぽかったから、俺たちの稼ぎで奢れるもので満足してくれるか分かんないけどね」


 テフランは苦笑いしながら、繋いだままの手を引いて、スクーイヴァテディナを立ち上がらせた。

 勢いによろめく彼女を咄嗟に受け止めて、細い腰と慎ましやかな胸にある女性特有の柔らかさを感じてしまう。

 テフランの顔がすぐに真っ赤になり、慌てつつも粗雑ではない動きでスクーイヴァテディナを腕の中から解放した。


「さ、さて、行こうか」


 赤い顔を背けつつ、繋いだ手はそのままに、テフランは歩きだす。

 その仕草を見たスクーイヴァテディナの顔には、微笑ましさが呆然を突破したかのように、ほんのりとした笑みの形が浮かんでいた。

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