52話 双身一体の告死の乙女
黒と金の髪を持つ告死の乙女、その全身にある魔法紋を見て、ファルマヒデリアとアティミシレイヤはあ然としていた。
「あり得ません。あんな量の魔法紋が全身にあるだなんて……」
「容量超過も甚だしい――いや、だからこその双身一体か……」
テフランは二人の呟きに問いかけようとして、相対する告死の乙女が動き出したことを見て、口を噤んで身構える。
(恐らく、この告死の乙女の存在は、ファルマヒデリアたちにも予想外なんだ)
無理やり疑問を納得して、テフランは注意深く近づいてくる告死の乙女を注視した。
慎ましやかな胸を張り、長い足を見せつけるかのようにゆっくりと歩き、剣と杖を持つ手はゆらりと下げられている。
全身に密集する魔法紋は、まるで敵対する者への警告かのように、常に形と色を変える。
テフランが緊張から生唾を一つ飲み込んだ。
その音が合図になったかのように、告死の乙女が駆け出す。
全力のアティミシレイヤ以上の素早さに、テフランは咄嗟に対応できなかった。
「…………」
駆け寄る勢いのまま、告死の乙女がテフランへ杖を上段から叩き込む。
その振るう速さも常人の目では、杖の輪郭が霞んで認識されるほど。
それこそ、対応に遅れたテフランが剣で防ぐには間に合わない速度だった。
だが、近くに控えていたアティミシレイヤが素早く反応し、半壊している手甲をはめた腕で防御する。
「そう易々と、テフランをやらせるものか! Luraaaaaaa!」
アティミシレイヤは気合の声と共に手足の魔法紋を輝かせると、相手の腹を目がけて回し蹴りを放った。
告死の乙女は素早く反応し、剣の腹でその蹴りを防ぐ。
そこに、テフランとアティミシレイヤの後方に控えていた、ファルマヒデリアが動き出す。
「Raaaaaaaaa!」
体の魔法紋を起動し、各種属性の魔法の球が空中に出来次第、次々と発射する。
牽制目的の魔法といっても、大人でも一発貰えば悶絶する威力のある、攻撃魔法の球。
それを多数食らったというのに、黒と金の髪を持つ告死の乙女は多少の体を揺らしただけで、表情に変化は生まれない。
少しも苦痛にも感じていない様子に、テフランは考えをより警戒する方向で切り替えた。
(告死の乙女二人分の力があると考えて、対応した方がいい)
テフランは身振りで、ファルマヒデリアに一緒に下がると指示し、一歩、二歩と距離を空ける。
そうして離れたことで、アティミシレイヤはテフランを戦闘に巻き込む心配がなくなり、勢いよく動き始めた。
「Luraaaaa!」
輝く手足を使い、秒間十発を超す打撃と蹴撃。
速さもさることながら、一発一発が常人相手では致命傷の威力。
それにもかかわらず、告死の乙女は剣と杖でその全てを防いでいく。
それどころか、アティミシレイヤの攻撃間隙に攻撃を差し込んできさえしていた。
金鳴りの音が響き続ける中、告死の乙女の周囲の空間に火の玉や水の槍が出現する。
「まずい!」
テフランはアティミシレイヤが魔法の餌食になると思い、射出されるであろう魔法を斬るため、魔法紋を輝かせた剣を携えて駆け出そうとする。
しかしその腰を、ファルマヒデリアに抱き留められた。
「なにを――」
「違います。狙いは、テフランです!」
端的な言葉の後で、ファルマヒデリアは空中に光の障壁を複数枚出現させた。
それらがテフランの前に展開された瞬間、告死の乙女から射出された魔法がやってくる。
ファルマヒデリアの言葉の通りに、魔法はテフランに一直線に向かってきた。
アティミシレイヤとの戦闘の片手間で作ったからか、威力はさほどではなく、光の障壁に阻まれて散る。
だが、その余波で地面がひび割れた様子を見るに、人間一人を殺すには十分な破壊力が伺えた。
テフランは背筋に冷たい汗が流れるのを感じながら、ファルマヒデリアに振り向く。
「あ、ありがとう。助かった」
「どういたしまして。ですが、彼女の狙いはテフランの殺害です。いまのように、隙あらば狙ってくると思いますから、軽率な行動は起こさないでください」
「うっ、わかった。でも、アティさんが」
テフランが視線を前に向けなおし、戦いの様子を見た。
告死の乙女は涼しい顔のまま防御と反撃を行い、アティミシレイヤは苦々しい顔で全身に汗を浮かせて攻撃を続けている。
「このままじゃ、アティさんがやられちゃう。助けに入らないと」
「わかってます。ですが、下手に援護をすれば、逆にアティミシレイヤの負担になってしまいます」
「ファルリアお母さんでも、助けられないってこと?」
「告死の乙女は個で完成された存在で、他の個体と連携を取るようには作られていないんです。ですから、いまアティミシレイヤの全力戦闘を見て学んで、どう援護するかを算出している最中なんです」
言外に、だからこそ不用意な行動は止めてくれと、ファルマヒデリアはテフランに語っていた。
「ぐっ。それはわかるけど……」
テフランは理解はしたものの、口惜しくて仕方がない。
超常的ともいえる告死の乙女たちの戦いに、割って入ることができる実力がない自分自身が情けなく思えてしまう。
しかし、ここで落ち込むような性格を、テフランはしていなかった。
(悲観することは、後でもできる。いまは解決策を模索する場面だ!)
テフランはぐっと下腹に力を込めて気合を入れ直すと、状況分析に入る。
そして、ファルマヒデリアが語った問題点を克服する術を、一つだけ思い立った。
「アティさんと連携が取れれば、あの告死の乙女に勝てるんだよね?」
「保証はできませんけれど、確率は大いに上がります」
「それでファルリアお母さんは、俺とは連携が取れるよね?」
「それはもちろんです。私はテフランのことを、よく見てきましたから――」
自慢げに微笑んで答え、ファルマヒデリアが一瞬止まった。
「――もしかして、テフランは前に出て戦う気なんですか!?」
「その通り。アティさんの横に立って戦う」
テフランの断言に、ファルマヒデリアが怖い顔で否定する。
「無茶です。それに、テフランと私が連携を取れたとしても、アティミシレイヤの戦闘の邪魔になるだけです」
「いや。ファルリアお母さんがそうだったように、アティさんも俺とは連携が取れるはずなんだ。ということは、俺を間に挟めば、二人は連携が取れるってことだよね?」
「ですが、それではテフランが――」
「どの道、アティさんが戦えなくなったら、後は戦力差からジリ貧で殺されるだけだよ。なら、殺されるかもしれなくても、勝てる方法をここで取らなくてどうするんだよ」
テフランの一理ある言葉に、ファルマヒデリアは理解できるが納得したくないという顔をする。
「いくら考えても、テフランが危険すぎます。あれの狙いは、テフラン一人だけです。前に出たら、集中して狙われてしまいますよ」
「なら俺を囮にして、ファルリアお母さんとアティさんが優位に戦えばいいでしょ。二人が倒してくれるまで、粘って生き抜いてみせるからさ」
だから腰を抱えている腕を外せと、テフランはファルマヒデリアに目線で求める。
すると、思いっきり渋々という表情で、ファルマヒデリアは腕を解いた。
こうして話が纏まったところで、アティミシレイヤから声がやってくる。
「戦いながらでも、話は聞こえていた。テフラン、こい!」
「アティさん、任せて! それじゃあ、ファルリアお母さんは援護よろしくね!」
テフランは努めて笑顔を作ると、告死の乙女へと飛びかかって剣を振るった。
だが、当たり前のようにあっさりと杖で受け止められ、返す剣で反撃を受けそうになってしまう。
そこにアティミシレイヤが横から告死の乙女に攻撃を加えることで、その反撃を中断させた。
それでも執拗に告死の乙女はテフランを狙い、魔法で殺害しようと試みる。
だが、テフランはその魔法を防御する素振りをせずに、剣を横に引いて攻撃する構えをしていた。
「たああああああああああ!」
告死の乙女から飛んできた魔法に、テフランは自分から当たりに行くように突っ込む。
その顔に悲壮感どころか、恐怖や心配の感情はない。
なにせテフランは信じている。
後ろに控えているファルマヒデリアが、自分を助けてくれることを。
「させません!」
テフランの前に光の障壁が現れ、告死の乙女の魔法を防ぎきる。
余波が晴れたと同時に、テフランは剣で攻撃する。
告死の乙女は杖で防御し、さらに魔法攻撃を加えようとして、飛来してきたファルマヒデリアの攻撃魔法につるべ打ちにされた。
痛手はなくとも行動の出かかりを潰されて、告死の乙女は動けない。
身動きが取れない相手に、アティミシレイヤは渾身の蹴りを放つ。
「食らうがいい!」
唸りを上げる爪先が、告死の乙女の脇腹に突き刺さる。
しかし蹴り応えは地面を蹴りつけたように重く、数歩後ろに下がらせることが精一杯だった。
それでも、双身一体となって以降の告死の乙女に対して、初となる攻撃の成功に、テフランたちは光明を見出した。
「このままの調子でいくよ!」
「任された! どしどし、連携を叩き込んでやろう!」
「攻撃魔法と防御魔法の援護は任せてください!」
こうして、テフランを中心に据えたファルマヒデリアとアティミシレイヤの連携攻撃が、告死の乙女へ繰り出されることになったのだった。




