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51話 黒髪の告死の乙女

 テフランは黒髪の告死の乙女と切り結ぶ。

 アティミシレイヤとの訓練と、ファルマヒデリアが魔法紋を刻んでくれた剣のお陰で、同等以上に渡り合えている。

 そこで改めて、テフランは相手の容姿を確認した。

 テフランと同年代か、やや年下に見える姿かたち。腰まで伸びた艶やかな黒髪は薄暗い迷宮の中でも艶やかな輝きを放ち、体には青い衣がトーガ状に巻かれていた。

 手に振るうは、輝く魔法紋が隙間なく配置された、材質不確かな剣。

 そんな容姿と武器から、テフランはこの告死の乙女の攻撃可能な範囲を詳しく類推していく。


(腕の長さと武器の長さから、範囲は俺と同程度。そして、ファルマヒデリアやアティミシレイヤと違って『控えめ』なぶん、やりやすいかな)


 テフランは相手の胸元――若干のふくらみしか見えない乳房を見ながら、自身の女性に対する苦手意識は発動しないだろうと判断する。

 そんな失礼な考えを、黒髪の告死の乙女は察知したのか、急に剣を振るう速さが上がった。

 テフランは咄嗟に対応して受け、速さだけでなく、力も上がっていると気付かされる。

 それと同時に、金属が軋みを上げる嫌な音が聞こえた。


「剣に刃こぼれ!」


 刃が削れた剣を見てのテフランの呟き。だが、実は正しくない。

 正確に言うならば、黒髪の告死の乙女が持つ剣が魔法紋が輝きを増して刃をより強靭にしたことで、魔法で強化されているテフランの剣の強度を上回ったのだ。

 認識は正しくはなかったが、それでもテフランは真正面から受けていては剣がダメになることは理解していた。

 受け止めるのではなく、相手の剣の軌道をいなし、さばく方向へ防御法を変える。

 それで剣の消耗は抑えらえたが、一撃ごとに多少刃を削られることは免れない。

 問題はそれだけではない。

 黒髪の告死の乙女の攻撃の速さが、一撃ごとに上がっている。

 そのため、とうとうテフランの腕前では剣だけで防ぐことに限界が来てしまい、鎧でも受け流す羽目に陥る。


「テフラン!?」

「ファルリアお母さん、魔法攻撃に集中して。こっちは、まだ、全然、大丈夫!」


 ファルマヒデリアの悲鳴に、防御行動で途切れ途切れになりながら、テフランは指示を出す。

 傍目からだと、ファルマヒデリアが心配するように、テフランが窮地に立たされているように見える。

 だが実際は、アティミシレイヤとの訓練の通りに、テフランは防御できていた。


(両手両足で殴ってくるアティミシレイヤとの訓練に比べたら、剣一本だけで斬りかかってくる速さなんて、高が知れてる!)


 相手の剣筋は視認困難なほどの速さになってはいるが、剣を振るってくる初動を見定めて、テフランは軌道を先読みして防いでいく。

 その防御が見事なことは、剣や鎧につく傷の浅さが証明している。

 だが、テフランは防御で手一杯。

 このままでは、ジリ貧なのは変わらない事実だ。

 しかしテフランの背後には、魔法攻撃の隙を狙うファルマヒデリアがいる。

 防御し続けるテフランを力で押し切ろうとして、黒髪の告死の乙女の攻撃がやや大振りになった。

 この瞬間を、ファルマヒデリアは見逃さなかった。


「――Raaaaaaaaaaaaaa!」


 歌声による魔法紋の全開起動。

 瞬間的に生成された人間の脚ほどもある水の槍が、目にも止まらない速さで射出された。

 テフランの横を体をかすめるように通過し、振り終わった剣を引き戻しかけていた黒髪の告死の乙女の顔面へ。

 黒髪の告死の乙女は首を横に傾けて避けるが、水の槍がかすめた眉尻の上が切り裂かれ、黒髪も数束引きちぎられた。

 傷を負ってよろめく相手に、テフランは剣を振るう。


「たあああああああああああ!」


 気合と共にくりだした斬撃は、あっけなく相手の剣に受け止められる――いや、テフランの方から武器をぶつけに行っていた。

 不可解な行動だが、黒髪の告死の乙女は意に介した様子もなく、眉上からの出血で片目を瞑にながら、魔法で向上させている膂力で押し返す。

 すると、テフランはあっさりと剣と態勢を引いた。

 そのあまりの手応えのなさに、黒髪の告死の乙女の体勢が少しだけ崩れる。

 できた隙に、ファルマヒデリアが魔法攻撃を合わせてきた。


「――行きなさい!」


 射出準備がされていた火の球と岩石の槍が、テフランの横を迂回する形で、左右に分かれて空中を飛翔する。

 黒髪の告死の乙女は剣で斬り落とすが、砕けた石の破片と巻き散った熱波までは防ぎきれなかった。

 トーガ状の衣には穴が開き、焼け焦げ、その下にある肉体も出血がおこる。

 常人ならこれで戦闘不能に陥るところだが、そこは相手も告死の乙女。魔法で強化されている肉体には、砕かれた魔法の余波程度では致命傷にならない。


「Naooooooooooooooー!」


 それどころか、口から旋律を放ち体の魔法紋をより活性化させ、全身の傷を癒していく。

 その効果を、治り始める眉上の傷を見て察知し、テフランは中断させるべく斬りかかる。今度は、相手の体を狙った、本気の斬撃だ。

 しかし、最近のアティミシレイヤとの訓練で防御ばかり鍛えていたため、斬撃の鋭さは駆け出しの渡界者相当でしかない。

 あっさり、黒髪の告死の乙女に防がれてしまう。

 それでも回復阻止の効果はあったようで、傷の治りが一段遅くなったように見えた。

 そしてテフランの行動に続くように、ファルマヒデリアも魔法を連発する。

 二人の攻撃に対応して行動すればするほど、黒髪の告死の乙女の回復は遅くなっている。それどころか、ファルマヒデリアの魔法の余波で、傷が少しずつ増えていっている。


(このままいけば、削り勝てる!)


 テフランが確信して剣を当てに行くと、異質な手ごたえが返ってきた。

 理由を見て、テフランはギョッとする。

 黒髪の告死の乙女が、掲げた左腕で剣を防いでいたのだ。

 骨まで達した刃の隙間から鮮血が滴り、断たれた魔法紋の幾つかが輝きを失っている。

 しかしそれすら気にした様子もなく、黒髪の告死の乙女は傷ついた左腕で、強引にテフランを押し退かした。


「うわっ!?」


 突然の変化に対応できず、テフランはよろめいて二歩横に移動してしまう。

 一方、黒髪の告死の乙女は第一標的であるはずのテフランを無視して、ファルマヒデリアへ剣を振り上げながら迫る。


「いまの攻防でテフランの攻撃力がさほどじゃないと学習して、脅威度が高いこちらを優先排除する予定ですね」


 ファルマヒデリアは冷静に呟きつつ、射出準備していた数個の火の球を合成し、大球となったそれを撃ち放つ。

 飛来した瞬間に剣で斬られ、真っ二つになった大火球が爆発を起こす。

 爆風と熱波に体を飲み込まれる黒髪の告死の乙女だったが、火傷を負いつつもファルマヒデリアに接近した。


「Naoooooooooooo-!」

「甘いです!」


 大上段からの振り下ろしに、ファルマヒデリアは魔法で作った透明な力場の盾を四枚出して対抗する。

 一度の斬撃で三枚が斬り捨てられ、切り返しで四枚目も消失する。

 四枚目が斬られているとき、あわや剣の先が届くという場面で、ファルマヒデリアは上体を仰け反らせて避けた。

 この攻防、半秒ほど。

 まさに目にも止まらない早業だ。

 しかし半秒もあれば、体勢を崩しただけのテフランが戦線に復帰するには十分な時間だった。


「たああああああああああああああ!」


 大声を上げての突進。

 その意外な近さに慌てたように、黒髪の告死の乙女は振り向きざまに剣を振るう。

 テフランはその行動を予想していて、最初から斬りかかるのではなく、攻撃してくる剣を防ごうとする体勢を取っていた。

 剣と剣が噛み合い、一拍の均衡が生まれる。

 これで告死の乙女が身動きを止まったのは、ほんの一瞬だけ。

 しかし、その一瞬の隙を何度となく突いてきたファルマヒデリアには、値千金の瞬間だった。


「Raaaaaaaaaaaaaaa!」


 歌声を上げて全身の魔法紋を輝かせながら、ファルマヒデリアは黒髪の告死の乙女の背中に触れる。

 瞬間、手のひらから、相手の背中から腹まで貫く石の柱が発生した。

 テフランの体に触れるギリギリまで伸びた石だったが、当たることなくすぐに砂と化して崩れていく。

 そのことにホッとしながら、テフランは急いで黒髪の告死の乙女から距離を取り、身振りでファルマヒデリアを呼び寄せる。

 再び前衛後衛に分かれて身構える二人。

 対照的に、告死の乙女は腹に空いた大穴から内臓と血を零し、剣を支えにどうにか立っているという状態。

 もはや勝負あったといったところで、アティミシレイヤが空けた穴の向こうから足音がやってきた。

 音は一人分――いや、杖を突く音が混ざっている。


(まさか――)


 嫌な予感にテフランが震える中、足音を立てていた人物が壁の穴から顔を出した。


「そちらも決着がついていたか」


 朗らかな声で語り掛けてきたのは、手に杖を持ったアティミシレイヤだった。

 その背に、片手と片足を失って気絶した、金髪少女の告死の乙女を負っている。

 思わず安堵しかけるテフランだったが、アティミシレイヤの姿を改めて確認して眉を寄せた。

 両手にある手甲はボロボロで、体の各所からは血が滲んでいる。

 恐らく、テフランたちに加勢しに戻るため、早々の決着を目指して無茶な戦法を取ったのだろう。


(あとで小言を言わなきゃ!)


 決意するテフランが、そんな風に視線を逸らしていたのが悪かった。

 黒髪の告死の乙女は、腹に大穴が空いているにもかかわらず、突如として走り出す。

 視界の端でその動きを捉えて、テフランは大慌てで剣を構えなおした。

 しかし、黒髪の告死の乙女が向かった先は、テフランではなくアティミシレイヤだ。


「臓腑をまき散らしながらも向かってくる、その気概は買うが!」


 戦闘型のアティミシレイヤには、大怪我を負った黒髪の告死の乙女の動きは鈍すぎたのだろう。

 あっさりと顔面を殴り、後ろへと吹っ飛ばす。

 完璧な当たりだったが、アティミシレイヤは失態を悔いる顔に変わる。


「目的は攻撃ではなく、仲間を取り戻すことか!」


 走り追うアティミシレイヤの背中には、片手と片足を失った金髪の告死の乙女の姿はない。

 テフランが急いで黒髪の告死の乙女に視線を向けると、その腕の中にいた。

 

(だけど、なんで取り返したんだ? あの二人はもう半死半生の状態。こちらはアティミシレイヤが軽症を負っているだけ。勝負は見えていると思うけど?)


 行動の不可解さにテフランが小首を傾げる中、黒髪の告死の乙女が口から旋律を放つ。


「Naoooooooooooooooo-」


 伸びやかに放たれた声と同時に、大気が逆巻いた。

 その風速はすさまじく、近接戦闘型の告死の乙女であるアティミシレイヤですら近づけないほどだ。


「ぐっ、時間稼ぎを!」


 アティミシレイヤは口惜しそうに言いながら、テフランの近くまで下がってきた。

 怪我したことを問い詰めようとしかけて、テフランは戦闘状態が終わっていない予感から、違うことを尋ねる。


「あの魔法って、どれぐらいで止むと思う?」

「竜巻を作っているのは、近接戦闘型の黒髪の方。なら、そう長々とは作れない」

「じゃあ、その間に傷を治しきれる算段があったりする?」

「それもない。腹の大穴や、落とした手足が生え変わるには、多大な時間が必要だ」

「アティミシレイヤの意見に賛成です。決着を先延ばしにする程度しか、あの竜巻の効果はありませんよ」


 ファルマヒデリアからもお墨付きが出たところで、テフランはますますわからなくなった。


「なら、なんで……」


 その疑問に答えるように、竜巻の風音を超えて、二人組の告死の乙女の歌声が響いてきた。


「Naoooooooooooooooooo~」

「Mauuuuuuuuuuuuuuuuuu~」


 腹に大穴が空いているにもかかわらず、黒髪の方の歌声は今までのどれよりも伸びやかだ。

 気絶していた金髪の方も復帰したようで、負けじと歌声を響かせている。

 その旋律が魔法の前兆だと知るテフランは、聞き惚れそうな二人の声にも落ち着かない。


(竜巻を隠れ蓑に、二人合作の魔法を撃ち出してくるきじゃないだろうな)


 警戒は最大限に発揮しながら、テフランは竜巻の中の様子に目を凝らす。

 テフランが見る間にも、歌声の同調が増し、もはや一人が歌っているようになっている。


「「NaMuououououououou~」」


 その同調具合に思わず感心しかけて、テフランは竜巻の中にいる、告死の乙女たちのシルエットに変化を感じた。


(なんだ? 二人が重なって一つの影になっているんじゃなくて、一つの影が崩れて二人に見えているかのような……)


 見えているものを上手く言語化できず、テフランは言いようのない不安感を抱く。

 上手く言葉に変えようと試行錯誤している内に、ふとある光景を思い出した。

 それは、ファルマヒデリアが料理を作る光景。

 色々な食材が魔法で溶けて混ざり、混沌とした色合いの泥のようなものに変わった後に、美味しい料理に変化する。

 不意の回想に困惑しかけ、テフランの頭にひらめきがやってきた。


「ファルリアお母さん、質問! 告死の乙女二人を、料理を作るときの魔法で溶かし合わせて、一人の告死の乙女にすることってできるの!?」

「えっ? なんですかテフラン、いきなり??」

「いいから答えて!」


 必死なテフランを見て、ファルマヒデリアは頬に手を当てて考える。


「そうですね……。問題がいくつかあって、それは難しいです。まず食材を溶かす魔法は、生きている者には通じません。仮に生き物にも通じる魔法があったとしても、わたくしとアティミシレイヤを混ぜ合わせて一人にするとしたら、体の情報の違いや魔法紋の影響で、うまく混ざらない可能性があります」

「そもそも告死の乙女とは、目的ごとに能力の差異はあれど、一人で完成された個体として作られている。二人を一つに合成しても、うまくは行かないだろう」


 告死の乙女という立場からの二人の説明だが、テフランは漠然とした不安感を得ていた。

 それは、あの告死の乙女が通例とは異なる存在だと理解していたからだ。

 本来なら独立独歩な野良の告死の乙女にも関わらず、二人一組で行動していること。

 ファルマヒデリアとアティミシレイヤはスタイルのいい美女なのに、二人組は美人でも未熟な少女の姿。

 そもそも二人組は、通常の告死の乙女とは違い、テフランを殺すために生み出されたという事情。

 その違いが、テフランに安心感を抱かせない。

 そして、ファルマヒデリアとアティミシレイヤが語った説明に、ある直感が働いた。


「もう一つだけ質問。最初から二人を一つにする目的の、告死の乙女を作ったりは出来ないの? 例えば、全く同じ体の情報だけど、魔法紋の位置だけ全部違う二つの個体を用意すれば、さっきの説明だと混ぜて一つにできるってことでしょ?」


 テフランの見解に、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは目を見開いた。

 そして、竜巻に隠れている二人組の告死の乙女に目を向ける。


「そう言われてみれば、頭髪の色の違いはありましたが、体の構造は大変に似通った二人ですね」

「魔法紋も、手足に密集する近接戦闘型と、体に密集する遠距離戦闘型。混ぜたときに、魔法紋が影響する程度は低くできる」


 テフランの嫌な予感が伝播したように、ファルマヒデリアとアティミシレイヤも顔を曇らせる。

 それと同時に、竜巻の向こうからやってくる歌声が変化した。


「Nyamuuuuuuuuuuuuuuu!」


 完全に一人の声。

 テフランたちが嫌な予感から構えを取ると、竜巻が晴れた。

 果たして、その向こうにいた告死の乙女はというと。

 黒髪と金髪が房ごとに分かれた、十代後半の年齢に見える胸のふくらみが控えめな紫色の瞳を持つ美女が、剣と杖を持って立っていた。


「Nyamuuuuuuuuuuuuu!」


 新生を宣言するような鳴き声を上げ、その体にある魔法紋を起動させる。

 テフランの嫌な予想が大当たりしたように、全ての部位に魔法紋が密集して浮かび上がっていた。


本編とは直接関係のない話ですが。

二人組の告死の乙女の声を一つにしようとしてみたら「Namuuuuuuuuuuuu」となると気付きました。

「『南無ーー』って仏教か!」って、世界観に合わないので「Nyamuuuuuu」と本編では変えています。

(ネコっぽいのは、しょうがないと諦めました)

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