49話 決戦の場へ
テフランとファルマヒデリア、そしてアティミシレイヤは迷宮の通路を走り逃げる。
全員の顔にある表情は、焦りである。
「転移してくるなんて、予想外にもほどがある!」
テフランは必死で走りながら愚痴ると、ファルマヒデリアは追従しながらチラチラと後ろを確認する。
「まさか、転移の魔法が使えるなんて、私も思ってもみませんでした」
「その言い方だと、ファルリアお母さんは魔法で転移はできないんだ」
「私だけでなく、他の型の告死の乙女も無理なはずなんです」
「流石は、告死の乙女を退治した人を殺しに来る、特別な告死の乙女だけはあるってことか!」
悲鳴のような声でテフランが言うと、それが切っ掛けになったかのように、逃走する先にある空間に揺らめきが現れた。
「転移の前兆!?」
テフランがギョッとして足を止めると、ファルマヒデリアが口惜しそうな顔になる。
「やっぱり、先ほどの邂逅で、テフランの臭いを覚えられてしまったようですね」
「主なしの告死の乙女なため、迷宮の外に出れば追ってこられないと踏んでいたが、甘い見立てか」
アティミシレイヤも苦々しそうに顔を歪め、すぐに真剣な目をテフランに向ける。
「どうする、テフラン。事ここに至っては、あの二人組の告死の乙女と戦わざるを得ないと考えるが?」
テフランの視線の先にある通路の空間に、光の粒子が集まり始めている。
長々と決断を迷っている時間はなかった。
「仕方がない。人が居ない場所まで、走って移動して、そこで戦おう」
テフランが走り出すと、並走しながらアティミシレイヤが小首を傾げる。
「戦う場所を選ぶのなら、従魔化前のアティミシレイヤと戦ったときのように、転移の罠で迷宮の奥に跳んではどうですか?」
「渡界者の安全を考えれば、そうする方がいいけどね。だけど、隙や機会があったら迷宮の外へ脱出したいから、なるべく出入り口に近いところで戦いたい」
テフランは逃げながら質問に答えつつ、立ち去った通路に告死の乙女が出現した気配を察知する。
幸い、通路の曲がり角のお陰で、告死の乙女たちに姿を視認されることはなかった。
喜ぶ間もなく、テフランは逃げてきた道を引き返すように通路を走り、人気のない場所を探し続けた。
その後も逃走は続くが、何度となく、告死の乙女たちは転移によって先回りをしようとしてくる。
彼女たちも、他の告死の乙女と同じく体験から学習を行うようで、転移の出現場所が徐々にテフランたちの近くになり、出現する速さも秒刻みに早まってきた。
(もう逃げ続けていられるほど、時間的な余裕はない!)
テフランが焦りを感じていると、ルードットの仲間である腕利きの渡界者の一人が通路の角で立っていた。
「人のいない場所を探しているのなら、この先にあった魔物部屋を殲滅しておきましたから、そこを使ってください。あと、誰も近くにこないように、人払いをさせてもらいますから」
腕利きたちは、告死の乙女たちが転移して消えた姿を見て、テフランたちが出入り口まで逃げ切れないと予想していた。
そして、ファルマヒデリアとアティミシレイヤが告死の乙女だと知る彼らは、きっと戦うことを選ぶだろうとも予想して、人的被害が出ない場所を手早く用意したのだ。
そんな心遣いをした彼らの思惑がどこにあるにせよ、有り難い申し出を受けて、テフランは指してくれている方向へと走る。
「ありがとうございます!」
テフランが礼を言いながら通り過ぎると、ファルマヒデリアとアティミシレイヤもお辞儀して横を通る。
指定された場所は、洞窟状の通路の壁が崩れた先にあった、斬殺された多数の魔物が転がっている小部屋状の広い空間。
テフランたちがその場所に入ると、遠くから通路を反響してきた声が聞こえた。
「テフラン、死んだりしないでよ!」
その声は、ルードットのものだった。
「死ぬ気はないから、心配するな!」
テフランも大声で言い返すと、それ以降、ルードットや彼女の仲間たちの声はやってこなくなった。
その代わりのように、広間の真ん中に転移の兆候が表れる。
空間が揺らいだ瞬間、物凄い速さで光の粒子が集まり、三秒と経たずに二人組の告死の乙女が出現した。
彼女たちは左右に顔を向けてテフランの姿を見つけると、目は静かに細め、口元には満面の笑みを浮かべる。
獲物に狙いを定めたと知らせるような表情に、テフランは身震いが軽く起こった。
「従魔化前のファルリアお母さんやアティさんと比べて、あの二人感情が豊かなんだけど」
「そういう点も、特別仕様なようですね。本当に、通常の告死の乙女とは異なる個体だと思い知らされます」
「きっと、標的を追いかけて攻撃することに喜びを覚えるよう、自意識を改変されているのだろうな」
ファルマヒデリアとアティミシレイヤの予想を聞きながら、テフランは剣を構える。
(俺を狙っているってことは、戦わない限り、生き残れないってことだ)
テフランは剣と鎧にある魔法紋を起動させた。
ファルマヒデリアとアティミシレイヤも、油断なく身構えながら、戦う相手に視線を固定する。
そんな三人の様子を見て、二人組の告死の乙女は小首を傾げてから、剣を持つ個体が前、杖を持つ個体が後ろの隊列を作った。
そして同時に歌声を響かせる。
「Naoooooooooooooooooo~」
「Mauuuuuuuuuuuuuuuuuu~」
歌声が機動の合図となり、二人の体に魔法紋が浮かび上がる。
剣を持つ個体は、アティミシレイヤと同じように、両手足に密集している。
杖を持つ個体は、ファルマヒデリアとは少し違い、首から下の胴体部分に魔法紋が密集して現れていた。
色とりどりに輝く魔法紋の様相を見て、テフランはファルマヒデリアに問いかける。
「片方は近接戦闘型で間違いないとして、もう片方は万能型じゃないね」
「あれは魔法特化の遠距離戦闘型の特徴です。魔法で炎や水を射出してくる攻撃に加えて、治療や障壁などを、私より上手に使えます」
「ってことは、ファルリアお母さんの上位互換ってこと?」
「戦闘面に関して、近接戦闘以外の項目については、その通りです。その分、あの型は家事などの生産系の活動を魔法では行えません」
「それって、まずくないか?」
剣を持つ個体とアティミシレイヤが同程度の実力だとし、杖を持つ個体よりファルマヒデリアが弱いと定めると、テフランたちの勝ち目が薄いという事実が浮かび上がってしまう。
そう分かっても、テフランは諦めない。
(ファルマヒデリアとアティミシレイヤが戦ったとき、決着まで時間がかかった。ということは、型が違う告死の乙女でも、絶望的な戦闘力の差があるってわけじゃない。それなら、俺の頑張り次第で勝てる目だってあるはずだ)
テフランは冷静な考えのもとで、二人一組の告死の乙女と戦う決心を強く固めたのだった。
本年は、大変にありがとうございました。
来年も、これまでと同じように、私の作品群をご愛顧くだされば幸いです。
当作品の書籍版や、なろうに投稿する新作など、お目見えする予定ですので、よろしくお願いいたします。
つまりは、皆様、良い年末年始を過ごしてくださいね!




